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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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60 天秤

 立花颯汰は納得ができずにいた。

 腹立たしいが、その感情を向けるべき相手がいないのと、そもそも普段のくせでそれを発散しようと動くこともなかった。ただ騙って耐えた。

 肉体への傷はなく、心に負う痛みもない。罵詈雑言を投げかけるような仲間たちではなかった。

 怒りや不満より心配が強かったのだろう。

 鐘の音が響き、宿の外で待ち合わせした仲間たち……リズとアスタルテは颯汰を視認するや否や飛び込んでいったのだ。

 

「あ、あの、いやー……離れ――」

「やだ」「…………(無言の拒絶)」


 抱きしめられるというか、もう抱き上げられている。

 見た目の年齢で言えば二人とも年上のお姉さんなのだが、純真無垢であるがゆえの蛮行を止められるものはいない。それ以上とくに変な動きはないのだ。しかし、颯汰にとってはたまったものじゃない。息が若干苦しいし、気恥ずかしさにより、暖かさは既に熱さとなっていた。あの氷の魔王のときは死と痛みの恐怖が勝っていたためか、こういう若さゆえの純粋でストレートな感情に対して、この男は弱い。


「お、俺も、何も遊んで迷子になったわけじゃないんだ。心配かけたのは、その、……本当に謝るからさ」

「やだ」「…………(無言の圧)」


 リアル地に足が着かない状態。

 誰か止めて下さいと懇願しようとしたとき、


「お二人とも、続きはヒルベルトから事情を聞いてからにすべきですわ」


うまく助け船がやってきた。王女にしてここでは偽姉のヒルダだ。


「続きなんてなくていいわい(小声)」


「あらまぁ元気ですこと。そのままでいいかしら」


「すみませんでした」


 妙に姉ムーブにハマリ始めた王女に、少し毒づくとまではいかないが少し不満を漏らした結果がこれである。姉に勝てる弟はいないのが自然の摂理なので、いともあっさりと敗北を認めて謝罪の言葉を口にする颯汰(ヒルベルト)

 情けない声で謝る偽弟。こういった他人との軽口を言い合うなどという経験こそ新鮮であるため王女の表情は実に楽しそうである。

 人目もある宿の外でなんとか解放された。

 その宿屋は帝都の中ではそこそこ上位に位置するくらいのランクであった。

 外観は味気ない建物や金属群と差別化しているが、そこまで浮いていない控えめな色合い。積まれた煉瓦とモルタルか何かの壁材で出来た淡いクリーム系の色が暖かみを与える。

 名はシンプルに「ニヴァリス・第二グランドホテル」。

 正直言えば大きさは日本にある都会のホテルより一回り二回りほど小ぢんまりしているが、それでも立派なものだ。

 酒場と兼業している店舗や素泊まりの宿がこの時代には多い中、ここは食事つきのホテルであった。

 街の構造上、ウマやミラドゥの馬車などはガラッシアの入り口に預けることが義務であり、旅行者用に併設している厩舎などない。そもそも少ない路銀で転々とする旅人はこの地を好んで訪れやしない。アルゲンエウス大陸の環境が過酷すぎるため、フォン=ファルガンの修行僧などかなり奇特なものぐらいしかいない。

 しかし、商人や金持ちの旅行者などは地方や他の大陸からまでやって来る。裕福であるため護衛も雇えるし、己の足で極寒の地、野生の魔物までいる豪雪の――道なき道を歩いて進まずに済むのが大きい。そして今は特に建国祭という一大イベント前では、帝都ガラッシアはかつてないほど賑わい、ごった返していた。

 友好関係にある諸外国から来賓も大勢いる。その国の主たる人物が直接来ることは基本的にないが、結構な地位についている使者が代理として参加するのが通例である。ただ、ヴェルミでは王座が代わり、再編で非常に多忙であるため使者すらも立てられず、国外の関係の悪化は避けたいところであったが断腸の思いでクラィディム新王は断りの親書を送るしかなかった。

 ※なおアンバードは招待すらされていない。

 ニヴァリスの首都はその特異な地形、街の構造、独自の文明、発達した技術などが非常に物珍しく、多くの観光客を喜ばせている。

 ゆえに常駐している騎士は憲兵隊と合流して様々な職務を全うする羽目となっている。

 大事な時期であるゆえに、また犯罪者や反抗勢力すら押さえられない国であると賓客に思われぬよう、これまで以上に気を引き閉めて臨んでいた。

 青薔薇隊もまた憲兵の中でエリートであり、主に空中庭園や貴族が住まう区画の警備や今回の建国祭ではパレードの設備準備の現場指揮、テロ行為を目論むものがいないかの監視や調査などやることは山積みであった。いくら外国の宗教関係者の子どもとはいえは迷子の、それもきちんと数人がかりで移送などは本来しないはずであった。

