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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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27 戦いの末

 龍虎、相見あいまみえる――。

 

 実際は子犬と子猫、あるいはハムスター同士程度の迫力ではあるが、仮にも二人とも人の上に立つ、王者の血を受け継いだ者たちである。

 統治者として必要な知識を修め、諸外国と渡り合う駆け引きや度胸を学び、様々な技術を磨き、常に民から敬われるようにする。ぜいを凝らすのは、そうした仕事を成したからこそ与えられる特権だ。庶民にない優雅さ――そこからくる余裕さえも、下々の民を安心させる要素となる。


 では、――これは何だ。


 本当の最初こそは受け答えがきちんとなされていたと思いたい。幼さゆえに激しい感情の発露も未熟だから仕方がない事だと言える。

 ただ、思わず手が出てしまうと途端に笑えなくなる。程度の有無は関係ない。

 彼女たちはいずれも、国の象徴と呼べる淑女である。今は“華”と称えられ、愛でられるべき偶像と言っても過言ではない。

 まかり間違っても煽り合いがエスカレートして取っ組み合いの喧嘩寸前まで発展していいはずがないのである。


「ふぎゅ~!!」

「ふにゅ~!!」


めろめろ、めんか!!」


 マルテ王国の王女ヒルデブルクとニヴァリス帝国の皇女イリーナは、互いの頬をつねるように引っ張り合い始め出した。

 さすがに颯汰だけではなく、遅れて周りの少年たちも止めに入るほど苛烈になると予感させた。

 一体何が起きたのか。

 では、ほんの少しだけ、時を遡ろう。


 上品な言葉で悪意なき煽り。その返しは雪玉という暴力であった。それすら華麗にいなし、年上(三歳程度)として余裕を保ってヒルデブルクは相手をしてきたはずであった。

 途中、雪玉で思いっきり反撃していた? ……投げつけた相手は皇女の下僕たる囲いの少年たちに向かってだ。涼しい顔をしたつもりではあったが、さすがにヒルデブルクも思うところがあったのは間違いないだろう。先んじて叩く大義名分を得たおかげで報復はすぐに済んだ。

 そこで少年たちも黙ってはいられなかった。突如攻撃を防いだ影――颯汰に驚いたものの、顔や頭に雪の塊が直撃すれば激昂するに決まっている。

 この一触即発の空気、どう制するべきか。颯汰は考える。

 迷いは刹那。即座に行動を開始せねばならなかった。普通の子供が、六人を同時に相手できないものである。武器を抜くのはその瞬間は有利だが、最終的に苦しむのは颯汰自身となる。幼きとて皇女の御前であるゆえに。

 力に訴えかけては、今は事を仕損じると理解しているからこそ、最適解が浮かばない。つい、一番頑丈そうな子供を見つけて己を恥じる。大人でありゴロツキや犯罪者が相手ならば、躊躇いもなく襲い戦意を喪失させられるが……。

 左腕から『殲滅を推奨』という状況も空気も読めていない物騒な提言を脳内で受け取り呆れ返っている間、少年たちは起き上がり、掴み掛かりに向かって来る。それを止めたのは――、


「ま、た、れ、よぉぉ~~~!!」


高らかな叫び。老成し、しゃがれた声であった。

 その声がする方向にすべての者が目線を送る。

 慣れぬものは慄く姿――それはまさしく白銀の野を駆ける一匹の狼であった。だが、山や森から魔物が降りてきた訳ではない。この大陸の者ならばすぐにわかる。寒い北方のアルゲンエウス大陸は古くから彼らが多く住まう土地柄であった。喋る狼ではなく、狼になれる人間――この国を牛耳る皇帝もまた獣刃族ベルヴァワーの民である。野生のユキオオカミとは体格や顔つき、額の模様、毛の色などで判別はできるが、なかなか慣れるまで難しい。いきなり目の前に狼が走って来られるとなかなか怖い。

