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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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56 氷の密約

 その名を口にするのさえ腹立たしいように、ありとあらゆる怨嗟を込めて告げた名に、立花颯汰は覚えがあった。


「――な、に……?」


“紅蓮の魔王”

 その名を――生涯の怨敵と、彼女は言った。

 その言葉に込められた深い憎悪が本物であると気付いた颯汰は、

 

 ――紅蓮の魔王(王さま)を憎んでいて、復讐の対象……!? ってことは今、非常に拙い状況なのでは?


凍るような寒さの中――、先ほどまでと似ているが、何か決定的に違う身の危険を感じていた。


「……じゃ、じゃあ、俺はこれで。――ッ!」


 立ち上がるが、激痛で一歩も進めそうにない。

 満足に身体を動かすこともできなかった。

 颯汰は右脇腹を押さえ、左膝から崩れる。

 服の下には既に治りつつあっても傷がいくつもあり、滲んでは紅く染めていく。流れた血のせいで体温が下がり、一層寒さを強く感じていた。


『待て(わっぱ)


 氷を操る魔王が歩む。一歩進むごとに薄っすらと床の上にが凍り、それが伝播していった。ヨロヨロと体勢を崩し、颯汰の左手が再び着いた床が凍り付いた。一気にかじかむ指は赤く、霜焼けになってしまいそうだ。長い時間付けたままだと、剥がす際に表皮まで引き千切れることであろう。痛みで歯を食いしばりながら、再び立ち上がる。

 しかし、強者とは往々として弱者を労る気持ちがあっても、結局は自分が基準であるため大事なものを見落としたり、無意識に小事であると断じて気づかないふりをする場合も多い。

 近づくだけで周囲の命を削る災厄は、凍えて身を震わす少年を一瞬、不思議そうな顔をして見た後、上から下まで観察をする。

 睥睨する冷たい瞳ではあるが、相手を舐めくさるのではなく、つぶさに観察を怠らずにいる。それでも眺める時間としては一瞬であり、無駄に掛ける必要は無い。本物の王者の慧眼は鋭いのだ。


『おいおいおい。随分とまぁ浅い(、、)ではないか。いやマヂで。なんなのじゃ? そこそこの――話ができる程度に済ますつもりで撃ったとはいえ、四肢が吹き飛ぶどころか傷は既に癒えつつある。それに腹の穴も開けたつもりなのに塞がっておる。その程度の傷で済んどるとかなんなの?』


「これで、浅い、か。……笑えない、冗談」


 出し惜しみなく力を使って、死を一時的に免れたに過ぎないと知る。今のはこの女にとっては全力ではなく、会話ができるくらいには加減したという。ただし会話ができるのであれば、手足がもげても全く構わないというイカレっぷりだ。

 ……既視感があると颯汰は件の関係者の姿を頭に浮かべる。今、その悪魔の如き男のせいで更なる危機に面している。互いの目的のため――利用し合うために魂と魂を結び付けた“契約”関係にある紅蓮の魔王の姿を。


「というか、四肢が吹き飛んじゃ喋れるものも喋れなくなるでしょうに」


『? 傷を凍らせるなりして生かさず殺さずでいけば大抵の者は口を割るのではないか?』


 氷の無表情ゆえに圧し掛かる恐怖は増す。普通なら死に直結する傷であっても、超常たる魔法を操るゆえに精神性も人外の領域に押し込まれたであろう転生者マオウであれば、延命ぐらい造作もないのだろうか。とても分かり合えそうにないと理解できただけ進歩だろうか、と改めて理解した颯汰は必死にこの場を切り抜ける術を模索する。


 ――動かない足、深い傷、足りない魔力、残存エネルギー量……詰み、いや思考を止めるな。考えろ。考えるんだ……!