 敏い者はその違和感に、警戒している者はすぐにその異常に気づいたであろう。

 理由こそは不明だが、かなり上流の貴族か皇族のものが、そうするよう指示を出した、と。

 空中庭園に住まう貴族や皇族たちと違って、わりと頻繁に地上へ降りることはあっても、そこそこ珍しいものとして視線を集めていた。

 颯汰も途中で悪目立ちをしていると気づいたが、さすがに人目が多すぎてどうすることもできず、大人しく移送された。

 青薔薇の女たちは命令に忠実であり、道中、特に会話はなかったのは颯汰にとって救いではあった。

 特に事情を話している様子はなかったが、おそらく把握しているに違いない。……皇女姉妹がやらかしたなどとはスキャンダルが過ぎる。颯汰も条件を呑んで他言しないように約束をした。だが、所詮は子どもの口約束。彼女たちは移送兼監視もやるよう言われたのだろう。颯汰も自分の立場であればそう命じるはずだ。

 颯汰も少し距離を置いて後ろからついて来たレライエも、『しばらく――この街にいる限り監視されるかもしれない』と心の中で溜息を吐いたが、その内心の焦りの度合いは大きく異なっていただろう。

 途中、その懸念を革命を起こそうとしている仲間たち――レジスタンスの仲間に洗脳装置に作用で気を失っている子どもを渡した時にひっそりと伝えた。ミスリルの目のメンバーである仲間は、アンバードの王とは疫病神なのではと毒づいていたが、レライエにはそれを否定する材料が見当たらず、曖昧な顔で答えなかった。


「ご苦労様です」


「貴方がマナ教の……」


「はい。神父をしています。私たちの大事な息子を保護していただき感謝しきれません」


「いえ。礼はヴィクトル様へ。私たちはただ連れてきただけなので。それに殿下はあの少年をいたく気に入った様子でして」


 颯汰たちのやり取りを横目に、大人たちが会話をとっくに始めていた。軽く説明をした後に青薔薇隊の女は書状を神父を名乗る紅蓮の魔王に手渡す。


「これを。明日にでも手続きを行ってください。しかし近頃は山が荒れています。優先的に手続きは可能ですが、早々に入山の許可は下りないかと……」


「なるほど。それは仕方ありませんね。明日に伺ってみます。本当にありがとうございました」


 青薔薇隊は敬礼をしてその場を去っていく。

 颯汰はその様子を眺めつつ、ここに来る前の――氷を操る魔王と、第三皇子ヴィクトルとのやり取りを思い出していた。

 ヴィクトルは双子の弟たちを連れ、帝都ではなく、長らく東へ遠征していたようだ。

 建国祭という時期であるがゆえか、シルヴィア公国は挑発のつもりか境界線を越えて侵攻を始めたのである。南の二大国よろしく険悪風のプロレス染みた小競り合いは、これまでも何度も起きていたが、実際に戦うものたちの大半は事情など知らず、国益のため 国に向く不満を逸らすために血を流し、憎しみを募らせられる。

 そんなある意味で犠牲者の中で、自ら先陣を切る、前線で指揮を執り戦う武人がニヴァリス皇帝の血を継ぐ者たちである。

 実戦馴れしていない弟二人をつれて第三皇子は奮闘し、敵勢力の撃退に成功する。

 本来は建国祭までに余裕をもって帰国する予定であったが、戦が長引き、多少遅れながらもなんとか三日前に京入りを果たしたようだ。

 そんな第三皇子は妹たちの所業に軽く目眩いに襲われ、颯汰を無事に地上へ送り届けるよう、青薔薇隊に命じたのであった。

 リフトで下降する前、氷の魔女は颯汰と繋いだ手を離して言った。


『妾はここに残る。ついて行きたいが、あの憎き紅蓮に勘付かれるとすべてが水泡に帰すゆえ』


『……てっきり、あのお姉さんのふりしてついて来るものだと』


『確実にやつを葬るためじゃ。あとは時さえ満ちれば……――』


 無策ではないとは思ったが、何か企んでいるようだ。それを尋ねても女は答えてくれず、


『お主はいつも通りに過ごせばよい。……例えどこにおろうが。そう、ペイル山の頂上だろうがな。合図も不要じゃ。すぐにわかる』


 この女が、ろくでもないことをしようとしているのは確信できる。


 ――だけど、状況によっては……


 義など現実の前では簡単に揺らぐ。

 特に、己の生命活動に支障が出る際は、天秤は最も尊い重きの方に大きく傾く。


 ――時間を稼げ、とも言ってなかった。てっきり自分の敷地である帝都より、霊山で決着をつけたいから許可証の方を優先的に手続きできるよう頼んだのかと思ったのに……


 まったく見当がつかないが、紅蓮の魔王の存在を知っているというならば、生半可な策では通じないとわかるはずだ。


「…………あっ」


 しばしの沈黙の末、脳裏に浮かぶ。

 “風の洞窟”にて出会った巨大なオオカミの霊獣王の姿が――。


『――われであったら同じく傍観に徹しようぞ。仲間への情はあっても大事のために鬼となろう』


 魔王の使い魔を脅威と見なさず、仙界ではなくわざわざこの世界に降り立った。


「竜種の王――シロすけのお母さんは、世界を守るために、何かを監視している。……その“何か”が、もしかし……」

「ほらソウちゃん。独りでぶつぶつ言ってないでそろそろ部屋だよー」


 既にチェックイン済みであり、考え事をしている間に颯汰は運ばれていた。自分の足で歩いたかさえ曖昧なほど没頭し、リズとアスタルテが可愛らしく不機嫌になっていたのがわかる。

 またやってしまったね、とシロすけが右前脚で颯汰の頭をパシパシ叩いた。

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