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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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29 剣客

 音が響き渡る。

 甲高く、爽やかで、清らかさを感じさせる音。

 不可解な程にその鈴の音色は、周囲にあらゆる騒めきよりもはっきりと聞こえたのだ。

 自然界に存在しえぬもの――人の叡智が生み出した産物でありながらも、神や獣、まつろわぬ怨霊などという超常たる自然を畏れ敬う祭具・神具として扱われるゆえかもしれない。

 その音色に誘われたところ、声がした。


「――君たち、止まるんだ」


 聞き覚えのない声であった。優し気に諭すような若い大人の声だ。

 雪に解ける白の衣裳と外套に、金の刺繍が輝く。少し長い髪を後ろで束ねた優雅な佇まいは貴族のそれとしか言いようがない。

 白銀の野から照り返しを受け、煌めく青年。

 その左腰に鞘に納まった一振りの剣。

 鞘の鯉口辺りに結ばれた小さな鈴が揺れた。

 巡回の警備員にしては若い。やって来た剣士は耽美な顔で、年齢は十代後半から二十代前半と思われる。それに身なりが整い過ぎている。だけど装飾品が華美であるものの、何処となく貴族にしては自己主張の強さを若干抑え気味にも感じる。

 すらっとしたその脚での歩みは堂々としたもので、横を抜けて逃げる子供たちと相反していた。ただ、世界をまるで自分のステージと思っているような気取り過ぎた態度ではない。

 止まれ。その警告の意味がわからなかった。

 そう言いながら現れた剣士は鞘から剣を抜き放ち、その勢いで天へ掲げたと思いきや、すぐに納刀した。そんな理解できない行動の答えは、すぐ近くで示される。


「ブモォオオオッ!?」


 先ほどまでの怒りの声ではなく、当惑の叫びだとわかる。声の主たるポルミスへ颯汰とリズが視線を戻すと、信じられない光景が広がる。


「な、に……!?」


 二人とも足を止める。警告を従ったのではなく、驚いて思わず身体を止めてしまう。

 攻撃対象たる大熊が、のたうち回るように身体を揺らす。その首筋から凄まじい血飛沫。誰か他の者や獲物を喰らった血ではなく、ポルミス自身の傷から流れ出る鮮血であった。


「巻き込んでしまうかもしれないから、もう少し離れてくれると助かる」


剣士は言う。そして再度剣を抜く。素早い太刀筋だが、当然虚空(こくう)を通るのみ。それなのにポルミスの腕や胴から血が噴き出すではないか。

 剣を振り、真空の刃――斬撃を飛ばせるような化物の知り合いに覚えのある颯汰たちであったが、剣を振った刹那に傷を付ける疾さは思わず目を見張るものであった。


 ――霊器か!? 


 魔王が使う魔法の類いであれば一層、この身を巣食う怪物が暴れ出し、抑えきれない状態に陥っていたであろうと颯汰は予想する。異なるとあれば、あの剣に何かしらの仕掛けがあるに違いない。

 そんな精霊を宿した武具など知る由もない、攻撃を受けたポルミスは当然、困惑している。何もないところから鋭い斬撃が身体を襲うのだ。

 ただ野生の勘が告げている――。

 突如現れ、悠々と此方に近づいてくるあの剣士が繰り出している、と。


「いい子だ。キミの命を狙うのは私だ」


 他の外敵よりも明確に傷を負わせてきた対象に狙いを定めて吠えながら駆け出す熊を見て、狙われた当人は何も心が動かされていない様子で呟く。大きさに見合わぬ速度を出すのがこの手の動物である。ヒトより遥かに素早く、巨躯を揺らして当面の最大の障害たる剣士を排除しに行く。

 麗しき剣士は構える。剣を高く、柄を両手で握り、顔の横に置いた。

 剣士は外套の下に何かを鎧っている様子は無い。衣服からはどうであるかは確かめられぬが、どんなに鍛え抜いた肉体であろうと、の猛獣の爪や牙を受ければたちまちヒトという生き物は、もろく崩れ去るのが必定である。

 例え剣の達人であれど、体重が四百バルト(約四百キログラム)は優に越えた怪物の一撃を喰らえば、死に至る。精霊や魔王であっても相当のダメージになるに違いない。

 それを前にして恐れるわけでもなく、凛々しき剣士は間合いを計る。


「ああ、危ないっ!!」


 子供の誰かの叫び。逃げ遅れ、両手で惨憺さんたんたる結末から逃れようとした。

 近づくと一層、その大きさに慄くはずであったが、剣士は眉一つ動かさない。

 怒り狂う猛獣は四足で雪を蹴り砕き、獲物を前にして右前脚を大きく振りかぶった。

 その爪を寸で回避する剣士。

 勢いのまま滑るポルミスそのものも凶器だ。速度と体重が乗った意図しないタックルはそれだけでヒトを絶命に至らせる。

 それを横へと華麗に回避しつつ、剣士はその剣にて斬撃を加える。素早い剣閃でさらに数度、刻み込む。光を受けて白く見える毛が飛び、新たな傷から赤が溢れ、色を染めていく。

