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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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35.5 好敵手

 吹き荒ぶ風が塵煙を生み出す。

 赤い土が飛散する。

 蠢いた殺意が、地面より這い出てくる。

 殺戮兵器“鉄蜘蛛”――かつて、ここヴァーミリアル大陸にて跳梁跋扈ちょうりょうばっこした災厄の具現。

 実際に対峙した者たちの予測通り、その幼体が自ら出土し、生き物を襲い始めていた。

 ウサギやタヌキ、鳥などの比較的小型の生命は目もくれないが、イノシシやオオカミ、無論ニンゲンなどある一定の大きさを超えた生物はなにものであろうと殺しに掛かる。

 失われた技術の結晶たる機械は、その身体をその命令を忠実に守るためだけに動かす。

 それが正しいものか、何かしらの影響で歪んだのかは誰にも量ることはできない。

 搭載されたカメラアイで対象を視認する。

 一瞬の内で周囲の情報を取得し、スキャナモードを終えた。

 過去のデータベースと照合し、さらに無線通信を並行して行おうとしていた。

 地面から突き出た建造物だったもの(、、、、、)。埃と雨風にさらされ、汚れ切った断片。

 斜めに埋まっていて一部は欠けているが、表面のレリーフからここがどこなのか認識できた。


『 ヴァーミリアル大陸。

  マルテ王国領内。

  アリコ関所。――その跡地と推測。 』



 大まかには正しい。

 だが間違っている情報もある。

 今でこそ二大国と称されているヴェルミとアンバードの影に潜むカタチとなっているが、マルテは大きな国であったのだ。現アンバード領を平らげていたどころか、ヴェルミ領の一部までもが人族ウィリア至上主義の国家に支配されていた歴史がある。

 今やここはアンバードの領土。ただ、痩せた大地では人々の生活は厳しく、村々は点在してもかつてほど活気に満ちることは未だない。

 このような事情を、地下で長い年月も休眠状態であった鉄蜘蛛が知る由もなかった。

 本来であればそういった情報すら、無線通信で取得できるはずだったが、 


『――!』


 通信失敗のエラー報告、を一瞬で覆い塗り替える緊急事態を知らせるアラートが奔る。

 接近する動体を背部のカメラで捉えた。

 金属のやじりが付いた木製の矢である。

 どんな素材であれ、傷も付かないものであっても、まさに機械的に処理をする。

 最後方の脚部を一本動かし、上にあげて保ち――全身を振り回して弾いた。攻撃を防ぐと同時に方向転換し、改めて排除対象を捕捉開始する。


『――……、……』


 何もいない。

 周囲の索敵を開始する。鉄蜘蛛はそれを明確な攻撃として認識していた。殺意という測れないものではなく、矢が勝手に飛んで本機に命中する確率から、そう判断を下す。 

 飛来してきた方向、風速、矢の速度から割り出し“敵”はあの遮蔽物しゃへいぶつ――古びた建造物――あの門の裏に隠れていると断定する。

 門の方へ駆けて行った証拠として足跡を見つけた。目視では微妙に判別し辛いが、機械の精確な探査能力により、くっきりと見えた。足跡を赤いふちでマーキングし、続く道を辿る。

 多くの人や荷物が通ったであろう関所。徴税と検問を担う施設は既に機能していない。

 朽ちた外壁。砂と埃に塗れ、辛うじてその形を保っているように思えた。積まれた石でできた堅牢であった壁には綻びが目立つ。

 もしも自然豊か場所であれば、つたが自由にその手足を伸ばし、茂る緑に包まれていたことであろう。だが色褪せて枯れ果てるどころか、元より荒涼の地である。その、もの悲し気な風情、知と理を持つ人間であれば寂寞の念を抱かずにいられない光景に、機械である鉄蜘蛛には何も揺れるモノがない。ただ門を通って逃げ遂せようとしている獲物を、どこまでも追いかけるだけだ。それどころか、もしこの寂れた門付近に敵がいた場合、背部からレーザー砲を展開し、丸ごと消滅させることもいとわない。ただし、エネルギー効率から鑑みて無駄な行動と判断を下すことであろう。矮小で原始的な攻撃手段しか持たない外敵であれば、脚部で刺し貫くだけで殺せる。驕りなどではなく単純に計算からそれが妥当と結論付けるはずだ。敵の武装は銃弾でも光学兵装でもないだろう。人間の腕力程度では装甲板をへこませる事もかなわない。ゆえに近接戦闘で十二分に処理ができる。万が一、傷が付いたところでナノマシンによる自己修復機能まであるのだ。

