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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
208/435

21 北へ

「それで、不本意ながら団体で行くことが決まりましたが、どうやって行くんです? そのまま北上はフォン=ファルガンの本土だし、越えたら越えたで大陸の西側は帝国の領土。真っ向からは行けないでしょう? ヴェルミ経由で船とか?」


 ウェパルに事情を説明するのは後回しにするとして、どうやって七名(シロすけを含め)でアルゲンエウス大陸入りを果たすのかを問う。

 フォン=ファルガン領を越えた先にある、凶暴な魔物が棲息する大河「デロスの大口」を渡り切らねばならない。大型船であれば襲って来る事は稀ではあるため交易船であれば安全に渡れる――が、この人数で忍び込むのは難しいだろう。

 であれば開通したトンネルを使ってヴェルミ領内に入り、そこから東の海岸まで進み、大回りして東の公国へ渡るルートだろうか。


「長旅も思い出作りには良いが、此度は黒泥――貴様の遭遇した変異体、だったか? ともかく人命が関る案件だ。最短距離で進むべきだ」


「いや最短距離て。一体どうするのさ」


 移動だけで数か月かかるやもしれない。それまで留守にするのも不安ではあるが、魔王は他に何か手段はあるのだろう。


「抜かりはない。その為、彼に協力を仰いだ」


「彼……?」


 そう言うと、再び玄関の扉が開かれた。

 やって来たのは紅蓮の魔王が言った通り男性であり――その姿を見た途端、知らぬ者以外の顔に警戒の色が灯る。メイドたちは懸命に声を殺そうとするが悲鳴が僅かに漏れてしまうほど。

 見知った顔と言うほど長い付き合いの者はこの場にいない。だが記憶に残るような衝撃的な瞬間を目の当たりにすれば覚えているというもの。


「紹介しよう。案内役を務めてくれる――」


「レライエだ。以後、宜しく頼んます」


気怠そうに手を上げた獣刃族ベルヴァ――雪の民の男。

 癖毛のある白い髪。長い前髪は目元まで隠れていて、着ている礼装、醸し出す雰囲気は異なれど――忘れた者はいない。出会っていないウェパルを除き、すぐに正体を看破した。

 彼、レライエは先日、廃城の裏にある岩山から颯汰を狙撃しようとしていた暗殺者その人だ。


「ステイ」


 颯汰が滑るように移動し短くそう言い、彼女――リズの前に立ち手で抑えるよう命令を下す。

 不可視の双鎌剣を握り、戦闘準備を一瞬で整え、即座に斬りかかろうとする――のを止める。あとコンマ数秒遅れれば再び男は意識を失う破目となったであろう。


「おっと、また気絶は勘弁願いたい。おじさんは今日から味方だ」


 両手を挙げて降参のつもりか、開いた手を見せながら軽く振るうレライエと名乗った男。


「胡散臭いのはわかるけど、我慢してくれ」


 それはレライエの存在を納得してくれという意味ではなく、今にも無表情・無感情で剣で斬り刻もうとするリズを抑えてもらうべく颯汰が口にした言の葉である。

 リズを含め、女性陣から警戒は解かれない。不審者であれば憲兵を呼べばいいが、何より命を狙う殺し屋なのだからこの反応が正常だろう。

 その命を狙われたはずの男がまかり間違っても平然としている方がおかしい。


「案内役――やっぱりアルゲンエウスの暗殺者だったんですね」


 周囲の反応と視線から、空気を和らげるべきだと断じた颯汰が何気ないように話しかけた。払拭しない限り話が進まず、そういった空気のままなのは対象が自分じゃなくとも些か居心地が悪い。

 張本人が許せば、周りも今はかく言わぬであろう。

 その一言を受けて男は、いつの間にか話を着けていた紅蓮の魔王へ問うのであった。


「? 話しは伝わってない?」


「えぇ。今し方説明させて頂きます」


 丁寧な言葉遣いに加え物腰柔らかそうな態度、とても世界を脅かす“魔王”とは思えない仮初の面を被って相手する。当たり前だが国外の人間に本性を晒すつもりはないのだろう。……どこぞの姫の場合はバレた所で影響がないと判断したのかもしれない。そんな事を考えているうちに神父は続けて言う。


