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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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39 煙霧と真鍮の都

 世界が一変したように思えた。

 古の魔王の呪詛により永久凍土に閉ざされ、白銀に覆われてこそのアルゲンエウス大陸である。が、その異様とも呼べる光景に、瞠目せざるを得なかった。

 首都ガラッシア――。

 ニヴァリス帝国が誇る芸術と叡智の結晶。


 ――とは、さっき聞いたけど……これは……


 立花颯汰の眼前に映るは予想だにしていなかった光景であった。水晶玉に覆われた都市は外からだけではなく、中までも異型である。

 超巨大建造物――都市を覆うという奇抜な形にも驚いたが、内部の特殊過ぎる構造に少しばかり理解が追い付かない。

 透明な球体の中に飾られた永遠が如き街。オブジェにしか見えない外観と等しくここもまた人工物の塊である。街や建物と呼ぶより、“群棲ぐんせい”――加工された金属の集まりであった。


「驚いて声も出ない感じかにゃー?」


 女の声。

 たしかに同意せざるを得ない。

 それは、可能性の未来――。

 否、過去に幾人もが夢想した未来の具現か。

 ひしめき合う機械。

 巨大な真鍮の歯車が回る天蓋。

 どこを見ても金属が剥き出しである。

 機械仕掛けの未来都市。

 いくつもある煙突からは白煙が噴き出し、景色を霞ませた先にぼんやりと日常が見える。ウマを必要としない馬車鉄道もあるし、ブリキの玩具のような列車が線路を進んでいくのが見えた。

 レトロフューチャー。いわゆるスチームパンクが、現実となって世界を構築している。

 まさに異様な光景だ。

 空に浮上するように鎮座する庭園と宮殿。

 そこから三重螺旋状に展開される支柱は地下深くまで続いている。さらに外を覆う透明な殻の内周を沿うように展開される金属の山――住居らしきものや、施設のようなものまでがある。継ぎ足されたのか少し歪なものが幾つか見えた。中には自重で崩壊しないのかが不思議でならないアンバランスさと奇妙な建物たちが並び、街と街の間を縫うようにロープが何本も交差している。ロープウェイだ。経年劣化で倒壊し、落ちてしまわないかが気掛かりだ。定期的にメンテナンスは必須だろう。建物と支柱の間はポッカリと空間が余り、下は吸い込まれそうな闇がどこまでも続く。

 また、全体的に明かりが乏しく仄暗い。

 下に降りれば降りる程に顕著となっていく。

 その闇を照らすのはぼんやりとした電灯の光。黄昏時のオレンジと似ている色合いだ。

 ヴァーミリアル大陸では夜の光源なぞは火と月光に限られているというのに、ここだけ明らかに文明レベルが違う。アンバードの郊外……廃教会から繋がる地下洞窟にあった光る鉱石や、ヴェルミの夜光の実をどうにか加工して他の地域に持ち込めないかなどを、ヴェルミの王子クラィディムと文通でやり取りしていた颯汰にとっては衝撃的な光景が続く。

 人は、普通にいる。

 祭り前だからその準備に明け暮れて、誰もが忙しそうだ。特に客商売を主とする店のものたちは、店の前を飾りつけ、普段と違う工夫を凝らす。ここが書き入れ時というほどに生活は困窮しているわけではないが、やはり二十年に一度と定められた建国記念祭となれば、自然と気合が入るというもの。料理を扱うところは直前まで食材選びや新商品開発で頭を悩ませ、積荷を運ぶ御者はひっきりなしに荷物をあちらこちらへ運んでいく。

 何やら揉めている者たちは建築家と芸術家らしい、それに大きな山車(だし)のようなものを作っているのが見える。市民は浮かれながら、街を歩く。非常に緩やかとはいえ坂が多いこの土地に慣れている様子で、その日を待ちわびていた。 

 さすがにロボットが闊歩はしていなかったが、その格好は違和感を覚えるものだ。派手好きなアンバードの三馬鹿ボンクラ息子たちや、ヴェルミの腐った豚とも揶揄できるファッキン貴族たちとは真逆な落ち着いた色合い――こちらの貴族たちは質素なものが多く見えた。何より目を引くのは半袖。上着を手に抱えているものもいるが、暑そうに汗を拭う様子が見受けられる。

 街の外の気温はマイナスを通り越しているが、ここはおそらく一桁か二桁ぐらいはある。他の大陸からやって来たものたちにとってはまだ少し肌寒いが、ここに住まう人々にとっては薄着で丁度いい温度らしい。


「昨日までスチーム・デイだったから今はかなり暑いけど、明日の朝からは少し冷えるわ」


「すちーむ、でい?」


 様子を覗く颯汰に投げかけられる言の葉。

 颯汰が知らぬ単語に首を傾げると、女は何から説明すべきかと顎に手を当て一瞬考えてから、窓から空の方を指さした。指し示された方向を目で追うと、都でもっとも高い位置にあたる宮殿があるらしい場所。その天上に住まうは勿論、支配階級たる皇族であるのは間違いない。庭園の全貌は下からは把握できないが、その庭園の下部に搭載されている赤く透き通る、巨岩とも呼べる煌めく結晶体を示したのだ。本物の宝石であるならば一生が何回分でも豪遊して暮らせるのではなかろうか。ただ飾りとして魅せるために存在していないのは明白だ。何やら管が伸び、複雑怪奇な歯車やパイプが組み合わさった機械に繋がれているのが見えた。


