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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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69 皇帝の過去

 青天の霹靂へきれき――。

 突然の告白に颯汰は数瞬固まってしまった。

 精霊が宿る霊器により、男性と偽ったうえでエドアルトを名乗り、客員騎士の称号を持つ少女。海鱗族セーレ獣刃族ベルヴァの混血の彼女こそが、ニヴァリスの帝の血を引く正当後継者だという。


『……いや、待て待て待て。おかしい。おかしいじゃないですか』


 しばらく、驚いて放心状態だった颯汰は、反芻はんすうした言葉に違和感を覚え、矛盾に気づいた。


『聞いた話だけど二十代前半。第一皇子もそれなりのイイ歳で、いつ即位してもおかしくないと聞きましたよ。……単純に、年齢という数字が合わない』


 正当後継者と言ったが、現皇帝ヴラド・ミハイロヴィッチ・ニヴァリス四世の息子、第一皇子のヴラドレンですら四十手前のはずだ。

 エドアルト自体は若いが二十代前半。

 しかも、正体は変身後の颯汰と年齢的に差はない。どう見積もっても十代そこらだ。

 エルフを筆頭に、いくら加齢による変化がわかりづらい世界だとはいえ、あの少女が正当後継者だという話は無理がある。


『いいや。地下ここの施設内部に秘匿されておるが、コールドスリープ装置があるのじゃ』


 なんでもありだな、ここは……と颯汰は冷ややかというか呆れたような口調で呟く。

 冷凍睡眠コールドスリープで長い間に生体機能を止め、劣化を防いでいたため、実年齢よりかなり若い状態なのだという。

 氷の魔王は、補足のために過去の話を持ち出し、続けて言う。


『何十年もの昔の話じゃ。……ヴラドの小僧には婚姻を誓った大切な女がおったのじゃ。逢瀬を幾度も重ね、二人は真に愛し合っておった。

 じゃが種族どころか相手は奴隷――海鱗族セーレ。娼婦になるか見世物として晒される運命にあった女と、最高権力者の血筋が交わることなど世間が許すはずもなく……』


『…………』


『ヴラドはやむを得ず、名家の令嬢だったエレオノーラと結ばれることとなる。だがその女、見た目はまぁ良いが、性格がドブより汚らしかった。

 ヴラドは何とか懸命に愛した海鱗族セーレの女を隠した。ヴラドの小僧は気づかなかったが、その時に既にお腹に子を宿しておった。

 他の貴族とならまだ知れず、奴隷の――しかも美しい海鱗族セーレであったことが逆鱗に触れたのやもしれん。子がいるという事実をどこかで知ったのかあるいはただの思い込みか、狂乱した皇后エレオノーラは刺客を放った。

 ヴラドはこのままではマズイと悟り、皇居の隠し部屋から広大な地下へ――、法などない無秩序な世界へ托すしかなくなったのじゃ』


 政略結婚で身を固めるしかなかったヴラドにあてがわれた貴族の令嬢こそが後のきさきとなるエレオノーラ……見た目こそは本当に美人なのだが性格に難があるのは、颯汰にもわかる。長女以外には会ったので顔が頭の中でチラついた。

 成長するにつれて行動が激しくなることも予想できたし、母であるエレオノーラの気持ちもわからなくもない。彼女が夫であるヴラドを心から愛していたかは定かではないが、“嫉妬”という感情は愛無くしても起こりえるのだ。

 強いて言えばシステムが悪いだけで、彼らはある意味で誰もが被害者と言えるだろう。今のこの世界に常識として皇族や王族に、側室――めかけはあって当たり前。健康状態の悪化や不妊などにより、子が産まれないなどの不測の事態を避けるためだ。この世界の住人の寿命こそ長くても、医療はそこまで発展していないため、出産後に亡くなる女性も後を絶たないという。

 ヴラドは愛人をどうにか隠し通そうとしたが、それには限界があったのだろう。人の口に戸は立てられぬ、というやつだ。女性の衣食住を多忙な最高権力者が、独りで、誰にも見られずに用意することなどができるはずがないなんて、想像に難くないことだろう。


『だけど、こんなところに送り込む方が危なくないですか?』


 ヒトとの遭遇を極力避けていたが、住宅が多い区画もある。治安の悪いスラム街で多少寂れているが、下手な農村よりも遥かにヒトは多く、それこそ毒牙にかけられてもおかしくない。


