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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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71 物見遊山

 最後の安息日――。

 そう揶揄しても構わないであろう、ニヴァリスの帝都での一日が始まる。

 厚い雲に覆われた極寒の地は暗い。

 都の中心に佇む巨大な結晶体から供給されるエネルギーが無ければ、明かりも無く、酷寒すぎる街であっただろう。

 人が生きるに、あまりに厳しい環境であった。

 だからこそ、人々は神の宝玉(リーゼ・クライノート)と、それを御する皇帝に感謝を奉げる。ニヴァリス全土の中、特にこの帝都・ガラッシアでは皇帝は神よりも絶対的な存在として認められている。

 誰よりも外敵に峻烈でありながら、誰よりも民――家族を心から愛する皇帝、ヴラド・ミハイロヴィッチ・ニヴァリス四世は絶大な人気と権力を有していた。

 透明なドームに包まれ、螺旋状に展開された奇妙な街を歩く。人々の話や、皇帝の末娘の言葉から、ヴラド帝は苛烈で圧政を強いるより、善政を敷く偉大な皇帝のイメージが強まっていく。

 そもそも、立花颯汰はニヴァリスの皇帝と面識はなく、国にちょっかいをかけるつもりは無いのだ。とりあえず娘たちの教育だけはしっかりして欲しいぐらいで、彼個人への恨みつらみはなかった。

 その陰に巣食う闇に関しては、あくまでもこの国の問題であり、首を突っ込むつもりは無い。目的の“魔王”であれば話は変わるが、不要な干渉をして損害を被るのは御免であるというスタンスを貫き通したかった。

 ただ、関わらないようにといくら心掛けたところで、運命の糸を紡ぎし神々の寵愛をある意味で全開に受けている立花颯汰は、逃れられない。

 現に少女たちに叩き起こされ、朝から広大な街を歩くはめとなっている。


「次はこっちよ」


 先導する皇帝の末娘・イリーナとマルテ王国の王女ヒルデブルク、リズとアスタルテに、離れて護衛が少々密かに付いてきている。護衛の存在に気づいていないのは護衛対象の当人ぐらいだ。

 颯汰の被るマナ教のローブの中には、白き幼龍のシロすけがいて、興味深そう限られた視界から見やる。小さく鳴く家族の一員が、果たして楽しめる状況なのか甚だ疑問であった。


「ごめんな。出来れば最後くらい、自由にしてやりたかったんだケド」


「きゅ~……」


 愛らしい声で鳴いて返すシロすけ。

 本当は、気ままに放して巡りたいところだが、そうも言っていられない。幼くとも世にも珍しい龍の子だ。大抵の国では信奉対象ではあるが、物珍しさに商品として売り買いの道具にしようと考える輩もいるだろう。どうであれその存在が騒ぎの種となるのは必定で、これ以上騒ぎの中心にいては本願は叶わず潰される可能性がある。そうなれば密入国した意味が無くなる。

 心苦しい、本当に心苦しいが、仕方ない。

 そんな暗い顔を察したのか、白い頭、というか口あたりを颯汰の頬を擦るように突いた。

 周りの喧騒の中、愛龍から贈られた優しさと、待ち受ける“終わり”を予感し、颯汰はちょっと独りで泣きそうになっていた。

 一人と一匹の世界を構築しかけたが賑わう街と、捕まれた手によって現実に引き戻される。

 薄靄で包まれた街であるが、大都市であるから、かなり活気づいていた。

 それに建国祭の前日で、人によっては忙しさのピークでもあり、まだまだ熱が燃え上がる前に燻っている様子のところも見受けられた。

 パン屋など料理を提供する職の者たちは普段以上に仕込みに時間をかけ、普段とは異なる出店で食事を振る舞うところも準備を入念に行っている。食材や酒樽の輸送で馬車は引っ切り無しに動き回る必要があるし、蒸気機関で動く路面馬車もフル稼働で人や荷物を運んでいく。

 帝国が生まれて長い年月が経ち、明日が迎えられるという喜ばしくめでたい日。

 祭りという特別な日を、帝都ガラッシア中の民と、遊びに来る国民と諸外国の要人たちは心待ちにしていたことだろう。

 食事も豪勢で、祭りの期間だけは道端で飲酒しても罰金などの刑罰がないので、どこでも酒が振る舞われ、パイプを伝い楽器隊の音楽がどこからでも響く。式典として皇帝と力の象徴たる軍が行進し、皇帝一族が乗る専用車両が路面の軌道上をゆったり進んでいき、各々が手を振る。その後に住民たちが作った山車だしによる光のパレードが行われ、皇帝からの有難い御言葉を賜り、その後は自由な時間となる。

 皆が踊り、食い飲み笑う。幸せを噛み締めて、そのまま路上で眠りこける若者もたくさん現れるだろう。外では考えられない行為だ。分別がつく……というより、体力的に保たない大人や老人たちは二日目を楽しみにしながら、あるいは疲れ切ってさっさと床に就く。