「此方のレライエ殿はニヴァリス帝国の人間だそうです」


 やはりと口にしながら数度肯く颯汰。

 話しの流れからおおよそは見当がついた。


「自白剤? とやらで全部バレました。後学のために詳しい作り方を教えて貰いたい――。おっと脱線しかけた。……おじさんは御存知の通り暗殺者なんですがー。人畜無害な顔してるけど。帝国に雇われてこっちまで来た訳なんです」


「人畜無害はあえて言及しないとして……、国を裏切るんですか?」


「あー、はい。そのー、裏切るも何もないって言うか……神父殿も予め説明しといてくださいよ。というか一人増えてる気がするんですが」


 情報の行き違いもとい、いつものようにわざとの可能性があるが、この魔王は別件で遠出していたため報告が遅れたのだろう。こちらの無茶な願いを実行してくれたので責めにくい。颯汰が曖昧な表情を浮かべてる中、神父はすたすたと歩いて行き、男の肩に手を回してはそのまま隅へと背を向けて連れて行った。


「説明は未だです。彼の場合、話さない方が貴方の目的に沿えるはずですから」


 当然、内緒話だ。

 ただレライエは神父が小声で言った事が理解ができない。とある条件で協力するという約束であったが、その意図を知らずしてどうするのだと言いたげの顔は、次の言葉ですぐに変わった。


「彼女は自称・吸血鬼ヴァンパイアで――」


「――なんだと」


 緊張が孕んだと鈍いものでさえ気づく。

 柔らかそうな人相が一瞬で変わった。

 振り返った男の顔つきがまるで別人である。

 ウェパルを睨む目に、強い憎しみの感情が宿っていると気づいたものは多くはないが、少なくとも敵意に満ちていると皆気づいた。紅蓮の魔王が何かを言ったせいで、様子が変わったのは間違いない。そこへ更に魔王が囁いた途端、張り詰めた――今にも弾けてしまいそうな空気が萎んでいくようなものを感じ取れた。

 ほっと胸をなでおろすのも束の間、敵意を越えた殺意を込めた瞳で睨まれた本人が納得いかないのは道理であった。


「む。いきなり睨み付けてくるとは不躾な~。ちょっと文句言ってやろーかな~」


「あ、おいおい……」


言葉と手だけの制止なぞ聞くわけがない。それに本気で殺し合いを始めてもウェパルなら、ギリ止められるはず。それに紅蓮の魔王もさすがに道案内と紹介しておいてむざむざ殺されるのを黙って見ているわけがないだろう。

 コソコソと三人で何やら話している。それを見て、リズの手にしがみつくように触れるヒルデブルク。アスタルテは颯汰の服の肩辺りを摘まんで心配そうな声音で呼んだ。

 魔王の言葉に二人の新参者は何度か肯き、しばしの沈黙――を破るのは互いの右手が重なり、鳴る柏手の小気味良い音。そして互いの手をがっしりと握り合う――握手だ。


「どうしてそうなるの」


 颯汰が思わず言ってしまった。

 ほんの少しで殺し合いにまで発展しそうな剣呑な雰囲気であったのに、今や一体どういう訳か意気投合を果たしている。

 そんな情景に驚きはしても、恐怖はすっかり決し疑いもしないで目を輝かせるのは無論、ヒルデブルク王女である。


「まぁ! これって男女間の友情、ですわね!」


 男女間の友情はあり得ない、と然程友達もいなければ、恋愛についても補助輪どころかペダルに足が届いていないくせに、颯汰は考えている。ヒルデブルクは貪欲にも次は男の友人を欲しているのだとあの輝いた目を見ればわかる。その目でこちらを見てきたので視線を逸らしつつ答えた。


「いやそんな生易しい感じじゃない気が……」


「ええ!? あんなに素敵な笑顔ですのに?」


「あれ笑顔ではあるけど邪悪なタイプのやつですね。ウェパルに至っては顔はいいとして目が笑ってない」


 場所が異なれば犯罪の企てとさえ思ってしまいそうな悪人面に、殺しを依頼している女という図にも見えるほどだ。これはこれで危険である。

 握手をし終え先ほどとは打って変わって幾分かご機嫌な様子で戻ってきて、


「善い人っぽいよ!」


舌をペロリと出して親指を立てた。


「益々胡散臭さが増したな」


 殆どの者が肯くのも無理はない。颯汰自身は実害はなかったので気にしてはいないが、女性たちはいつ爆発してもおかしくない危険物として慎重にならざるを得ないのは変わらずである。


