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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
異世界転移
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21 太陽祭1日目 其の弐

 二人の少年は路地から出て大通りを移動する。

 大勢の人間がごった返しとなり颯汰(そうた)は既に辟易(へきえき)としていた。当たり前だが王都でありしかも祭りの時期であるから、カルマンよりも人が多い。

 革袋の財布を必死に守りながら、人混みに流されていた。

 結局どこかの路地裏の手前付近――ある程度、休める場所で落ち着いた。


「これは、移動するのも大変だな」


「そうだね。少し、近道しようか」


エルフの少年――ディムがそう言うと路地の奥へと進んで行く。抜け道があるんだ、と振り返って微笑んだ少年の後を立花颯汰は追いかける。


「抜け道? あれだけ人が多いなら、そこも誰かが利用してるんじゃないか?」


「かもしれない。でも大丈夫。着いたらわかるよ」


怪訝(けげん)そうな表情をした異種族の少年を連れ、ディムは慣れた足取りで進んでいく。

 しかし、その道の途中で止まる羽目となった。


「――……最悪だ」


「あー……」


颯汰の息を殺した呟きに、ディムは静かに嘆声(たんせい)をあげる。二人ともこうなるとは予想していなかった訳でもないが、できるだけ避けたかった事であった。


「おう嬢ちゃん! ちょっと俺らに金貸してくんないかぁ?」


もちろん返すとは言っていない。

 例のバカ共が、今度は少女を相手に恐喝(きょうかつ)を実行していたのだ。おそらく恥という概念(がいねん)はないのだろう。

 少女は、恐れから背後に下がろうとするも、既に男が後ろに立っていて身動きが取れずにいた。先ほどと似たフォーメーションだ。

 路地裏の曲がり角から、例の如く(のぞ)き見る。

 少女は薄灰色のローブを被り、表情こそ見えないがかなり(おび)えている様子であった。

 身に(まと)うローブは小奇麗ではあるが、大した装飾も十字架の紋様も描かれていない事から貴族や聖職者ではないだろう。そして背丈は小柄であるから彼らは狙ったのだ。それを理解し颯汰は内心で舌打ちをする。


「姑息だな……」


「ソウタ、また同じ手段は通用するかな?」


「……どうだろう。幾らなんでも、なぁ」


だが、悠長に考えてもいられない。まさに毒牙が()き、か弱い少女の心へ突き刺さるまで時間がないのだ。


「いや、やろう。どうせバカだから引っかかるさ」


そう言って息を大きく吸い込んで、祭りによる雑踏(ざっとう)で掻き消されないように上方へ叫ぼうとした時だ。


「……――!! ソウタ、待って!」


懸命(けんめい)に声を殺しながら叫び、ディムが颯汰に飛びつき口を押える。肺に溜まった空気が出口を一瞬失い、むせる。

 ゲホゲホと響かないように咳き込んで何事かとディムを(にら)むと、彼は言う。


一人いない(、、、、、)!」


彼の言葉を理解する前に、気配を感じて振り返るとそこに、いなかった三馬鹿の一人が立っていた。

 その人族(ウィリア)の青年が颯汰とディムの首根っこを乱暴に掴んで、彼らのいる路地の方へ押し出した。


「おい! ガキに見られて――ってコイツはさっきのガキだ!」


右手の先にいるディムの顔を覗き見て、青年は驚く。


「クソッ! 離せよ!」


首を掴まれた颯汰が反射的に言葉を発したため、少女の前にいたエルフは耳ざとく、気が付いた。


「さっき聞いた声だな……!! なるほどそういう訳かよ!」


逃げ出したが憲兵が追いかけてくる気配もなくおかしいと思ったが、そこで青年たちも合点がいったのだ。


「ガキが……馬鹿にしやがって!」


男は二人を持ち上げようとした。おそらく力で屈服させる狙いだったのだろう。

 確かに恐ろしい膂力(りょりょく)である。見た目は標準体型で特に鍛えている訳でもないのに関わらずだ。この世界の人族(ウィリア)は、颯汰の知る『ヒト』と違って、筋線維どころか中身が全く別物なのかもしれない。

