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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
209/435

22 雪に咲いた紅色

 アルゲンエウス大陸西部。

 ニヴァリス帝国領。

 港町――アルジャー。


 漁港の他に軍港も隣接しており港自体が大きく、帝国の首都であるガラッシアよりは劣るものの、かなり広くて立派な街であった。

 建造物は主に石灰岩を用いられ、潮風に乗せられて降る白雪に溶け込む情景は真昼の夢のようである。ここだけではなく、大陸全土が夏であろうと気温が氷点下を常に下回っているのは、魔女の呪いによるところ、らしい。

 魔女とはアンバードに置いてきた彼女の事ではなく、かつてこの地を支配していたが、紅蓮の魔王(、、、、、)に討たれたとされる転生者マオウの一柱である。

 魔女の憎しみは死後も衰える事を知らず、かつて栄えた都でさえ極寒の吹雪に閉ざしてしまった。呪いによる永久凍土――地上の地獄となって久しいこの地に吹き荒ぶ風は冷たく、人は生きるのに必死に励む必要があったのだ。

 船乗りたちとそれを見送る女たち、出航する船の銅鑼の音で騒がしかった早朝から……昼時の今、祭りの盛り上がる最中のように、にぎやかな騒めきが包み込む。真昼とて少し日が足りぬ寒空の下、水夫たちは荷の陸揚げ作業に追われている。

 喧騒の中、ぎっしりと荷を、あるいは空の荷車が幾度も往来し、ガラガラと車輪の音を鳴らしていた。そうして運び出された魚は、掻いた雪の跡が残る道を進んでいくのだ。積み荷を乗せた馬車のわだちの音、蹄鉄が石畳を蹴る音を轟かせては、町の外――都だけではない、様々な土地へと送り届けられるのである。

 威勢のいい男たちの声。漁船から運び出された魚を処理する女たちも、男に負けぬくらいの気性であり大きな声で喋る。いいとこ出の貴族や王族の寵愛を受けた姫とはわけが違うのだ。海に戦いを挑む男たちと同じく、強く逞しくなければ彼らの留守を預かれない。加えて、網を干す際、破れた箇所があれば縫い直すのも彼女たちの仕事であった。文句を垂れつつもせっせとこなし、次の出航までには準備万端にする頼もしい味方である。

 喧嘩する声に罵り合いを煽る声、魚のにおいに潮の香りに包まれた町は早朝の群青から、茜色に沈む黄昏時まではずっとこんな調子なのだ。

 夜になれば多少は静かになるのだが、それでも閑散とは程遠い。酒臭い息で絡んでくる酔っ払いや酔い潰れた客を凍死させぬよう運ぼうとする者、娼館の客引きまでたむろしているのだ。そんな渾沌としたように映る街であるが、それもこの街では何も変哲もない日常の風景であった。

 

 颯汰御一行が到着し、すぐに北へ移動という訳にもいかず関所を開く時間まで待機となった。

 顔が利く獣刃族ベルヴァのレライエのお陰で、日が昇らぬ極寒の地で震えて待たなくて済んだのは救いだ。

 簡素とはいえ宿で一同は横になっていたのだが、その騒ぎにより目を覚ます破目となる。

 放っておくと何時までも目を覚まさぬ寝坊助の颯汰以外にも、この騒ぎには皆、目を覚ます。ただ夜明け前にここに着いたせいで子供組はぐっすり眠り付き、大人たちに加えてウェパルとリズ、シロすけは既に部屋を後にしていた。

 絡まる手から逃れ、ベッドの上に立つ。

 見ていた悪夢のせいか、戦の類いと勘違いしたのやもしれない臨戦態勢を解く。

 素泊まりとはいえ、どおりで料金が安い訳だと颯汰は納得し、再び布団に包まろうかという誘惑を断ち切ったのは、つんざくような喧騒から成る静まる事を知らぬ街の喚声だけではなかった。

 ほんの一瞬だけ、颯汰は固まる。

 部屋は男女に分けた。男たちは二階の狭い小部屋。女たちは二階のわりと広く、少しだけグレードの高い部屋であったと記憶している。

 一階の大広間のようなものは、旅人やら争い事に腕が立つような連中が休む――仕切りが幾つか置いてあり、擦り切れた毛布とくたびれた布団で雑魚寝するような場所。数刻前着いた時には一人か二人は横になり大きなイビキをかいていた。

 受付横の階段を登ると個室が並ぶ。窓にベッドと最低限横になって休める場所だ。

 二、三人が休める程度の広さの部屋であっても特に変わらない、服を立て掛けるコートスタンドが追加で置いてある程度だ。

 そして一番良い部屋は比較的マシだ。ダブルベッドが二つ。変なにおいもしなく、シーツは清潔そうに映った。冬の街を描いた絵画が飾られ、コートスタンドだけではなくキャンドルスタンドもちゃんと置いてある。

