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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
207/435

20 説得

 汗がにじみ、喉が渇く。

 照りつける夏の日差しは直射でなくとも体力を奪うには充分な熱を持っていた。

 立花颯汰は悪意や殺意に対しては、機敏に反応を示し即座に戦う姿勢に入れる。だがどうにも、善意に対してはイマイチ上手く立ち回れないのであった。それは気恥ずかしさだったり、他人に与えた事も与えられた事も然程多くないと思い込んでいるせい――単に慣れていないだけかもしれないが、本人も得意ではないと感じていた。


「暑っ……」


 ゆえに立花颯汰少年は迷いや躊躇ためらいながらも、渡された衣服に袖を通すしかなかった。悪意がなければ断る事はできない。そしてこんな夏の昼時に、アルゲンエウス往きの為の防寒具での重装は堪えるに決まっていた。足までがっちりカバーしているせいで余計に暑苦しい。


「サイズもピッタリですね。さすがは私。」


寸法担当も担ったというクロはしたり顔を晒し、続けて言った。


「ではご主人様(マスター)。お手数ですが、ご自身の衣類を改造なさってください。」


普通の人が聞けば首を傾げるようなクロの言葉に、颯汰はまだ納得がいっていない様子であったが了承する。

 実際に颯汰自身が、この着込んだ衣服に何か細工を始める訳ではない。


「……ファング、やってくれ」


 己の左腕に呼び掛けると、そこから黒い瘴気が溢れ出し、形を成す。貌の無い――顎だけの存在が揺らめき、生き物のように言葉を発し始める。


『警告。無意味なエネルギー消費であると提言。

 推奨――脱衣。体温の上昇に伴い発汗を――』


 やんわりとした拒絶に加え、余計な事まで口出そうとしたがその言葉はさえぎられる。憤るのは颯汰本人ではなく、アスタルテであった。


「むー! ファンちゃん!」


 歩み寄る無垢なる少女。

 灰色のモコモコした毛皮を身に纏いながらも変身後の颯汰と身長差は殆どないゆえに、自分に対してではないとわかりながらも颯汰は圧に負けて思わず一歩退き、グイっと引き寄せられる。

 アスタルテはその手袋をはめた両手で、瘴気の顎を挟むように掴んでは自身の顔の前に持ってきたのだ。

 睨み合いというより一方的に見つめている形。

 言うなればワニのような両顎だけで、目も耳もないものの――両親指で下を、残りの指で上から押さえて睨む。年齢の割に迫力はない、童女が頑張って凄みを出そうとしている目つきは、どこか微笑ましく思えた。子犬を叱る飼主に似ている。


「寒いところでパパがおっきくなったら、風邪ひいちゃうでしょ!」


「ブッフォっ……!」


実体のない瘴気の集合体を上下に激しく揺すりながら少しだけ怒って言ったアスタルテの言葉に颯汰が思わず吹き出した。


「何だろう。その言い方は何だか語弊があるような気がして……――」

ご主人様(マスター)?」

「ごめんなさい」


 思春期(スケベ)脳が思わず口を滑らす。意図を理解できたものが少女たちの中にはいなかったのはせめてもの救いか。ただ機甲メイドのクロだけは酷く軽蔑した目で見据え、静かな怒気を発しながら颯汰を呼び、彼もまた即座に謝罪する。教育的にも倫理的にも宜しくはない、不適切な発言であったと認めざるを得ない。

 一方で、相手が認めるまでこの暴力染みた運動は止まる気配はないと断じた左腕から生じた煙の集合体は、口を閉じられたまま屈した。


『…………――承諾』


 その言葉を聞かれ拘束も解かれた。自由となった黒獄の顎(ガルム・ファング)は早速、作業に取り掛かる。


『情報取得及び変換作業:開始――』


 それは霧のように粒子となり、屋内であるが風に運ばれているかのように颯汰の全身を前面から後ろへと、突き抜けていった。極小の黒点が同色の服に染み込むと、一瞬だけ表面に光沢が生まれた。だがすぐに何事もなかったかのように、一見すると何も変化が見られない毛皮の衣のままだ。


