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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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36 熱視線

 昇った灼熱の円盤が中天にかかる。

 地上へと降り注ぐ熱量の悉くを弾く白の領域。

“魔王”の呪いにより永き年月の間、冬しか訪れていないアルゲンエウス大陸はやはり寒い。

 普段から昼過ぎまで爆睡している颯汰であるが、昨日――否、明け方間近までちゃんと眠れなかったため、より遅い時間に目覚めるだろう、と嘲るように自己分析をしていた。

 立花颯汰は、自分の思惑が万事上手くいかないとそろそろ自覚した方がいい。

 それでも、颯汰は憂鬱な一日が始まるという覚悟はきちんとしていたのだ。

 悪路ではこの大所帯での移動する手段が限られる。ウマが使えなくなり、代わりとなるミラドゥの調達する準備は前日に終えたが、今日それらがやってきて、出発は明日となる。年中真冬の銀世界の夜なぞを強行するわけにもいかない。ゆえにどうすることもできない、という諦めはついていた。秘密裏、隠密に不法入国しているのに関わらず、なによりも自分が目立った点も、もう過ぎたことと受け入れるしかない、と切り替えれた。あと一日を寝て過ごせば、早朝には出立できる。

 おそらくエドアルトと名乗ったあの剣士は単身か何人か引き連れて、すでに首都ガラッシアに向かっていることだろう。距離的にそう遠くないのがある意味で問題となった。

 こちらが不法入国者とバレるのはまだいいが、こちらを外敵と認識して排除しに動かれるとまずい。普通はそうするか、捕まえに動く。

 もしもただの君主ならば、まず厳しい検問を執り行うだろう。まさか“紅蓮の魔王”に“闇の勇者”がいるとは思うまい。ただこちらに非がある内は、かえってそうした手法の方が対処しづらい。戦えば勝てるが武力で制圧しにここまで来ているわけじゃないのだから。余計な混乱を招く真似はこれ以上できない。

 このニヴァリス以外の他国からにも、付け入られる隙は作るべきではないのだ。

 ヴァーミリアル大陸より二倍近く広い大雪原と氷山のどこかにいる“魔王”がもしもガラッシアにいた場合は、少なくとも勇者がいるとは気づいている。ゆえに自陣を主戦場にはしたくないはずだから、慎重な行動を選ぶだろう。人民の命よりも、己の星輝晶アストラル・クォーツの破壊による弱体化デバフを恐れるはずだ。こちらの存在に気づいていても見逃してくれる――相手が温厚で話がわかる“魔王”であればいいが、そうなると思いこめるほど楽観的ではない。

 非戦闘員がいる中、襲われる危険のある帝の膝元に彼女たちを入れること自体がはばかれる。

 また目的地である霊山に入山後に一カ所だけという入り口を兵で固められる可能性もある。

 とにかく、王女と娘をどこかでかくまい、レライエを独り帝都に向かわせ入山許可証を手に入れて貰う……のが懸命か。

 もしもレライエが怪しまれて捕まったとしても、こちらの目的を吐かれたりした場合はもちろん痛手だが、見捨てて強行突破という選択も取れる。人質にされても痛くもかゆくもないほど他人であると、冷酷に天秤に掛けられる。

 目が覚めたときに、そういった話をしなければなと考えて眠りについた颯汰であったせいか、起きたときに目に入った光景は、疲労からみた幻覚か夢の続きであると疑わず、そっと目を瞑った。

 あり得ない。

 夢から覚める為にもう一度、まぶたを閉じる。


「――なに寝たふりしてんのよ」


「ぐえっ!? ――え? えっ? な、なんで――?」


 遮った闇の中、頬に感触が走る。両手で掴まれ、ぐりぐりと上下に揉みしだかれる。それはまた現実であり、ちょっとした悪夢の始まりであった。

 揺さぶられて意識はどんどん覚醒していく。

 颯汰は敵意や殺意があれば、遅れは取らないが、こういった単純なイタズラに対してはさほど敏感ではない。とはいえ野営中であれば、相手が誰であろうと透かさず目を覚まし、剣を抜けるような癖はつけていたのだが、昨晩の疲労と気を抜いていたせいか、こうも接近を許すとは。


