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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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41 保安検査

 本来は入るつもりもなかったニヴァリスの首都まで、あと一歩のところ。

 都市へよからぬ輩を入れぬために必然な処置として、持ち運んできた積荷の確認作業、さらに一人一人の所持品及び身体の検査が行われる。違法薬物や武器の類いを所持していないかのチェック作業だ。

 

「よし。怪しいもの、武器の類いも一切ナシ。ボウズ、この先を進んだ待合所へ移動してくれ」


 あとは仲間と合流を果たすのみとなったときに、トラブルは悪意をもって颯汰に襲い掛かる。そう仕組まれていたのだと運命を紡ぐ神々を呪うしかない。丁寧に頭を下げて、すぐに奥の部屋へ行こうとしたそのときである。ギィイっと扉の方から開いた。金属の擦る嫌な音よりも、入って来た姿の方に目が行く。


「ちょ、ちょっと待ったー!」


「――!?」


 当人にとっての大声は、扉の音よりは少しばかり小さく思えた。金属の扉は重く、それに女はかなり急いでやって来たようで両膝に手を当て、肩で息をするように上下させている。

 突然に乱入者の登場に、颯汰も一緒に検査を受けていた少年も、ボディチェックを行っていた仕官たちも、全員が困惑していたのは間違いない。

 子どもたちだけが『誰?』というリアクションで、帝都に住まう役人たる彼らでは反応が違うのは当然だったと言える。横目で見やる大人たちの表情の変化――非常に焦り、強張るのが目に見えてわかる。


「なっ……」


仕官たち二人は言葉を詰まらせながら、一斉にその場でひざまずいた。


「あ、え、その、あの、そういうの、いいから!」


女もまた驚き、戸惑い、慌てつつ、その場で彼らに向かって両手を差し出し、「立って立って」と指示をした。男たちも慌ててそれに従う。どこか気まずく、ばつの悪そうな表情で女を見た。

 女は獣刃族ベルヴァの雪の民。

 白銀の髪は肩にかかるくらいの長さで煌めく。

 ちょっと自信なさげな垂れた目や物腰から、あまりそう感じさせないが、背は高い。左の泣きボクロに前髪の右目部分が隠れるぐらいには長く、その上には革の帽子。帽子には大きさが異なる三つの真鍮の歯車の装飾がきらりと光る。噛み合っていて、どれか一つ回せば全部がクルクルと回りそうだ。

 女は明らかに年齢は男たちより若い。それなのに彼らが跪く理由は単純に予想できる。


 ――あ、やばい


 十を数える間もなく、危機を察知した。颯汰の中で直感がマズい状況であると告げる。地味な色合いの服装を、それでもこの世界の都会らしい洗練されたデザインを着ているこの美しい女性。

 たぶん普段はドレスとかそういうの着てる令嬢の上品さを醸し出す女を見て、少年の方が呟いた。


「まさか、リュド――」

「――違うよ」


 ぴしゃりと強めの語気で否定し、


「私はー、そのー、……! 検査係の新人さん」


柏手を打ち、答える。それを見て颯汰が「いや今『閃いた!』って顔したじゃん」とボソッと呟いたが何とか彼女たちには届かなかったようだ。

 下手な軽口は不敬罪で処断されてもおかしくない。見た目も雰囲気も控え目な印象を与えるが、男たちが敬う態度からかなりの地位にいる貴族であると颯汰は断じた。

 しかしゆえに解せない。場末とまでは言わないが何故、貴族サマがここにいるのか。

 当然の疑念を抱く少年たちに対し、大人たちは露骨に目が泳ぎ動揺が見られた。何かを知っているようす。とはいえ、一応彼らも問う。


「どうして貴女さまがこのような場所に」


「新人なので。それより、なんだか検査がテキトウだった気がするんですけど」


 やんわりと静かな口調なのだが、重く鋭い。氷柱つららの先を押し当てられているような印象を与える。年齢と弱々しい態度に反し、そこはしっかりとしているのか。まさか都入の審査にまで口を出すとは、と颯汰は感心混じりに女を見ていた。