 転がり態勢を崩している今がチャンスとトドメを差そうと両手で剣の柄を掴み、振り下ろす。

 煌めく白刃に映る猛獣は怒りに顔を歪ませる。


「グワアァッ!!」


 手負いの獣こそ恐ろしいのだ。

 ただでは済まさんと猛獣の目が光る。

 空を指した四肢が動く。鈍重な見た目に反した凄まじい早さで体勢を立て直し、氷の仮面に侵食された腕で、渾身の斬撃を受け止める。

 中にヒトが、それも武道の達人でも入っているのではないかと思ってしまうほどに鮮やかな転身である。その氷の凄まじい硬度により削られるどころか剣を弾き返し、刃こぼれをさせる。

 まるで蒼い鉱石……いやそれ以上に硬度を誇る鋼に剣を叩きつけたかのような衝撃を手で受けた。痺れはしたが剣を離す訳にはいかない――だが、僅かに力が弛まったところに、熊の手が襲い掛かる。


「ああっ!」


 今度こそ危ないと青年も叫ぶ。子供を広場の外へ誘導しながらも、現れた高貴なる剣士とその業前、一瞬とはいえ攻防の応酬に魅入られ、足を止めてしまったのだろう。

 身を守るように構えた剣は吹き飛ばされる。回転しながら空を舞い、遠くへ飛んで行く。サクリと斜めに剣が雪の上に刺さって立つ。


「おや」


 徒手となった剣士。多少は困ったような顔をしているが全く焦りというものを感じさせない。むしろ周りの方が焦る始末であった。

 野生の熊と素手で渡り合えるような人間はそうそういない。(渡り合える知り合いがだんだん増えてきた颯汰であるが、あれらをヒトとしてカウントはできない類の怪物である)。

 虚構フィクションではよくそういった人物が現れるが、彼の剣士はそういった類いの武術の心得があるだろうか。


「さて、これは、どうした、……ものかな」


 前足による猛攻を避けるので精一杯に見えるが、それでも剣士に喋るだけの余裕があるのか、強がっているだけかの判別がつかない。避ける度に鈴の音が喧しく、ポルミスは殊更苛立ちが募り攻撃的になっていくのが、繰り出す爪の速度と声から察する事ができる。

 隙を見てリズに近づき耳打ちをしていた颯汰はさすがにこの場面を見て、援護の有無を迷う段階ではないと脳内で断じる間もなく、動き出した。注意を引かねばともう一本のナイフを掴み、大熊に投げつけた。

 単純な戦闘能力であれば闇の勇者であるリズが行くべきではあるが、目配せだけの協議の結果、颯汰だけが援護に回る。

 ナイフは肉ではなく、氷にぶつかるだけで傷一つ負わせることはないと投擲した本人も理解していた。煩わしい攻撃に一瞬の隙を見せるポルミスは所詮は野生のケダモノでしかない。


 ――何とか今の一瞬で、剣の方向へ行ってくれ! ……って、うぇえッ!?


 背を向けて走るのは危険だが、丸腰のまま猛撃を避けきれる事を天に祈るよりも霊器の力であれば優位に立てるはず……と考えていた颯汰の瞳に、思ってもいない行動が映る。

 剣士は、己の飛ばされた剣など見向きもしないで、二足で立つ熊へ向かう。人間が相手ならば、背後を見せた相手を如何様にもできそうではあるが、相手は見上げる大きさのポルミス。まさか徒手空拳を極め、一撃で臓腑を散らす――くらいの実力があるのならば、とっくに攻めへ転じていたはずだ。では何を仕出かそうと言うのか。


「借りるよ」


 そう言うと態勢を低くして剣士は駆る。

 ポルミスの大木の幹を思わす足のすぐ横を、攻撃の間合いに自ら侵入し、即座に離脱する。

 剣士は、氷に覆われずいた後ろ足に刺さったままの、一本目の颯汰のナイフを引き抜いた。銀の刀身の半分が赤黒い色に染まっているそれを握り、構えを取る。

 訪れた一瞬の静寂と、広がる鈴の音色。

 それは小太刀による居合抜きの構えであった。

 だが納めるべき鞘もなく、ましてや刃は短く三十メルカン弱である。滑るようにして距離を取っておよそ五ムート弱。人対人であれば遠すぎる間合いではあるが、見上げるほどの巨躯を持ち俊敏な魔物相手では、適正な距離など計りかねる。とはいえ互いの攻撃が届くには一歩二歩以上、足りぬ。だからどうあってもそこから放たれる攻撃手段は、投擲以外にあり得ないはずであった。