 四つ足の狼は姿を変え、人の身へ変わる。

 完全にヒトであるが毛量が多く、白いふさふさとした髪と眉毛で目元が隠れた老犬を思わせる風貌であった。

 だが恰好はそこそこ小綺麗で、洗練された感じは、失礼ながら村の者ではないとすぐにわかる。コートを纏うが、金持ちや反社会勢力の小汚い下品さは感じられず、控え目な印象を与える。種族も相まって胡散臭い老執事風の――バーレイや地下牢の案内をしてくれたアモンを想起させるが、年齢はこちらの方が上なのだろう。あちらはまだまだ現役という精悍さがあったが、このご老体は背が少し曲がり、腰に手を当てているのであった。


「爺や! どうしてここに!」


 イリーナが驚いた声で老いた男に言う。彼は正真正銘の執事らしい。彼女の周りに側仕えなどの姿が見えなかったが、もしかするとこの皇女、無断で屋敷から姿をくらましたのやもしれない。


「姫様。不肖、老いぼれなれど、代々貴女様の御母君――亡きエレオノーラ様の一族に仕える身なればこそ。私はいついかなる時でも貴女様を見守り続けようと誓っていました」


「爺や……」


「しかし! おいたわしやエレオノーラ様! ……姫様、貴女様の行いは、御母君も天国でお嘆きでしょうぞ!!」


「い、いきなり何を……」


「何を、ではありませぬぞ……! あの木の裏で、ずっと様子を窺っておりましたが――」


「いやすぐに止めろよ」と、思わず颯汰は口にする。一瞬、ヘビーな内情が垣間見えたせいで、僅かに同情してしまったこの気持ちを返して欲しい。


「マナ教のお嬢さんの言う通り、恥ずべき行いですぞ! どこで何をお聞きになったか存じませぬが、下僕を使いこのような御戯れなど!」


「でも……」


「でも……、ではありませぬ!」


 この老人、普段は穏やかなのであるが、エレオノーラなる皇女イリーナの母親の名を出すと途端に激しく感情を揺さぶるようになる癖があった。見るからに好々爺(こうこうや)であるこの老いぼれこそ、イリーナを甘やかした張本人でもあるのだが、どうやら叱れるべきところではきちんと叱れる大人のようだ。しかも怒られているイリーナも恐怖よりもどこかばつの悪く、悲しそうな顔をしている辺り、彼女の弱点と見ていいだろう。


 ――ちゃんと叱れる大人がいたんだな。……これは、無罪放免で逃げられるのでは?


 しめた、と拳を握りしめる。身内の非礼は詫びるつもりではあったが、それを許して貰えるかどうかは別なのである。だがこの老人の目が黒い内は大丈夫だろう。皇女の権力が降り掛かるような心配はなくなるはずで、彼女たちの凶行もこれまでだ。


