59 合流
敵対するつもりは当人は然程ないのだが、結構な頻度に刺客を送り込まれている暗殺対象たる少年王が、送り込んでいる側の国の首都で行方不明になっているという事件。単なる迷子で見つかれば笑い話で済むものの、明確に敵意をもった何者かが関っている可能性が否めない。
マナ教に扮した一行はチーム分けをし、颯汰の捜索を始めた。
紅蓮の魔王と闇の勇者リズとアスタルテ。
皇女イリーナとヒルデブルク王女と憲兵六名。
雪の民のレライエと吸血鬼を名乗るウェパル。
集合場所を泊まる予定の宿に決め、夜を告げる鐘の音が聞こえたらそこへ行くと決めて解散した。
煙に満ちた街で旅行者とそうでない者を簡単に見分けがつく、防塵マスクのようなしっかりとした作りのものを着用し、聞き込みを始める。
仄暗いが、活気にあふれて見える。
屋台の前で商売しているが、磨かれた金属のオーナメントや赤や黄色、緑色など派手で明るい色の布などで飾り付けをしている。
建国祭の準備もいよいよ大詰めか。
レールの上を路面電車のようなものが電飾と照明で存在感をアピールしながら進んでいく。中は広いが、街中であるし視界も悪いため、歩くよりは早いがそこまでスピードはない。
索道のロープ以外にも、鉄骨が剥き出しの橋が何ヵ所かあり、そこを進んでいく。
景色は白みがかっているが、下を見ればその高さに血の気が引くものだが、一人はそんなもの恐怖の内に入らず、残り二人はそれどころではなかった。
「ふむ。この帝都の広さだとなかなか骨が折れるな」
紅蓮の魔王が言う。
窓の外をぼんやり眺めていそうな、くつろいでいるようにしか見えない。
顔が少し隠れていてもわかるほど、傍から見ればいい男。声を掛けようとする女は何人もいたのだが、皆がそうしなかった理由は別にある。連れの少女たちの様子が尋常じゃないのだ。
二人ともフードを深く被っているが、血眼で周囲、窓の外から頻りに何かを探している挙動不審な少女。もう一人は眼差しはどこを向いているのか、虚ろでブツブツと何かを呟いている。
魔王の言葉に反応を示さないアスタルテに代わり、必死に探し回るリズは冷たく殺意を向けるだけに留まった。言葉すら、わかりやすく動いたわけでもないのに、様子を見ていた住民はその物々しい剣呑さに言葉を失う。
「…………」
今は争っても無駄だとリズは悟り、自分の首に結ぶマフラーの内側、胸元の紅い結晶体に触れる。魂を結ぶ“契約”により、自分が死んでいないということはつまり、彼が無事だという証明となる。とはいえ不安なのは変わりない。己を慰めるように触れて、意を決する。
――どこにいるの……。お願い……!
契約者としての繋がりのあるリズではあったが、まだ未熟であるためかなりの集中力を要する。呼吸を整え集中し、祈りを捧げつつ繋がりを辿り居場所を突き止めようとしたところを、
「――待て」
紅蓮の魔王が手を掴み制止させる。
反射的に星剣の片割れを空いたリズの右手に顕現させる。刃は紅蓮の魔王に向いたが、不可視の刃を顔を逸らして躱しつつ、王は諭す。
「この地に魔王がいるやもしれない。契約者の探知のつもりが、少年よりも先にその存在を貴様が感知したならば――勇者として、魔王への殺人衝動が抑えられないことだろう。そうなれば、少年を探すどころではなくなる」
「…………」
「この地で気配が濃くなった。今の貴様では己が衝動に打ち克つのは困難極まりないだろう」
「……」
「よほどの危機であれば私も動く。案ずるな」
「…………――」
リズは不承不承ながら納得し、刃を納める。
勇者として先輩にあたるこの魔王が、実は颯汰の居所を既に突き止めているのではと疑うが、飄々としたこの男から問いただすのは至難の業だ。それ以前に言葉を話せないリズの訴えなど、読み取れないふりでもされればそこで終わる。
今すぐ剣を抜いて駆け出したい気持ちを抑える要因がある。自分以上にフードの下は顔面蒼白となっているアスタルテが心配で、彼女を宥める必要もあった。宿屋で休ませたほうが良いと思ったが、彼女の意志は堅く、頑なであった。
だがそんな彼女の覚悟や願いも虚しく、鐘の音が響き渡っていく――。
その一方で、別の地点にいたレライエは息を呑んだ。
「…………いや、嘘でしょ?」
「? あー! ソウちゃんいるじゃーん!」
レライエは独自の情報網で地下を捜索し、一人の子――颯汰と一緒に検査を受け、洗脳を受けかけていた少年を背負っていた。
皇女姉妹の楽園はエドアルトが率いる憲兵たちで構成されていた集団が確かにいたが、早々に撤退を始めていた。保護した子どもたちの中にいたその子どもを、「知り合いの子」であると、怪しい書類と袖の下か何かで受け取っていたレライエは、
「保護した子どもたちの中に居ねえと思ったら、なんでそんなとこにいるんだよ」
思わず愚痴る。
視線の先、群青の制服を着込む憲兵に連れられて歩く颯汰がいた。女性だけで囲まれていて表情はばつが悪そうである。
――しかも“青薔薇”……ってことは、庭園から降りてきたってのかい。おいおいマジで生粋の巻き込まれ体質だな。神父殿から聞いてたが、いくらなんでも度が過ぎているだろ