 二十年に一度の祭りが、一夜で終わるわけがない。歴代の皇帝の布令によって日数が前後するが、此度は五日間行われる予定だ。それに昼も夜も、たとえ外の天気が悪かろうが、ランタンの光が帝都中を照らす。それだけ帝都が豊かで、財にもエネルギーにも余裕があるという証拠である。

 さらに連日、広場では仮面舞踏会なるものを開催するようだ。身分も見た目も全て隠し、一夜の踊りから、運命の出会いを果たした者たちは永遠に結ばれるだとかで、主に女性陣が興味を示していた。擦れたクソガキだけは内心、鼻で笑う。実際にやれば顰蹙ひんしゅくを買うどころか、もっと面倒なことになるのは火を見るよりも明らかだ。

 立花颯汰(クソガキ)も、何も恋愛に興味がないわけではない。ただ御伽噺やら伝説を真に受ける夢見がちなお嬢様方に、微笑ましいというか何んというか皮肉のような笑みが零れそうになったのだ。幼い頃には持っていた――己がいつしか失ったものに対し、嘲るような態度をもって接してしまうのはヒトの悪い癖のひとつであろう。

 話題を振られても曖昧な返事で誤魔化すに留めたのは、精神的な大人としてではなく、報復を恐れたゆえもあるが、どうにか彼女たちが暴走しないか手を打たねばなるまいと考えていたからだ。

 基本的に憧憬だけに収まらず、このお嬢様方が異常なまでに行動派。

 見張っていないと王女は勝手に出ようとするかもしれないし、アスタルテは絶対に出させたくない。リズは王女が誘わなければ参加するはずがなく、この場にいないウェパルは……まぁ勝手にすればいいと颯汰は思っている。

 貴族が集まる空中庭園内でも仮面舞踏会を行うようだが、そこは無論上流階級のモノだけで行われる。誰もが顔見知りであるため仮面の本来の役割は果たず、単に着飾るためのアイテムの一つに過ぎなくなるのだ。

 どちらもこの日のために準備してきた特別な装いで挑む。衣装に合わせた仮面、仮面に合わせた衣装で踊る。わかりやすい鼻から上を隠すマスクだけではなく、顔の全面を覆う白地に金の象嵌細工が施されたもの、中には透明なガラスの内に紋様が描かれた奇抜なものと種類は豊富である。

 妙な熱視線を送ってくる皇女に関しては、下々が行う舞踏会には参加ができない決まりとなっているため、空中庭園内で貴族の子と踊る破目になる……とチラチラ颯汰の方を向いて言ってきた。

 颯汰は目線を逸らして景色を見ることにする。

 好き好んで乗り込むようなところではない、庭園の真下にある赤い宝玉がキラリと光った。


 ――下手すりゃ、また拉致されかねない……


 互いに仮面舞踏会で踊る姿を幻視し、颯汰の方はそのイメージを手でパタパタと払う。

 彼女の付き添いである老執事あたりに先んじて報告しておく必要があるだろう。親無しのマナ教に拾われた子という設定であるから、無理にくっつけるような真似はしないはずだ。

 本当は、貴族どころか非友好国の偽りとて王――縁談で国同士の結びつきを強めるのは政略的にアリだが、自分がその役目を担うのは御免こうむる話だ。いくら元の世界に戻れるヒントを得るために情報収集が必要とはいえ、そこまではやりたくはない。

 こうして祭りの前日に歩き回っているのにも理由がある。颯汰は最善を尽くそうと努力をした結果、何も知らない少女たちは不平不満を抱いてしまった。事情を説明して余計な心配もかけたくないので甘んじて罰を受けることにした。

 一日だけ付き合うなら安いものだと軽く考えた結果が今の状況である。

 祭り前日となれば皇女イリーナも忙しいだろうと高を括ったが、まさかまた寝起きに突撃されるとは思わなかった。寝たふりのくだりも再演したが見逃してもらえず、イリーナに連れられ子ども組は街を巡ることとなる。

 祭り前の下見を兼ねた観光名所巡りだ。

 実際に一日程度ではこの都を知り尽くすに至らないが、有名な観光スポット、やれ公園やら娯楽施設、美術館に商店区画などにこれから案内されるらしい。

 観光案内ごっこを楽しみ、さらに明日の一大イベントを心待ちにしているイリーナ。彼女はまるで初々しく純朴な乙女のように、自身の両手を握ってしばらく夢を見ていた。


「はぁ……、早く仮面舞踏会始まらないかしら。パレードなんてどうせ退屈。上からノロノロと進む車の上で、笑顔で手を振り続けるなんて正気じゃないわ。……そうだヒルベルト、あなた明日、並走しなさい」