『変換完了――。

 各拘束解放に合わせ、形状を変更』


 そう音声でアナウンスが終わると、黒い霧状と化した瘴気は煙の如く溶けて消えた。


「さすがに服だと早いな」


颯汰が左腕に話しかけながら毛皮の帽子から取り、着ていた防寒着を脱ぎ始める。

 精霊が宿った武具である霊器への侵食は多少なりとも時間を取られたが、単なる衣類だと数瞬で改造作業まで終わり、現在着ている軍服と同じく「変身した後もサイズが変わる」ようになった。


 颯汰の中にいる“獣”の力を解放した形態である《デザイア・フォース》。

 身体を今の十歳程のものから十代後半に成長させ、目より下を隠す面頬、さらに手足に装具、表皮を覆う装甲を纏う。初期に見せた最大解放時とは若干異なる姿だが、今はだいたいこの姿で落ち着いている。その時は衣服は破れたりする事は無く、元の姿に戻った時には再生されていた。衣類や戦闘に不要な所持品を粒子レベルまで分解し内包、戻る際には粒子を放出し再構築していた。

 それを応用し、衣服をわざわざ変身後の大きさに合わせて変換するのだ。服なので重くなく、並みの鎧よりは堅いのだが、“獣”にとってはエネルギーの無駄遣いと認識されているようだ。基本的に高機動により回避重視で戦うためだろう。

 そう、あまり意味がないのである。

 見栄えがいいという理由だけだ。


 ――……

  ――……

   ――……


 遡る事――贈られた軍服を着た時、ウァラクがふと疑問に思った事を口にしたのがきっかけだ。


「よくお似合いですソウタ様。……ところで、あのお姿の際、お召し物はどうなるのでしょう?」


 それに対して颯汰は「今まで通りなら破けることはない」と答えた。それを聞いてせっかくメイドたちが丹精込めて作った軍服が台無しになる事はないと安心していた。そこへヒルデブルクが思いついたまま、こう言ったのだ。


「私はその軍服姿のまま大きくなった方が、威厳もあって素敵だと思いますわよ? ……? わ、私なにかおかしな事を仰った、かしら?」


 静まった周囲に、小動物がきょろきょろと見渡す。ヒルデブルクは基本的に赴くままに突っ走るタイプで、周りの目を気にするキョロキョロくんは颯汰の専売特許であるのだが、新たな環境に友人までができた事で、少しは気を配るという常識を身に着けたのだろう。悪い変化ではない。

 同意が得られる次の瞬間まで不安を覚えたが、そういった刺激もまた人生のスパイスとなる…………かどうかはこの際置いておこう。

 リズだけは「そのままでも充分格好いいよ」と心の声を駄々洩らしをしていたが、


「確かに、あの軽装も格好いいですけど、マント(羽織っているコート)をなびかせてる方が王子様って感じで素敵かもですぅ~」


「そうでしょう、そうでしょう!」


コックムから来たスイーツ脳のメイドに、夢見がちフラワーガーデン姫が共鳴を始めてしまった。

 言葉を発さずとも明らかに食いつくリズ。

 そこへメイド長を兼ねるロボメイドのクロの一言が幻想へ対してもトドメとなった。


「それにあの状態、実質全裸なのでは。」


 別の意味でまたもや沈黙が訪れた。

 それは嵐や、爆発する前の静けさとも異なる。

 目線が、各々の頭上へ行きイメージが浮かぶ。

 瞬間――噴き出すような不届き者はいなかったが想像した後、視線は無意識に当人へと注がれてしまう。思わず反射的に股を閉め、手で覆い隠した颯汰は小さく悲鳴を漏らす。「布で隠れてるわい!」と何とか吠え返せたが、周囲は女性のみの環境で時間としては極短くても地獄のような体験であった。


 そうして、先ほどと同じ調子だった黒獄の顎(ガルム・ファング)をアスタルテがまた同じように説得(物理)したから、城塞都市ロート郊外の森にて変身した際、羽織った深緑のコートは深紅となったのだ。

