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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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52 誤解

『 海鱗族セーレという種族は、水陸ともに活動ができるが、地上での脆弱さはダントツである。陸地の歩行速度、体力面、免疫力なども低い。これは人族ウィリアを基準としている訳でもなく、他種族全体から比較しても、劣っている点だ。

 だが、水中となればまさに彼らの独壇場である。腕部と腰部のヒレ、それに手足の水かきを使い水中を駆け抜ける姿は“美”の体現だ。

 海中を驚くべき加速力で潜行し、銛使って狩りをするのを目の当たりにすると、水の中で彼らに敵うわけがないと思ってしまう。淡水・海水問わずに長時間活動ができ、泳ぐ速さはイルカほどもあると言われていたが、実際に見るとそれよりも疾く思えた。

 そんな海鱗族は海のエルフと呼ばれることもあるほど、美しい顔立ちの者が多い。

 それゆえだろう。『魔族』と蔑む者たちと、同胞とも言える『魔族』と呼ばれる者たちにも標的にされやすかったのは。珍しいモノとして扱われ、どんどん種族自体が減少していった。

 もちろん、過去の大戦により――魔王によって多勢が殺されたという経緯もあるものの、今日こんにちまで種族の総数が減少しているのは、戦争でも疫病でもなく、奴隷として飼い殺す者がいたからに違いない。

 実際に彼らと会う事に成功し、対話した際に感じたことは、他の種族と比較しても警戒心がとても強く、臆病な種族だということだ。過去の文献では“海の支配者”として名をはせていたが、その面影はもはや無いと言える。しかし、今の彼らの方が(おそらく一度心を開いた相手には)温和であり、個人的には好ましく思える。ただ、それゆえに彼らには地上にはあまり出ず、このまま静かに暮らして貰いたいと切に願うばかりだ。

     ――幻の民・海鱗族セーレ

        ガウリ・ディウス訳編


 颯汰は過去に読んだことのある本の内容を思い起こしていた。件の魔王との戦闘により、アンバードの現存する数少なくなってしまった中で無事だった書物の中には、異世界から元の世界へ戻るヒントとなり得そうなものは見つからなかったが、他の種族やこの世界の野生動物についての記述は運よく残っていたので、書類仕事に飽きたときにこっそり抜け出しては読み漁っていたのだ。

 裸の海鱗族セーレの美女を前にして、現実と向き合っているようで逃避しつつ、颯汰はどうすべきか数瞬考える。

 まずは視線を顔ごと逸らしてから謝罪をし、奥に引っ込んで着替えを済ませて貰おうとした。


「あの、すいませ――」


「――うぅぅう! ひ、ヒィイイイ……!!」


 右手の指で奥の部屋へ戻るように示していたが、もう滅茶苦茶、怯えられていた。

 警戒されている云々どころの騒ぎではない。

 相手は細身の女性とはいえ大人、こちらはちょっと人外の力が宿った普通の子どもだというのに、もう泣く寸前まで怯えていた。まだ何もしていないというのに、妙に罪悪感がこみ上げる。


「ごめんなさい。違うんです。わたし、単なる人族ウィリアで、ちょっと、シャワーを借りただけで、すいませんお家の人がいるなんて知らず。すいませんお願いします殴らないで~……!」 


 颯汰が口を挟む前に、海鱗族セーレの女は勝手に捲し立てるように弁明を始めた。


「ん? 家主じゃ、……ない?」


 縮こまりながら震えながらも、発せられた恐ろしいほどの早口に圧倒されたが、彼女の口ぶりから察する。一方、女は颯汰の問いかけは届いていない様子で続けてものを言う。


「うぅ……。しばらく、水浴びもできてなくて、つい出来心で……! お願いします! どうか、どうか命だけは……」


 恐慌状態の女性が懇願する。

 何かが芽生えそうになる中、颯汰はその感情を唾と一緒にゴクリと呑み込んでから、いやいやと二度首を振ってから思考する。


 ――いやに生活感がない古臭い部屋が多いとは思ったが、もしかして空き家なのかな。この女の人も偶然ここに入ったばかりで。……じゃあ、あのパンとか明かりは……? もしかして俺――いや、“獣”が勝手に用意したとか?


