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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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50 怪物の伝承

 ニヴァリス帝国の建国祭まであと三日と迫る。

 帝都ガラッシアの上層は祭りの前に準備で慌ただしくなっていた。どこもかしこも飾り付けをされている。戴冠式や観兵式と同様に、此度もパレードは催されるためであった。

 上層であれば身分や種族、職業に関係なく――軍人たる騎士たちであっても浮足立っているような時期であるが、極秘任務に就き、陰で暗躍するものたちは例外であった。

 客員騎士エドアルトは気障ったい式典にも赴ける戦闘服を血で汚しながら、一人で運ばれていく。息はだいぶ落ち着いたが、口の中も切ったらしく中に血の味が広がっていく。

 足を止めながらも、身体は進む。ロープで四角いゴンドラが牽引されて、宙を翔ける。


「本当、参ったな……」


 女と見紛うほどの美しいエルフの王子とはまた違う魅力が彼にはあった、と専らの評判を受けたエドアルトはだいぶ落ち着きを取り戻したようすであった。顔つきが男くさい訳でも中性的な訳でもなく、美形であり物腰は柔らかく、戦闘時以外はかなり温和な印象を与えがちな優男は――、


「――早く見つけて殺さなきゃ」


 迸る殺意を踏み出す足と動かす手にまで込めて突き進んでいく。

 ガタンと大きな音を立て、索道が薄闇の中で到着したと判断ができた。

 真鍮などの金属で造られたゴンドラから、剣士エドアルトが去るのを、その下でひっそりと息を潜めていた少年は待っていた。

 息を止め、気配を消すことに努める。

 上から金属板を蹴る音。タッタッタと駆け足で外へと客員剣士は走り出した。

 金属ばかりの街で足音はとても響きやすい。少年は足音が遠退くのを待った。


「…………はぁ」


 安堵の息を漏らすにはまだ早い、と理解しつつも出てしまう。冥府神ガルディエル御使いたる怨霊を詐称した(、、、、)蒼黒の怪物――立花颯汰は身体を持参した縄紐で固定し、なんとかへばり付いていた。固定といっても下部の飾りに縄を通しただけで、安定性は皆無に等しいものであったが、どうにか終着点まで辿り着けた。


 ――いやぁ……、この高さで落ちたり、上から剣でぶっ刺されないかドキドキしたぜ


 とても温厚に見えたエドアルトの逆鱗に触れ、殺意を剥き出しにしてしまったとがを、今更気にしても遅いものだと内側から悪魔が囁き出す。それを「いや」と否定してつつ、


「あれは、うん。……俺が迂闊うかつだったから。他人様の傷であろう部分を平気でえぐって塩を擦り込んだみたいな真似すれば、誰だって怒って当然だよ」


 ――っってもよ~。何を言ったんだあの時? 俺はハッキリ聞こえなかったんだが


「…………」


 脳内で勝手に喋る鬱陶しい迅雷の魔王。その真なる魔王としての姿たるルクスリア。そのレプリカの兜を被り怪物のふりをしていた颯汰は、思い起こす。……悪意は決して無かったが、それでも受けて次第でこうも悲劇の始まりとなり得るとわかっていたのにやってしまった自分自身に嫌悪感を抱いていたのか、苦い顔をする。

 

 ――つーか兄弟、あのバケモノのふり? やけに上手かったな。途中でバレちまったけどよ。ガキどもは震えて小便漏らしてたぞ。どっかの劇団にでも所属してた?


「全部この演出担当のお陰だよ」


 そう言いつつ、左手に目を向ける。薄っすらと煌めく黒の粒子が手から溢れては闇に溶けていくのがわずかに見えた。


 ――(しかし、あの人界にいないであろう奇妙な存在感を醸し出す息遣い……肩を揺らさず近づく気持ち悪りぃ歩行とかは自前なんじゃねえのか? あのおどろおどろしい掠れた喋り方も、迫真の演技だった。まるで、そう……何かに乗り移られたみたいな)


 正直、迅雷は颯汰の演技を見て、タガが外れて正気を失ったのかと思ったほどだ。

 特に戦闘時には多少加減していたようだが、ドロップキックで吹き飛ばした際にエドアルトを殺すつもりで蹴ったように見えたのだ。

 迅雷の魔王はそれを言うべきか言わないべきか判断付かず、迷っている間にこと(、、)が動く。

 ガタンとまた上の方から音がすると思った矢先、ロープウェイは逆走――隠れ家の方へ戻り始め出した。帝都に幾つも張り巡らされた糸の内の一本なのだが、隠れ家たる“楽園”まではこの一本でしか行けない造りとなっている。つまり誰かが乗って行ってそのままだと、もしも残されたものがいた場合は帰れなくなってしまう。そうしたエラーを防ぐために、乗り場の近くに操作盤が設置されていたのだ。

 エドアルトが去り際に操作したのか、あるいは向こう側で憲兵が動かしたのかは定かではないが、今すぐ移動しなければ面倒なこととなる。


 ――やべえぞ兄弟! 早く飛び移れ! 


「ッ! 言われなくても――!」


 颯汰は身体に結んだロープを解き、飛んだ。

 足場などなく、蹴るものが無ければ飛距離など稼げない。そこへ左腕から黒獄の顎(ガルム・ファング)を伸ばし、乗り場まで伸ばすが、空を掴むことも無く、黒煙が本来の長さまで伸びきる前に闇に溶けて消えてしまった。


 ――っ……、消耗しすぎた。力を使うにはエネルギーが足りない!


