20 太陽祭1日目 其の壱
翌日――王都ベルン。
ヴェルミの国王『ウィルフレッド=レイクラフト=ザン=バークハルト』が高らかに『太陽祭』の開催を宣言する。
そのエルフの王は老齢であり、枯れ木を思わせるほどに顔のシワとやせ細った腕を持っていたが、その眼光だけは猛禽のように鋭く、一睨みで他者の心を鷲掴みして屈服させそうな強い何かを感じさせる。そんな王は想像できないほど高齢であるが、まだ寿命は遠そうだと誰しも思っている。
彼が立つ場所は大樹セラフィーの象徴――『神の宝玉』の前だ。
遠目では大きな古びた樹であったが、その実は巨大な樹、一本だけではない。
中心の大樹セラフィーを囲うように複数の樹木と灰色の石ブロックが合わさり、王宮と化しているのだ。
遠目では気づきづらい人工的な階段と自然に溶け込んでいる不思議な光景が広がっている。階段を登り、宝玉の前に立っていた。
太い枝の先、葉で隠れているが建物があったりする。他にも秘密はありそうだと颯汰は踏んでいた。
国王の挨拶はどうにも街中のどの階層でもはっきり聞こえているようだ。それほど大声を出していないが、自然と言葉が耳に入ってきた。
最初こそは聞き入っていた颯汰も、学校長の“ありがたい話”並みに冗長であるため聞き流し始めた。内容に関してはあちらほど益のない訳ではない気もするが、如何せん眠気が襲ってくるのを我慢するので精一杯であった。
『――それでは皆、三日間、太陽と大地に感謝を忘れず……大いに楽しむがいい』
そう言って話し終わり、国王が両手を掲げた。その時、不思議なことが起った。
王都全体は巨木の枝や葉によって陽光が遮られ、僅かな木漏れ日しか覗かせない薄暗く落ち着いた雰囲気を持っていた。
しかし、王が手を掲げると、その手からエネルギーが静かに溢れ出して天へと昇っていき――葉に落ちるはずの日差しが、通り抜けて地上へと降り注ぎ始めたのだ。
「…………、うわぁぁ……」
驚き、一瞬声が出なかった颯汰をボルヴェルグは優し気に見る。
セラフィーの葉が王の力のお陰か、半透明になったのだ。薄緑のセロハン越しに差し込む――光の色彩に変調はないが、優しい光となって民へと投げ掛けている。街全体の様子が大きく変わった。
静まっていた民も、熱狂に包まれる。そうして祭りは始まったのだ。
ボルヴェルグは大事な所用――王との謁見のため王宮へと向かい、颯汰は颯汰で自身のやるべき事を果たそうと考えた。
それは図書館を探す事であった。
書物の中に、この世界から帰れるヒント――もしくは似た体験をした者の記述があれば大助かりである。……のだが、実際そんな上手くいくとはあまり思っていない。ただ無為に過ごすより行動を起こした方がマシであるくらいに考えている。
石のブロックで造られた階段を使い下の階層へ行くと、人が溢れて大賑わいであった。王都は最上層が王宮であり、そこから貴族層、居住層、商業層と四つの階層に分かれていた。
王都に住む貴族や、中には辺境に移り住んでいるがここ土地を持つ貴族がいる階層であるため、さぞかし性格の悪い権力者が集まっているのだろうと想像した颯汰であったが、案外そんな事はなく、貴族層を快く開放して祭りを楽しんでいた。
どうやらここは吟遊詩人や大道芸人などが集まっているようであった。中には弦楽器から奏でられる音色に合わせ、剣での演舞を披露する者もいた。音楽に合わせて手を叩く人たち、歌に対し真剣そうに耳を傾ける人たちもいた。
物珍しいため惹かれるものはあったが、とにかく探索しようと考えた。あくまでもこの世界から脱出するヒントを見つけるのが目的なのだ。
吟遊詩人の歌は「魔王がどうとか」「巨神がどうとか」など、耳に入ったのは断片だけだがよくある民謡で、自身に関係ないだろうと思いその場から離れて下の階層へと進んだ。
居住区の大通りの両端に幾つも売店が立ち並んでいた。生活用品というより、祭りの時期だからこそ売っているよく分からない装飾品や、かまどで出来上がったばかりの熱い料理を販売していた。他にも珍しい甘味など、普段手が届かないものを格安で仕入れて販売しているのは他国からやってきた行商人もいた。
しかし、その肝心の図書館の場所は知らないため歩き回っていた。他人に訊ねるのはあくまで最終手段として取っておきたかったのだ。……単純に人に話し掛けるのが億劫なだけであるが。