 いくら子供であっても、片手で一人ずつ、そう易々(やすやす)と持ち上げられるはずがない。

 この男は少しばかり無理をしながらであったが持ち上げる事に成功する。腕が少し震えているが常人から見れば大した怪力だ。男はへへっ、と笑い得意げな顔をする。

 持ち上げられた恐怖にディムが一層、抵抗をし始めた。

 右手で暴れる軽い方のエルフに注意が向いた瞬間、


 ――いや、やっぱり馬鹿じゃん


颯汰は下半身だけ前へ倒して思い切り、勢い任せて後方を蹴る。

 颯汰の予想では、腹部に蹴りが入り、その手から逃れられると思った。その先はノ―プランであったがまず脱出を優先させるべく一手を差した。

 だが、当たった部位が予想外の位置となる。


「――ヒゥッ!?」


振り子のように繰り出された足蹴は、彼の股の間――急所へ、クリティカルヒットした。

 まるでカエルを潰したような、短い悲痛な叫びが狭い路地裏に反響する。

 (にぶ)く、寒気を感じる痛みが、局部の内側――魂の根底からジワリと広がっていく。

 身体の異常をどうにかするために、尋常じゃない量の冷や汗がどっと出てくる。

 青年は一瞬のうちで脳内再生される過去の映像――走馬燈(そうまとう)を眺めながら、信仰している三女神へ祈りを捧げて救済を望んだ。その願いは届かず、股間を押さえたまま地に()した。

 結果的には二人とも脱出が成功したが、颯汰は思わず手を合わせて謝った。


「ご、ごめん! そんなつもりじゃなかったんだ!」


エルフの美少年もまた、倒れた敵を(あわ)れんだのであった。女性には決して伝わらない、腹部までせり上がるあの表現し(がた)い痛みを知っているからだ。

 人族の男が倒れた事で、人数的には有利になったものの、状況は全く好転していない。

 それどころかリーダー格の長耳族(エルフ)の男は逆上してしまった。


「てめぇ!!」


そう叫ぶと振り返り、少女の肩を掴んだ左手で引き寄せた。そうして抜いたナイフをチラつかせる。平静さを失った青年は、最早呆れて声が出ないような小物となった。

 少女の短い悲鳴を潰すように声を張り上げて男は宣言する。


「ふざけやがってガキ共が……! 動くんじゃねえぞ! 動いたらこのガキが――」


「勝手にすれば?」


「そう勝手に――ハァ!?」


颯汰の予想外の返事に、青年は()頓狂(とんきょう)な声を吐き出した。


「ちょっと!? ソウタ――」


颯汰が左手を伸ばしてディムを制止させると、少年は納得がいかない訝し気な顔をしたが、彼の目を見て黙って続く言葉を待つことにした。


「……俺たちは、たまたまここに通りすがっただけだ。そんな見ず知らずの子を助けるために命を張る義理なんてものはない。そこで倒れてる人には、……まぁ悪いが襲ってきたから抵抗しただけ。言わば正当防衛の結果さ」


話をしながら、颯汰は周りを観察し、あるものを見つけた。それを悟られぬよう、身振り手振りをしながら喋り、視線を自身へ向けさせる。


「要するに、その子を人質に取ったところで何も意味を成さない。……というかもう勝手にすれば? って思うわけだよ」


悟られない程度に声をゆっくりとし、少し過剰なくらいの動きであったが、眼前の青年たちと少女は茫然(ぼうぜん)としていた。


「第一、アンタら小さい子を襲ってまでお金が欲しかったんだよな。だったらそうだ、俺達を見逃すなら、代わりにコレをやるよ」


ごそごそ上着の懐に隠していた革袋を取り出して手を突っ込み、中から金貨二枚を取り出し、両手で見せびらかせた。

 前方にいた男と少女は目を見張る。子供が持つには相当の大金であった。この世界において、金貨一枚は大人が二ヶ月で稼げる給料で足りるかどうかの価値である。辺境の領地で一生を過ごすなら、銀貨までしか見ることはできないだろう。