「嫌です(……何言ってんだこいつ)」


「……それなら一緒に隣に座することを許します。光栄に思うが良いわ」


「謹んでお断りします」


「もう、なんでよぉー!」


「いや自分が皇女っていう身分であることを自覚してください。……またあの騎士ナイト気取りの小僧っ子に恨まれるだけならまだしも、ガチの貴族の相手は堪ったものじゃありませんよ。命がいくつあっても足りない」


「ぐ……、正論は人を苛立たせるって貴方が吐いた言葉でしょ!」


「正論だと思うなら折れてください」


 ある意味、死ねと言われてるのと同義になりえる状況となる。それに、残念ながらどうあっても彼女の願いを叶えられそうにない。

 

 ――というか明日から、ペイル山に行くし。霊山に


 ペイル山への許可が正式に下りた訳ではない。

 紅蓮の魔王が今朝方にいきなり『どういう訳か急に晴れた。今の内がチャンスだ』と言って明日の予定が決まった。

『まさか魔法で天候も操れるんです?』

 猛吹雪で悪天候だという話を聞いたばかりである。つまらない嘘を吐くような愚か者ではないことは知っていたからこそ、無理矢理、自然の摂理をねじ曲げたのではと颯汰は疑いかかった。

『私ではない。きっと我々の日頃の行いの良さのお陰だろう』

 それに対し、神父の格好が板についてきた男が妄言を真顔で返す。

 天候を操れないとは否定しないところが恐ろしいが、触れないでおいた。

『……』

『あと一つ言伝ことづてを預かった』

 沈黙に対する気まずさなど覚えず、紅蓮の魔王は言う。

『? 誰からです?』

 首を傾げる颯汰の質問にあえて答えず、魔王は伝言を口にする。

『『はやく子に会いたい。会わせろ』、だそうだ』

『……、……あぁ。そりゃ、かすよねぇ』

 元凶がわかったところで、予定が決まった。

 本来は遊びたい盛りの少女たちであるが、急な予定の変更に不服はなかった。王女たちも祭りや遊びよりも、シロすけの親との対面の方が大事なことだと快く受け入れてくれた。つまりは――、明日にシロすけと別れる事となる。

 竜種の親子は一度も対面したことはないが、親子というものは、生きてる内には一緒に過ごした方がいい場合が殆どだろう。あくまで人間社会の尺度で観ればの話だが。余ほど親に問題が無い限りは、共に過ごし愛情を受け、成長すべきだ。――そう、立花颯汰は考えている。


 ――でも山って急な気候変化以外にも危険だからな。……本当は王女とアスタルテは置いて行きたいが、登って一体何日かかるかもわからないし……


 霊山を――おろしの冷たき風が吹く中、身体が埋まる雪山を進まねばならない。

 中腹まではある程度は整備された道であるらしいが、目指すは頂となると話が変わる。いくら現代人と比べて異常なほど丈夫な肉体を持っている面々だとしても、素人同然の若い子どもが行くべき場所ではない。普通に自殺行為だ。

 気温が低くまつ毛が凍り、まばたきで目が開かなくなる地獄の世界であり、登るならば急な猛吹雪にあったときのために、寒さに強い山羊っぽい動物のミラドゥと共に進むことを強く推奨されている。複数名で、互いのミラドゥをロープで結び、縦列で歩くこととなる。自分の命綱はもう一本、ミラドゥと結び付け、その巨体で風を凌ぐようにして歩く。いざとなれば離脱できるようナイフは常備して出発するのが基本だ。


 ――紅蓮の魔王(王さま)が魔法で何らかのカバーはするとは言ってたケド……


 最後まで一緒にいて、別れたいというヒルデブルク王女とアスタルテの気持ちは痛いほどわかる。ゆえに颯汰も強く言えなかった。

 今朝のやり取りを思い出し、明日の予定を思い浮かべ、気の毒な少女にかけるべき言葉を探す。

 時間にしては刹那、ささっと甘言が口から自然に零れた。


「俺たちは遠くでもちゃんと見てるんで、頑張ってください」


 心にもない言葉を、何の迷いもなく吐いた。

 そんな言葉にわかりやすいくらいに機嫌が変わり、照れ隠しで咳払いをしたイリーナは目線を泳がせながら「まだ私は不服で納得いってませんよ」というポーズを腕を組みながら取った。


「……わかりやすく大きな声で名前を呼んでくれる?」


「…………善処します」


 悪びれもせず嘘を吐く。

 罪悪感は無くもない。こう云った世渡りに必要なスキルは使う度に大事な何かが欠けていく気がするが、人はそうやって汚れて(大人になって)いくのだ。慣れてしまえば感情のないアイムソーリーだって口ずさめる。

 真意を知る女性陣から、やや冷ややかな目を向けられるが、仕方ないことだ。

 あぁいう大人になったらダメ、みたいなことをアスタルテに吹き込むのは止めろ。と吼えるのを我慢し、口にする言葉と反面に上機嫌となったイリーナに引きずられていく。

 今日という日はまだ始まったばかりであった。

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