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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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32 黄昏の狼王

 見下ろす巨大な魔狼。

 神話、あるいは怪獣映画の世界からやってきた、常識的なサイズでは納まらないないオオカミ。

 凍て付くような肌寒さは山の頂付近――雲海の上という環境ゆえだけではない。

 颯汰は全身がヒリつくような感覚があった。

 焦燥感にも似ている。

 焦る理由もわかるが、なにか違う気がした。


 ――勢いで啖呵たんか切ったものの……。どうすりゃいいかな……


 全身が黒づくめの青年となった颯汰は、覆うモノの影によって、一層、闇に染まる。自分の身長よりも遥かに長い四つの脚がそれぞれ支柱みたいで、天井から何もかもすべて、流れる針の大河のような毛に覆われている。眼光は鋭く、牛なんて余裕で丸のみできる大きな口もあった。

 あまりの体格差に勝機の有無などを考える時点で狂人であると言えよう。ふつうは脳みそフル回転で、この状況からどう生き残るか、走馬灯を見ながら解決策を講じようとするはずだ。

 どう生き延びる=どう逃げ切るかだ。

 ただ、颯汰が単独であれば無茶もできるが、足元に横たわる精霊の鹿がいる。せっかく救った命、見捨てるなんてできない。単独での逃走は最悪の場合だ。今はその半歩手前くらいと断ずる。


『…………』


 緊張で口の中が渇くのを感じる。

 だれかを守りながらの戦いは、存外難しい。

 なによりシンプルに戦力差が明白だ。周りの狼は雑兵とはいえ、数が多い。見えぬが呼吸や音から判断して六頭以上は確実に集まってきている。


 ――また増えた


 心の中で呟き、舌打ちしたい気持ちとなった。

 単なる動物であれば容易に切り抜けられるだろうが、なまじ知性がある仙界の生き物相手だとそうもいかない。彼の牡鹿は病み上がりで、走るのは困難であろう。担ぐには身体が大きすぎる。


 ――どうにか注意を引いて、走って逃げ切れ、……ってゲート消えてるゥー


 横目で来たはずの入口に案内役のもう一頭の鹿たる霊獣がいるだけで、空間の裂け目らしきものは消失していた。

 実はこの獣たちが結託した罠なのでは、と疑いも当然頭に浮かんだ。だがどうあれ、眼前の脅威からどう立ち回るか考えなければならない。

 目を閉じず、脳内で何度もシミュレーションを繰り返してはみた。


 ――………………詰み、では?


 立ち向かったところで勝算はない。

 すぐにそに顎に捕食されるか、逃げようにも脚一本で押さえられそうである。

 悟られぬよう虚勢を張り、顔色を変えず、目線も逸らさずに魔狼を睨んでみる。

 そんな敵意に、巨狼の表情は全く変わらない。


 ――危機察知(ヴィジョン)視えない(、、、、)。殺気すら無いのか? ……見くびられて敵とすら認識されていないか、人間なぞ“エサ”っていう感覚なのか。……それとも、そういった感情すら超越している?


 感じ取れるはずの殺気がないのは、相手が仙界に住まう動物ゆえだろうか。野生の動物――魔物ですら殺意をもって襲い掛かるというのに、まったくそういった気配を感じない。ゆえに敵の巨大さ、牙や爪の鋭さには目がいっても、実力が計れない。そうした感覚に頼りがちだった颯汰は不安感に襲われた。それこそが他の敵たちと違うところであると気づく。

 それを知った途端、身がすくむ――。

 感情のない機械とも異なる異質さ。

 超常の存在、獣たちの王を越え――神の領域に踏み入った巨獣が動き出した。

 怯えや迷いを認めず、身体を恐怖で凍り付かせずに、感情の方を凍結させる。颯汰の瞳が蒼く輝いた。


 ――来る。直接喰うつもり。好都合だ。口を開いたところに、烈閃刃(チェイン・エッジ)むちとして展開し、舌を切断する


 刃のついた鞭状のそれは扱いこそ容易ではないが、リーチも長く、もっとも適した攻撃手段であると判断した。どの方位から攻撃しようとも、たとえ両前脚が、直接噛み付きにこようとカウンターを狙える。引きつけ、間合い三ムートまで迫った時に一気に跳び込めば、狼の大舌をぐるりと絡めて切断することができるかもしれない。