「あれの力でここは暖かいの。でも都市全体の気温や湿度を調整するために定期的に濃霧を散布して安定化を図るんだそうよ」


「あれは……(……間違いない、『神の宝玉(リーゼ・クライノート)』だ)」


 ヴェルミの王都ベルンにある、大樹に埋め込まれた輝石と色と形状も若干違うが性質はおそらく同じだろう。彼女の言葉が半ば抜けながら、過去の記憶が想起させられる。まさに天上にある“太陽”と新たな“星”の誕生した――短くも印象深い三日間。


「……そう思えばあの時も祭りの時だったな」


「ん?」


「なんでもないです」


 ふと口にした思い出をそっとしまい込みながら現実に意識を戻す。そうすると颯汰は装着させられたマスクに触れて位置を調整する。防塵マスクのようなものだ。ガスマスクの下部分だけのような見た目である。慣れず、煩わしく感じていると女の方がそれに気づいて言う。


「街の中の大人たちは慣れてるから大丈夫だけど、他所から来た人や子どもには、そのマスクを着けるのが義務化してるの。外だとマズイけど、私の屋敷の中なら外しててもいいわよ?」


 ――特に仕掛けはないから黙って従っていたけど……もしや有害物質だらけ? 密閉された都市だけど大丈夫なのか?


左腕の瘴気――黒獄の顎で簡易的ではあるが顔に着けている装備品を調べたところ、異常は見当たらなかった。


「私がボクちゃんの歳だった頃には無かったけど、念のためにね。一応、喘息のおそれがあるから着けるように、だって」


 もくもくと煙る景色。

 硫黄が含まれる石油などの化石燃料を燃やした時に発生する硫黄酸化物は環境汚染や喘息の原因となるが、エネルギーのすべてがあの輝石であるならば、毒性はないのではと予想する。

 大気が異常かどうかまでは煙突から噴出している煙に触れればわかるかもしれないが、今の状態ではそれを調べるのはままならない。

 何故ならば――、


「ここについては後でちゃぁんと、お姉さんが教えてあげるから安心してね?」


「………………へい」


 逃げ場がない。

 周りに仲間はいない。

 狭い空間でろくに身動きが取れない。

 完全に孤立であり包囲もされている。

 女はこの小さな来客の不安を少しでも取り除こうと試みる。 


「大丈夫。緊張しなくていいよ。お姉さんに全て任せてくれれば悪いようにはしないから安心してうん大丈夫大丈夫だから……ふひひ」


 必死そうに颯汰の手を両手で握り、女は言う。

 年齢は二十代半ばくらいだろう。若く美しく、白くて綺麗な獣刃族ベルヴァの女性だ。この地域に住むものは九割以上はワーの民であり彼女もまたそうである。

 途中からスイッチが入って一気に捲し立てる様子は少しばかりホラーではあったため、颯汰は顔が引きっている。いくら美人であってもこの状況で照れるほど神経は図太くない。それに、


「でしたら、これ……外して欲しいんですけど」


 両手を前に出す。じゃらっと鎖がぶつかり合う音がする。手首を拘束する鉄の手枷だ。

 こんなものをつけらて何を安心しろと言うのだろうか。

 女は少し迷ったように周りを見やると、部下らしき男が黙って首を横に振った。


「だーめ。一応、悪いことしたって名目だからね」


「……はぁ、おうちにかえりたい」


「こ、これから、お、お姉さんのお家に……ね? だから安心して? 泣かないで? ね? ね?」


 項垂れて溜息を吐き、絶望をし抵抗する素振りを見せないように努める。少しばかりサイコな感じを醸し出した女は構ってもらちが明かないので無視するに限る。

 颯汰は下を向いてケロッとした顔で考える。


 ――さて、どうするかな


 逃げ出すだけなら簡単だ。

 向き合った座席の、両側と正面まで衛兵がいるが容易だ。この女性を盾にして逃げればいい。力を使えば血こそ流れるのは避けられないが制圧は可能であった。

 ただそれは後先を考えなしの選択である。

 まずは場所が悪い。

 馬車鉄道揺られた後に乗り換え、実はここはロープウェイで空中を滑走中である。

 また途中で切り替わり、エレベーターとしてどうやら地下へと向かっているようではある。目的地は彼女の家と言っているが真実かどうかはわからない。それにもし逃亡したとしてもまるっきり土地勘がない状況である。

 それ以上に、この女性を傷つけるのはマズい。外交問題に発展するどころの騒ぎではなくなる。


 ――それにしても、なんでだ? なんで第三(、、)皇女さまがいるんだよ……


 颯汰はもはや己の不幸を嘆くのではなく、こういった巡り合わせの糸を紡いだ神々へ、悪態をつきたくなっていた。

 こんな理不尽あってたまるか、と。

 服装こそ他所へお忍びで行く際に使用しているであろう茶色の地味目なものを選び、歯車の飾りがついた帽子を深く被り、正体を隠そうとしているが、その美貌と天性の高貴さは少なくとも颯汰には本物であると即座に理解できた。皇女の名を騙る不届きな怪しい女ではなく、単に怪しい皇女であると。

 女の名はオリガ。亡き皇后エレオノーラと現ニヴァリス皇帝の血を引くもの。イリーナより一回りくらい年上の三女。活発で傲慢な妹より、だいぶ落ち着きがあるせいか顔立ちも若いけど大人びて映る。未婚なのは間違いなく当人の性格と性癖にある。

 そんな大物に絡まれているどころか確保――護送という名の拉致らちされているという、思わず頭痛がしてしまう状況に、なぜ落ち入ったのか。なぜ仲間たちがいないのか。

 それを知るには、しばし時をガラッシアに入る前までさかのぼる必要がある。

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