「「い、いやいやいやいや」」


 仕官たちは子どもゆえに雑に、また賄賂わいろを受け取ったからだとは言えるはずもなく、


「そのようなことは決して!」

「も、もう一度! もう一度きちんと精査します!」


 令嬢の表情こそ変わらなかったが、大の大人たちは震え上がる。恐れている。まるで怪物と対峙しているように。

 男たちは慌てて少年たちに駆け寄っては、小さくすまないなと言い、再度身体の検査を始める。

 とはいえ、不服はない。

 武器の類いは持ち込み禁止であるため、颯汰はナイフは最初から預けている。もちろんこの男が素直に従うわけがなく、隠し持っていた。そうでもなければ見知らぬ土地に入るのは不安で仕方がない。ただし常人が調べてようとしも見つかるはずがない場所にある。

 颯汰はチラリと左腕を見やる。

 その視線の先の左腕の中――正確に言えば自由に操れる黒の瘴気で形成した“アギト”の中にギチギチにしまい込んでいるのだ。

 常識的に考えて、前情報もなくそれを知ることは不可能と言っていい。だからバレる心配もなく、何度やられても怖くはない。だから大人しく従うだけである。奇異混じりの嫌な視線から成るべく顔を逸らし、やられるがまま検査を受ける。

 男たちに先ほどより念入りに検査される。手から腕、脇の下から足の爪先まで丁寧に調べ、特に問題はなく終わった。

 颯汰と一緒に受けていた少年の方だ先に終わり、


「特に異常が無さそうですね。では彼を案内してください」


 令嬢はそう言うと、彼女がやって来た扉の方へ手でさし示した。彼を検査した仕官が連れて室の外へ向かう。重い扉は開かれ、閉じた物音が響いたときと丁度同じく、颯汰の方もまた検査が終わろうとした。


「ちょ、ちょっと待ってください」


 しこへ令嬢が止めに入る。彼女は提言するつもりか一度控え目に手を挙げて、指摘する。


「それじゃあ、足りません」


「足りない?」


 仕官の男は自分の何が至らなかったのかを考えようとしたが、頭が真っ白になって対象の子どもと互いに顔を見合わせることしかできないでいる、と


「ぬ、脱がして……、ください……」


「えっ」


「…………」


令嬢が命じる。何を言っているのかわからなかったものと、そうではないものと別れる。

 声には出てないが、男は「あーあ……」と口だけが動く。わかっていたのだ。

 颯汰は何かの冗談、あるいは聞き間違いかと思ったが、どうやら違うと認識した。一瞬とは言えぬほどに少しの間狼狽(うろた)えていた颯汰であったが、ここで抵抗しても得はしないので、少し躊躇いがちではあったが、上着の襟首を掴んで脱ぎ始めた。

 武器を発見される危険性は微塵もないため、焦りはなく恥ずかしさから不満な表情であった。

 羽織っていた外套は既に検査済みでトレイに置かれていたが、他には手荷物は無い。そのうえに脱いだ上着を置く。

 小さな悲鳴が湧き、その背中を見た男は嘆声を漏らすしかない。

 身体の傷は即時回復する異常な体質であるくせに、背中にある一番大きな痛々しい創傷だけは未だ健在であった。

 知らぬものは思わず目をそむけ、不幸な経緯いきさつを想像してしまうほどだ。


「な、なにがあったの!?」


 大人たちが騒ぎ始めた。提出した書面――入国許可証の備考欄にでっち上げた嘘に塗れた経緯を颯汰はすらすらと口に出した。


「……、ボクはヴァーミリアル大陸のマルテ王国の奴隷として生まれました。買い手が見つかり、大型船で移送中に船が転覆して流れ着いたところにマナ教の神父さまに拾われました。この傷は奴隷として生きていた頃に脱走を試みた際、見せしめとして付けられたものです」


 男たちはそれから沈痛な面持ちでその背を見ていた。罪悪感は無いのだが、あまり良い気持ちではないためか颯汰の目は少し虚ろになっていた。あまりに感情を入れ過ぎてもかえって怪しいのだが、ここまで流暢りゅうちょうに己の変遷を語れる時点で見た目の年齢に合っていない。しかしこの場にいる誰もがその嘘を信じ込んでいた。貴族令嬢もその傷を見ては息を呑み、口を両手で押さえた。