「ふふ。とても愛らしい寝顔だったわ」


 見覚えがあって欲しくはなかったが、間違いなくこの場において最高権力者――皇族の末妹であるイリーナであった。

 見た目の年齢こそ、颯汰と変わらぬ。獣刃族ベルヴァワーの民の第四皇女は寝入る颯汰にマウンティングを取っていたのを、ベッドから降りて得意げな顔をする。

 最初こそ、覗き込むように見ていたが、揺すって起こしたというのに不遜にも二度寝を決め込もうとしたことに腹を立て、イリーナはこのような、皇族としては少しばかりはしたない真似をしたのであった。

 混乱して目を丸くした颯汰は、そっと周りを覗う。他の面々は皆が既に目を覚ましていた。


「一体、どういうこと……?」


「…………、それは、その……」


 目を逸らす青のドレスの皇女。動く度に綺麗な純白の髪がさらさらと流れる。

 言い淀みだしたイリーナから視線をずらし、アスタルテやリズ、ヒルデブルクを見た。

 他の部屋の男たちと、ちゃっかり一部屋を占有できた吸血鬼娘の姿は見えない。シロすけはリズの肩に乗っている。

 よく見ると部屋の入口近くに、彼女に仕える老執事の姿が見える。打った背中を少し摩りつつ待機していた。老犬のような穏やかな顔つきで見守る。説教した時や、外敵へ見せたあの激しさはすでに鳴りを潜めていた。


「あの、……その……。あ、あの」


「怪我はありませんか?」


「え、ええ。あ……うん……」


「?」


 歯切れが悪く言葉を詰まらせる。

 そこへヒルデブルクが助け舟を出す。


ヒルベルト(、、、、、)。皇女殿下は御身自らここへ脚を運んで頂き、さらには私たちは感謝の言葉を賜りました」


 その言葉に皇女は少しばつが悪そうに肯く。


「なるほど。(皇族だから偉そうに踏ん反り返んじゃなく、ちゃんと感謝はできるんだな。……それよりも、あのマルクって子に謝罪はしたんだろうか?)


 心の中でそう尋ねたくなったが、狼藉を重ねて立場を悪くするのは得策ではないと寝起きでも配慮はできた。そんな寝起きの自身に対する暴力については、繋がりが無く訳がわからないままだ。


「じゃあ、昨日の広場にお姉ちゃんたち、先に行ってるから、ヒルベルトはすぐに下りて食事を済ませなさい。待ってるからちゃんと来なさいね?」


「……………………え?」


 繋がりが無く訳がわからない。

 聞き直した颯汰に、王女は圧を掛ける。


「返事は『はい』」


「……」


「『はい』?」


「え、えぇ? あ、……はい?」


 拒否権はないとばかりに去る女性陣。リズは元より喋れないが、アスタルテは喋るとボロが出るから黙っていられる聡い子だ。二人は待ってるよと言わんばかりに「またあとで」と手を振って先に部屋から出ていく。


「……ちゃんと、来なさいよね?」


 念を押すのが偽姉ではなく皇女であったことに首を傾げつつ、しばしの沈黙。このまま眠ってしまいたいところではあるが、後が怖いので言いつけを守ることとする。

 準備をする際に、既に村の中で布教活動を行っている紅蓮の魔王はいなかったが、レライエとウェパルと共に今後の方針を話し合いながら食事をとった。宿屋の主人に深夜の騒ぎを陳謝し、こそッと袖の下を握らせてから寒い外へ出た。

 冷風に煽られ、逃げたくなったがそこは堪えて雪道を進み出す。

 昨日より、多少気温が上がっている気がする。

 呼吸をすると冴えた爽やかな空気を感じる。相変わらず吹く風は冷たいが、漂う雲の数は疎らで薄く、差し込む光は眩しいくらいであった。龍の子も背中から顔を出してご機嫌な声で鳴いた。

 言われるがまま、振り回されに広場へと進む。


「……昨日の今日で、普通立ち入り禁止とかにするんじゃないの?」


 広場に辿り着いて本音を零す。

 確かに、守衛の騎士――皇女の直属なのか、エドアルトの部下なのかはわからないが、鎧に外套を身に着けた騎士が、広場の入口に二人。続く森への道の前で四人ほど待機しているのが見えた。

