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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
206/435

19 変調

 清々しい一日が始まった。

 ベッドから起きて伸びをする。

 漏れたあくびの声が木霊する寝室。

 珍しく他に誰もいない。厳密に言えば下の階からは話し声やらは聞こえるため無人ではない。


「…………着替えるか」


 寝間着から着替える。起きたと悟られると人形のように着せ替え遊びの対象となってしまうからだ。……大体、メイド服がこれまた似合うリズが服を持って待っていて流れで着替えさせられる。最後の防衛ラインまでは羞恥から攻め込んでは来ないが、さすがに気恥ずかしいものがある。

 小さな軍服――メイド衆たちの御手製のものを着る。別段気に入っている訳ではないが、せっかく用意してくれたものだから大事にしている。


「よし」


 黒衣の中は白のシャツ。

 デザインがやや現代風なのは、意外と言ったら失礼極まりないが元・魔王――転生者のグレモリーが手を貸してくれたからだ。

 着替えが終わると部屋から出る。

 ここは、充分に広いが屋敷と呼ぶほどではない仮住まいたる木造建築物ログハウス

 コックムから来た人員を含め六名のメイドが颯汰に尽くして――るとは思うが、周りに女性が多すぎて肩身が狭い思いはある。そんな贅沢な憂鬱になりがちな颯汰も珍しく晴れやかな気持ちで朝を迎えた。

 早朝に鍛錬と称して半殺しに来る、悪魔のような男も今はいない。トンネルの掘削作業を現場のスタッフに任せ、すぐに森へ吸血鬼化した人間の遺体の回収作業と調査を行ってくれている。

 颯汰たちがフォン=ファルガン側からの返答を待たずに帰還したのは、相手が必ず屈すると踏んだ……訳ではなく、アスタルテの身が心配であったからだ。

 彼女の心臓は竜種のものに近いらしく、無尽蔵に魔力を生み出すが身体がそれに対応できておらず、害となってしまう。ゆえに現在は颯汰が左腕にて定期的に余分な魔力を吸収する必要がある。

 それに殺戮兵器と名高い男が付近にいるのだ。下手にまた仕掛けて来た場合は対処してくれる手筈となっている。敵が魔王ではない限り直接戦う気はないとは言ったが、手助けはしてやってもいいと言質は取った。人でなしだが、他者を見捨てるほど腐ってはいない怪物なので、問題はないだろう。

 また黒泥の件も紅蓮の魔王から『良い話』があると手紙が届いた。王都に戻る際に此方の動向を把握して先んじて早馬にて遣いを寄越したのだ。

 内容こそ伏せていたため、最初こそ書けよと悪態ついたものの、内密なのかと考えを改めた。

 泥の根源を断つのも大事ではあるが、それ以上にあの吸血鬼化した人間の遺体の放置も危険であったためそちらを優先させたのであった。


「おはようございます、ソウタ様。お食事の準備は整っております」


 訪れた平穏を噛み締めるように享受した。

 下の階に降りる。

 ダイニングテーブルには料理が並んでいた。今日の調理当番はウァラクだとすぐに察し小さく喜び拳を握りしめる。並んだ料理自体は質素なもので、オートミールに、豆と野菜のスープだ。肉や魚は無いが、これで充分。

 颯汰は豪勢すぎる食事を拒んでいる。別段、彼は清貧を心掛けている訳ではない。物資が足りぬ今、自分だけが贅沢な暮らしをするのは悪いと思って……とは表向きの理由。実際は食べられれば何でもよいという雑な舌の持ち主であるから我慢ができるだけだ。証拠にアンバードの食事で文句を口にした事は一度たりとも無い。

 ただ最近は、ヴェルミ側の「賓客」兼「監視役」兼「従僕」であるエルフの兄妹――グレアムとルチアが痺れを切らし、ヴェルミの食材を紅蓮の魔王を乗り物代わりに買い出しに行った恩恵で、たまに料理のクオリティが上がる時がある。

 調理者が誰かの判断基準は簡単だ。

 丁寧で上品に仕上がっていればウァラク。ただ煮込むにも創意工夫を施してくれる。見栄えにも非常に気を使っている印象がある。

 比べると劣るがそれでもきちんとしているのはクロか他のメイド。

 無駄に贅沢な食材が投入されたり、野菜などの切り方が慣れていないのはリズ。

 食事じゃない何かはヒルデブルク。頼むから台所に立つな。というか味見して?