そして、多くの人が行き交う道から、路地に入ってうろうろしていたら、
「………………どこだ?」
道に迷ってしまった。
だが、颯汰は冷静に左手を壁につけて歩く。いわゆる「左手法」だ。迷宮で迷った際に多く使われる手法であるが、出口が外周上に存在しなければ辿り着けないという欠点があるため必ず攻略できる手法ではない。しかし、ここは迷宮ではなくただの住宅街であるから脱出不可能となることはまずない。
ただ、……面倒ごとに巻き込まれるはめになるだけであった。
薄暗い路地裏――、木製の家々の間にあるここは屋根や壁によって日が遮られていた。
彼らは王都出身者ではない。おそらく王都より最も近くで、見方を変えれば王都以上に繁栄しているコキノからやってきた者たちだろう。人族二人にエルフ一人の三人組だ。
見た目は成人はギリギリ迎えていないぐらいだろう。そんな彼らがやっている事は恥ずべき行いであった。
「おい兄ちゃん、金貸せや」
ただし返すとは言っていない。
そう、ただの強請り集り、恐喝して金銭を巻き上げるカツアゲだ。
よりにもよってこんな王都で、彼らはそれを実行する。しかも相手が自身より遥かに小さな子供相手にだ。
馬鹿な彼らも万が一、貴族が相手では結果がどうなるか分からないため、平民の子か人族を選んでいた。格好からこの子供が平民だと判断したのだろう。
「…………」
エルフの少年は少し俯いて沈黙していた。
格好は麻の緑衣。祭りに合わせて少しお洒落をした感じがするのは羽織っている朱色のマントのせいかもしれない。
「聞こえてんのかぁ? あぁん?」
一瞬、顔を上げたその少年の目は爛々(らんらん)と輝いて見えて青年たちは首を傾げたが、すぐに少年は難しい顔をする。青年たちは気のせいだと思い、再び奇声に近い言葉で脅し始めた。
だが、不思議なことにその少年は動じていない。どうするべきかとは考えに更けている様子ではあるが、眼前の青年たちが脅威に感じていない風に見えた。
知性が足りない彼らも察したのか、ついに実力行使に出る。二人が逃がさないように背後へ回り、エルフの青年が刃物をチラつかせたのだ。
「舐めた態度取ってんじゃねぇ――」
「憲兵さぁあああん!! こっちですぅぅぅうう!!」
脅し文句を言い切る前に、突然の大声に潰された。その内容に、三人の青年はギョッとする。声は路地の曲がり角から響いてきた。どうやら誰かに見つかったらしいと判断した彼らの行動は早かった。大きな舌打ちをして、
「チクショウが!! ズラかるぞ!!」
ナイフを持った男がそれをしまいながら走ると、二人が動揺しながら返事をして、一目散に声のする方向と逆向きに走り出して行った。
ドタバタと走り去る青年たちをエルフの少年がぼんやりと眺めていた。
「いい大人が子供をカツアゲしてますぅううう!!」
最早そこには件の少年だけが取り残されていたが、まだ大声が響くものだから、その声を聞いて少年は堪らずクスリと笑ってから返した。
「ありがとう。もう大丈夫だよ」
見た目年齢より幾分も落ち着きのあるソプラノボイスが聞こえ、憲兵を叫んで呼んでいた声の主がひょっこりと路地の曲がり角から顔を出した。
「あ、そう。無事で何より」
人族のような少年はそう答えてエルフの少年の前まで歩み寄ってきた。
「怪我は?」
「ないよ。――貴重な体験だったけど、どう対処すればいいか困ってたんだ。……ありがとう、君のお陰だ」
金髪で端整な顔立ちの少年が爽やかな笑顔で言う。男性にしては少し長めのセミロングの髪のせいもあり、女の子と言われれば何人かは騙されそうな中性さを醸し出しているが、れっきとした少年である。
言葉に邪気はなく、感謝は心からの想いなのだろう。
貴重な体験という点に首を傾げたが、エルフと自分では感性が異なるの矢も知れないと思いそこについて突っかからずに流す。
それに対して叫んで青年を追い払った人族の少年もどこか見た目年齢と不相応な落ち着きを持っていた。
「? ……別に、ただ憲兵を大声で呼んだだけだ。……実際、憲兵は来てないし、そこに誰もいなかったから当然なんだけど」
そう、彼はあたかもそこにオトナがそこにいるかのように、大声で叫ぶという対不良の常套手段を用いたのだ。