   ……――

  ……――

 ……――


 時間を現在に戻す。

 これにより颯汰が変身時に、防寒着も変形するようになった。ここでは無用でも雪原で戦うにあたっては有用なのではなかろうか。そう思った途端、一仕事やってくれた左腕から、


『解答:マイナス六十℃までは消費エネルギーを無しでカバーが可能――。

 ゆえに無意味』

 

「ノータイムで心を読むなや……」


 苦言を無視しているのか、それ以上の返答はなかった。

 ふと油断するとこれだもんな、と呟いてから再び本題に取り掛かる。

 

『何故、少女たちも一緒に連れて行くの問題』。


 これを解決せねばならない。

 そこで颯汰は行動する。

 悪意はなくとも、目の前で耳打ちをされて快く思う者はそう多くない。ヒソヒソとした囁きはどんな内容であっても、全く聞こえなくても心に刺さるものがある。ゆえに颯汰は、


「ちょっともう一回、相談タイムで」


 許可を取る。

 先ほどは勢いで秘密の相談を始めていたが、さすがに失礼にあたると考えたのだろう。そもそも目の前でそういった行動そのものが失礼にあたるのだが。


「いいでしょう。認めますわ」


 他国のとはいえ王女の許しを得た。それに女子たちが各々の衣装の(デザインに大きな違いは無さそうだが)良いところを褒め合ったりしている間に、真なる魔王を呼びつけ話を始めた。


「北へ行くのは避けようがない。納得してます」


 アンバードに残る問題は山積みであるが、今の颯汰の最優先事項は定まった。王都の修繕もまだだ。気を失い目を覚まさないビムの回復を待ち、次期王候補のパイモンの保護者たるシャウラなるものが目覚めた際にどうすべきかも考えなければならないが、まずは病巣の根源たる黒幕――未だ王都に潜んでいるやもしれぬ黒泥を操る外敵の排除を優先させる。その為でもあるシロすけの親に会うのが先決だ。休む間も感じられぬが、行くしかない。


「あぁ。それにどうあれ、あの娘たちを連れねばなるまいぞ?」


「いやそれはダメでしょう。戦えないし、マルテの姫ぞ? アレでも」


「アレとは失礼だな。それにあの自称・吸血鬼(ヴァンパイア)は戦えるのであろう? ならば勇者と二人で警護もできるではないか」


「そもそも誰かが星輝晶アストラル・クォーツを守らないとマズイんでしょう? だったら……」


「なに星輝晶(アストラル・クォーツ)の件は問題ない。無論対策はある。それより少年、貴様は重大な見落としがあるぞ」


「……?」


 そもそも颯汰、紅蓮、リズの三名の内、最低でも誰か一人がアストラル・クォーツを防衛しなければならないという問題があったのだが、これについても策があるのか。見落としとやらを指摘されてなかったら、追及していたに違いない。

 見落としについて、すぐには思いつかなかった颯汰に、魔王は相も変わらず平静のままに指摘する。言葉ではなくもっとわかりやすい形で。


「王女殿下。貴女様の特技を御教えください」


 唐突に振り返っては、さすがに暑いと帽子と手袋から脱ぎ始めていた王女に問う。


「特技ですの? うーん。得意なのは……あっ!」


 王宮で数々の習い事は修めてきたが、他人より抜きんでていると胸を張って言えるものはあるだろうかと考えを巡らす。急なふりに王女は若干戸惑いながらも見つけ出した答えは――


「密航と潜伏ですわ!」


 飲料物を口に含んでいたならば、颯汰は勢いよく血を吐いていた事だろう。

 ヒルデブルクはとても澄んだ笑顔で答えたところに紅蓮の魔王はさらに問う。


「ちなみに今月は何度脱出する機会がありましたか?」


「九つ程でしょうか。ソウタを狙う暗殺者の方が六度目になると、どうにも警備が厳しくなって……」


「え、何この王女……。怖っ……」


 ドン引きしている颯汰。

 それより短期間で幾度も殺されそうになっている事に対して恐怖を覚えていない方に、恐怖を覚える(ドン引いてる)コックム組のメイド衆。言葉にも顔にも出さないのはさすがではある。