 夢遊病のように、気を失った間の記憶はない。

 そこまで器用な真似ができるのだろうかと疑問に思いつつ、片付けるべき問題の方へ意識を向ける。


「――……でも、い、痛いのはダメです。死んじゃいます!」


 さっきから何か早口で聞き取れてなかったが、颯汰が思考してる間もずっと弁明を続けていたらしい。役得感よりも困惑の方が強いのでいい加減目に毒だと思い提言する。


「あの~……そろそろ服を……」


 美女の裸体を前にして、油断はしていたかもしれない。近づく足音もまったく聴こえず、その一撃に込められていそうな僅かな殺気すら感じ取れなかったゆえに、颯汰の頭部に衝撃が襲う。

 それは裁きの鉄鎚の如き痛烈なる一撃。

 グォンっと世界が揺れたと錯覚するぐらい、視界に映る景色は歪む。頭がそのままパックリ割れてしまうのではないかと思うほどの痛みを認知する前に怒号が耳朶を突き抜けていく。


「クォルァ! クソガキぃ!」


 痛みもあるが大声に跳び上がるほど驚いた颯汰は、背後にいた声の主を見た。

 嗄れた声の老いた男がすぐ側にいた。

 色を失いつつあるが、もさもさとした癖のある髪と顔全体も髭に覆われた老人であったが、身体は服の上からわかるくらいに筋肉に満ち、身長こそは今の幼い姿の颯汰と同様でかなり低いものの、老齢さを感じさせないほど眼差しも強かった。

 上に羽織るコートから、作業着のオーバーオールと年齢の割に太くてたくましい腕を覗かせる。

 おそらく本気ではない。

 彼の中では加減したはずだ。本気で喰らったならば、死んでるかそのまま殴られた勢いで地面にぶつかり、さらにバウンドしてたかもしれない。

 思いのほか近い距離まで詰めていた謎の老齢の男は、深い溜息を吐いてから続けた。


「ったく、最近のわけぇ奴ってのは本当に……。ずっとぶっ倒れてたくせに起きたら速攻で女を連れ込みおってからに……」


 まったくどうなっているんだ、と若者について嘆くタイプの典型的おじいちゃんムーブを決め込もうとしている老人に対して、今度は颯汰の方が弁明を始める番となった。


「(わかりやすいくらい、ヒドい勘違いをしておられる……)いや、あの違うんですけ――」

「――女を泣かせるとは男の風上にも置けねえ。それも、こんなべっぴんさんをなぁ……! 胸はちと足りんが」


「最低かよこのジジイ」


 颯汰がついツッコむ。

 急に現れた老人に身体についてディスられて、目を剥いて老人の方を見やる麗しい女性は、茫然とし別の意味で震えているように見えた。


「……って違う、そうじゃない。この人とは今会ったばかりなんです。……というかそもそも俺みたいな子どもが女の人なんて連れ込めるわけないじゃないですか」


 また顔色が青くなっている女を余所に、今まともに説明できるのが自分だけしかいないとわかり切っている颯汰が説明する。


「さっき目が覚めて、降りてきて、今ばったりと会ったところ、ずっとこの調子で……。海鱗族セーレの――」

「――違います! わわわ、わたしは善良なる一般エルフです……!」


「さっきと言ってること違うじゃねーか。ほらもう、お姉さん。後ろ向いてるから服着て、服」


やっと自分の状態を把握したのか、今度は顔の色を真っ赤に変えて、部屋の奥へ引っ込んでいく。

 