 視線を外し、周囲を数瞬見やる。

 危機回避のヴィジョンを構築しようとした瞬間に魔王は颯汰の頬に触れる。


『それにしてもお主。“魔王”を知り、それに先ほどあの名を聞いてほんの僅かだが反応を見せたな? 些細だが。間違いなく。なにを、どこまで、知っている?』


 魔王の冷え切った指先は、凶器と同義である。その気になれば首から刹那に氷漬けとなって殺される。

 返答に困り、ただその無慈悲な瞳に睨まれ動けなくなっているところを、


『……? なるほど……。帝都にやって来たマナ教連中は皆、ヴァーミリアルから来たはずじゃったな。そうか……なるほど、なるほど』


 口元と顎の前に手を置き、可愛らしく首を傾げていた女であったが、一人で納得し二度頷く。

 脳内の自動アナウンスは先ほどで戦闘不能に陥ったため聞こえなかったが、第六感の持ち主でなくても危機的状況だと警報を鳴らす。


 ――な、なんで情報が筒抜けに!?


『今度はわかりやすく青ざめたおったな』


 クスクスと笑う氷の悪魔。


『あのヴァーミリアルで目覚めたあやつ(、、、)が、童のような風変りな怪異を見逃すはずもない。害と見なして調伏させ滅ぼすか、己の手足として操るかじゃろうて。……パッと見た限りは洗脳の類いの術ではないな。魔王へ殺意を向ける怪物を差し向けて妾を討とう……などという無駄なことはせぬな、あやつめは。そもあやつがああいう搦め手の類いを用いれるとは思えん。さしずめお主は協力者……、――いや、無理矢理脅されているというところか。ここにやって来たのも偶然、か……? いや普通こんなところに来ないと思うが、うん』


 ――妙に勘と理解力が高いだけか……!? いやどうする、このままじゃ契約関係だとバレたら死ぬ! 俺が死ねば紅蓮の魔王(王さま)も死ぬんだから、ここで俺を殺す方が手っ取り早い!


 静かであるがわかる人間から見ればパニックに陥っている颯汰を見て、女は笑んで言う。


『おっと抵抗するでない。何かのはずみで首が凍ってポーンっと飛ぶやもしれんぞ』


「ッ……!」


『……? 脅されておるとなれば、隷属の証――何か紋章が刻まれてあるはずじゃが。手の甲には……無いの? お主。紋章はどこじゃ』


 言い渋っていると視界の隅――魔王の背後で生成される魔法の氷柱つららの先端が颯汰を捉えているのを見て、諦めて白状する。氷柱が釘バットのように棘付きであるためより凶悪なものに映った。

 おそらく無いと言っても真偽に関わらず、撃ち貫かれたに違いない。

 

「……ここです」


 己の胸を服の上から指す。

 翼のある竜と紅い剣の十字の紋章を。

 それを見た氷の女王は一瞬顔をしかめた。


『お、おぉ……なんでそんなとこに。……まあ仕方ない。ちょっと、ほんのちょっとだけ触るからな。少し冷っとするが、暴れなさんな』


 女は顔を掴んだ手で、そっと服の裾から中へ潜り込ませる。慣れぬのか嫌悪感か、顔を逸らしながら目を細めていると、紋章に触れた。少しの間を置いてからそっと手が離れる。

 ひんやりとした手が、胸に触れた。

 急激な寒さと、死に瀕することによる極限の緊張により熱くなった心臓が、細く長い指になぞられ、冷やされていく。しかし心地よさはない。ほんの僅かな時間であったが、くすぐったくて、まるで生きた心地がしなかった。

 女王は静かに、呟く。


『まさか、隷属ではなく、“契約”とはな』


 周囲の暗さのせいか、触れあえる距離なのに顔が暗くて見えないように錯覚する。塗り潰された黒の奥には、煮え滾る憤怒が隠れているに違いない。であれば、彼女が次に行うことは目に見えている。


『これは驚いた。お主とあやつ、さらにもう一つの魂が深く結びついておる。あやつが死ねば、お主も死ぬ。お主が死ねば、あやつも死ぬ……と』


 昏き闇の中、瞳が強く輝いて見えた。

 颯汰は声を出さずに慄き、その場から離脱を図る。死の宣告を受けた今、待っていても意味がない。そう思っていたが、身体は動かない。ブーツの表面が凍り付き、地面と一体化していた。

