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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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70 安息

 風の音が聞こえる。

 そこは、間違いなく自由な空であった。

 厚い真っ白な雲の上を翔ける鋼鉄の両翼は、日輪の煌めきを反射していた。何者にも縛られぬ、喜びを噛み締めながら雲海を潜っていく。


 自由とは尊いものだ。

 思想であれ、行動であれ――、

 何者にも阻まれる事無くあるのは難しい故に。


 あるがままに生きるのが理想だろう。

 ただ社会に属する限り、思うがままに振るえない。

 余計な“敵”を作る可能性が常に生じるためだ。

 秩序は、守らねばならない。

 個人によって許容できる範囲は異なるのだからこそ、ある程度は自己で線引きをし、その中で生きやすい道を選ぶのが正解なのだろう。


 完全なる自由とは、我々がヒトである限り、辿り着けない理想なのである。

 気を付けなければ――肉体の檻、精神の枷、目に見えぬ無数の鎖によって雁字搦がんじがらめとなる。

 縛られ、自由を奪われ、地の底へ墜ちていく。


 だから、ヒトの姿にこだわる必要はない。


 個であるゆえに生じる摩擦ならば――、

 個を捨てる、あるいは思考を抑制するべきだ。

 ■■を統制するために、――……

   ■を取り出し、…で管理を……――


 人類、…新た、な、ステージに立つための――



 目を覚ました颯汰は、しばらく呆けて天井を見つめていた。額はじっとりと汗ばみ、呼吸も荒くなっていたと気づく。こういった悪夢を見ることはもはや御馴染みであったが、全体的に靄がかかっているようで不愉快な感覚があった。

