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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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62 冤獄

 この状況に辟易していた颯汰であったが、望まぬ理由で願いが叶うこととなる。

 わずかに先に気づいたのはリズ。颯汰もあとに続くようにハッとする。

 そして何かを確かめる前に、


「キャーーーーッ!!」


 悲鳴が聞こえた。女のものだ。

 それを聞いて颯汰は直ぐ様飛び起き、脇目もふらず眼前の皇女と老執事の間を割って廊下へ飛び出していく。闇の勇者であるリズも颯汰のあとに続き、廊下へ出ていった。

 廊下に並ぶ憲兵も何事かと動こうとするが、それをスルリと颯汰たちが先へとすり抜けていく。壁沿いで驚く大人の相手をしている場合ではない。飾られた壺だか花瓶だとかに当たらぬように一応気を付け、階段を一気に駆け降りた。

 段差を何段も跳んで抜かして、着地。

 ロビーの受け付け前、ホテルの入り口付近にて騒ぎが起きたのだと一目でわかった。

 剣呑な雰囲気、人だかりの先――剣を握りしめた者が見えた。

 一瞬、颯汰はそれが誰だかわからなかった。

 人の波の間に、しっかりと顔を見てなお気づくのにちょっと時間が掛かった。

 その少しやつれた顔、傷だらけの外套を羽織り、剣を持つ右手はだらりと下がり、右肩を空いた手で押さえる剣士。……客員騎士であるエドアルトは血走った目で、肩で息をしながら言う。


「その男を、……渡してください」


 エドアルトの目線の先、尻もちついて倒れてはいる男――レライエがいて、その間に長身の神父――紅蓮の魔王が悠々と立っていた。

 どうやら、レライエが狙いでそれを紅蓮の魔王が庇う形、割って入ったようである。

 レライエを渡せとエドアルトは魔王に言い、渡さねば何をするかわからぬ状態であるが、


「正式な令状はないのでしょう? ではお断りします。彼は我らマナ教の信徒であり、言わば家族――難癖つけられて連れていくのは少々乱暴がすぎるのでは?」


 旅を共にした仲間……などとは颯汰は思わない。

 だがここで安易に切り捨てる訳にもいかないのも事実。

 暗殺に失敗し、ニヴァリスの案内役を担うこの男が捕まれば、すぐに彼の素性がバレてしまうだろう。そうなれば芋づる式でこちらの素性が怪しまれる。それは絶対に避けなければならない。

 神父姿の怪物の言葉に、エドアルトは一瞬面が喰らったように表情が消え失せ、溜息を吐く。

 どうなるか怪しかったが、運よくそのまま激情に任せずにいてくれた。

 

「難癖、ですか。……まぁごもっとも。だけれど、こちらも時間が残されていないんだ」


 エドアルトは切っ先を上げてから、構えをとった数瞬後に白刃が煌めく。緩慢な動作から放たれた凄まじい速さの剣閃は空を――断たず、長身の神父の眼前で止まる。一メルカンも満たない、軍刀の刃が肉を斬り裂く寸前である。眼光は解き放たれた刃と同じ鋭さを有し、余裕のある優男の面影がどんどん薄まっていく。

 

「もう一度だけ言います。その男を、渡してください」


「嫌です」


 躊躇いもなく。無論、おくすることもなく紅蓮の魔王は微笑んで答える。怒りを煽れば頬に傷がつくどころでは済まないが、魔王であるこの怪物がその程度の剣で死ぬはずもない。そうと知っているからこその余裕と言うより、この神父はあくまで肉体が常人であろうと、このように堂々としていただろう。


「……本当に斬りますよ」


「それも勘弁して貰いたいですね」


「くっ……、減らず口をっ!」


 激昂するが、さすがに剣で殺しにかかるほど冷静さはまだ欠けていないようだ。と颯汰は思い、人だかりの外側にいる従業員の一人に声を掛ける。


「あの、……一体なにが?」


「そ、それが……エドアルト様がご乱心を……」


 確かに尋常じゃない空気だ。今にも爆ぜそうなほどに張り詰めている。

 従業員の男は説明を続けてくれた。


「どうやら、地下で何らかの任務を遂行していたようなのですが、それを邪魔した輩がいるだとか」


「――……………………へ、へえ」


 颯汰の顔から色が失う。


「その時に戦って斬った相手の毛皮の破片が、南大陸のなんだかって魔物らしく……、南からきたキミたちマナ教の、あのお兄さんを疑ってるみたいなんです。でも、こんなところで急に抜刀するなんて――」