 それをまず一枚、とても軽々しく親指で弾いて飛ばしてきたのだ。

 目の前で飛ぶ純金のコインは暗がりでも妖しく人を魅了する光を持っていた。

 飛んできたそれを、ナイフを持った青年は混乱しながら反射的に受け取るべくナイフを落として腕を伸ばす。その手に金貨を収めると、


「ごめん、嘘」


そう耳に情報が伝わったと同時に、彼の右顎に向かって握られた石のブロックが直撃した。

 顎への掌打(しょうだ)(?)を受け、脳が揺さぶられる。それによって引き起こされた脳震盪(のうしんとう)と、単純に顎に当たったブロックの痛みと衝撃で、彼は倒れた。颯汰は落としたナイフを片足で踏みながら、


「人質なんてサイテーな事するんじゃねーよ」


男が倒れる直前、少女の腕を掴み引き寄せた。

 残った男が、路地の端に無造作に積まれて置いてあるブロックを一瞥(いちべつ)し、状況をやっと飲み込めたが、何をするのが正解か分からないで一瞬、足を止めてしまった。

 颯汰は持っているブロックを残った男に対して向けて言う。凶器を突き付け、脅すように悪魔的な言葉を吐いた。


「アンタ、取引しよう」


「な、に?」


「銀貨一枚、……いや、そこの金的した人の分で三枚上げるからさ。もう大人しく憲兵に捕まって?」


「な、なんで……」


「この人たち放置ってわけにもいかないし。他にカツアゲしてる現場にもう遭遇(そうぐう)したくもないんだ。あ、逃げてもいいけどその後、この仲間たちにどんな報復されるかを想像してくれよ? 『逃げたから酷い目に合った』って二人からそれ以上の事をされるかもしれないだろう? 大人しく捕まって憲兵にほんの少しだけ怒られて、『ちょっと祭りではしゃぎ過ぎて怪我をした』って本当の事を話すだけ(、、、、、、、、、)で銀貨三枚だよ。これほど得な取引もないだろう?」


後退る男に釘を打ち、毒に満ち(とげ)のある甘言(かんげん)(まど)わす姿は異質であった。


「あぁ、もし子供相手に怪我をしたとか言いふらしてもいいけど、赤恥かくのはそこの、のびている二人だし、……もし邪魔をするなら次は鼻骨が折れるまで追いかけるよ?」


そう言ってブロックを倒れた男の顔の上の持っていく。

 眼前にいる子供が、まるで悪夢から()い出た寝物語の悪鬼のように映ったことだろう。話す言葉は無茶苦茶で、内容も分かっていても理解し難い恐ろしさがあった。もし本当に逃げれば――余計なことをすれば、何をされるかわかったものではないと、年甲斐(としがい)もなく(おび)えてしまっていた。

 それほど、小さな少年が一切の躊躇(ためら)いもなく人体の急所でもある顎にブロックを振るったという事実が衝撃的だったのだろう。

 子供とは思えない落ち着いた口調で重ねる狂気と、得体の知れない気味悪さが入り混じり、纏う雰囲気が人のそれと異なっているように思えた。

 その異様な空気を後ろにいた少年も感じ取り、(そば)にいる少女も(ひど)(おび)えていた。



 それから少し時間が経った。観念した男と気絶した男を縄で縛り憲兵を呼び、テキトーに話しを合わせて引き渡す。青年に銀貨の他に銅貨を数枚握らせて事件は解決した。


「……ふぅ~、見様見真似でボル……叔父さんの真似したけど、何とかなってよかった。一件落着だ」


「君の叔父さんは蛮神デロスか何かかな?」


野盗に襲われたときの経験が活きたが、彼自身も咄嗟で相手の動きを封じるべく奇襲を仕掛け、更には成功したことに驚いている。まるで自身の身体ではないように滑らかな動きであった。吐いた脅し文句も何かの真似ではあるのだが、ここまでスラスラと口に出るとはと自分のことながら感心していたくらいだ。

