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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
251/437

61 嵐の前

 早朝。

 ガラッシア内は相変わらず靄に包まれている。

 永久凍土の夜明けは遠い――日も差さず、視界は白と黒が支配している。

 人の目を阻む闇の中――深い煙霧に紛れたドス黒い悪意が、傷ついた客員騎士にまでその手を伸ばさんとしていた。


 大きなあくびをひとつ。

 極寒の地とは思えぬ暖かい部屋。位の高いホテルらしく、内装もこだわり抜いている様子だ。

 壁紙の白は、夜には照明のオレンジによって温かみは増す。設置された家具――ベッドも毛布も高級品で、さらに暖炉は他の街で見たものより小型であるが洗練されたデザインで性能も良い。

 これらのお陰で、すぐに夜の寒さを忘れさせ、安眠を約束し、それを叶えてくれた。

 だが夢はいつか覚める――。

 何事にも限りがあるように、安寧は決して永遠ではないのである。

 ゆっくりと伸びをしながら、朝(昼過ぎ)を迎えるのが立花颯汰にとっては常になりつつあったのだが、此度は違った。


「ヒルベルトーっ!」


 宿泊中のホテルの一室だろうとなんの躊躇ためらいもなく、この国の最高権力者に連なる四番目の皇女たる少女――イリーナは扉を開ける。

 蹴破るとまではいかないが、その勢いのまま、驚いて上体を起こした颯汰がいるベッドに向かってドタドタと歩み寄った。

 廊下に控えにいたのは鍵束を抱えたこのホテルの主人である初老の男であった。逆らえぬはずがないが、申し訳なさそうな顔である。


「もうホントに心配したんだからねっ!」


「あ、あぁ。……ごめん、なさい? (う、うるさい……。寝起きの頭にガンガン響く……!)」


 いくら顔が良くても、将来は確実に美人となるであろう麗質さを備えた少女とはいえ現行の性格――ファーストコンタクトの印象が最悪すぎて、颯汰にとってイリーナは正直、相手をしたくないタイプの異性であった。

 犬(狼)耳銀髪八重歯のツンデレロリっ子皇女とか盛り過ぎてもはや胸焼けを起こしそうな大渋滞であるが、それは外面だけの話。純粋ゆえの性悪さを受け入れられるかはその人の器量次第か。

 神経を逆なでするとまでは言わないが、颯汰の頭の中では、村で行っていた悪逆が脳裏にチラついてしまうのである。

 そんなネガティブな感情を抱かれているなどとは露にも知らぬイリーナの声音と表情や様子から、怒りより喜びが勝っているようではあった。


「あー……その節は、どうも、すいませんでしたー」


“貴女のお姉さんたちが原因ですよ”とはさすがに言えず、気まずいまま目を逸らすが、この手の支配階級の少女は基本的に自分たちに何か原因があるとは考えない。脳が勝手に、溜息も照れ隠しなどと都合よく変換してくれる仕組みとなっている。


「まったくもう――」


 何かすごい勢いで捲し立てるように、やれ心配しただの、やれ探すのにどれくらいの人材を割いたなど言われたが、颯汰は言葉を片耳からもう片耳へと聞き流していた。説教もこうやって聞き流したばかりであるが、もっともらしく話を聞くふりは上手い。


 ――誰か助けて……って最近、なんか助け求めてばかりだなー


 介入を求めて人がいるであろう方を見やる。一緒に寝ていた子たちは既に起きて朝食を済ませて、別の大人組のところにでも行ってたのであろう。

 誰もいなくて少し焦ったところで、ちょうど廊下からひょこひょこと女の子たちが戻ってきた。


「皇女さま。御機嫌よう」


「あらヒルダお姉様にみんなも!」


 三人寄れば何とやら。

 それ以上の人数とはいえ上流階級の出の、慎ましい(笑)乙女もいるので他人に迷惑なるような騒音とはいかない。が、寝起きの耳朶にはそれなりに効くようで、颯汰の口から溜息をもう一度出そうになる。もちろん露骨に出すと何を言われるかわからないので、目線を逸らしながらゆっくりと息を吐くだけに済ませた。


「皇女さまにも本当心配かけて、申し訳ありません」


「いいのよお姉様、使える手駒を使っただけだもん」


 ――天然ナチュラルで言ってるのだろうから、本当恐ろしいな。というか謝らなくていいのなら、俺にあーだこーだ言う必要なくなーい?