 遊んでいる子どもの親らしき影は見えない。

 少なくとも数日は自宅待機させた方がいいと思うんだけどなぁ、と言いながら招く意味で振られた手に応えつつ颯汰は合流する。

 来いと言われて身構えたものの、やることは昨日と変わらない。子供らしく、遊ぶだけである。

 雪合戦に、雪だるま作り。既に積もった雪山のかまくらや、雪を使った滑り台などでも遊べる。

 険悪な空気はなく、すでにマルクを含め皆がきちんと今までのことを謝罪し、彼もそれを許したからこそ、一緒に遊んでいた。アスタルテもそこそこ破目を外し、リズも小さい子の面倒を見ていて、ウェパルは勝手についてきて、何を思ってか見た目通りの御淑やに振る舞い、小さな雪うさぎを子どもたちと作っていた。

 油断はできないとはいえ、昨日よりは心苦しい要素がなくなったはずだった。


「にいちゃん!」

「ヒルベルトくん! さすがだ!」

「やっぱすげえや!」


 修行で培われた類いまれな身体能力を雪合戦などで用いていたと知られると師になんと言われるかと少し怖い気がしたが、悪意の全くない声援を受けて少し照れて悪い気はしなかった。ただ新鮮さもあるが気恥ずかしい。

 ほぼすべての子たちに慕われるようになっていた。


「……へぇ」

「……!」


 ただ、二人を除いてである。

 一人は皇女イリーナ。

 ふと気が付いたら水晶のような目と合う。

 向こうは慌てて目を逸らすが、確実にこちらを観察していると颯汰は察知していた。

 もう一人は皇女の忠犬の筆頭たるレナート少年である。

 こちらは視線の意図が読みやすく、明らかに颯汰を敵視している。

 理由も大方わかるが、颯汰にはどうしようもできない問題であった。


「………………うーん」


 できるだけ関わり合いたくない。

 今日のあと半日で解放され、彼らともおそらく今生の別れであるから、我慢を選択した。

 とはいえ視線がやはり鬱陶しい。

 両方の意味が異なるとはいえ熱を帯びている。

 額を押さえ、どうにか王女に体調不良だとか言って宿に戻ろうかと思案していた時である。


「あ、アシュちゃん!」


 雪の上に倒れ込む音と一緒に遊んでいた女の子が叫ぶ。颯汰は即座に真剣な表情となり動き出していた。

 雪で軽く滑って転んだ程度ならここまで真剣にならない。急に貧血で身体の力が抜けたような倒れ方をしたからだ。遠巻きに見守る男子もいたが、皆が皆心配そうに見つめる中、颯汰は駆け寄り、片膝を突いて覗き込んだ。


「アシュ、大丈夫か!」


 姉という設定を忘れて呼びかける。


「ぱ、ぱ……」


 苦し気に息絶え絶えに応える。


 ――魔力中毒! あと数日先だと思ったが!


 この旅にアスタルテを置いて行けなかった最大の理由が彼女のこの持病にある。


「ごめ、……ね。よていび、よりも早く――」


「大丈夫だ。謝る必要はないよ。ちょっと、森の方にでも行こうか」


 優し気に声をかけ、アスタルテに手を差し伸べる。ゆったりと立ち上がった彼女の手を引いて、森の方へ歩き出す。


「少し森の空気を吸わせる。休んだらもとに戻るから心配しなくていいよ」


 事情を知る王女とリズは肯き、他の子たちにも心配がないと説得をしていた。

 どう見ても颯汰の方が何歳も年下なのに、保護者のように、しっかりとアスタルテを連れて歩く。森の入口の守衛が止めに入ろうとした所を、


「第四皇女イリーナの命令よ。通しなさい」


「は、ははー!」


 権力には逆らえず、騎士たちは彼らを通す。

 颯汰は王女の方を見て頭を下げて礼を述べ、森へと入っていったのだ。


2021/05/10

一部文章の修正

(直したつもりが…)

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