 颯汰の表情は変わらないが目は泳ぎ、生気が薄まっていく。変身時には外観もすべて変質させていたが、斬られた部位は元の布地へ戻っていたと理解できて思わずその場にうずくまり、頭を抱えて溜息が出てしまう。

 エドアルトは布の切れ端からマナ教の者が犯人だと断定したのだ。自分の甘さに呆れ、客員騎士の執念に慄いた。

 こちらの会話は全く聴こえていないはずだが、エドアルトは魔王とレライエに言い放つ。


「あの時、襲ってきた人物は霊器を――体内にマナを有していたのは間違いない。だから人族ウィリアであるこの神父さまはあり得ない。襲撃者と体格が近く、魔力を有する獣刃族ベルヴァの、そこのヒトが消去法で容疑者です。大人しくついて来るだけでいいので、頼みます」


「よ、よく言うよ! いきなりおじさんに剣抜いて斬りかかってきて、何を言ってやがるんだ!」


 ――……全然冷静じゃなかった


 客員騎士はホテルの正面玄関からやって来て、言葉を抜きにレライエを斬りつけたのである。その光景を目にして女性従業員か女性客の誰かが叫び、今のレライエからも必死さが伝わる。

 アンバードとヴェルミを支配した“王”の暗殺任務に失敗したと気づかれるのはマズイとも思っているのだろう、と颯汰は勘付いた。……それ以上に雇い主であり自国の現皇帝の暗殺を企ててることを知られることを恐れているとまでは、さすがに見抜けてはいなかったが。

 傍から聞けば単なる敬虔なマナ教信者が襲われて悲鳴を上げたようにしか思えなかった。しかし、斬りつけた当人は得るものがあったようだ。


「ええ。でも予想通り避けた。だからこそ、容疑が深まりました」


 一般人なら、やや避けきれない速度の斬撃を迷いなく放ち、レライエが単なる宗教関係者ではないと一層強い確信を得た。


「め、めちゃくちゃだ……!」


「こっちも必死なんです。切断面から私が機器を破壊したと疑いをかけられ、さらにヴァジム様が――」


「?」


「――いえ、ともかく。貴方を捕まえなければ自身の潔白を証明できず、ひいては我が最大の恩人に何らかの危害が加わるかもしれない。それだけは絶対に避けたい」


「機器? いや、おじさんには本当なんのことかさっぱり……」


「あくまでもシラを切るというのですね。……あんな古びた誰もいない酒場に一体なんの用で?」


「なんのことだかさっぱりですな、騎士殿。こっちはウチのところの坊ちゃんを探すのに走り回っただけだというのに」


 何も知らぬと平然な顔で語る男に対し、疑いをもって軍刀を向けるエドアルト。やって来たものの、ここからどうすべきかわからぬ颯汰の後ろから、遅れてやってきた憲兵たちが叫ぶ。


「何事か!!」

「……――貴様はッ!」

「逆賊エドアルト! 何故ここにいる!」


 憲兵たちはすぐさま腰に帯びた武器を抜き、


「退け退け、邪魔だ邪魔だ!」

「やつを捕まえるんだ!!」


 人だかりへ突撃していく。

 武器を持った国家権力に対して、人々は散り散りになって道を開けるしかない。困惑が波のように押し寄せている中、考えに耽る颯汰をリズが連れて他の人々と同じく避けていた。タイミングを見計らって神父とレライエは離脱した。

 援軍が来たことにより、他の従業員や客を守ろうと前に立って盾となっていた憲兵たちも一歩踏み出し攻勢に出る。囲まれる形に変化はないが、入れ替わったせいで状況は彼にとって絶望的なものへと変わる。十人で取り囲んではいるものの、彼の実力を他の誰よりも知っていそう現場の人間だからこそ、攻めあぐねている。

 一斉に踏み込めば不可視の斬撃で一網打尽。個々で波状攻撃をかけるのが最適解だろう。何名かは不審者を取り締まるための防犯器具であるサスマタを用意しに離脱、また一般人を巻き込まぬよう避難させていたため、準備が終わり次第に仕掛けるのがベストではあるが、それまでにエドアルトが黙っている保障はない。


「……逆賊? あっ――」


 引っ掛かる言葉を口にして、すぐさま先ほどのエドアルトの言った台詞が浮かんだ。

『こっちも必死なんです。切断面から私が機器を破壊したと疑いをかけられ――』


「――ま、まさか……俺のせい? 仲間に疑われ、追われてたから、あんなボロボロに……?」


 颯汰の独り言が掻き消される怒号。憲兵たちは次々と階段から降りては抜刀していく。さながら戦場のような無秩序さが、ニヴァリスの中心たる首都のホテルで展開されるのではと、多くの者が恐怖した。