 令嬢はしばし釘付けとなっていた。が、目線を外し静かに息を整え、意を決して言う。


「まだ」


 とだけ呟いたので颯汰は首を傾げ、続く言葉にクエスチョンマークが浮かぶ。


「ぜ、ぜんぶ」


「…………はい?」


「下も、全部脱いで」


 全裸になれと言った。上だけならまだしも、産まれた姿になれと命じ始めた。

 ………………何を言っているんだこの女は。


「え、……いや、それは」


 当惑してる中、仕官が近寄ってきた。


「おいボウズ! その方はな……! いやともかく脱げ。すぐに済ませるから」


「いやちょっと、ちょっと待ってくださ、恥ずかしんですけど! 女の人がいるのは! それにさっきの子はセーフで俺だけなんで脱がなきゃダメなんだ!」


 下のズボンを掴まれるが、颯汰は脱がせまいとズボンを引っ張り上げていた。


「わかってる。でも私も責任もって確認しないといけないの」


 颯汰は必死に抵抗を続けながら新手の変態淑女の方を見た。真顔で何を言っているだろう。だが続く言葉を聞き、その考えを改めるに至る。


「万が一でも、武器や危険物の持ち込みは防ぎたい、ですから……」


「…………お、おぉ」


 消え入るような声に悲痛さを感じ、颯汰は別の意味で驚いた。実は自分はとてつもなく酷い勘違いをしていたのでは、と感嘆の息を漏らす。

 国を守るため、小さな可能性の芽は潰すに限る。仮とはいえ為政者の真似事をやらされていたからこそ、颯汰は心の中で納得しかけた。


「以前、武器を……。その、……えと……、お、お尻の中に入れて持ち込んだ人がいたから」


「あー。いましたね……」


「急にホラーの話するの止めて貰えませんかね」


 令嬢が目を伏せて語り出す内容があまりにも酷く、恐ろしいものであった。知りたくない世界の暗部の話である。


「皇居の前でウロウロしていたのですぐに牢にぶち込めましたが、まさか刃渡り三十メルカンものナイフを隠し持っていたとは」


「人体って不思議ですね」


「いやその話題、拡げなくていいですからもう」


 他人のズボンに触れながらする世間話ではない。確かに現実に体内……具体的に尻の中に麻薬を隠し、持ち込もうとした犯罪者がいた。それにここガラッシアでは実例もあったため警戒してもおかしくない。おかしくはないが、


「――待って、待ってよ? 待ってくれ。……もしかして」


 引っ掛かる点があった。

 聞きたくない、できれば見逃がしたい点であるが避けられない現実。引き攣らせた顔で令嬢を見る。


「もちろん、見るし、まさぐる」


「冗談でしょう!?」


 か細いのに、決意が乗った言葉は力強い。両手の拳を握り、小さくガッツポーズ取る。それに対して、相手が年上で推定貴族であることを忘れて颯汰は悲鳴をあげた。


「そこの人が」


「えぇっ!?」


 颯汰のズボンを掴んでいた男が声を張った。

 身体をまさぐられるのですらあまりいい気分ではないというのに、脱いだうえ、直接確認される。それを喜んで受け入れるはずがないのはお互い様だったろう。


「まさか、やらないんですか?」


「うっ……」


 男は怯える。若い令嬢の冷めた、見通すような目――動いた視線がポケットの中に収めたお金が入った袋のある場所を確かに捉える。自分たちの所業すら既に把握していて、それでも命令に背くのかと暗に言っているように思えた。


「早く脱がせてください」


 声こそ憂いを帯びた儚い印象を与えるが、何か奇妙な変化を感じた。スイッチが入る、あるいは何かが壊れ始める音がしたような。

 女の声音に大した変化はないはずなのに、異様な力を感じた。魔王とか黒泥とかそういう類いとは違った圧。“暴力”や“死”とは異なるが感情――呪詛に近いものは感じる。それが直接身体に害を及ぼすことはない程度で、この場を力で振り払い駆け抜けるのは簡単ではあると思えた。陰険な人間特有の負の力「怨念」とまではいかないが、仄暗い「心の闇」のようなものだ。邪気はあっても此方に対する憎しみや敵意は感じない。

 それに妙にシリアスな空気から、単に脱がせたい変態淑女という訳でもなさそうだ。

 だが本気で防犯意識が高いなら先に通った少年まできちんと調べなければならない。


 ――なんでピンポイントに俺だけが……。まさか、あのエドアルトって人が?