 颯汰は五年前、ボルヴェルグと共に大陸を渡り歩いた際、食事は現地調達が基本となっていたため(それでも何かしらは買ってくれたが)、現代っ子の肥えた舌や生き物に対する価値観が――自分探しの旅としてインド旅行を経て人生観を変えた若者のように、カルチャーショックによって変わったのだ。好き嫌いも食わず嫌いもなくなったのは良いことだ。毒がなければグロテスクな肝や、虫まで食べられる。が、さすがに劇物は無理でした。

 煮だった謎の物体Xを口にして、本人の前で「黒炭を粥状にして山羊の内臓とかをそのままぶち込んだ?」とも不味いとも決して言えず、黙して語らない男気を見せた後に体調不良を起こした。

 王女が女中の真似事なぞしなくても良いとは伝えたが、通じているかどうかが不安の種だ。また芽吹かぬ事を祈りつつ、今の食事を楽しむ。


「美味い……」


もしゃもしゃと食べながら言う。それを見て微笑んだりと様子を見る事の多い彼女たちだが、今日は何だか忙しそうだ。というのは配膳をやってくれた一人とリズ以外のメイドたちが二階の別室に集まり作業をしているようだった。


「…………」


 自分には関係ない事だろうと断じて関わり合おうとはしない。姿を見せていない少女たちの相手をしてあげているのだろうと思ったからだ。そこに男が立ち入り隙はない。


「ごちそうさまでした」


 食事を終えて手を合わせる。食材と作ってくれたもの、生産者への感謝も忘れない。

 その直後、階段を複数人で降りてくる足音が聞こえ出す。話し声から察するに少女たちだ。何だろうとそちらに視線を動かした颯汰であったが、


「…………何?」


 見たのに何だろうか一瞬わからなかった。

 やって来たのは、シロすけを頭に乗せたリズにヒルデブルク王女、アスタルテに加えウェパルまでいた。ウェパルは亜人種の吸血鬼ヴァンパイアであると告げてもなおこの娘たちにとって特異な存在ではないようで、すぐに打ち解け合っていた。そのコミュニケーション能力の高さと順応の早さ、女子特有のコミュニティの構築力――共感性を重んじる心理がそうさせたのだろうか。

 気になるのはそこではない。問題は、その格好にある。

 毛皮のマントを羽織り、靴や帽子まで同じ素材のきっちりとした防寒着に身を包んでいた。

 今は夏真っ盛りなのに、彼女たちは何をとち狂ったのだろうかと思ったが言わない。


「ふふ。どうですの? ソウタ。わたくしたちの格好は」


「ん、……あ、あぁ、似合うんじゃあないか?」


 格好についてどうかと尋ねられて別の答えを口にしそうになったが、女性の衣服についての問いの九割は肯定を選ばねば死ぬのが世の常である。決して否定など口にしてはいけない。言うにしても口の利き方には最大限に気を払い、代案のない意見は豆粒ほども価値は無い事を心得なければならないのだ。さらに己の趣味を押し付けるのも嫌われるのでやらない方が賢明だ。「どっちがいい?」も実質一択の場合もあるので油断してはならない。ただ「どってでもいい」は絞首台へ一歩近づく答えには相違ないが。

 四人とも色が異なる――黒、白、灰、茶の毛皮で、リズ以外はノリに乗って思い思いのポーズを取る。正直、顔がいいので余程な格好をしない限り何を着ても事故は起こりにくい。


「というか、何でまだクソ暑いのにそんな格好を?」


 この前はふいに大雨が降ったが基本的に快晴が続く荒地に、この格好は相応しくない。

 リズに至ってはマントのフードを被っている。昔からの性分らしく顔を隠せる被り物のアイテムがあると落ち着くとのことだが、正直暑苦しい。


「「え?」」


 颯汰の疑問に対し、彼女たちは驚き顔を見合わせた。


「え」


「ソウタ。神父さんから聞いてないんですの?」


「え? ちょ、何を? いや待って、あの人今は北にいるはずじゃ」


「もう帰って来てるよ?」


「早くない!?」


「昨晩にはもう戻ってきたようですわ」


「早すぎない!?」


 紅蓮の魔王――光の勇者としての能力で凄まじい加速を見せるが、いくら何でも……と思いつつもあのハイスペック魔王ならばあり得るし、危険を放置して見逃すとも思えない。深夜の内に終わらせて真っすぐ文字通り飛んできたのだろう。