「ハハハ、よく思いついたね。逆の立場だったら、思いつかないで突っ込んでるかも。ところで君、名前は?」
意外に勇猛というか……考えなしなのだろうか、と思いつつエルフの少年の問いに答える。
「颯汰。立花颯汰だよ」
「…………珍しい名前だね。僕が知らないだけで人族はみんなそんな感じなのかい?」
「さぁ? 訳あってあんまり知らないんだ。それで君は――」
「僕はディム。そう呼んでくれ」
「……そうかディム、次は気を付けるん――」
背を向け早々に立ち去ろうとした恩人の肩をディムが掴んだ。
「――待ってくれ」
爽やかな笑顔を向けられ、颯汰は思わず目を逸らす中、エルフの少年が続けて言う。
「また彼らのような人たちに目を付けられるかもしれない。それは君も同じだろう?」
確かにそうである。だがこの後に続く言葉が予想できたため首を縦に振らないで沈黙を貫き通そうとした。
「ならば一緒に行動する方が得だ」
「……………………………………まぁ、一理あるけど――」
太陽祭に相応しい、全てを照らすような眩しさを持つ少年に、どこか懐かしさを感じながら本能で避けようと思いつつも、本物の輝きからは避けられない。
「それに君は見たところベルンの住人じゃないよね。僕が色々と道案内してあげるよ。それが助けてくれた報酬で、どうかな?」
ついでに街の事とかも教えるよ? と勝手に話を進めるディム少年に、
「…………子供二人でどうにかなるものか?」
「一人よりマシさ。それにせっかくのお祭りなんだから多い方が楽しいでしょ?」
満天スマイルに焦がされたせいか、颯汰は早々に折れた。
――そこまで頑なに拒む理由もない、か。それに、言ってることは正しい。もし自分が一人でこのまま歩いて迷えば、あの不良共の餌食になるかも。
「はぁ……。まぁ、分かったよ」
「よし! じゃあ、そうと決まったらまずは大通りに出ようか」
半ば強引にエルフの美少年と同行が始まったのであった。
ディムの後ろを、颯汰は着いて行くとさほど時間が掛からず、大通りに出る事に成功する。この少年は案内すると豪語するくらいには街を熟知している様子であった。
「ソウタはどこから行きたい?」
「ん? あぁ、図書館は……あるよ、な?」
現代の日本では、どこの市にも大抵設置してある公共施設であるが、異世界においてはどうなのか分からず、語尾が弱くなる。
「ん……んん。うん、あるにはあるけど……」
エルフの美少年は曖昧な返事をしたから、颯汰は彼の顔を覗き見る。せっかくの祭りというのに公共施設を挙げたのが変だったかと想像したが、どうやら違う理由らしい。美少年はバツが悪そうな困った顔をして答えた。
「図書館は王宮の中なんだ。それに、王族か貴族の一部しか入れないんだよね」
「えぇ……」
颯汰は落胆したが、同時に納得もできた。まだこの国は全ての者に教育を布く事が出来ていないのは、紙媒体が高価というコストの面もあるが、国で知識を独占しているため教える人間もいないのも理由なのだろう。
そう先ほどのカツアゲ三人衆の顔を思い浮かべていたら、ディムは少し驚いた風に颯汰に訊ねた。
「図書館に行きたいだなんて……、すごいね。君は字の読み書きが出来るんだ?」
優しい日差しの下、空気が一瞬で凍り付いたのかと思うほどに、颯汰から血の気が引いた。
「………………あ」
「え」
あまりに自然に誰に対しても言葉が通じる世界であったから失念しがちであったが、ここは日本ではなく、使われている文字もまるで異なるのだ。今まで気にしなかったが、改めて訪れた場所の記憶を辿ると、店の看板や掲示物もどれも見覚えのない文字であったのだ。
根本的な部分に気づかされ、颯汰のここでの目的が早くも潰えたのだった。
「教えてあげようか?」
「…………いいよ、そんなすぐに身につくものでもなしに」
エルフの少年に気を遣わせながら、ヒトの少年は頭を掻きながら路地から一歩踏み出した。
実は、悪夢オチをもう一回続けようと思っていたのですが消しました。目を覚ましてるときの目指す夢の話なら「いいね!」っ応援できますけど、寝てるときの見た夢の話なんてされても「お、おう……」としか言えませんからね。連続でされても食傷気味になりますから。
次話で女の子出てくる予定です。