 夢の中で見ていた情景を思い起こそうとする。


 暗雲が立ち込める空の下。

 巨大な人工物が曇天を貫く。

 屹立した塔は成層圏を越えていると思われた。

 飛行機らしき物体が遠くに飛んでいた。思い出すと、何だか胸が締め付けられる気持ちとなる。


「なんだったんだ? 前にも見たような……。タワー、いや……、軌道エレベーターってやつ?」


 自分の記憶にあるはずのない光景であった。

 この世界にそんな目立つタワーは無く、日本どころか自分が住んでいた世界でもまだそのような建造物は存在していない。

 何を意味するかは謎であるが、意味のないものと切り捨てるべきではないだろう。

 だが、まったく身に覚えのないものだ。

 昔見た映画とか何かにそういった建造物があって、それが夢と結びついた可能性もある。想像以外に確かめる術はない。

 テレビの砂嵐のようなノイズが混じり、此方の精神を蝕むような感覚があった。

 それを思い出すと原因が何となく察しが付く。

 湧き上がる静かな怒りを、どのようにぶつけるかを考える前に、気配を感じて身体を起こす。


 周囲を見やる。

 どうやら、まだ夜中のようである。

 暖炉の窓から覗く火は静かに燃えていた。

 静かな寝息を聞こえる中、


「お、ソウちゃん。おはよー」


「……そんな時間帯じゃないでしょう?」


暖炉の火を見つめていたウェパルが、寝起きの顔を見て柔らかい表情で笑んだ。

 颯汰は部屋の扉の隙間から日の光が射さないことから、大して時間が経ってないと気づく。


「おー、さすがー御明察ー。一刻経ったか経ってないかくらいだよー」


眠って二時間弱で目を覚ましたようだ。

 相変わらずアスタルテと同じベッドで眠るのは抵抗があるが、拒絶する勇気の方がないので諦めている。


「吸血鬼だからあんまり眠らないんです?」


 大概は颯汰の方が先に眠るためそこら辺の事情は詳しくなかった。


「そういう訳じゃないけどねー。ちょっと目が冴えちゃって」


 椅子に座りながら肩を竦める亜人女に対して、颯汰はバツが悪そうな顔つきで謝罪の言葉を述べた。


「……ごめん。本当は一人部屋の方が良かった?」


突然の謝罪に驚いた顔をするウェパル。颯汰がどういった意図で放った言葉だったのかを一瞬考えてから、笑って返す。


「ううん。みんなと一緒のこの部屋の方が面白いから。このホテルの部屋なら、この人数でも寝られるからボクは今の方が良いかな」


その微笑みに偽りは無さそうだと颯汰は安心したが、同時に少し罪悪感が湧く。


「それに、あの子(、、、)を別の部屋にした判断でよかったと思うよ? ……その時にボクが本当に一人部屋が良かったなら『もう一部屋貸せー』ってごねてたし」


「……ハハハ、そうか。それなら、良かった」


いつも、彼女だけ別の部屋にしていたのは、表向きには部屋の数とベッドが足りないという理由だ。しかし、颯汰と紅蓮の魔王が得体の知れない自称・吸血鬼の亜人の女を同室にするのは危険だと判断していたから、今までは別室をわざわざ借りて泊まらせていた。決して気を許した訳ではないが此度は仕方なく、こういう形になった。

 チクリと刺さる心の棘からか、目線をらし改めて見渡したことで颯汰は気づいた。


「? ところで、リズさんとシロすけは?」


よく見ると一人と一匹の姿が見当たらなかった。

 王女もアスタルテも寝入っているが、闇の勇者と白き竜種の子がいない。とくに考えなしに話題転換のために質問をしたが、返答次第ではかなり気まずい結果となる可能性に発言後に気づいた颯汰であるが、ウェパルが出した答えはシンプルであった。


「散歩ー」


「え? 散歩? こんな時間に?」


「ソウちゃんはいつも昼過ぎまで爆睡してるから知らなかったんだろうけど、あの子、結構夜行性よ? 外なら月とか星々を眺めてるし、内ならソウちゃんの顔をじーっと……それこそ穴が開くくらい見つめてるよ?」


「そ、そうか。というか散歩なんて大丈夫か?」


 目線が泳ぎ、狼狽している少年。 

 年上のお姉さんとしては面白い娯楽だ。

 少し余計に煽ろうかと考えたが、心配している颯汰を馬鹿にすると拗ねると思い、彼女は鋼の自制心をもってして普通に答える。


「たぶんねー。神父さまかおじ様が見張ってると思うよ? 毎夜のことだし。……何だかんだ、心配性だからね。ウチの男性陣はー」


クスクスと笑う姿は妖艶でありながら、どこか上品な――見た目通りの深窓の令嬢を思わせる。

 黙っていて仕草だけを見ると、とても紛い物の吸血鬼を憎み、暴力を是とする女とは思えない。

 その不思議な魅力に気を抜けば誰もが骨抜きになってもおかしくないのだが、


「いや……襲ってきた方が八つ裂きにされると思うんだけど」


颯汰は別のことを気にしていた。というかリズではなく、襲う側の方を案じていた。


 ――煙霧に満ちる街での殺人事件とは笑えない


 颯汰が何故このような思考に至ったのかは単純な話だ。闇の勇者は強いからだ。

 もし剣だけの戦いであるならば、颯汰はリーゼロッテに勝てる自信はない。

 というか絶対負けると言い切る。

 純粋な剣術では自分の上をいく二刀使いであり、また不可視の剣というのが厄介だ。間合いは何となく把握できているが、いざ相対すれば攻めあぐねて負ける。

 そんな達人級の剣技を持つ女剣士が、襲ってきた輩に後れを取るはずがなく、さらに、相手に慈悲を与える必要がないと断じても不思議ではない。力を奪うが生命を傷つけない剣ではなく、全てを斬り裂く方の剣を振る可能性がある。


「……マズいな。死体が見つかった場合、最悪、外国人は帝都に閉じ込められる。容疑者にでもなったら芋づる式で調べられて、こっちは全滅だ。急いで連れ戻さないと……!」


 帝都が閉鎖されて身動きが取れなくなるのも厄介であるが、もしもリズが捕まれば間違いなく全員が尋問に合うはずだ。偽造した書類を見られ、不法入国がバレるとアウトだ。力づくで脱出しても国際問題になってしまうだろう。