「待てぇえ!」


「聞いてくれ、私は犯人じゃない! まずはその男を――」


 金属同士がぶつかり合う音が続く言葉を遮る。


「――いいや、貴様には既に捕縛命令が下されている! 大人しく連行されるんだ!」


 そう言いながら、もはや力づくで動きを止めようと、抜身の軍刀を振りかぶって斬りつけた。


「くっ……!」


 エドアルトがその斬撃を軍刀で受け取り、衝撃で後ろへ後退させられて叫ぶ。


「あの破壊は私ではない。報告した通り、帝都内部に潜り込んでいる賊の仕業だ!」


必死な訴えを、その言葉を端から真面目に受け止める気はないような態度を男の憲兵はとった。


「はぁ……。客員騎士殿、あの機器の断面――鋭い剣閃はあなた以外にあの場にいたものでは不可能だ。皮肉なことにあなたの素晴らしい剣の腕――外国からやってきたというのにヴァジム殿下が認めてしまうほどの才能がそれを補強している」


「いや待て! 他に壊された機器は同じ壊され方ではなかったはずだ! あのひとつだけで私を犯人だと断定するのはおかしいだろう!」


「……いい加減投降してくださいよ客員騎士殿。我々だって暇ではないんだ。宮廷魔術士殿もお呼びなのだぞ。お前の身柄の確保を望んでおられる」


 言葉の節々や声音に態度から、恨みつらみや嫉妬などという負の感情が感じられる。個人的に彼を良く思っていないのだろう。彼らのそういった人間関係の拗れがあるとは、人間観察を生きる術として身に着けた傍観者でなかろうと察することができる。


 ――宮廷魔術士……? あぁ、あの氷を操る魔王のことか。魔女だとは市井の民の前では言えないし、魔王だなんてもってのほかだもんな


 紅蓮の魔王に浅からぬ縁(怨)を持つ女魔王。

 この大陸全土が魔女の呪いによって永い年月の間、凍土になったと聞き及んでいる。話せば妙にお茶らけた態度の女であったが、おそらくは同一人物なのだろう。

 女魔王は帝都の中心にいながら、支配者の座は皇帝一族に任せている。しかし皇居内部に入ると全員が氷の魔王を知り畏れていた。だからこそ、次にエドアルトが放った言葉に颯汰は驚きを隠せなくなる。


「……――だから、それは一体誰のことだ? 宮廷魔術士? 二ヴァリスに、一度もそのようなものはいなかったはずだ!」


「……え?」


 皇族からの信頼も篤いと聞いた騎士が、言い放つ。あのあまりに存在感があり過ぎる女を、知らぬどころか一度たりともそんな役職の者はいなかったと断言したのだ。

 何か勘違いしているのだろうか。

 憲兵たちもまた違った響動どよめきが奔る。


「何を、言っている?」「やはり乱心か」「なんでこんなめでたい日の前に……」「気狂いものか」「所詮は余所者」「捕まえろとはそういう理由か……」


 憲兵たちは理解できないと各々がエドアルトの正気を疑い、ゆえに捕まえろと命令が下されたと改めて理解した。その空気をすぐに察し、エドアルトは己が正気であることを弁明――すれ違いや勘違いを無くそうと試みた。


「私が、ニヴァリス領内の村々や街を調査中、ここを離れた際にでも雇われたのか? 一体、誰なんだその宮廷魔術士とは」


 子どもたちが誘拐されるという怪事件を追って、国中を旅してきた。その間に知らぬ人材が増えてもおかしくないと思ったが、答えは違った。


「やはり頭がおかしくなってしまったのか……。客員騎士サマ、あなたが任命される式にもいたじゃないか」


「なん、だって……?」


 男の言葉に皆が頷く。乱心しているに違いない。でなければ急に民間人どころか、外国からやって来た宗教団体の一員に斬りつけるという暴挙に出るはずがない。一部は、本性を現した、なんだかわからないが好機である……などと願ってもない状況に歓喜で口角が上がっていた。