 特筆すべきは暖炉の存在だろう。暖炉と言っても薪を燃やしているものではない。箱の中の覗き窓から炎と何か四角い物体がクルクル回っているのが見えるが、どういった原理かはわからない。資格ライセンスを持たない人間は触る事は許されない代物らしく、この国の人間でないなら尚更取得が厳しく、下手に弄るは拙いだろう。亭主に「下手すりゃここいら一帯が燃える」と脅されたが、子供たちが多いための誇張した脅し文句だと思われる。しかし真偽を確かめる術はない。

 他の室は宿の中央の暖炉からパイプが繋がり熱が送られる仕組みであるが、どうやらこの部屋だけ独立しているようであった。

 直接熱が来るぶん他の部屋よりは暖かいと身をもって知る。

 何故、ここに自分がいるのだろう――?

 即座にフリーズから復帰し、本来為すべき状況を整理するという工程を飛ばし、部屋から廊下へ出ようとする。それがいけなかった。己がどのような経緯でここにいるのか、考えればすぐにわかる事を放棄したゆえに……悲劇は起こる。


「? ぱーぱー、……ぎゅっ!」


 脚に絡みつく手によってバランスを崩す。

 彼女こそ、颯汰を寝床からさらってきた張本人。

 悪意なく敵意なく殺意なくこの場に運んだ娘。

 自分からこの天国に潜り込む甲斐性なぞ、この男にはないのはわかりきっている事であろう。

 アスタルテはいつもの要領で、途中で目が覚め、冷える廊下に出て、颯汰が寝入ったところにやって来たのは良いが、思いのほか寒くて眠れず、女性陣が眠る部屋に抱き枕(颯汰)を持ち運んだ。その間、一切起きる様子がなかった方にも問題があり、過失割合だと九割方颯汰が悪いと言える。

 そんな寝ぼけたアスタルテが童女の純真さをもって襲い掛かる。否、単に飢えた愛情を求めたゆえに。


「うわっ!?」


「ひゃうっ!?」


 飛び込んできたアスタルテに右脚を掴まれ、颯汰は真横に崩れ落ちた。勢いに、純粋無垢ゆえの無自覚の暴力的ボディの密着、一歩踏み出そうとした時に支えである脚が掴まれてはバランスが崩れるのは自然の摂理。言葉と態度は愛らしいのに、襲い掛かる殺人的な柔らかさ。一般男子児童であれば軽く命を落としていたであろう。

 なんとか一命を取り留めたと思った。

 状況は何一つ解決していないどころか悪化の一途を辿っていると気付くのは後になってからだ。

 第一の幸いは倒れても誰かを下敷きにしなかったことだろう。巻き込んで怪我した人はいない。

 第二の幸いは宿屋の亭主の許しを得てベッドとベッドをくっ付けていたお陰でキングサイズの広さとなり、倒れても痛くはなかった。

 第三の幸いは――。


「……?」


 手を伸ばした先にあった。

 ちょうど倒れる位置に、触れてしまった。

 何なのかわからない。

 両手で掴んだもの。

 つい、ごく自然に、わからないから確かめるべく指を動かす。

 弾力がある。

 自分たちの部屋にはなかったクッションだろうか、と現実逃避をしようとしたが二度も揉めばそれが何なのかは、おおよそ見当がつく。


「ソ、ウ、タ~~~!!」


 呼ばれてガバっと起き上がり、目と目が合う。

 ヒルデブルク王女。

 掴んだのは腰の先。十三の少女が持つくびれから突き出した、発展途上の小ぶりな臀部と太腿。

 体温が一瞬だけ外気に等しくなった所で、颯汰は両手をゆっくりとそこから離し、アスタルテの拘束からもするりと脱け出し、おそるおそる立ち上がった。真っ赤になりながら涙目となった少女と、対となって蒼白になる颯汰とアスタルテ。

 故意ではなく偶発的に起きてしまった事故。

 だが怒る方に過失はゼロだ。その証拠にヒルデブルクはきちんと枕に頭を乗せて横向きで寝入り、寝相が悪かったのはアスタルテ(と颯汰)であった。


 ――泣かせるのは、マズい……!!


 一瞬だけ横目でアスタルテを見やる。何が起きたかわかっていない様子だが、王女が泣けばつられるように彼女も涙を流してしまう。そうなればもう手の付けようがない。彼女たちは精神的にもまだ若い。涙を武器にするような小賢しさはなく、純粋に感情の処理の仕方がわかっていないからこそ勝手に涙が溢れ、零れるとそこから止めどなく堰き止めるのは容易ではなくなってしまう。

 ではその感情の向きを変えさせる――発散させるように誘導するしかない。

 颯汰にはそのやり方が既にわかっていた。

 