 当人を他所に盛り上がっているのは良いのだが、巻き込まないでほしいと心の底から願っていた。普段通りならばそのような願いは叶うことはない……叶わないはず(、、、、、、)であった。


「さぁ、ヒルベルト! 今日こそは私が直々に帝都の案内をしてあげるわ! 光栄に思い、私に存分に感謝なさい!」


 急に何かおかしなことを言い始めて頭痛がした。額を押さえて懸命に声を絞り出す。


「いや、あの……、俺、一応拉致されたばかりの身なんですけど?」


 ガラッシア内で不埒な輩に拉致された後に保護された……ということになっている。

 ただし、『そこに皇族が関っていることは他言しないように――特にイリーナ様には絶対に』、と例の女憲兵に念押しされたのである。

 まだ若いどころか幼い彼女が、事情を知ればそのショックは計り知れないものとなるだろう。なにせ身内の一人はあまりの事に自刃を選ぶレベルなのだ。……颯汰も自分の兄妹があんな酷い粗相を起こしたら確実に寝込む。さすがに自分のところの可愛い双子の妹たちがあんなひどいことをするとは思わないが、最悪ショック死しかねない。

 だからこそ、頼まれなくても空気を読んでイリーナに真実を話す事はしない。他の仲間たちもそれに同意していた。

 唯一勝手にお喋りしそうな自称亜人も、颯汰並みに外面は良く黙っていれば深窓の令嬢そのもの。それに今まで一緒に行動をしていたとき、イリーナに対して過剰に話しかけることもしなかった。微妙に距離感を保っていた事に、さすがに仲間たちが皆が気づいていたが、旅の仲間ではないからだろう程度にしか思っていなかった。

 本能的に相容れないのか、と颯汰は考えたが真相は別に知りたいと思わないので、そのまま下手な事を言わないのを祈るだけであった。

 その亜人は興味なさげにあくびをしていた。その仕草すら愛おしく見えるが颯汰は変なフィルターがかかっているせいか、全然そういう感情がわかない。喋ったり行動を起こすとほんのちょっと残念になるところもウェパルの魅力ではあるのだが、今の颯汰はまだその域に達していなかったようだ。


 口裏を合わせ、拉致されたという真偽入り混じった情報をイリーナも把握していたはずである。


「そう言うと思って、護衛を用意したわ!」


 それなのに――。

 胸を張って指し示す廊下を見やると見知った顔。昨日いた青薔薇隊の憲兵の姿が見えた。


「ロビーにあと十人くらい待機させてるから」


「多くない!?」


「私の護衛も兼ねてるから少ないほうでしょ。これでも本当はもっと数揃える気だったんだけど」


「…………」


 権力の誤った使い方、の見本のようである。

 そのロビーにてマナ教の教えを熱心に説いている紅蓮の魔王がいるが今は置いておこう。

 颯汰がどう返事をし、どう切り抜けるか考えて少し黙っていたら、


「それでも不安ならエドアルトでも呼ぼ――」

「――いやいい、その人超忙しいみたいだから、本当、いらない。マジで!」


 必死に拒絶。

 黙ったことを“不足”と感じたのか、彼女の中でもっとも戦力である異邦の騎士の名を出した。

 颯汰もノリノリで悪役を演じ、加減した(つもり)とはいえ結構な勢いでドロップキックをし、無自覚に相手の心の地雷を踏み、剥いだ爪に塩を塗りたくるムーブをかましたのだ。

 颯汰は、気まずさを顔に出すほど純粋ではないが、罪悪感を感じないほど腐ってもいない。

 要らないところで心労を増やす意味はないので丁重にお断りを入れる。さすがに直球だと色々とマズイと考え、遠回りに逃げ道を探す。

 

「……というか皇女さまたち建国祭の準備とかで忙しいのでは?」


「別にー。どうせ本当なら今日か明日にここに到着する予定だったし。……あ、空いた時間に私がわざわざ案内してあげるんだから喜びなさいな」


「……(わざわざこっちの荷馬車に潜り込む必要はなかったんだな)……俺は休んでるから、みんなで行ってくるといいと思いますよ? さすがに昨日の今日で疲れて――」


 行きたくない、と暗に言ってるようなものである。なにより万が一双子の第二・第三皇女姉妹に会うとなると余計に面倒なこととなるのは確実だ。“楽園”の秘密を知る――他所の大陸からやってきた部外者なぞ、過激な連中であれば即座に排除しに動くレベルだ。おそらく第三皇子と氷の魔王の力で二人とも抑えられているが、彼女たちが独断で行動を起こしても不思議ではない。あの狂気じみた箱庭ですら、彼女たちが秘密裏に作ったものであるのだからその思いも寄らぬ行動力の高さとたくましさから、絶対に動かないなんてことは無く決して油断はできない、と颯汰は震えていた。超コワイ。