『一見、危うい土地じゃが……、いや今も危ないところではあるの。でも小僧も馬鹿ではない。抜かりなくやりおった。かなり強引でダーティなやり口(テク)じゃったがの。

 地下はかつては四つの勢力が抗争に陰謀を繰り広げていたが、地上の帝国と不可侵の条約を結んでおったというのにそれを密かに破り、一つの勢力を支援したのじゃ。皇族のみが持つ鍵により、封じられた施設を解放し、大量の武器と豊富な食糧を提供し、それに少数であるが選りすぐり兵士を貸し与えた。見返りは海鱗族セーレの愛人の保護。……皇帝からの後ろ盾を得た小娘のグループが圧勝し、今じゃこの地下を支配する女王となった。愛した女とその子供を守るためのな』


『それって、もしかして――』


 口を挟めようとした颯汰に向かって魔王は、自分の口の前に人差し指を立てて制止させ、首を振る。それ以上の詮索は余計である、もしくは、全くのハズレか。仕草だけでは判断付かない。


『“ソフィア”……正当後継者のあの娘は、本当の年齢こそはヴラドレンより上。ニヴァリス家は代々、男が家督を継ぐ習わしであったのじゃが。……ヴラドの小僧め、知らなかったとはいえ最初に産まれたものが男であろうと女であろうと帝位をくれてやると宣った。何かの書物やらの影響かの? そして後年――愛した女から子供が産まれていて、今も生きていると知ったのじゃ』


 わかっていたことだが、一方的に彼女のことを知るこの魔女は、エドアルトが偽名で正体を隠して帝都入りをしていたことを知っていたようだ。


『……だから隠居せず、帝位をヴラドレンさんに譲らなかったと?』


『そう。あとは建国祭最後に発表するはずだったんじゃが……お主はなぁあああ!!』


 再び狂乱する魔女。

 今度は屈み、氷のように冷たい両手で颯汰の頬をぐりぐりと弄くりまわし始めた。


『うえっ、やめ、……お、おれは悪ひゅ()にゃ()いでひょ(しょ)?』


 痛くはないが妙に屈辱的である。

 颯汰の頭の中で過去の情景が浮かぶ。親友であるクラィディム王も、ヴェルミのお祭りの最終日にその存在が表に明かされ、紆余曲折を経て王座に就いたのである。互いに忙しいが、元気でやってるだろうか、と脳内で逃避するしかなかった。


『くッ! 仕方ない! 妾も使い魔で全力で探す! お主も何かあったら教えよ!』


 魔女が右手を空にかざすと錫杖を出現し握られる。それを地面に突き立てると、魔法陣が展開された。解読が容易にできない言語が書かれた青い円形の光の陣から、奇怪な生物が生成される。

 生物、とカテゴライズしていいモノなのだろうか? 床に水色の氷塊が出現する。それは幾つも目が付いている物体。その何個も付いてる目がキョロキョロと全部が別の方向を見やる。


『うわ気持ち悪っ』


反射的に感想を漏らす颯汰が、次の行動でさらに悲鳴を上げることとなる。

 氷の使い魔は小さな氷柱の先端のような尖った足を虫のように展開して動き始めた。


『気持ち悪ッ!!』


 控え目に言って気持ち悪い見た目をしている。

 テュシアー村で白熊型の魔物・ポルミスに寄生していたモノと同じものだ。それが六体。

 暗い部屋でもしも会ったら大声出してしまいかねない、怖さと気持ち悪さを有している。

 その感想を聞き、召喚者は怒った。


『ひどくない!? 妾とて傷つくんじゃが!?』


『いや、だって目がたくさんあるし全部が別方向にギョロギョロ向いてる……ってこっち一斉にみんな恐いから本当に!』


『可愛いじゃろが! ほら、太歳たいさいの氷版みたいな感じで』


『センスどころか正気を疑うわ!!』


 中国に伝わる、いくら切って食べても再生すると言われた肉塊である「視肉」のことを指している。これも目がいくつもあって、およそカワイイという形状からかけ離れている代物だ。

 大きさはヒトの頭の半分ほどで、そんなグロテスクな虫みたいな気色悪い物体がカサカサと地を這って散開していく。あれの目を通してエドアルト――ソフィア皇女(?)を見つけ出すつもりなのだろう。