 石斧片手にウホウホ言ってる原始人程度に後れを取るわけがない。もし壁の側面に複数人が隠れていようと、物の数ではない。

 金属の躯を動かす。

 歩みを進める度に土がぱらぱらと落ちる。

 八脚で一切の乱れも無い、規則正しい歩行。

 既に接近を感じ、警戒しているのは間違いない。対象は、自らの生命活動停止までのカウントダウンを予測できるはずだ。

 見上げる石積みのアーチ。樫木と鉄板を二重にして造られた扉は既に失くなっていた。

 本機でも余裕で通れる門。囲いはなく、十数ムート程度進めば回り込める程度の石壁だけの残骸の、残った入口を通った。

 上から崩れれば、如何に鉄蜘蛛とて行動不能に陥る。最悪の場合、脱出不可能となるおそれもあるが、恐怖という感情など搭載していない。

 本機の機能が停止しても、他の機体が目的を達成すればよいのだ。

 ゆえに迷わず、躊躇ためらわず、疑わず(、、、)に進む。

 その先で――、


「やぁ、御機嫌はいかがかな?」


『――!!』


 音声識別――、人間。成人男性のものと認識。

 だが、言葉以上に不可解なものが飛来し、躯に絡みついた。白く粘つくもの――挟み込むように二方向から、波を打つペーストが襲い掛かる。それは一本の糸。鉄蜘蛛が放つ粘弾とまったく同じ性質のものである。


「驚いてくれただろうか」


 嘲る声。

 声がする方向にもカメラを向ける。


「はじめまして鉄蜘蛛クン。わたしの名はグシオン。アンバード第八騎士団の団員の一人。おそらく短い間ではあるが、お見知りおいてくれたまえ」


 門の上部分に座り、足をぶらつかせた男――グシオンはマスクの下、見下した目で玩具モルモットを眺めていた。服はアンバードの騎士団の制服であり、所属を証明する“鷹”の紋章が肩や背中に縫ってある。彼は第八騎士団の長たるナフラと同じく、魔人族メイジス獣刃族ベルヴァとは違う特徴を持っていた。また頭に角などもない。マスクでエルフと魔人族特有の尖った耳と美貌はあるかどうかさえ分からない。マスクとはいっても目の部分だけ開いたバンダナを巻いている、怪し気な風体であった。


「我々第八騎士団は一応、騎士の称号を得ているものの、基本的には鍛冶が専門でね。ただ棟梁や副長、わたしなんかは技術開発にも通じている。キミを拘束した“それ”も急造ながら、わたしの作品だ」


 グシオンは立ち上がる。“それ”とは鉄蜘蛛に絡みつき、動きを封じた粘性糸の発射装置――門の真横に設置していた装置の事だ。

 

「デザインは正直気に入っていないし、重くて大きすぎて利便性が欠けるから、そこが後の改良点だろう。すぐにでも取り掛かりたかったが、うちの棟梁たちが来るまでにある程度の数は抑えなきゃいけないからね。第八は人数が極端に少ないくせに予算だけはイヤに食う給料泥棒なんて他所の騎士たちに呼ばれているそうだから、努力と結果は見せなきゃって、わたしも張り切ったわけだ」


 装置とは呼んだが、それはただ、八本脚と後部が斬り落とされた鉄蜘蛛をそのまま台座に乗せたようなものであった。それを他の魔人族の騎士が発射係として配置されていた。斬り落とした八本の脚の付け根、それぞれにモルタルなどを塗り込み、布で包んである。詳しいメカニズムは判明していないが、傷口を無理矢理塞げば早々再生しないだろうと踏んでやった事である。

 グシオンが語る中、騎士たちは鉄蜘蛛の後部がざっくりと切れ目が入れられ分かれ、そこに差し込んだ部品――レバーとトリガーを引き続ける。第八の騎士ではないものにとっては逆さにした弩の引き金を引いてるような感覚だ。引きっぱなしで粘性の糸は止まらず、対象を白く染める。


「これは……、君たちの思考を司る“頭脳ユニット”だったかな? それは既に取り外したから勝手に暴れる心配はない。過去の侵攻で、キミたちの遺骸から学習した甲斐かいがあったものだ。ほんとなかなか苦労したが、とても有意義な時間だったよ。実験の結果から得られた発見と知識は素晴らしい財産となる」


 門からシュタッと降りたグシオンが手を挙げて発射を中止させる。鉄蜘蛛は絡みつく糸に身動きが完全に取れなくなっているのを良いことに、余裕をもって、挑発するように語り続けた。


「キミたち鉄蜘蛛の粘弾、粘着糸と発射パターンが今判明しているところで八つ。絡まると非常に厄介なシロモノだ。何せ、普通の生物じゃあ、まず断ち切れない。まさに自然界の蜘蛛の糸をそのまま大型化したような硬度。さらに今のように瞬間的に硬化だってできる。便利で凶悪だ……!」


