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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
232/435

43 逃亡者

 白く濁る薄靄が街を包んでいる。

 保安検査を難なく終え、かなり広い待合室で男たちは仲間を待っていた。キレイな大理石の床に、非常に多くの座椅子が並んでいる。壁にある燭台と、上から差し込む陽光で明るい。天井がガラス張りの屋根で、積もる雪は落ちるよう斜めに設計されているが、それでも定期的に雪を掻く必要はあるだろう。

 紅蓮の魔王は、この国の特色――環境や人の性質、風土が異なることによって生み出される文化などを見ては、内心で楽しんでいたので、此度の帝国はどのような違いがあるのかを心待ちにしていた。

 もしも帝都入りをしないと取り決めたとしても、暇を見ては中に入り、人の営みから生み出された街並みを眺めるつもりであった。

 例えそこに、憎悪を向けてくる対象がいようとも構わず、泰然自若ないつもの態度で訪れる気満々であったのだ。


 ――あずかり知らぬ土地ではないが、昔と随分と様子が違うな


 天井から映る帝都の外観……霞む白煙たる蒸気に包まれた球体を紅蓮は腕を組んで見ていた。

 そこへ女性陣たちがやって来る。

 彼女たちも特にトラブルに見舞われることなく無事に済んだようだ。何かがあった場合でも、皇女の権力でどうにでもなったことだろう。

 ぞろぞろと少女たちがやって来る。

 談笑しながら歩んでいる様子から、胆が座っているとも言えるし、颯汰がこれを見たならば「緊張感がない」「状況をわかっていない?」などと愚痴を零したであろう。特に嫌味を好き好んで言う男でもないのだが、都入りだけは避けたかったからこそ、少し言葉の節々に毒が混ざっていたように思える。ただ女性陣の全員にそれを気づいていなかったわけであるが。

 その不満そうな実質的なリーダーの姿がないことにリズ、アスタルテ、それにヒルデブルクとイリーナがキョロキョロと辺りを見渡し、首を傾げていた。レライエの方は何やら見知らぬ人と会話しているようなのはわかるが、仏頂面の少年が見当たらない。


「……?」

「? ヒルベルトは?」


 姿が見えない颯汰の偽名を信じ込んでいる第四皇女イリーナは紅蓮の魔王に問う。

 紅蓮――神父の格好をした男は淀みなく返答する。


「どうやら先に行ったようです」


「えぇ?」


 困惑の声を漏らすヒルデブルク。

 神父は外套で隠れていた右手を出し、胸の前に曲げていると、スルリと中から翼を持つ白い蛇にも見える龍の子シロすけが出てきた。

 空気を読んで鳴き声は発しなかったが、ほぼ常に颯汰と一緒にいるシロすけはジッと何かを訴えかけるように少女たちを見た。


「いや~、どうやら街の様子が気になったみたいですわ」


 そこで、レライエが戻って来て、頭を掻きながら言った。

 止められなかった後ろめたさと面目なさがあったのだろうか。


「さっきの人たちが見ていたそうで、坊ちゃんはしばらくここで待っていたそうですが、機械仕掛けの街だと聞いてから飛び出していったそうで。いやー気持ちはわかるなぁ。おじさんもワクワクしたもの」


「男の子ってほんとそういうの好きだもんね~」


肩をすくめるウェパルの言葉にヒルデブルクは横を見上げて尋ねた。


「そういうものですの?」


「そういうもんです」


 代わりに答えるレライエと、同意の意味で首を縦に振ったウェパル。男児の気持ちがまだわからない少女たちは頭上に疑問符を浮かべていたが、自分が本来住まうべき土地に興味を抱いたという情報に皇女は目を輝かせて上機嫌となっていた。


「ふふっ。……そう、最初からそういう説明をすればよかったのね」


 イリーナは颯汰に避けられているという自覚は当然ない。ヒルデブルク同様、己が愛されないわけがないという自信に満ち溢れていた。



 一方その頃、さっさとこの街から出て行きたいと立花颯汰は身の危険を感じていた。しかし、自分でも意外に思えるくらいに冷静であった。……あまりの状況に、かえって頭が冷えたのかもしれない。