 右腕を斜めに下ろし、後ろにやって構えた。

 左手を、見得を切らんとばかりに前に突き出す。なにかを意識を左手に向かわすのはさすがに無理ではあろうが右手の企みを隠すため、右腕部の刃の間合いを狂わすのと、勢いに乗せて振り回すためだ。


 鼻面がこちらに向く。

 口が開くのを待つ。

 しかし、待てどその時は訪れない。

 規則的な音が二度鳴った。

 ニオイを嗅ぐように鼻をひくつかせたのだ。

 そうすると巨狼は天を仰ぐように空を見やる。

 なにかを反芻はんすうするように想いをめぐらせ、またもや下にいる者を見た時である。


『……ふぅむ』


『えっ』


 颯汰は間の抜けた声を出す。

 どこからかヒトの声が聴こえたせいだ。

 その声がどこから響いたのかキョロキョロと視線を動かす余裕はない。また、地上の雑音が少ないぶん、風の音が強く聞こえ、それがヒトの声に聞こえただけ、などでは断じてないと言える。

 もしかして、と颯汰は声に出さないで口を動かす。狼の大きな口が開き、生暖かい風が当たる。

 

『懐かしき、香りだ』


 はっきりとした言葉が聴こえた。

 修羅場をいくつも潜った低く、雄々しき声。

 記憶にある誰のとも一致しない。ドスの効いた、大人の魅力が溢れた声だ。

 冷静と冷酷の絶妙なバランスが取れた落ち着きがある。ドッシリと構えるだけで周りは安心し、咆えれば力となり、囁けば熱となるだろう。聴き惚れて、憧れすら抱くほどに良い声であった。

 

『喋っ……た……』


 頭の中と呼ぶより、胸の内側――ココロから知覚しているように感じた。今の自身や魔王とはまた違った響き方をしている。その癖、発信(発声?)先がどこからかわかる。どこか急に見知らぬ男がやって来たわけではなく、頭上にいる魔狼が言葉を操っていると認めざるを得ない。


『おかしなことを言う。ここは仙界。そりゃ、オオカミだって喋ろうぞ』


『いやその理屈はおかしい。ウチの子たちだって喋れてないぞ』


 未だスヤスヤと夢の世界にいるはずの竜種の幼子と、己の内側にいるらしい角鴟ミミズクの精霊。彼らは人語を理解しているようだが言葉は自在に操れていない。

 ジッと見据える目。

 暫しの沈黙のあと、なるほど、と一言口にして納得したようすで首を縦に動かした巨狼は言う。


『われは“管理者”代行。《黄昏たそがれ狼王ロウオウ》と呼ばれし者――』


『……、……立花、颯汰です』


 答えはせず、名乗り始めたことに困惑した。


 ――もしかして、最初から敵意がなかったのだろうか?


 依然として気を抜かず、武器を展開したままではあるが、一応名乗り返す。


『われのことは好きに呼ぶといい。気軽にな』


『…………』


 仙界に住まう者たちは基本、名を伏せる。

 大昔に名を“奪い”、存在を“奪い”……最終的に身体を乗っ取るモノがいたという。仰々しい名を持つものが多いのはそれが理由なのだ。


『ふぅむ。そうか、そうか』


 黄昏の狼王は感慨深げに目を細めた。

 なにか独りで納得しつつ、こちらを値踏みするように観察を続ける。そういった目線には耐えられない颯汰は少し顔を逸らしたくなったが、隠れていない目だけは嫌そうに細める。それを見て黄昏の狼王はどうやら笑んだようだ。