「皇后エレオノーラ様が亡くなった年も……?」


「もちろんいたさ」


「あり、えない……」


 エドアルトの顔色がお世辞にも良くなかったが、血の気が引いているのが見て取れる。

 頭を片手で押さえるが、その尋常じゃない様子から兵たちは踏みとどまっている。

 そこへカツカツと靴の音を立てながら、颯汰を送り届けてくれた青薔薇隊の女が軍刀を抜きつつ言い放つ。


「エドアルト殿。陛下のご命令です。即刻我々と共に皇居へご同行を」


「……君も、私が狂ったと思うのかい?」


 なんとか笑ってみせるが、悲痛に満ちていた。

 その顔を見て女は一瞬目を伏せたが、すぐに元の鉄のようなキッとした真面目な顔つきとなる。


「…………抵抗は無駄です。今のあなたは爵位も剥奪されている。それに外界へと繋がる門には既に連絡済み。もう、逃げ場はありません。……すぐに裁判が始まりません、きっと猶予があります。だから、……一度、医者にかかった方がいいでしょう」


 優しさが垣間見えるが、要するに彼女はエドアルトに、精神疾患の疑いをかけているのである。

 そこに怒りを感じて糾弾する余裕はエドアルトにはなかった。


「陛下の、命令……? ヴラド陛下は何故、実の息子であるヴラドレン閣下とヴァジム様を――」


 女の先の言葉を思い出し、少しでも混乱から脱け出す糸口を見つけようと足掻くが、


「――黙れ逆賊が! 貴様、生きて捕縛するように命ぜられたはしたが、手足ぐらい無くなろうと構わぬとお達しがあったのだぞ! それ以上口を開き、無用な混乱を帝都に招こうなど、言語道断! そこに直るがいい、余所者めッ!」


「……っ!」


挑発を繰り返し、隙あらば斬りかかろうとしてきた男が必死に罵る。その焦りと早口から意図的に言葉を遮ったとわかる。都合の悪い話題なのだ。

 冷めてきたエドアルトに反して、逆に相対した男の方がヒートアップしていた。

 エドアルトの熱の失い方は冷静になったと言うより、深い絶望感と失意によって力が抜けてその場に倒れ込んでしまいたくなるようなものであった。

 だが、彼は動かねばならなかった。

『投獄されたと聞いた主君に一体何が……?』

 帝都に何か良からぬことが起きているのは明白であり、無理矢理罪をでっち上げて自分を捕まえようとしているとエドアルトは確信していた。今ここで捕まる訳にはいかない。だがここで憲兵を切り伏せてしまえば、それこそ取り返しが付かなくなる。ゆえに怒りに任せて振られた剣を、エドアルトは時に躱し、時に受け止め、弾き返すにとどめた。猛攻ではあったが、隙を見て反撃することすらしていない。一方的に振るわれ、耐え忍んでいる形だ。


「ま、待ちなさい。殺す気ですか!」


 殺すなと命じられているというのに、知ったことか言わんばかりの剣戟に、青薔薇隊の女が強く注意をする。だが何名かは便乗し、襲い掛かろうと囲み、間合いを測るように武器を構えて足を運ぶ。

 憲兵たちにも狂気と混乱が伝播し、感染したかのように客や従業員は思っていた。

 蛮神デロスがこの光景を見れば、たちまち哄笑するだろう。彼の悪逆たる神の笑い声は荒ぶ吹雪となって降り注ぐと強く信じられた時代もあった。

 仲間の勝手な行動を諌めるために攻撃・捕縛行動に移れないものが大半となっていた。

 盛り上がっている中、一方で……、


「…………はぁ~」


 溜息を吐いた颯汰をリズが心配そうに見やる。彼女にはもう、この後の彼の行動がよくわかっていた。口では悪態をつく癖に、彼は走り出すのだ。

 リズの手に捕まれた腕は自由になると、騒ぎの中、颯汰は片手を口に当てながら小声で呼ぶ。


「王さ、……神父さまー」


「行くのか」


 紅蓮の魔王は何とも聞かず、ただ一言で返す。


「……ええ。嫌だけど。俺のせいみたいだし」


「そうか。夕餉までに戻れよ。でなければ娘たちがまた泣くぞ」


「遊びに行くんじゃないんだよ。……保障はできないし、大人なんだからそっちでどうか宥めるなりフォローしてくださいね? ほんと、頼みますよ?」


 周りを見渡す。予想通り誰も小さな子どもなんかに関心を寄せる余裕がない。抜け出すには好都合であった。


「行ってくる」


 不安げなリズに、颯汰は告げる。

 自分のやったことへの後始末などと思い上がるつもりはないが、少しだけフォローにはなるはず。この混乱を収めるために、異国の偽王が駆け出した。

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