 呼吸が止まる。

 仮に脱ぎ捨てるにもその暇もなく殺される。

 それがどうした、と斬り崩す術も力もない。

 圧倒的絶望の中、足掻くしかない。

 簡単に死を、受け入れるわけがない。

 無意識に、颯汰は右手を己の胸の上に置いた。

 たとえ憶えていなくとも――再起をはかるべく、己の内にあるモノを燃やし尽くさんと、蒼の炎が燃え上がろうとしていた。だが、直後に女王から飛び出したのは意外な言葉であった。


『――お主も、苦労しておるようじゃの』


「え――?」


 敵意が一切、消え失せていた。

 右手の内に輝く蒼炎も消え去る。


『あの卑怯な男のことだ。何か上手いこと乗せられ、契約を結んでしまったのであろう? ……ふむ、ここで紅蓮を討てば童も巻き添え。それは些か後味がよろしくない』


「えっ?」


 深い溜息と憐憫――同情が込められたもの。

 会話したときも、本能的にも相容れないと思っていたが、面を食らったようにキョトンとして女王を見やる。

 女王は一人で肯き、指を鳴らして言う。


『よし決めた。お主にはこれを授けよう』


「これは……?」


 氷の女王が取り出したのは青と銀の色をしたプレート状の物体である。少し厚みがあるが、何かのカードキー的なモノだろうかと颯汰は首を傾げて訊ねる。


『攻撃能力の無い魔法の解除――魔力の繋がりである契約をも強制的に解除する力を有する符じゃ。弱い攻撃魔法程度なら一度だけ防げるがその用途で使うものはほぼいないな。貴重なものゆえこれ一つしかないが、もしもの時のために取っておいた。良かったの、お主』


「――まさか」


『妾があの男をぶち殺す直前に契約を解除するのじゃ。むふふ、この状態にしては頭が回るではないか。さすが妾じゃな』


「いや、あの……」


『なんじゃ? ああ別に気にするでないぞ。街丸ごと一つ買えるぐらいの値ではあるが惜しくはない。お主も無関係の争いで命を落としたくはないじゃろうに。それと――』


 途中まで何か上機嫌であったが、魔王という怪物は秋の空よりも読めない。力があるゆえに奔放なのか、言語と思考は似通っているが決定的にヒトと異なる倫理観などを持ち合わせているのか。氷と形容するに相応しい冷酷で無感情な顔と声音続けて言った。


『――これはお願いじゃあない。“警告”じゃ。従わぬのならばお主は契約者として、一緒に死ぬのみよ。……それではあんまりだろう。あぁ、なんとも慈悲深いのか妾は』


 後半で己に酔いだした魔王に、颯汰は問う。


「…………俺に、裏切れ、と?」


『ハッ。何も背後から刺せなぞと無茶は言うとらん。どこにいるかなぞ場所も、別に言わなくていい。お主はただ普段通りに過ごし、時が来たときにそれを使い、契約を解消するだけじゃ』


「……」


『もしも、もしも仮に――よもや利用されていると知りながらもあやつめに情を抱き、妾の邪魔立てをすると申すならば、殺されるよりも残酷な目に合わせ、死ぬことが最上の望みとなるような責め苦を与えると確約しよう。お主はただ黙っていればいいだけじゃ』


「…………」


『……紅蓮の魔王(あやつめ)の魔法以外の特別な力――あやつのみが有する固有能力イデア・スキルが何なのか知らぬのか? 知っているならばなお更のこと、あやつと繋がりを持っているのは危険じゃろう。契約を解消し、己が自由を勝ち取るチャンスではないか?』


「…………」


 颯汰の一番の目的は異世界(クルシュトガル)からの脱出。固有能力(イデア・スキル)にて、誤って自分を召喚してしまったであろう“魔王”と会い、元の世界に戻させることにある。

 だから当然、契約関係にある紅蓮の魔王の固有能力イデア・スキルもどんなものなのかを、把握している。

 迅雷の魔王が持っていた『時を止める』ようなものとは方向性は完全に異なるが、ある意味で実戦的で、凶悪なスキルを紅蓮の魔王は持っている。残念ながら目当てのものでは無かったが。 


『一応、返事を聞こうかの』


 室内の吹雪は強まり、氷が太腿辺りまで浸食し始める。拒否権など、端から存在しない。

 ゆえに、立花颯汰は――……。

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