 実際に刃物や拳銃を突き付けられたわけではないが、急にメイド服を着ろと渡されただけだ。

 意図も不明だからこそ、必死に考えた。


 ――まず、なぜ俺を連れて行ったのか


 アンバードの真なる“魔王”の一柱を討ち滅ぼした男であると知っているようにも思えない。そうであったならこんな馬鹿げた真似はしないだろう。


 ――たまたま、か。選んだというより、運悪く目を付けられた感じかな


 大人しかった第二皇女が急に発狂したように叫んだ台詞が脳内でリフレインする。身寄りが無い子どもを集めているらしい。ここのメイドの子たちは皆、そういったものなのだろうか。


 ――まだ、断定はできないか。どっちも。……『ここにいる子どもがみんな、帝国領内で拉致された子ども』なのか、どうかも。『今サイズ合わせると言った服もメイド服』と、何も決まった訳じゃあない


 ただ慈善活動として、身寄りのない子どもを雇っているだけという可能性も(限りなく薄い気がするが)ゼロじゃない。それに拉致されたのは子どもがメインではあるが、大人もいたと聞く。農村のテュシアーでの話を鵜呑みにすれば、身寄りがなかったわけでもないようだ。

 強制的に従わせたいのならば、もっと実力行使で着ているはず。それこそ地下牢へ幽閉でもして精神を削りに削るなどだ。


 ――あり得ないよな。急に男の俺にメイド服を着ろとか。きっと何かの間違いだ。実は外套の背中がバックリ破れてるとか、街の中でマナ教の格好はしてほしくないとかそんな理由かも。女神教が一般的だと聞くし。うん、早とちりはいけないな!


 制服的なものを用意している間に良ければ着ろ的な感じなのかもしれない。だから、


「それは、受け取れない……です」


 丁重に断る。好意かもしれないものを無碍にしたくはなかったが、それでも好き好んで着たくはなかったのだ。個人の趣味ならば否定する気はないが、それを押し付けるのは絶対に間違っていると颯汰は思っている。

 余計な角を立てないために、できる限りやんわりと拒絶の言葉を口にした。それに対し、メイド服を持った子メイド長的な役割を担うものの目が一瞬だけキッと鋭くなったが、すぐ主たる第三皇女オリガの方を覗うように見た。すると、


「あら残念。まぁいいわ。まずはどうしようかな。……みんなは作業に入っちゃったから、挨拶は食事の時でもいいわね。し、施設の各部屋の紹介でも、しちゃおうかな~」


 あっさりと快諾したうえで、颯汰の手を掴んで歩き出す。掴む際に戸惑いや、空を掴み揉まれるような――まるで初めて恋人の手を握らんとする中学生男子みたいなぎこちなさがあった。


「あの! 俺の……マナ教の神父が、代わりとは言え、保護者なんです。拉致して監禁は国際法的なものに確実に接触すると思うんですけど!?」


「だ、大丈夫だから! ちょっとだけだからちょっとだけ……。一度見てから決めましょう? 嫌だったらすぐに帰すから」


「既に嫌なんですが……」


「一回! 一回だけ見て、ついでに街を見回って! ここが気に入ったなら、ね?」


「その熱量は一体何なんです?」


 早口で必死すぎて引くレベルである。

 敵意は一切ないとは思えるが、この必死さはなんだろうか。引き留める意図が読めない。

 それに殺意も言わずもがな。訳がわからなかった。オリガの顔の近さ、両手を握りしめて必死に懇願した様子はハッキリ言って異常であるものの、嫌悪感や忌避感よりも、驚きと不可解さが上回って混乱してしまう。


 ――でも、一応は。向こうから拉致してきたけど、こっちの意思は尊重するつもりなのか。……な? その気になればオリガ(この人)を襲うなりして脱出はできる。まずは子どもたちを本当に拉致してないかを確かめた方がいいな。余所者の俺には関係ないが、……その、念のために。うん