 自意識過剰かもしれないと思いつつ、颯汰は彼の客員騎士の顔を思い浮かべた。彼がその手の変質者という訳ではなく、怪しい入国者としてマークしている可能性が有る。ゆえに他の者より厳しい検査をしているのではないだろうか。

 無論、確証はないのだが、颯汰は彼が自分たちを警戒するはずだと決めつけていた。


 ――となると、ここにいる間は常に監視される? それは仕方がないから良いけど……


 入山の手続きが済めば用はないので、煩わしいが我慢するしかない。そこは仕方がないと割り切れるが、


「すまん。脱いでくれ」


「それは嫌なんですけどぉ!」


 やましい理由はないし、男もやりたくてやる訳ではないとはわかってはいても、簡単に許容なんてできない問題である。

 激化するズボン争奪戦を尻目に懸けて令嬢は動き出す。今こそ好機であると。男たちが互いにズボンを掴みながら、グルグルと時計回りに回転して、少し遠ざかった隙を狙った。

 令嬢は颯汰の脱いだ衣服が雑に置かれたトレイの中に手を突っ込み、


「あ、これはなんだろー」


 わざとらしく声をあげて物を取り出して見せつける。

 その声に二人は動きを止めた。


「これは、ナイフかな」


 衣服の中から、見覚えのないナイフ。仕官は手を離し、目を丸くしていた。


「…………そういうこと、する?」


 颯汰は女の目論みがわかった。


「危ないなー。これは牢屋行きかなー」


 罪をでっち上げて、拘束することにあったのだ。少しだけ得意げな顔をする女。だが少年が狼狽えるどころか落ち着いた様子であった。


「……意外にもすごく冷静だね」


「驚きすぎて声が出なかっただけです」


 いや飽きれて声も出なかったかな、と皮肉は心の中だけで留めた。


「……そのナイフはボクのではない、と言っても無駄でしょう?」


「……そう開き直られるのは、あまりかわいくないね。むせび泣かれるよりは楽ちんだけど」


「……こんなことしていいんですか。ニヴァリスの貴族が、皇族の顔に泥を塗るような真似をして。それにボクを拘束しても賠償金を払えるようなあてはありませんよ?」


「お金が目的じゃないの。あなた自体が目的なの」


「…………(すぐ地下牢送りなのかはわからないけど、連行されるのは間違いないっぽいな。騒ぎをなるべくは起こしたくなかったが)」


 左の拳を握りしめた颯汰に女は微笑んで言う。


「それに私、貴族じゃないですもん」


「……また新人検査係りですか?」


「ううん」


 女は首を横に振ってから、己が何者か胸を張って言う。


「私はリュドミラ。ニヴァリス皇帝の愛娘。こういえば伝わるかな?」


「……嘘でしょ」


「ふふふ」


そう、彼女の地位はこの国で最上位に値するものであると、颯汰は彼女の名の断片からその正体を推測することができたはずであった。予備知識としてニヴァリス帝国の皇族の名を覚えておいたのだが、まさか都入前に、皇族とこれ以上遭遇するとは予想していなかった。ニヴァリス皇帝の娘――第二(、、)皇女リュドミラその人であると。


「お金が目的じゃないわ。あなたが必要なの」


 再度、言い放つ。静かでありながらその言葉の圧の正体は、王者の血筋ゆえに持ち合わせた絶対なる権力から来る『自信』からだろう。

 改めて受けた宣言に、颯汰は左手を後ろに回し臨戦態勢を取ろうとした。


「――……まさか、“魔王”か!」


 嫌な予感ばかり当たるものだと心内で溜息と舌打ちの応酬する。まさか敵陣に至る最序盤で、敵意をもって迎え撃ちにやって来たのかと、仕掛ける準備と敵の攻撃への対処が同時にできるよう、脱力しつつ右手を前にして構えた。

 第二皇女は颯汰の苦虫を潰した表情と呟きがまったく耳に届いていなかった。彼女は己の目的が果たせると心を躍らせていたのだ。

 戦いの支度を即座に済ませ、武器は直前に使おうと決めていた颯汰。だが襲い来るのは魔法や剣戟ではなく、皇女の言葉。熱くなった戦士の心に冷や水がぶっかけるものであった。


「あなたのような身寄りの無い、天涯孤独の人族ウィリアの男の子が必要だったの! 私の大事な、大事な大事な双子の妹、オリガちゃんのために……!」


「…………はい?」


 颯汰の気が抜けたような声は、少しだけ裏返って高く響いていた。天井に張りつくシロすけが暇そうにあくびをして事の成り行きを見守る。

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