『……妾はこのままソフィアを探す。お主も余裕があれば……いや、今すぐ帰れ。あやつに動かれると全てが水泡に帰す。お主独りで地上に帰れるな? 帰れるか? 妾は行くぞ』


 手伝えと言ってくるものだと身構えていたが、その心配はなかった。

 あやつとは宿敵らしい紅蓮の魔王のことであり、今は彼に存在ごとバレると非常にマズいと考えているようだ。つまりは、本当に建国祭当日ギリギリにならなければ、紅蓮を殺す算段がつかないことを意味していると見ていい。

 用件だけを言うと、魔女の姿が薄まっていく。

 実体は空気に溶け、残ったのは先ほどの使い魔と同じ、大きさは小ぶりだが羽の生えた――コウモリに形状は近いがギョロ目だらけのキモい生物。それはバサバサと羽音を鳴らしながら上昇していった。


『やはり本体じゃなかったのか』


 彼女自身は空中庭園内にいるのだろう。使い魔を飛ばし、実体のある分身と成す……ような魔法を使ったと颯汰はなんとなく察していた。

 解放され、溜息を吐いた後に、颯汰は変身を解く。警戒は怠らないが、これ以上張り詰めると息苦しくて堪らない。

 十歳ほどの少年体に戻る。顔には簡易的な作りの防塵マスクがつけられていた。少し外そうかと手で触れたあとに、止めておいた。

 それよりも気になることがある。

 周囲に気配がないことと一応目視で確認してから左腕に向けて語り掛ける。


「ファング。お前の中に“嘘発見器”みたいな機能ってある?」


『否定:発言から欺瞞を見抜く機能はない――。

 専用の拡張ユニットにアクセスすれば可能――。

 疑問:なぜ、魔女の発言を“嘘”であると思ったのか――、

 回答の提示を要求――』


 左腕が回答後に質問を返してきた。

 目線を、最後の一体の使い魔が飛んで行った方向を追うようにしてから、颯汰は答える。


「……俺も正直、わからない。でも直感的にそうだと思えたから。急に真の帝位継承者やら、なんだか出来すぎて嘘くさいなーって。喋り口調も淀みなく、目線とかも特にこれといった不自然さや変化もなかったケド。……やっぱり、他の兵たちですら会っているというのに片方がまったく知らないという点が気になる。何かの勘違いかもしれないが。さっきの話が全部嘘と判断する材料はないけど、そう思えたのも、お前の何らか能力の影響なのかなって思ったんだ。エドアル……ソフィアさんだっけ? あの人の正体を見抜けたのは間違いなくお前の能力だから、嘘の類いを自動で見分ける便利な機能があると思ったんだ」


 ソフィアの方が単におっちょこちょいで勘違いしてる可能性もあるし、魔女の方は単にお人よしなだけかもしれない。だがその一点が小骨のように引っ掛かるものがある。そうした内は、慎重に観察し、情報を取得し考えてから行動に移すべきだ。ゆえに、彼女がどこにいるかを一旦伏せておいた。


『要請:今後の方針の提示――』


「とりあえず、地上に戻って合流しよう。また貨物に乗じて空中庭園まで行く必要はなくなったから。あのカシラって人もまだ地上に着いてないはずだ。追いかければきっと間に合う、はず。……いやもうこの長い長い都市を、何度も往復するのはしんどいな」


 ひとまず、来た道を引き返し、カシラと呼ばれた男を追うこととなる。本来は脱出後に合流出来ればいいよね程度であったが、合流して彼のツテで地上へ上がった方がきっと時間が掛からない。

 思わず零した愚痴に、黒い瘴気は心無いが叱責するように脅し始めた。

 

『警告:遅れれば、それだけ説教の質が変化すると予想――。

 推奨:速やかな撤退行動――』


「……だよな。はぁ……、行くか」


 一瞬、区画に入ろうかと迷ったが、止めた。

 待たせている少女たちから何を言われるか考えるとますます足が重く感じるが、逃げる訳にもいかない。再び姿を変え、黒鉄の回廊を駆け出す。

 闇の陰に潜む、蠕動する氷の蟲たちの視線に気づいていたが、あえて触れずに今度は駆け上っていった。

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