「……で、とにかく早く戻って服を着て貰おうとしたところ、急に殴られたわけです」


 恨みを持って老人を見るが、まったく気にせず、むしろ大きな声をあげて笑いながら答える。


「ガハハハ! そうかボウズ。まぁ、ここを使わせたってことでチャラにしてくれや」


「……あなたがここの家主なんですか」


「まぁな。正確に言えばワシの娘の家じゃったが」


「…………」


 安易に重そうな地雷を踏み抜いたが、それ以上深く追及せずに黙り込む。老人も歳を重ねてそれを察しつつ、語り続けた。


「ここら一帯は立ち入り禁止区域じゃ。昔伝染病が流行ってな。今となっては無人の街となって久しい。もう大丈夫なはずじゃが、あまり長居せん方がいい」


「俺は色々あってここに着きましたが」

「迷子か」

「………………はい」


「ワシはたまにここに戻っては、思い出に浸るしかできん爺さんでな。たまたまお前さんが道端でぶっ倒れてるのを見つけたから屋根裏に運んだのじゃ。……本当は別の区画まで移すべきじゃったんだが、老いた身体じゃこんなところまでしか運べんかった。すまんな」


「いえ、きちんとした場所に運んでくれて助かりました。ありがとうございます」


振り下ろされたゲンコツが当たった頭頂は未だジンジンと痛みが残ってはいるものの、素直に礼を言う。老人のがっちりした身体から、何か板にでも乗せて、紐でなど引っ張る程度なら余裕で運べそうではあるが、そこまでやる義理はないことは颯汰もわかっている。むしろ部屋の中――しかも外部から来た人間に発見されず手が出しづらい屋根裏まで運んでくれたのはありがたかった。


「ん?」


 気配を感じ、歳の離れた男たちが見る。女が服を着て戻ってきた姿を見て、感嘆の息を漏らす。


「ほぉ……」

「…………」

 

 海鱗族が纏うのは蒼と黒色のレースのドレスである。シックで大人の魅力、妖艶さを醸し出すフィッシュテールのスカートから、白い脚を覗かせる。ドレスの色や形状が身体の――海鱗族としての特徴と合わさり自然と溶け合うように工夫を凝らしているように見えた。腰部のヒレもドレスの一部にしか見えないし、頭のヒレ耳を隠すヒラヒラのレースが着いた帽子(ボンネット)を被ることで海鱗族であると一目では気づきにくい。

 いわゆるゴシックロリータ風の格好である女は、なぜそんなに見つめられているかがわからず、服に汚れや穴がある、自分の顔になにかついているのかと、一人であたふたとしていた。


「嬢ちゃんはもしかしてどっかの貴族様?」


「いえ、それが……その……」


 歯切れが悪い受け答えをする女の口に反して、音が鳴る。腹から小さい音だが、皆がハッキリとそれを捉える。海鱗族の女は固まり、真っ赤になって、別の意味で泣きそうとなっていた。

 老人はそれをまた豪快に笑い飛ばしたあと、


「パンぐらいしかねえが、今持って来てやる。二人とも待ってろ」


そう言うと老人はのしのしと歩いて闇に消える。

 残された颯汰も女性も、気まずそうで会話がないまま老人が戻って来るのを待つしかなかった。

 ちょっと距離感が初々しい男女みたいな状態の中、老人は木製の盆の上にパンが乗った木皿をもって戻ってきた。金属ばかりが目に付く街で、食事だけは温かみのある木でできたものが選ばれているのかもしれない。


「ほれ。出来立てじゃあねえが美味いぞ」


 盆ごと前に突き出されるパン。

 なんとなくちょっと後ろに離れている女の顔を見やると、女の方も颯汰の顔を伺っていた。

 颯汰が前を向き直し、パンをそっと手で掴む。

 おそらく屋根裏部屋に置いてあった――老人が調達したものと同じだろう。

 見た目は悪くなく毒物の混入もなさそうだ。仮にあっても口にした瞬間に“獣”の方も気付くであろう。

 颯汰がパンを口に運び、もしゃもしゃと食い始めた。


「美味いか?」


「……はい」


 咀嚼し呑み込んで答える。さほど古くもなく、毒もないとわかり、安心して食べられた。

 毒見役……という訳ではないが、自分から率先して食しに行くのが恥ずかしかったのだろう推定貴族の女は、颯汰の後に続いてパンを手に取って頬張る。

 言葉に出さぬが美味そうに食べる少年と、食べながら小動物のような愛くるしさを見せる女に、老人は満足そうに笑んでいた。

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