 なので有難さゼロで迷惑でしかないこの申し入れに対しては始めから断るしかないのだ。


「――……や」


「?」


 少しうつ向いて垂れた前髪が影を作る。

 震える小さな声で聞き取れなかったが、


「嫌よ!」


「や、やーよ……って言われても」


 またイリーナが有する苛烈さが火花を吹く。

 ある種年齢に相応しいワガママであるが、それを向ける者は権力者であるから、向けられた方は堪ったものではない。


「昨日の夜からずっと、ず~~~っと! みんなで巡るのを楽しみにしてたんだから!!」


「えぇ……!? ……いや参ったな」


さすがに「知らんがな」と一蹴はできない。疲労感はある程度回復しているとはいえ、これ以上無理はしたくない。度重なる変身に時間としては短いが魔王とも戦った。生きているのが奇跡的だ。

 塞がっていても傷は痛むし、ベッドで回復に専念したい。入山許可が下り次第に霊山へ向かうのだから体力はできる限り回復しておきたいのだ。


「明日は前夜で、今日しか時間がないんだから! 付き合いなさいよ!」


「…………え、あ、あぁ」


 曖昧な嘆声が零れる。どうにか乗り越えられないかと思案したときであった。


「姫様ぁぁああああああッ!!」


 ひっくり返りそうな悲鳴にも似た大声が、廊下の奥の曲がり角――階段の方から響いた。


「こ、この声……!」


 イリーナは振り返り、扉の先を見つめる。

 ドタドタと足音と共に血相掻いて現れたのは獣刃族ベルヴァの老執事である。

 テュシアー村にてイリーナの身の回りの世話をしていたワーの民の老人だ。


「じ、爺や……」


「姫様! 何故、勝手に独りで帝都へ向かわれたのですか!!」


 背も丸めて縮んでる印象のある老人であるが、叱責を飛ばすその目は鋭い。表面では変わりないが彼もまた怪我人であり、痛みが残っているはずだが、跳び込むようにこの部屋へとやって来たのであった。


「べ、べつに一人じゃないし?」


「そういう問題ではありませぬ! 勝手に飛び出して……」


 反抗的な顔から、不平そうな顔に変えていたイリーナはどんどんしおらしくなっていく。だが老人の獅子吼は止まらない。


「置手紙ひとつで行方を暗ますのはあれほど止めて下され、と爺は口が酸っぱくなるほど言ったはず……! 御身はエレオノーラ様、延いてはニヴァリスの希望――この国の皇女ですぞ!? もしも何かがあった場合、この爺は死んでも死にきれず、最悪の場合村の者が何人かが責任として牢獄行きか処刑されても不思議ではないのですじゃ。きちんと迎えの者が用意した馬車でこの帝都へ向かい、父君へご挨拶も済ます――それだけですぞ。たった、それだけのことを――」

「――だ、だって! つまらないじゃない! 私はヒルベルトとヒルダお姉様、リザにアシュたち一緒に居た方が絶対良いもの!」


「……姫様。貴女様はその巡教の旅人の方々にも多大な迷惑をかけておりますぞ。何かトラブルが起これば、この者たちの首が刎ねられてもなんら不思議ではない」


 真顔で言うものだからこの場にいるもの皆がきっと肝を冷やしたことだろう。廊下に控える者たちの顔もそっと引き締まる。


「そ、それは……」


「さぁ、帰りますぞ姫様。まさか到着して皇居にまで行かずにいるとは思いませんでしたが、父君たるヴラド陛下にお会いに――」


「い、嫌よ!」


「なッ!? 姫様……?」


「わたしは別に、いなくてもいいでしょ。……一人だけ追い出されて、あんな田舎に閉じ込めておいて……」


「姫様……」


「式典のときにだけ呼び出して、終わればどうせまたあのしみったれた村に戻されるんでしょ!?」


「ひ、姫様……!」


「私はパパから……ううん、家族皆から愛されてないのよ! きっと、きっとママが原因で!!」


「そ、それは違いますぞ――」

「――だったら!! ……だったらどうして、わたしだけノケモノなの?」


「…………この老いぼれに、陛下がなぜ、どのようにして、そう判断を下したかは、わかりかねます」


「なら!」


「しかし、しかしながら! 陛下も貴女様の御兄妹はみな、心から姫様を案じております! これだけは確実! 爺の魂を賭けて断言できますぞ! それに、エレオノーラ様が原因とはとんでもない! 誰も、誰も悪くはございません! それだけは間違いないかと!」


 この老人は、少女と皇族全員へ深い忠誠心をもっているとわかる。わかるのだが、


 ――なにか、事情は深く知らないケド……熱くなってるとこホントに、本当に悪いが、……他所でやってくれないかなぁ


 未だベッドのうえで動けなくなっている颯汰が溜息を吐く。

 平和を享受できる安寧の朝――そんな思い違いだと知らしめられるまで時間は僅か。

 すぐそこまで、鈴の音が迫っていた。


2021/12/25

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