 また強引に話を自分のペースで進めてきた。


『ここは第二階層“風の洞窟”』


『……? 洞窟?』


 完全に油断はできないため、わずかに顔を横に動かして周囲を確認する。

 影の外は明るく、天上もある。

 その動きに気づいた狼王は四足で右へと回り、景色を見せてくれた。配下のオオカミたちもするりと岩場から跳び退いて、文字通り消えていく。


『広がる雲海。山の頂上付近に見えるだろう?』


『ええ。どう見ても、すごい高い場所……(もしかして、実はそう見えるだけでここは――)』


『正解だ』


『馬鹿にしてんのか』


 もしや名の通りここは洞窟の内側なのでは――などとシリアスな顔で考えた時間を、一瞬であっても返して欲しい気持ちとなった。目に見えるものがすべてじゃない的な、幻覚や外の風景を洞窟内に投影している構造かと思ったが違う。おちょくられている気しかしない。そんな静かな怒りに、まったく気にせぬ様子で狼王は答える。


『ここいら山一帯すべてが“風の洞窟”なのだ。シンボルとも呼べる洞窟部分はそこから入れる』


『…………』


 右前脚で示される方向を見やる。ゴツゴツとした青い岩により少し隠れていたが、ポッカリと真横に黒い大口を開けているのが見える。


『あの洞窟こそ、仙界にて風が生まれる場所。ここよりいずる風は障壁を越え、どの階層にも届き、巡り巡ってこの場所へと戻る』


 今は雲によって遮られているため見えないけれど、下界は地続きに見える大地が広がっている。光の障壁――極光オーロラの幕によって隔てられているそれぞれの領域を階層と呼び、各階層を治める“管理者”すらそれを越えられない。

 ある場所は薄暗い湿原で、またある場所は火山地帯、森や岸壁、海とまったく異なる仙界ではあるが、ここで生まれた風は、阻まれることなく自由に進んでいくのだ。

 少し感心したような顔をした颯汰であったが、生まれたての冷たい風に、顔をなぶられた。


『此度、ヌシを呼び寄せた理由が二つある』


『…………わっ!』


 足元に横たわった牡鹿がむくりと起き上がる。

 でかい図体を起こして低く鳴く牡鹿。

 最初に会った頃の、警戒した態度が大いに軟化しては颯汰に身体を擦るように引っ付いてきた。颯汰は右腕を上げて刃が触れぬようにする。

 絶好の隙ではあるが、狼王は仕掛けず語る。

 

『一つは謝礼。そのものを救ってくれて、心より感謝を。本来ならば、われが直接赴きたかったのだが、この身ゆえな』


 その言葉に対してかなり訝し気ではあったが、颯汰は右腕に展開した刃が格納させた。感謝の気持ちのある相手に、いつまでも臨戦態勢を表向きにとり続けては余計な不和を招くというものだ。

 だからできるだけ普通に対話を続けてみる。


『確かに。そんなガタイで村に来られたら、あれ以上にパニックになりますね』


『……? 代行とはいえこの地を預かっている身だ。そう簡単に離れられんからだが?』


『(……もしや自分が超巨大肉食獣でパッと見でもう人に恐れられるってこと気づいていない?)……感謝とは言いましたが、あなたはコイツの肉とか喰わないのですか?』


『喰わん喰わん。仙界に生きるものはマナさえあれば食事は不要だ。マナが尽きればその必要があるだろうが、われとて肉なぞ久しく口にしておらんよ。それより果実の方が好ましいしな』


 ――純粋な精霊はマナ無しじゃ生きていけないけど、霊獣……こういった手合いの生き物は別なんだな


 師たる精霊も紅蓮の魔王も教えてくれなかった。前者は剣の修行の方が忙しくて、後者は聞かれてないから答えていないのだろう。


 ――だけど合点がいく。どうりでコイツがまったく怯えた様子もない。肉食獣と草食獣の間柄とは思えないほどに落ち着いてるし


 敵意は元よりなかったのだ。ただ、話していくと、颯汰は余計に苦手意識が強まっていくような気がしてきた。だからと言って争う姿勢がない相手に、ケンカを売るほどバカではない。単純に居心地悪いので早々に退散すべきだと判断する。

  

『お礼の言葉は、まぁ、その嬉しいですけど。治ったならそれでよかった。じゃあ、元の場所に戻し――』

『――それより、もう一つの理由についてだが』


 空気が冷ややかになっていく。

 酸素濃度も変わらないはずなのに、息苦しくて身体を縛り付けるような圧――。


『――ヌシの目的を問いたい』


 返答次第で今度こそ争いは避けられぬ、と息を呑む音が喉元で大きく鳴った。

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