 赤く光る八つのカメラアイに顔を近づけグシオンは笑みを浮かべた。


「ただ少し気になったのは、キミたち自身がこれを喰らった場合の反応と対処だ。精確無比であるから誤射の心配がないのか、自力でそれを剥がす術が見当たらなかった。時間経過でこの粘弾は崩壊する仕組みのようではあるが、きっかり半刻としても時間が掛かり過ぎる。開発者が過程で気付かない訳が無いはずだとわたしは思った。余ほど今のわたし達のように資材が足りないとか、切羽詰まってるなら話は別だが。そこでわたしはある仮説を立てて実験をしたところ、キミの同型機は過程で予想通りの反応を見せてくれたんだよ! まさか――」


 言葉が遮られる。

 鉄蜘蛛の、全身を封じていた鳥もちのような塊となった粘着質糸が突如解かれ、後部のユニットが開き、一矢報いろうとした。

 逆転の一手。収束する光。

 放たれれば周囲一帯を焼き払う――。


「はぁッ!」


 光が奔る。掛け声と共に。

 地に降り注ぐ陽光を受けた刃が閃いた。

 上空から降り立つと同時に振り下ろされた斬撃は、レーザー砲が展開される前に鉄蜘蛛を真っ二つに引き裂いたではないか。


『!!??』


高く跳躍して、一回転。全身で振るったハルバードは他愛もなく鉄蜘蛛の堅い装甲を斬り裂いた。


『あり得ない』


 と感情を有していた場合は鉄蜘蛛はそう漏らしていたのかもしれない。己の装甲を難なく突破したという事態と、その使われた武器に自分と同一の素材が用いられていると分析をして気付いて。

 一瞬で命の危険に晒されたグシオンであったが、吐いたのは感謝の言葉ではなく溜息と、


「おいおいおいおい……! せっかく、ヒトがせっかく熱く語っているところを……! キミは空気も読めないクンなのかな!?」


 呆れと憤りが混じった文句であった。

 グシオンが座っていた門の上から同じく飛び降り、一方的な語りを中断させ、彼の命を救った恩人は振り返ってグシオンを見やる。


「愚か者め。魔物になぞ語ってどうする。それに我が高貴なる正義の戦刃があってこそ、貴様は生きながらえたのだが?」


 見下すと呼ぶより、自分に酔ったような物言いをする竜魔族ドラクルードの男。アンバードの騎士の制服ではあるが、紋章は無い。南部であるここからさらに南南西の方角、コックムからやって来た者だ。上官である同じ竜魔のブエルの指示を無視し、単独で街の――否、己が至宝たる“姫”の奪還を企てて上京しようと無計画に飛び出した男。打倒“魔王”――邪悪なる新たな簒奪者・立花颯汰を討たんと公言しているほど少し頭が弱い傾向にある。多くの者には戯言だと相手にされていないのが救いか。


「誰が与えた武器だと思ってるんだいキミは」 


 行き倒れになっていた彼を見つけたグシオンは彼の生まれ持った頑丈さから実験に使えると思い、口八丁で利用し始めた。

 無辜の民を救うという大儀によって、やる気がブーストされたせいか、鉄蜘蛛を素材として造った武器であるこの白銀のハルバードを使いこなすにまで至ったまでは良かったが、たまに暴走し、話を全然聴かなくなるのが欠点だと二日目に気づいた。ただ前途の通り頑丈で、命知らずの馬鹿であり王都直属の騎士団の一員ではないため、使い潰しても問題ないため彼を運用している。むしろ実質的な現支配者の命を狙っている輩なので、酷使しても誰にも文句も言われないし言わせないつもりであった。


「時間稼ぎだと前もって説明したはずだが? 罠に掛けた鉄蜘蛛の反応と、対処……。…………あえて時間経過で自壊すると此方が知っていると示すと何らかの手段で、背部だけでもすぐに拘束を解いた。やはり人語を認識しているとみていい。問題はどうやってか……、装甲を修復する謎と何か関係が――」


 少し怒り気味であったが、途中から静かに実験の結果から自分の考えを纏める為に声に出していた。完全に機能が停止した鉄蜘蛛の前で、ブツブツと続けて自分の世界に入り込んだグシオンを余所に、竜魔の騎士は肩をすくめた。

 ハルバードを刃を見やると、己の顔と真昼の月が映り込んだ。

 振り返って眺める。荒地に栄える、広がる青色の空とぼんやりと浮かぶ白い月。

 男は宿敵たる“魔王”と掠われた姫を思い、強く拳を握りしめた。

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