「いやすみません話を戻しましょうかね。どこまで話し……あ、そうか。裏切りの件ですね。まー端的に言えば、下っ端の下っ端であるおじさんが暗殺失敗した瞬間、もう切られてるわけですよ」


覇気が一層失われた声色は、祖国に対する呆れと自分の失態ゆえか。


「ただ、ソウタ殿下の御命令で国外へ逃げようとした仲間を捕まえてくれたお陰で、まだ本国へは失策しくじったのはバレていない……はずです」


「そこで彼を雇う事にしたのです。帝国への土地勘もあるそうなので」


「普段は顔も隠しているので早々おじさんだとも気づかれないでしょうから。とはいえ所詮は辺境の田舎育ち。首都は本当数回程度なんであんまり期待されると困んますがね」


「? ニヴァリス帝国から周り道でいけないんです?」


「霊山に踏み入るにも許可証が必要だそうです。どこからでも登れるわけじゃないようで」


「入国許可証の人数分を用意するツテはあるんですけど、そっちは……面目ない」


肩を落とすレライエ。元より連なるペイル山脈から最も近い首都にて申請せねばならないそうだ。


「…………で、その格好はなんです?」


誰もが気になっていたが触れなかった案件に颯汰が仕方がないので切り込む。そこへレライエは困ったような呆れたような顔をして、魔王は無表情だがどこか自信あり気に答えるのであった。


「これこそが本作戦の肝だ」


「いや、あの、……まさか――」


 ――……

  ――……

   ――……


 船乗りの威勢のいい声が響く。


「出航をするぞぉおおお!!」

「「「おぉおおおおッ!!」」」


 波飛沫の白と暗い空。

 とっぷりと夜が更け、濃紺の帳が既に降ろされて久しい港から何隻も船が出ていこうとする。

 立花颯汰たち一行が出発する船――ではない。

 では彼らはどこに――?


「……うぷっ」


 今し方、到着したばかりの船から青い顔で出てきたのは立花颯汰少年体。

 船酔いをしてふらふらとした。漁港からの怒号が脳に滲み、吐き気が止まらない。

 彼らも命懸けでデロスの大口から海へ出て、漁をする。ゼノビアが薄っすらと隠れ始め、太陽アルオスが出る前の早朝に彼らの戦場たる海域へ赴くのだから、その力強い鼓舞を疎ましいとは思っては失礼だとは颯汰もわかっている。

 停泊した船からぞろぞろと降りるのは仲間たちであった。アスタルテはまだ眠気眼で目を擦り、ヒルデブルクは肉体のポテンシャルから船酔いした訳ではないのに珍しく大人しい。リズはそっと颯汰に近寄り心配そうに窺い、背をさする。

 魔王とレライエは船長に話を着け、ウェパルは遠い海を――浮遊大陸のある東側を見つめる。その姿だけは絵になるほど麗しく、黙っていれば華そのもの、と乗組員たちが惚けて見ていた。 

 手続きが終わり荷物を持ち、埠頭を歩む。 


「何事もなく到着したな」


 紅蓮の魔王の一言に吠えたのは颯汰とヒルデブルクの年少組であった。


「「どこがだ!!」ですの!?」


しおれるほどにテンションが低かった二人が、大声を上げてしまうくらいだ。頭の上で寝ていたシロすけも思わず目を覚ます。半ば意識がまだ夢の中にあるアスタルテ以外は二人の反論に同意であった。あまりに、あまりに待ち受けていた困難は多く、険しかった。今から口にするのはほんの一部に過ぎない。


「お姫様は人攫い連れ去らわれるわ」


「助けに来てくださったソウタはフォン=ファルガンの皇子殿下の御顔を誤って叩きましたね」


「挙句の果てには即位したばかりの国王――じゃなくて皇帝か。タイマンで戦うはめになったし!!」


 揉め事に巻き込まれ、出来るだけ目立たぬよう努めていたつもりだが、まさかまさかの武闘試合――円形の闘技場にて互いに武器を握り、魂の奪い合いである。それも即位したての人族ウィリアの帝。