「それにリズさんにもバッチリ教え――」


 言葉を遮る闇の勇者の両手。乙女とて武人、さすがの反応速度を見せて制止させた。


「……あっ。何でもありませんわ」


「あれはお前さんの仕業かい……」


 今更見繕っても遅い。吸血鬼討伐の折りに馬車にいつの間にか侵入していた。彼女らしからぬ大胆さとは思ったが、要らぬ入れ知恵を加えたのが紅蓮の魔王ではなく王女だったとは末恐ろしい。

 話し合いへと戻る。


「要するに、黙って行けば乗り込んでくると?」


「あの王女は北国の王族に対し興味を御持ちだ。置いて行っても勝手について来るだろう。手元に置かぬ方が危険であろう」


「――ハッ! いっそ監禁すれば……!」


「そんな名案だ、みたいな顔をしているところ悪いが……。いや総スカンを食らいたいならば進言するといい」


「やっぱだめかー」

 

非難轟々だろう。具体的に言えば他の者は口出しはしないだろうが、王女本人とアスタルテは怒るに違いないし、クロは冷静にメンタルを削ってくる。そうなれば勝ち目がない。


「それに貴様、少女たちが心配なのはわかるがよく考えろ。一、二週間程度で戻れるような場所でないぞ」


「…………あぁー……」


 何を言いたいか理解できたのと同時に、何故気づかなかったのかと自分に呆れた。


「竜魔の少女の余分な魔力を吸い取る作業は貴様しかできん。貴様が守ると誓った相手だ、最後までその務めを果たすがいい」


 凍土たるアルゲンエウスはこの時期であっても吹雪く事がある。それに目指すは山なのだ。進にも戻るにも足が取られ時間が掛かる。

 つまり、アスタルテは絶対に連れて行かねば、絶対に魔力中毒を引き起こす。此度の遠征において欠かすことはできない。

 それが決定打となり話し合いが終わる。頭を押さえ、無理だろうなぁと小さく呟いてから颯汰は引き返した。


「相談は終わりまして?」


 後はこの、ヒルデブルク王女をどうするかだ。


「…………、あの、一つ、お願いがありまして」


「なんですの?」


「留守ば――」

「――お断り致しますわ」


「……留守番――」

「――嫌です」


「今なら護衛にイケメンを――」

「私、国王(お父様)にある事ない事吹き込めるんですよ?」


「……て、手厳しい」


 取り付く島もない。というか「ある事ない事」とは何だろうか。そこも怖い。

 留守番を頼もうとしていた事に腹を立てて王女は吠えた。


「みんなでアルゲンエウスに赴くというのに、私だけお留守番とか酷すぎませんこと!? これまでもずっとお留守番だったというのに!」


「いや、あの、遊びにいくわけじゃあないって知ってますよね?」


 今の颯汰の身長に合わせて屈んで、肩にポンと手を置いて魔王は小声で言う。


「諦めるのだな。それに暫くここで軟禁状態であったであろう? これ以上は辛抱できぬのだ。文字通り、愛と自由を求めて国外へ逃亡する姫君なのだからな」


「ぐっ……。アグレッシブ過ぎる……! というか元はと言えばそれを聞かれたアンタの落ち度じゃ――」


「まぁまぁー、落ち着いてよソウちゃーん」


 茶色の毛皮を身に纏い、黙っていればどこか気品あるセレブにも見えなくもないバーサーカーことウェパル。紅蓮の魔王がグレモリーに話しているのをたまたま盗み聞きし、皆にチクった張本人たるウェパルが宥めるように言った。


「王女さまも一緒の方が、旅行もきっと楽しくなると思うよー?」


「あ、この新参者、仕方がないとはいえ全く流れを読めてないな?」


 此度の遠征の主役の幼き竜は、翼を広げて颯汰の頭の上へ飛び移っては「そうだそうだ、その方が楽しいぞ」と言わんばかりに鳴いたのであった。

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