 何度目かの、一人で確認を取る。

 最終手段だが、暴力で解決はできる。ゆえに心に余裕が生まれたのだろう。……その余裕も、メイド服着用を強要された瞬間に崩れ去り、嵐の如く駆け抜けては脱出を試みるに違いない。

 颯汰は今だけ、冷静に物事を観察できる内に見て回りたいと思った。好奇心と呼ぶより、知らぬという恐怖を乗り越えるには、知ればいいのだとシンプルに考えた結果だ。

 ゆえに捕まれた手を振り払うことはせず、そのまま引かれて進んでいった。 

 部屋を巡回する。

 廊下を進む、広さは五人くらいは余裕で並べる広さであった。今まで見てきた屋敷とは異なる。鉄で囲まれた感覚が閉塞感を生み、重苦しい印象を与えた。さらに何というか、何か施設じみているように思えた。生活する空間と異なる。廊下から硝子越しに部屋の様子が見える。机が並んでいたり、学校の教室のような印象を颯汰は受けたが、どうやらその通りらしい。


「ここでみんな教育を受けるの」


「……」


 ついで食堂、体育館、図書館など、多少は手狭だが想像以上に学校らしい施設ばかりであった。

 人数で言えば先ほどいたメイドたちよりも多くの座席は用意されているが、人影はなかった。


 ――てっきり、実験室とか拷問部屋とかそういうおどろおどろしいものがあると思ったが。……そんなもの、あってもわざわざ紹介しないか


 油断はせず、案内を受けて連れられる。


「こっちからはあなたたちの寮になるわ。あとでみんなと挨拶が終わってからにしましょう」


「いえ、あの……帰りたいんですけど? 説明したと思いますが、一応マナ教の神父が父代わりでして、このガラッシアにも一緒にきて……」


「も、もうちょっと、もうちょっとだけ見学してからね? ね?」


「……」


 次の部屋だけは外から中の様子が見えないようになっていた。ただ同じ形のスライド式の扉に、鍵は存在しなかった。

 部屋の内装に颯汰は怪しんで周りを見渡す。

 床はピンクのカーペット。鉄の壁も同じ色で塗装したようで見るだけで少し頭痛がする部屋であった。他の部屋と同じ作りなのだが異質な感覚。

取り囲むように木製の長机が部屋の四方の隅に置かれ、中央にポツンと机に椅子が一セットで置いてあった。照明の数も同じで薄暗さも変化ないのに、颯汰は妙に息苦しさを感じた。

 一体、何だろうか。

 急に、颯汰は嫌な予感が強まるのを感じた。

 恐怖を払拭しようとする派手な色が、照明のオレンジによって不気味な赤さを帯びたせいか。余計に神経に触れる気がした。

 颯汰は手枷を付けられたまま、席まで誘導される。座るように言われ、不安げに座った。


「ボクちゃんのお話も聞きたいけど、まずは少し、私たちのことを知って貰おうかなって思うの」


 わざわざ階段を二階分も上がり、窓のない廊下をひた歩かされた末に辿り着いた部屋。詳しい間取りはわからぬが、逃がさぬための最奥ってような気がしないでもない。

 颯汰は警戒は怠らないでいる。


「その前に、ちょっとこれを被って貰おうかな」


そう言うとオリガは部屋の奥へ歩み寄る。よく見れば大きな布を被らせたものがあった。

 その布を剥ぎ取ると、何やら珍妙な機械があった。大型ではあるがキャスター付きであるが結構な重量があるのか、一緒に付いて来たメイド長も手伝い、さらに部屋へ三人もメイドがやって来てそれを押すのを手伝った。

 颯汰も思わず、席を立とうとしたが、「今はお客様なので、構わずお座りください」と子メイド長に言われ、大人しく座ることにした。

 外見では、美容室に置いてある機械――頭に被るタイプの古いスタンド式のドライヤー。それにごちゃごちゃと配線が繋がっている。


「さ、これを被って」


「…………何で、です?」 


 非常に怪しい。

 ヘアサロンに来た訳でもないというのに、それを被る理由がわからない。


「お嬢様の命令です。被ってください」


 メイド長がそう言うと、ヘルメットのような頭を丸ごと包む部分を掴み、颯汰の方へ持ってくる。颯汰は立ち上がろうとしたとき、メイド二人が颯汰のそれぞれの肩を掴んで座らせようとした。