「全く。喧嘩をするなとは言いません。ですが感情に任せ、一方的になぶるのはよろしくない」


 目を伏せ顔を背けるイリーナ。聞き入れ難く無視しているわけではなく、反省の色は見える。

 老執事の言葉に颯汰が二度肯いていた。戦いに於いては他人の事をとやかく言える立場ではない時もあるが、少なくとも今の颯汰は道楽や身勝手な理由で弱者を攻撃はしない。


「意見を通すには、人々を納得させねばなりませぬぞ」


「うんうん」


 再び二度も腕を組んで肯く男。


「相手を納得させるだけの理論を展開するか、買収し応じさせるか――」


「うんう、…………ん?」


 雲行きが怪しくなり始めた。


「暴力ではなく、正しき武力――競技による公平な戦いにて決着をつけるのがよいでしょうな!」


「いや、なんでそうなる……」


 買収は論外として、確かに集団でのイジメ行為よりは遥かにマシではある。だが運動競技――スポーツでものを言わすのは、果たして公平な戦いと呼べるのだろうか。


「エレオノーラ様も、御淑おしとやかで……、まさに今の貴女様と同じく愛らしい御方でしたが、少々気が弱い部分もありました……」


「ママ……じゃなかったわ! 母様が……」


「しかし一度決めると姫様同様、突っ走る傾向にありました。さらにその儚げな印象と裏腹に我も強く、自分の意見を押し通すためによく雪合戦をやっていたものです」


「よくやっていたのか……」


 御淑やかと気が弱いとは一体。

 頭の中に浮かんだ儚げな深窓の令嬢が、高笑いしながら雪原で暴れてる姿を幻視してしまう。


「という訳でアルゲンエウス式雪合戦にて決着をつけましょう」


何がという訳なんだろう、と颯汰が困惑していたところ、だが周囲の反応が些かおかしかった。


「なるほど……」

「そうだな、それがいい」

「たしかに」

「コウヘイなシアイってやつだしな」

「……仕方ないわね」


「えっ。なに、この、ここじゃ当たり前の流れなの……?」


 常識のように語り出している。――狂っているのは世界か自分か。否、ただ単に文化が違うだけであろう。勝手に納得して完全に向こうのペースに乗せられたまま雪合戦が始まりそうになる。困惑している颯汰を余所に、


「やるわよ雪合戦! 勝負よ、命知らずの子豚ちゃん。どこの馬の骨かは知らないけど、皇帝の血筋たる私とその駒たちに喧嘩売ったこと、後悔させてあげるんだから! 勝ったらそっちは全員が私の靴を舐めてすぐに国外退去よ!」


「いいでしょう。貴女様に教育を施してあげるのもまた、大人の淑女としての責務でしょうから。それに、私たちは売られた喧嘩は買う主義ですから! 私たちが勝てば、きちんとその子に謝り、二度と同じ事をしないと誓って貰いますわ!」


二人の王者は相容れぬと言わんばかりに対立が加速しているが、どうやら決着のつけ方は互いに納得している様子である。

 諦めの溜息を吐いた颯汰は、「私たち」という部分で、おそらく自分が酷使されるのだなとすぐに気づいた。だが、上手くいけば皇族に楯突いたという罪は帳消しになる。失敗すれば、退去する……つもりは毛頭ないのでこの旅は一層厳しいものとなるであろう。村の子供たちは、雪合戦は初めてか慣れていないと高を括っているのやもしれないが、子供同士であれば経験がものをいうような競技ではない。ましてや今の颯汰の運動能力は同年代よりは高い状態であるから――正直、勝ち目のない戦いではないと踏んでいた。


 イジメを受けていたマルク少年に颯汰の上着を貸し与えてから仲間に入れ、さらに人数合わせで村の女子が多めとなったヒルデブルク王女ことヒルダたちの陣営と、若くも既に躾られた忠実な犬たちを率いるイリーナ陣営へと別れて試合が始まった。

 そうした経緯で始まった雪合戦の結果は、あまりに平等ではなく、一方的であったのだ。

 選ばれた“王”に三度雪玉を当ててライフを削り切れば勝ちとなり、一度当てるごとに互いに自陣へ戻るというルールの下――“王”として最奥にて構えていたイリーナの前に、偽名ヒルベルトこと立花颯汰が大人げなく現れるのにあまり時間が掛からなかったのだ。

 次々と迫る雪玉を掻い潜り、また邪魔をする敵を障害として冷徹に排除する。コイツ正体隠す気あるのかなって思うほどの暴れっぷりには一応理由がある――余裕がなくなったからだ。侮るひまはない。命が懸かってないだけ多少気楽ではあったが、最前線に一人だけいればヘイトを買って狙われるに決まっている。

 雪を蹴り、ラインを越え、敵陣へ一気に進入した。前も後ろも敵だらけとなれば、当然、集中砲火を受ける。そんな状態で舐めプするいとまなんて無くなった。ゆえに仕方がなく、ちょっとだけ本気を出す。

 慄くイリーナは慌てて雪玉を投げようと構えたものの、無駄である。既に彼女に向けて、下から軽く、ゆっくり雪玉を放られていた。そして、難なく一撃目を決められたのであった。