 例え大人が全力で投げつけたとしても、覆われた氷に阻まれダメージにはならない。

 怒り狂うポルミスはそれなのに動きを止めた。

 野生の勘がまたもや告げていたのだ。生存に特化していたからこそ、恐れる。

 命の危機がまたもや及ぶ、と。


「グォオンッ!?」


 多くの者が信じられない光景に再度瞠目した。

 精霊が宿った特別な武具によって、目に見えぬ光速の刃を飛ばしていたのだと思い込んでいた颯汰たちであったが、それは思い違いだと知る。

 剣が何か不思議な力を発したり、剣士に力を分け与えていた訳ではない――。

 ポルミスの悲鳴と、また噴き出す血飛沫。

 刹那に斬撃が幾度も急襲する。

 明らかに剣でも槍でも届かぬし、弓を射るには近すぎる距離。それに剣士は半弓すら持っていない。銃なども無論である。

 それなのに全く同じ、現れた時の見えない攻撃である。剣が風を切る音と、硬い氷にぶつかり合う音だけはするが、その攻撃だけは見えない(、、、、)

 颯汰のナイフは当然、霊器などではない。 

「いやまさか、自前なの!?」と颯汰は小声で驚く。体術か剣術かは判別できぬが、どうやら持っていた武器由来ではないらしい。

 再び襲い来る不可視の斬撃に、ポルミスは防御態勢を取る。腕で顔を庇い、氷はさらに爆発的に侵食し始める。ついに口以外の上半身は完全に氷が覆い尽くし、下までも急激に勢力を伸ばした。

 巨岩をり貫いたような硬度の、熊を模った氷の彫像と化す。幾つも浮かんでいた黄色い目も、傷つかぬよう氷の奥に身を置いた。

 剣が当たったような手応えと音はするものの、決定打とは至らなくなった。


「……!」


それでも敗けじと剣士はナイフで空を斬る。

 堅牢な氷の鎧に阻まれ、どうにか削り抉ろうとするが肉へは届かない。流した血も、傷口まで覆い堰き止め、怪物たちは安堵の息を吐く余裕こそないが、内心はほくそ笑んでいたであろう。

 どちらかが力尽きた瞬間、勝負の分かれ目となるであろう。そう剣士は予想する。顔つきも真剣で、少し余裕が崩れている。


 ――たとえ心臓を突いても絶命するまでしばらく動き回るから、不用意に近づけない。首を断つにしても、氷が邪魔になる


 現実でも猟銃の発砲を心臓に受けた熊が、死ぬまでに何十メートルも走る事例があったという。

 正体不明の新種の魔物は氷を操る力を持っているようだとはわかったものの、この状況を打破する術を、剣士は持ち合わせていなかったゆえに、空を斬りつけ、攻撃の手を緩めはしないかった。

 それにただでさえ、剣士のその細腕と、剣身の厚さから切断は難しく思えた。


 ――逃げた子供たちが大人に知らせ、毒矢を持ったマタギたちで囲んで……、氷があるから結局、持久戦になるか。あの氷は一体……?


 剣士は、これは長い戦いになると腹を据えた。

 そんな状況下、颯汰とリズは動かない。

『後は大人に全て任せればいい』とも『正体を隠すために見殺しにする』という訳でもない。

 もう、動く必要がなくなったのだ。


「そろそろだな」


 颯汰の呟きにリズが肯く。

 ポルミスが気が付くがもう遅い。殺意を正面から受け止めたせいで反応が遅れたのだ。

 邪悪を払う、星の加護を受けた気配――。

 転生者マオウ眷属けんぞくたる使い魔にとっても弱点、あるいは毒となる一撃。

 タイミングは二本目のナイフが投げられたすぐあとであった。物を投げるという行為がさほど得意ではないリズに代わって、颯汰が双鎌剣の一つを握り、天へと放り投げたのだ。

 見えぬ別の刃が、空から魔を急襲する。

 子供状態の颯汰の膂力だけでは到底できないが、“獣”と星剣自体も働き、空高く舞い、凄まじい縦回転をしながら落ちていく。

 怯懦に震える無辜の民を救うための刃が、宿痾の如き怪物を打ち払わんと、星が降る。


「ッ、グォオオッ!!」


 回避ができぬ、視えぬそれを気配で感じながら、魔物は天に咆えた。

 頭天から背中にかけて一筋の光、続いて亀裂が奔り、一気に氷が砕け散る。黄の瞳からも血を流し、ばらばらになっていく。

 内側から弾けて飛び散る氷塊に、何が起きたかを知るのは颯汰たちだけであった。

 剣士も驚き目が少し大きく開きつつ、その好機を逃がすまいと動く。すぐさま雪を蹴散らしながら、自分の剣を取り、二刀で迫る。

 己が身に纏っていた氷が生み出した光の乱反射により、目が眩んだポルミスに終わりが訪れる。

 

「はァッ!」


 剣士は跳躍し、身体を捻り、解き放つ。捻った反動を利用して振るう剣が大熊の首を捉えた。

 鈴の音の後、肉を切る斬撃が奔り、赤い噴水がほとばしる。

 苦し気な断末魔と、巨体が崩れ落ちる音。

 鞘にその剣を納め、ふぅっと息をついた。

 剣士は、猛獣ポルミスの首を見事討ち取る事に成功したのであった。

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