「……俺も、覚悟はできている」


 そっと目を閉じ呟いたその言葉は、誰宛でもなく颯汰自身にも投げかけているものであった。

 開眼し、両手を広げ、高らかに宣言する。


「甘んじてッ! ライフで受けるッ!!」


 その言葉の意味を理解していないが、彼の行動の意図はわかったヒルデブルクはゆるりと起き上がる。涙を溜めていた目はキッと少し鋭くなり、


「その意気は好し、ですわっ!!」


 雫を散らしながら颯汰に接近するヒルデブルクの右手が唸る。小さな平手が空を薙ぎ、颯汰の左頬に勢いよく迫る。

 外の音を呑み込んでは悉くを掻き消すほどに、部屋いっぱいに大きな音を響かせ――……


 ――……

  ――……

   ――……


 車輪が擦れる音に、それを牽くウマたちの足音を重ねて奏でながら、雪の積もった道を往く。

 

「なるほど……。それで頬っぺたに紅葉が」


「受けるべき罰を受けただけです。……隣国の姫のお尻をわざとじゃなくても鷲づかみしちゃあ、時代が時代だったら打ち首だってあり得たんです。ビンタぐらいなら安い安い。本当、うん、最低……」


 揺れる幌馬車の中、例によって男女に別れて二台の内の先頭車内。レライエに訊ねられ、たまたま他に同行者がいなかったゆえ、赤裸々に何が起きたのか颯汰が話し終えたところであった。とはいえ、老いた御者たちはこの国の人間であるため、二人は極力大声で話さぬように注意をしていた。加えて老人に、神父姿の魔王がマナ教について何か語っているのでこちらの会話は聞こえていないはず。そういう意味でも後方の馬車に若干の心配を覚えたが、旅行気分で盛り上がっているのと、下手なことを言っても子供の戯言やごっこ遊びと本気にしないだろう。こんなところに他国の王女や勇者に魔王なぞがいるなんて誰も信じない。


「それにしても、聖地巡礼っていう理由で関所を、思ったよりスムーズに通れて驚きました。マナ教ってドマイナーの廃れたものだったと聞いたんですが」


「ああ、フォン=ファルガンの僧たちもよく霊山に訪れるんですよ。彼らは山に籠って修行するためですが」


「へぇ……(修験道しゅうげんどう的な感じかな?)」


 関所を抜け、アルジャーから無事にニヴァリス帝国の領内に入る事ができた。

 関所にてマナ教の信者だと偽るために深く被ったローブを、検査の為に脱いだ際、その紅色に職員たちは心配そうにしていたが、颯汰の見た目こそ人族ウィリアの十歳に届くか届いていないかの小僧であったため、特に不審がる様子は見受けられなかった。

 未だ赤い跡が残る頬をさすると竜の子がチロチロと舐めた。少しヒリヒリするだけで大した傷ではない。むしろ与えた傷の方が大きかったと言えなくもない。個人的に得は皆無であって損しかなかったが、悪意もその気がなかろうとやってしまった事は法で裁かれてもおかしくない。それに泣きそうな顔を思い出しては罪悪感で胸がいっぱいになる。座った自分の膝に額を着けるようにして縮みこみ、反省する。まぶたの裏の暗闇の中に映るのは元の世界に置いてきてしまった双子の妹たちの姿であった。


「……何か買ってやって、機嫌なおしてくれるといいなあ」


 物で釣る以外に術を持たぬのと、大概妹たちも世間知らずのこの王女もチョロいのでどうにかなりそうなのが酷いがそれが最善策であった。


「ははは。旅は始まったばかりなんですから、それに、ぎくしゃくしては事を仕損じるかもしれません。早めに仲直りしといた方がいいですよ」


 ――「いつ突然、どんな別れが来てもおかしくないんですから」。

 そんな小さな呟きは、口にした当人以外に届かず冷たい風と一緒に流されていく。

 颯汰は聞き取れた前半部分だけを聞いて少し考え込んだ。謝るか否かは既に決まっているとして、「仲直り」というワードで彼が頭に浮かべていたのはアンバードの王都にいた時の、レライエとウェパルのやり取りであった。がっちりと握手した辺り互いの利害が一致した事はわかる。

 もしかして……と颯汰の口だけが動いた。

 判断材料が充分ではないため頭に浮かんだ仮説は空想に変わりないが、その正誤を確かめる気もなかった。踏み込む義理もなければ、止める道理もない。此方に迷惑がかからないのであれば勝手にやってくれというスタンスを取るのが最良の選択であろう、と消極的な颯汰は思う。

 もしも予想が正しかったならば、レライエはすぐに此方を裏切りはしないだろう。


「……善処してみます」


 レライエの忠言を受け止め、颯汰はローブのフードをすっぽりと被って顔を隠し、上着の毛皮のコートの中で丸まりながら寝入る姿勢を取る。

 男は肩を肩をすくめ、己も仮眠を取り始めた。

 馬車はゆったりと進んでいく。

 日が暮れる前、急な悪天候に見舞われて急遽予定外の村で休むことになるまで束の間、穏やかな時を過ごせたのであった。

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