 それから……――、

 あまりにもひどい快進撃を見せたせいで、ゲームバランスを取るという名目でチームの人数に調整が入る。どんどんヒルダ陣営からイリーナ陣営側へと人が流れていく。それどころかアスタルテとリズまで向こう側へ送られたのであった。

 人数が倍となったというのに、イリーナが二撃目を受けてもう後が無くなり、審判役の――子供たちの様子を見に来た村の青年も老執事も、皇女贔屓をしている訳でもなく純粋に、ヒルダ陣営の戦力過多であると指摘し、リズとアスタルテを送る事をヒルデブルクは了承したのである。

 アスタルテとリズを参加させたのは王女が「仲間外れなんてしない」と断言し、代わりに皇女陣営の人数を五人ほど増加させてまで引き入れた。

 アスタルテは背丈と年齢こそ大人の一歩手前ではあるが、中身はまだ純粋無垢な子供のまま――皆が遊んでいるところを仲間外れにしたところ、この娘は我慢は出来ると必ず言うだろうが、それでは可哀想なので参加させる。

 だが上記の通り戦力過剰と指摘されて、王女側での登用ではなく、止む無く向こうへ送られた。リズに関しては投げずに雪玉作成に勤しんでいたため戦力は未知数――でも他の子供たちとは違って年上であるからと期待されていた。

 ただ結果は覆らず、無惨の一言である。

 人数が減る事で白熱した戦いとなった。途中、アスタルテが雪玉ではなく物理攻撃を仕掛けてくるというアクシデントもあったが、結局ストレート勝ちでヒルダ陣営が勝利を収めた。


 雪の上で無様に倒れていた颯汰を起こすのは敵側にいて相打ちとなったアスタルテ。その笑顔を見ると怒る気になれなくなってしまい、


「……わかっているとは思うが、他の子には殴る蹴るをしちゃダメだぞ?」


「うん!」


そんな注意だけで留めた。

 颯汰は溜息を吐いたもののその表情に不満はなく、一緒に外に出て行ったのだろう。

 これで一先ず決着がついた。あとはイジメを行った子供たちやそれを命じた皇女が二度とそういった事を行わぬよう約束して貰えば済む。


「おい、おまえら――」


 そこへ件の悪ガキ共がやって来る。散々雪玉を当てゆえに逆恨みを買ったかと颯汰は身構えたが、


「おまえら、やるなぁ!!」

「すごかったー。どうやって跳んで投げてんだ?」

「おれにもコツを教えてくれよぉ~!」


 敵方、味方、外野で見ていた子供たちが男女問わずに群がる。


「姐さんも、どうやったんだあのパンチ」

「というか雪合戦なのに組手って何なの」

「マナ教ってすっげえな……。フォン=ファルガンの武術家みてーだ」


 アスタルテは一気に子供たちが寄って来てびっくりして颯汰の後ろに回る。子供とはいえ十数名もの人間が、善意であろうと称賛を浴びせようと急に近づかれては怖ろしい。颯汰もまたこういった他人にチヤホヤされる経験は皆無に等しいので、両手を前にやって、


「お、落ち着けこれ以上は近づくんじゃない。……というか先にマルク(あいつ)に謝れ、先に。――ん?」


 ふと視線を、この場の最高権力者へ向ける。本来はイリーナから謝るべきであるし、彼女から非を認めれば、少年たちも謝罪の言葉を口にするだろう。

 だからその光景に目を疑ったし目眩もしそうになる。


「ふぎゅ~!!」

「ふにゅ~!!」


「止せ止せ止めろ止めろ、止めんか!!」


 頬のつねり合い。

 第二ラウンドが始まりそうなのを、全員で止めに入った。そのやり取りは放っておくと激化すると思われた。だがこれは児戯にも等しくまだ微笑ましい程度のものであったとすぐに知る事となる。


 その時――、森が騒めいたのだ。

 雪を乗せた、風の冷たい音。

 子供であろうと、その異変に気付いた。

 視線は川がある方角に向く。

 一斉に逃げるように飛び立つ鳥たち。

 河川の先、冬の森から、何か良からぬもの(、、、、、、)が来る――。

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