 この世界に訪れる前であったならば同じような状況下では、異なる行動をしたに違いない。

 いくら自身の呪いたる“黒い靄”がこの世界に訪れてから一切視えていないから、最悪の場合でも死ぬ事はないだろうと高を(くく)りすぎている節があると少し自戒をする。

 相手が自身を子供だと見くびっているからこそ成功した奇襲でもある。魔法的な力も物理的にも弱い子供でこれ以上の無茶はいつか壁にぶつかるだろう。


「もう少し謙虚に生きようかな」


「そうした方がいいかもね。ちょっと、ヒヤヒヤした」


「…………」


ディムの一言に助けた少女が激しく首を縦に振る。颯汰がそんな少女に視線を向けると、彼女は急いでディムの後ろへ隠れるように逃げた。

 そうなるとは思っていたが、やはり面と向かって拒絶されると精神的ダメージがある。


「大丈夫だよ、リーゼロッテ。ソウタは悪い人が激しく嫌いなだけで、とてもいい人だから」


イケメンエルフのフォローが入る。この少年は助けられたからか、全面的に颯汰を信用している。


「? ……あれ? 二人は知り合いなのか」


「えっ! あの、その……」


ここにきてまともに声を発した少女は(あわ)てふためいて、未だ素顔を見せず頭巾(フード)を被っている少女から栗色の髪だけは確認できた。

 どう答えるか迷ってディムの方へ視線を送ると、彼は少女の肩に手を伸ばして捕まえ、


「ただ友達さ」


気さくに爽やかスマイルを浮かべた。そんなディムを見て、これに()れない異性はいないだろうと少女の方を見ると、更に慌てふためいていた。それを見て颯汰は、


 ――……これは邪魔にならない内に、早々に退散した方がいいな。


自身の都合に合わせた勝手な勘違いでそう解釈し、颯汰は考え巡らせ逃げる算段を立てる。人混みに紛れればいいなと安直な作戦を思いついていた。

 そんな裏切りに気付かず、少年はなおのこと明るく柔和な表情で続けて言った。


「友達の友達だから、ソウタとリーゼロッテもすぐに友達になれるよ、……って露骨ー」


少年が颯汰の頬に人差し指を(うず)めるように(つつ)いた。颯汰は友達というワードに無意識で過剰に反応して表情が強張っていたのだ。

 確かに彼は子供の頃に男女の(へだ)たりもなく走り回って遊びたかったという想いはあったが、実際いざ身体が縮んだからと言って異なる世界で無邪気に遊べるかといえばそうではなかった。

 そんな颯汰の頬を突いてケラケラと笑う美少年に少女は返事をする。


「あ、あの……そんな、畏れおお――」


少女が何か言い切る前に少年は、自身の口元に人差し指を立ててそれ以上の発言を許さなかった。


「今の僕はディムだ。君の友人の一人さ」


何か言葉に含みを感じるな、と颯汰がディムの方を見たが、彼は少女の手と颯汰の手を引っ張っては無理矢理握らせると、


「さぁ、行こうか。祭りは始まったばかりだけど、グズグズしたら楽しい時間もすぐ終わっちゃう」


二人が(はな)(いとま)も与えずに颯爽と颯汰の残った右手を引き歩き始めたのであった。


 ――やれやれだ。


そんな内心で、大人びた冷めた目線から吐いた言葉と裏腹に、その顔は少し明るさが宿っていた。

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