女性だけの構成された青薔薇隊に護送――というほど厳重ではないが、辺りが別の意味で騒めき出す。青薔薇隊の憲兵の一人――短めの黒髪の女は小さな子の手を引きながら、歩幅もペースも合わせる配慮を見せつつも、服装帽子等に乱れはなく、顔つきも生真面目なものであった。
一般人の誰しもが堂々と歩く国家権力に道を譲るしかなく、黙々と進んでいく。
レライエはすぐに接触するか迷った。
歩く青薔薇たちは見える限りでは少なくとも四名はいる。だが他に離れて様子見をしている者がいる可能性だってある。
「こりゃ神父殿たちと合流した方がいいかも。さて、おぉい……――あれ?」
隣にいたはずの亜人女に声を掛けて一度離脱しようと言おうと横を向いた時にはその姿は無く、嫌な予感がすると正面向いたらタッタッタと小走りでいく姿が見えた。レライエは思わず目を瞑り額に右手を置く。
このまま放っておけば余計なトラブルに見舞われる。青薔薇の連中とは素顔で対話したことはないが、念のため深く被ったフードを被り直し、追いかける。
「何者かッ!」
青薔薇隊の女が凛々しい声で問う。少年を引いた手から腰にある軍刀へと移す。
近づいてきた女は、
「……あ、えーっと。……その子の、姉です」
急にキリッとした顔つきと声音を変えて言う。
そんなウェパルに対し『……なんで!?』と全く同じ言葉を心の中呟いていた颯汰とレライエを余所に、女の狂言は続く。
「すいません。私たちの大事な弟なんです」
普段の自由でお茶らけた雰囲気ではなく、まさに見た目通りの深窓の令嬢感を出していた。
その勢いと雰囲気に呑まれ、
「失礼しま……――失礼した」
空中庭園の上流階級の者たちを相手するように咄嗟に敬礼が出てしまったようだ。徐に手を戻し、恥ずかしそうに頬染めつつ咳払い。そして青薔薇の女憲兵は颯汰を見やる。
颯汰は仕方がないので肯き、前にいく。
「此度はウチの大切な弟がご迷惑をかけて、誠に申し訳ございませんでした」
思わず颯汰が令嬢の顔を見る。
猫被りというか、ここまで来ると一種の詐欺師の才能の片鱗を窺わせるレベルである。何なら颯汰も若干ドキドキしてしまうくらいだ。
呆けていたがウェパルが頭を下げると、そこで我に帰り颯汰も追従して頭を下げた。
「い、いえ。こちらも仕事ですので――。ところで、マナ教の方でよろしいんですよね?」
「ええ。私は訪れるのが初めてですが、なんでも彼の霊山に旧い神殿があるとか」
「そのヒルベルト君と保護してくれた方から、巡礼の一環である、と伺いました。……その方がヒルベルト君を大層気に入った様子で、入山の手続きを優先させるようにと」
絶妙な嘘と真実を隠しているが特に指摘するようなものではない。そもそも皇子の好意ではなく謝礼兼口封じのようなものである。
――あの皇子さま、手続きの優先どころか泊まる予定の宿の名前言ったらタダにしてくれるとか、小遣いにしてはとんでもない額握らせるわ……。気前が良いというか身内のことだからそりゃ必死になるか。うん。可哀想だしできる限り秘密にしておくべきだな
そもそも、憲兵を顎で使うような人間など限られているが、そこを明かすとまた説明がややこしくなるので気づいても誰も触れようとしない。
ウェパルも気づいているのかいまいのか分からぬ様子で、手を一度叩き、優し気な声で称賛するように言う。
「まあ! ヒルベルトったら、まったく、隅に置けないわね」
「…………(ちょっとこの女、無駄に美人で毒気がないのに、なんだかすごく鬱陶しいな)」
颯汰は妙な苛つきを覚えていたが曖昧な表情で笑って、面に出さぬよう誤魔化す。
青薔薇の女は特に疑いもせず、丸めた書状を取り出してウェパルと話す。
「……鐘が鳴り、今日はもう受付時間は過ぎていますから明日以後とはなりますが――この証明書を保護者である神父様に直接渡したいのですが」
「これから皆が宿に戻るところです。鐘が鳴ったらこの子の捜索を止め、集合する約束をしていたので。……ではどうかご同行願います」
「ええ。この時間はまだ明るく、建国祭までの準備で人は大勢いますが、最近は人攫いなどという、不埒な輩がいるようで。――憲兵として恥ずかしい話ですが。……我々が貴女たちを責任をもって護衛します」
いやマジで恥ずかしい話だよな。とは颯汰の心の中に住まう悪鬼が呆れて語り掛ける。颯汰もそれには同意せざるを得なくて黙って肯いた。
何かやらかすのではないかと焦って、子を背負ったまま合流したレライエであったが杞憂で終わり、安堵しつつも青薔薇の集団に若干怪しまれていて内心気が気ではなかったであろう。さりげなく颯汰が割って入ったり、あざとく手をレライエに差し出して仲が良い風を装って事なきを得た。
殆どが白む景色で、不定期に帝都中を換気を担う人工風が駆け巡る。薄っすらだがドームの外が見やすくなり、重く垂れた雲と降り頻る雪の奥に闇がはっきりと見える。冬の夜の帳はすぐに下ろされ、星は遠く、月は見えない。オオカミの遠吠えは夜風と吹雪に掻き消される。
一日が早くも終わろうとしていたのがわかった。目指す霊山はさすがに見えぬ。だが竜の子は遠くをじっと見つめていた。やがて飽きたかのようにあくびを一つ。壁をするりと這って昇って行き、ひっそりと颯汰の衣の中へ滑り込んだ。一瞬ビクリとしたが、顔を出す相棒の顎を指先で撫でる。撫でつつ、(もう早く助けを呼んでくれよ~)っと無茶なことを小さな声で言い、苦笑した。