 一人で戦慄わななく颯汰を見て、ウェパルはわざとらしい大きな溜息を吐いてから言った。


「――……キミさぁ~。本当ホンット、そういうとこだぞー?」


「?」


「だめだこりゃー。……そんなに心配だったら今度エスコートでもしてあげるんだね」


 ウェパルが立ち上がる。スラっとした細身で、いかにもか弱そうに見えた。


「ボクが連れ戻してきてあげるから、まだ寝ないでね? 帰ってきたら本当は何があったか、改めて話すなりしなさいよねー」


ふふん、と鼻を鳴らして得意げな顔をする吸血鬼女に反して、颯汰は不安げな顔をする。


「え? (お前が行くと余計に心配なんだが)」


 返事を待たずに、ウェパルはふらっと部屋から廊下へ出て行った。


 ――……不安だが、待つしかないか


連日、濃厚なイベント(命の綱渡り)のおかげで動く気力が湧かなかった颯汰は、目を瞑らずにウェパルを習って火を見つめながら、もうすぐ昨日の出来事となる記憶を振り返っていた。

 一分も経たぬ内に、部屋のドアを静かに、ゆったりとした間隔で叩く音が聞こえた。


「……どうぞ?」


 こんな時間に誰だろうと颯汰は周りの眠る子たちに迷惑がかからぬ声量で通すと――、


「……」


 一人の少女が入って来る。

 マナ教のローブで全身を――特に頭を深く隠した少女。彼女こそ、此度の宿泊にて急遽一人部屋を与えられた者。今回の旅路に最初から参加していた者ではなく、マナ教の信徒ですらない。


「どうしたんです?」


颯汰が訊ねる。だいたい何かは思いついていたが一応、訊いておいた。


「……嫌な気配が消えたからね。どこかひと気のないところで話したいんだけど」


 客員騎士のエドアルトと身分どころか姿かたち全てを偽っていた少女、ソフィアが腕を組んで用件を口にする。ローブで上手く種族の特徴が出ている部分を隠している。声も態度も、数時間前まで地下でいたときよりだいぶ落ち着き、敵愾心も和らいでるように見える。

 颯汰が氷の魔王と会話した後、“カシラ”と合流し、無事に地上へ戻ることができた。ソフィアと言うらしい少女を連れ、日の光が差し込む場所まで戻ってこれたのは、かなりの幸運だった。……途中で一悶着も二悶着もあったのは立花颯汰の宿命であるので割愛する。

 道案内役の男がいるせいで二人はロクに会話ができなかった。金をたんまり受け取るとイイ顔で失せた男であるが、信用できる要素が皆無である。

 むしろ積極的にコチラの情報を売る危険性があった。カシラに脅しを入れておいたが、万が一あの魔王に伝わると非常に厄介な事となる。だからソフィアとの会話を極力避けていたから、機を見計らって向こうから話しかけてくるとは思っていた。