 落下しながら、今度は一瞬だけ左腕に装甲を纏う。蒼い光のラインが奔り、スラスターが火を吹いた。プシュンっと音が鳴らしながら、身を二ムート程度だが前へと飛ばす。その勢いで横回転をしつつ、目的地を見定める。もう既に先ほどの乗り場は上にあり、届かない。


「届けーッ!」


 手に持った縄の先に、回転しながらも“顎”に指示を出して生成させた、急造で粗い作りの鉤が取り付けられていた。

 それを闇の中へ放る。

 乗り場の下にも階層が続いている。

 歯を食いしばり悲鳴を押し殺しながらの投擲。

 投げた鉤縄が下の階層の、落下防止の手すり部分に引っ掛かった。


「よぉしッ! よしよしよし……!」


 四方向に枝分かれしたフックに縄がぐるぐると手すりの巻き付いた。文字通りこの一本の命綱となり、颯汰は落下死を免れたのであった。

 まさに、九死に一生を得る。

 吸い込まれそうな闇の底は想像がつかないほど距離がありそうであるゆえに、恐怖によってテンションも若干おかしくなっていた。


「ふぅ……」


 再度息を漏らすが、安心は束の間である。


「えっ」

 

 闇でわかりづらいが、上から嫌な音が聴こえてきた。金属の軋む音だ。その次の瞬間、身体に襲う寒気と重力――落下する感覚。


「ちょ、ま、待って、嘘……――」


 手すりが音を立てて壊れた。

 老朽化――見えなかったがかなり錆び付き、腐れて脆くなっていたのだろうか。

 小さな子どもだろうと、支えきれなかった。 

 颯汰が奈落の底へ吸い込まれていく。


「――う、うそだろ~~~ッ!?」


 縄ごと身体が落下し、悲鳴だけが取り残されていく。過度な緊張状態が続き、さらに力の使い過ぎによるエネルギー不足。変身もできなければ赫雷を用いて足場を作り出すこともできない。

 落下。

 全身が強張る。

 仄かな照明の光が激しく上の方向に飛んで行くように錯覚してしまうほど、加速していく。

 ガラッシアの地下は地上の光が差し込むことがない。空は遠く、帝都の至る所から吹きだす煙霧により、空の明かりは白く濁ってしまう。

 その淡い白がどんどん遠くなるのと同時に、颯汰の意識も遠退いていった。あとは重力に身を任せ、闇の奥底に堕ちるのみ。内側から聴こえる声も何もかも途絶えたとき――。


『第一拘束、強制解除を確認――』


 中から溢れ出す負の感情が、その身を包み込む。肌の一切を包容する濃紺の装甲。

 その瞳だけは蒼く強く輝いていて口を覆うはずの仮面すら解き放たれている。

 今この瞬間から、肉体の支配権は立花颯汰から“獣”へと渡った。

 凄まじい憎しみの感情に支配されたわけでも、望んで託したわけではない。

 立花颯汰が過度な疲労と高所の恐怖によって気を失ったのである。そのままであれば落下して死は確定する。気絶した宿主の死を防ぐためにも、“獣”は動くしかなかった。


『意識掌握の完了――』『残存エネルギー量から鑑みて稼働可能時間をカウント――』『目標地点へのマッピング――地上への脱出ルートを構築中――』『――第二拘束、限定解除』


 音声が重なる。並行して作業を行い、肉体を変化させた。掴んでいた縄を捨て、右手の指の関節を曲げて虎爪にする。指の先端の黒曜石みたいな煌めく爪――もはや鋭利な棘、四角錐を生成し、金属でできた壁へ突き刺した。

 甲高く耳障りな音がと共に火花が散る。

 ガリガリと壁を削り、減速していく。そこにもう片手の爪を立て、さらに速度を落とした。

 壁から六ムートほど下に落ちたところで一瞬だけ止まった隙に、両足で壁を蹴ると同時に上へと加速する。一気に壁を四足で駆け上り出した。

 落下防止の観点から、居住区は基本的に街の中心の大穴から離れていた。

 それに地下の貧民であろうとここまでの下層――普段通り、用事がないものは訪れやしない。


「……な、なんだあれ……!」


 政府にタレコミを入れて前金をそこそこ受け取った中年の男が薄闇の中を目を凝らす。

 安そうなローブの下に擦れてヨレヨレなシャツを着た痩せ型の男、チクリ魔が叫んだ。

 唸り声を上げ、垂直に走る怪異――。

 仰天し、ただただ呆然とその姿を追う。

 壁を四足で這い上がるどころか、ついに両脚だけで駆け上っているバケモノが、ちょうどこの大穴を挟んで反対方向にいる。


「ゆ、夢でも見てんのか……? クソッ、早いとこ報酬を受け取って帰ろ。幻覚に違ぇねえ。……前金で昼間っから酒なんて飲むもんじゃねえな」


 フードを外し頭を掻いてから髪を掻き上げる。

 頬がこけ、目の下はクマがくっきりと見える明らかに不健康そうな男は、肩をすくめながら、壁際の方によって座り込んだ。溜息を一つ、


「まったく、この国はどうなっちまうだか」


瓶を持ち上げ酒をあおりながら、反対側の旧居住区――地下の中でも流行病によって壊滅した、かつて栄えた墓標に向かって奔り去る怪物を見送る。気持ちがよい飲みっぷりを見せる。喉を鳴らし、通る冷酒によって燈る熱に浮かされながら、その快感に酔いしれ、クゥウっと唸った。



(ワクチンの副反応が思いの外ひどく、長引いて、投降が遅れました)

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