「くッ!? ……えぇ!?」


 少女とは思えない力に颯汰はメイドたちを見て、気付いてしまった。その瞬間、再び全身に怖気が凄まじい疾さで奔った。


「――ッ!? いや、マジかッ!!」


 颯汰の頭に無理矢理ハメようと近づけられたヘルメット。颯汰は完全な危機を悟り、もはや手段を選んでいられないと逃走を選択した。

 上から押さえつけられているのだから、逆に潜ってしまえば良いと片脚で椅子を後ろへ蹴とばしながら、その場で仰向けになるように背を床へと付ける。メイドたちは飛ばされた椅子と思ってもみなかった方向に逃げられて体勢が崩れる。

 床に着くと同時にば両手の枷を、見えぬように注意を払いながら“獣”の力を微弱な出力で用いて破壊し、ネックスプリングの要領で、後ろへ飛び跳ねて起き上がった。

 そこへ飛んでくる――メイドのラリアット。押さえつけようとしたメイドの一人が即座に攻撃行動に入った。

 颯汰も驚きつつ躱し、第二波も回避する。


「――悪いケドッ!!」


 第二波――二人目のメイドの攻撃を避けつつ、天井に四つ足を向けている椅子を掴み、ゴテゴテとした機械の方へ弧を描くように放り投げる。

 主たるオリガは悲鳴を、子メイドたちは恐ろしい反射速度で主に身を守るのと、機械を壊させないように動いた。具体的には机に片手を置きながら、その手を軸にアクロバットに回転し、椅子を蹴って機械への直撃を防いだのだ。

 ガランガランと椅子が床に跳ねた音が鳴る。

 オリガは口に当てた両手を外し、身をていして機械を守ったメイド長に声を掛けた。


「だ、大丈夫!?」


「問題ありませんよ、お嬢様。ですが――」


「――えぇ。申し訳ございません、オリガお嬢様。彼を、今の一瞬の虚を突かれ、逃がしてしまいました」


 部屋に立花颯汰の姿はなく、部屋の扉が開け放たれていた。


「すごいわね。こんなの初めてだわ」


「ッ! すぐに追いかけます。お嬢様。警報装置の許可を――」


「えぇ。この屋敷の主人として許可します」


 部屋の隅にある照明スイッチの場所に既に待機していたメイドの一人が、許可が下りた瞬間にスイッチを押す。そして次の瞬間――、部屋と外に警笛の音が鳴り響いた。

 電子音などではなく、また火災などの時とは別種の音であり、万が一に備えておいた『逃亡者』が出た事をこの屋敷中に知らせる音である。

 廊下を走っていた颯汰は足を止めない。


「いやマジですか、何なの、この妙にちょっと近代的な仕掛けは! それより、あの機械といい――なんだか近代どころか、なんか色々とヤバそうなテクノロジーばかりだ!」


 廊下を走ってる途中、曲がり角から現れる子どもメイド隊。

 颯汰は一切の躊躇いもなく、攻撃行動を取る……メイドたちを迎撃する。


「っ!(コイツら、いったいどこで戦い方を覚えたんだ!?)」


 訓練された兵には体格的にかなわないとしても、一介のメイドの覚える体術の範疇を超えたような動きであった。カンフー映画でも見たのかと問いたいがそんな訳もなければ余裕はない。

 華麗な足技を腕でガードしながら、極力人外の力は用いらないように気を配りつつ離脱に重きを置いて行動を始めた。


 残された皇女オリガは、メイドを侍りつつ、優雅な足取りで廊下へと出た。


「活きが良いね。それに勘が鋭いのかも。『洗脳装置』の意味や効果がわからなくても、咄嗟に逃げるなんて判断ができるなんて。……貴方たちのときはまったく抵抗はされなかったけど。そう。……こっちの方が燃えるかも。ふひひ……」


 非常に不穏な言葉と薄ら嗤い。

 その目は危うい光に満ちていた。


2021/08/01

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