 いわゆる逢い引きなどという、決して甘ーいものではないが、せっかくの女性からの誘いを、無碍にするのがこの男なのである。


「生憎なんだケド、すぐに散歩に出かけた子たちが戻ってくるんだ。俺は部屋を離れるわけにはいかない」


「……ヒルベルト、君は随分と、なつかれてる」


何か含みがあるような言い方に聞こえた。


「そういう訳じゃあないと思うが……」


「でも確かに、合流した直後の様子から、君がまた何処かへ行ったと知ったら大騒ぎになるか」


小さく笑うソフィアであるが、彼女と帰って来たからこそ、その騒ぎが起きたのである。ただ、連れてきたのは颯汰自身なので強くは言えないので黙り込むしかなくなる。


「でもすごいね。君の言った通りだった。あの怪しい神父の言葉に――」


颯汰は口元に指を立てて制止させる。

 どこに“目”や“耳”があるかわからない。

 ましてや寝ているとはいえ第三者がいる場所でははばかれる。

 紅蓮の魔王が近くにいるため、使い魔を送り込むようなヘマはしてこないと思われるが、用心に越したことはない。

 盗聴などの危険性は事前に伝えられていたのでソフィアはすぐに理解して首を縦に振った。


 彼女の言葉の続きは、ソフィア自身と颯汰が地下へ降りている間にホテルで起きた出来事についてである。

 二人が落ちた直後、沈黙が場を支配した。

 荒れ狂う怪異と叛逆者と推定された客員騎士の死闘は、意外な形で終わってしまい、呆気にとられたのが大多数であったのだ。

 景色に目が入らぬほど白熱した斬り合いの末、黒い怪物はその真価とも呼ぶべき――人外のかいなにてエドアルトを掴み、後方へ反り投げる……バックドロップの要領で投げ飛ばす。

 追う勇気があった者や、都市を巡る螺旋の上から見ていた者など、薄靄で何が起きているのかよく見えなかったが、蒼く揺れる焔火と赤い雷がバリケードを越えて落ちていく様だけはどうやらハッキリと認識していたようだ。

 一体あれは、何だったのか。

 疑問が膨らみ、爆ぜてしまえばまたもや混乱の渦の中に逆戻りとなるだろう。警備を担う憲兵たちまでもが状況を把握し切れていないが、事態を治める必要があった。混乱を武力で強制的に制圧する手もあるが、建国祭の前と他国の客人の前でさらなる下手を打つわけにはいかない。

 どうすべきか迷っているさ中、紅蓮の魔王が場を仕切ったのだ。

『あの悪魔こそが元凶であり、騎士に罪はない』

 要約すると上記のようなことを話したようだ。

 説き伏せた結果、エドアルトは罪はないのではと憲兵たちは一度撤収したようだ。

 ただ、あの氷の魔王が一枚かんでいる以上、撤回するかは微妙なラインだろう。逆に罪を帳消しにして『栄誉ある騎士』として庭園へ招く可能性がある。


「もう一度、確認するけど……『知らない』んだよね?」


「『知らない』」


 颯汰の問いに首を振る。氷の魔王についてを問うたのだ。

 あの魔王の行動が何かとキナ臭く感じてきた。“頭”と三人で地上へ移動してる際に、深くは会話を交わせなかったが、『魔王』の存在を知らないのは間違いなかった。魔女という呼び名、容姿、言動などを伝えたがソフィアの中で該当する人物に思い当たる節が全くなかった。


それ(、、)から、……聞いた話と事実確認をどこかでしたい」


「その散歩? に出てる子たちが戻ったらこっちの部屋で話せない? ……というかこの時間帯に散歩ってどうなの?」


「散歩についても心配ではあるが、……そっちはお許し次第かな。王じ……ヒルダ姉さんもアシュも寝てるから、そこまで明確にダメっては言わないとは思う」


「……どうかな。自分で提案しといてだけど、二人っきりってのを許さないんじゃない?」


「……まぁ、リズアァ――」


「え」


 王女に続いて、偽名を使い忘れかけて苦しく軌道修正をする。

 そこそこ不審がられたが、バレるまで至っていないからセーフ。

 訝る視線を気にせず、颯汰は続けて言った。


「――リザさんはちょっと喉の病気で喋れないから絶対に漏れる心配はない。だからたぶん同伴してもらう形になるかも」


「……どうあれ、その子待ちか」


「そうなります」と返答した颯汰は続けてすぐに大きなあくびをする。

 限界かと問うソフィアに対し、颯汰はまだ大丈夫だと言い張り、眠気冷ましに起き上がって暖炉の火まで歩こうとした。そこを寝ぼけたアスタルテに捕縛されてうつ伏せの態勢で、下半身はベッドの上、上半身は重力によってだらりと下がって絨毯に額を衝突させた。

 日を跨ぎ、建国祭前日となる。

 およそこの大都市における最後の安息の日になると颯汰は覚悟をしていた。

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