「そこいらのボンクラであればまだやりようがあったけど、めちゃめちゃ強かったし……!」


 敗けたふりや武器を壊して試合続行不可能に持ち込みたかったのだが、そんな余裕はなかった。

 思い出しただけで胆が冷える。

 一手間違えば互いに無事では済まなかったし、例え帝自らが「儂が死んでもこの者たちに咎は無いゆえ逃がせ」と申しても外交問題に発展不可避であった。溜息を吐く颯汰に魔王は何ともないように言う。


「善いではないか。死傷者も無しに勝ったのだ」


「善くない! 一部には目ェ付けられたわ、肝心の皇帝陛下はまたやる気だし。なんなのあのおじさん。化物なの?」


「次は油断せぬ事だな。……それにしても凄まじい槍捌きであった。一国の主でなければ欲しい人材であった」


「冗談に冗談を重ねるのはやめてくれませんか」


戦いの技術を磨くという事は、他の魔王と争う時にも有用ではある。あるのだが体力と集中力、時間もは残念ながらは無限ではない。特に戦いを楽しむ狂人相手だと怪我では済まなくなるため、できれば御免こうむりたい。


「報酬として和平を結び、さらに宝槍を賜ったのだ。善い収穫だろう」


「いや、まぁ、結果的にはそうなんですけど」


そう言って颯汰が後ろを見やる。護衛として傭兵――見知った顔が並んでいる。


「似非吸血鬼(ヴァンパイア)狩りの時の人たちも途中まで付いてきてくれたし良かったでしょー」


ウェパルの一言。戦力は過剰だから要らぬと言えばそれまでなのだが、戦えぬ王女やアスタルテがいる今は助かる。フォン=ファルガンからこの港街まで送るよう皇帝直々の命で動いてくれた。


「それはそれとして街並みは独特で見ていて飽きませんでしたね」


「んー、まー、珍しい……か」


颯汰の曖昧な返事に首を傾げるヒルデブルク。彼女の記憶では建物やらをじっと見つめていたため気に入っているとばかり思っていたゆえだ。

 颯汰自身、無感情であったわけではない。慣れ親しんでいるという訳ではないのだが、それはどことなく京の都を思い起こす街並みであった。

 聞くところによると浮遊大陸アズールドからやって来た“アマガツさま”なるものから由来だとか。独自の文化がたまたま似ただけという可能性もゼロではないが、鬼人族オーグの和装といい、やはり過去にどこぞの転生者マオウが関わっているのだと颯汰は考察する。

 物珍しくはあるが、どこか懐かしいというのが正しい感覚なのだろう。心は日本人なのだ。もしも戦いと関係がなければまた立ち寄りたいと思ってしまうほど惹かれるものがあった。


「ともあれ、アルゲンエウス大陸に足を踏み入れる事がかなった」


「……この格好でな」


 全身を包むトーガのような衣の上に件の防寒着たる毛皮を着込む。さながらそれは――、


「どこからどう見ても敬虔なマナ教の巡礼者、巡教の者たち。敵地でも疑うはずもない」


他方へ教えを広め、また聖地へ足を運ぶ宗教関係者の姿であった。杖を片手に冬の大地を踏む。

 そう彼らは廃れたマナ教の信者として訪れ、山の中腹にまだ残っているという神殿へ行くもの――というていで乗り込もうとしているのである。


「敵て。……首都に寄るにしても騒ぎにならないといいけど」


「まったくですわね」


「そうだねー」


 天然の巻き込まれ体質に不幸体質、トラブルメーカーが加われば――数多の冒険譚が否応なしに生まれるというものだ。そのお陰で自身の大望が叶う可能性が強まったと神父の言う通りだと思う反面、彼らは彼らの目的が果たせるのだろうかと心配そうに男は思うのであった。


(乗って来た船の中にてかつてバーレイで囚われたエルフの少女と再会を果たし、裸を見られた見れなかった、責任取る取らないと論争になったのは別の話)

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