「戻ったぞ」


 噂をすれば何とやら。神父のコスプレをした魔神が、自らの手で建築した建物の扉を開けて入って来た。


「ふむ。無茶な頼みだが既に防寒着を完成させたか。素晴らしい腕前だな」


 真の主の世辞に首を垂れる機械仕掛けの乙女(クォーツ・ロイド)。明るい赤の髪に灰と銀の中間ぐらいの金属の肌を持つ女の手には、リズと同じ黒色毛皮の防寒着のセットがあった。


「御褒め頂き光栄です、旦那様。ではご主人様(マスター)の分です。どうぞ此方を。」


「いや、あの、……早くない?」


 時期的な意味で。

 寒くなる前に冬支度を済ませるべきなのはわかるが、それにしても気が早すぎる。

 差し出された衣装を受け取る。颯汰の疑問に対し、紅蓮の魔王がも当然のように言う。


「まだ出発まで猶予があるが、早い方がいいだろ――」

「――待った。待って、待った。何の話ですかそれ? また寝てる間に話を勝手に進めたな?」


 昨日から今昼前、目が覚める前に話をつけたのは間違いない。この男はその高機動をもって、役割を果たしてはくれるのだが、基本的に報告連絡相談は事後や直前にし始める厄介な癖があった。癖と呼ぶよりおそらくわざとだ。余計に性質たちが悪いと言えよう。


「これより、北のアルゲンエウス大陸へ向かう」


「……、まさか。俺も?」


「無論」


「全員で?」


「そこの娘たちも同行する」


「待て待て待て」


 颯汰は渡された服を丁寧に机の上に置き、神父の纏うローブを引っ張って皆から離し、小声で話し始めた。


「どういう訳です。何で北に? それに、あいつらを連れて……? 王女の身に何かあればマルテの国の連中が黙っていないぞ!?」


 アストラル・クォーツの防衛を最低一人が担わなければならない。もし颯汰、紅蓮、リズ全員がこの場を離れている間に件の結晶体が他の魔王によって封印が施されれば、紅蓮の魔王は著しく弱体化する。そして倒されれば命が繋がっている契約者たる颯汰たちも危うい。

 ましてやヒルデブルクは隣国の王女だ。人質代わりとして預かっている彼女を自国外へ連れ出すのは明確な問題が生じる。

 小声で凄む颯汰に紅蓮は一向に己を崩さぬまま泰然と答える。


「一つずつ説明をする。まずは報告、トンネルは開通した」


「……一月も経ってませんよ?」


「私が魔法で溶かした。後は細かい部分の補修が残っているが、現地の者で充分だろう。次、遺体は報告にあった数を全て回収した。先んじて一体だけは女医に渡しておいた。残りは付近の砦の地下に保管してある」


「仕事も早い。……で、何故北へ?」


 トンネルの件も独断でやり始めたから今に始まった話ではないが、一度決めると直様行動に移すきらいがある。それに彼の速度について来れる者はいないため、基本は独りで動く方が効率的である。それは当人も当然認識しているはずなのだ。だからわざわざ王女とアスタルテを連れて行くという暴挙を、納得させるだけの理由を開示しないわけがない。その答えを待っていたのだが、


「黒泥を操る敵――その正体を掴むには至らぬだろうが、泥を無力化する術を手にするためだ」


「!」


「その為に北の霊山を目指す」


 待っていた答えとは異なるが、朗報ではあった。


「……できるんです?」


「可能だ。いや現状、他に術はないだろう」


「…………」


 国と言う巨大な生き物を巣食い、さらに内部から破滅させようとする寄生虫を炙り出す手段。それが北の大陸――大魔女に呪われた白銀の永久凍土にあると言うのだ。

 どこでその情報を得たのか、確証はあるのかと様々な問いが颯汰の脳裏に浮かんだが、処理が仕切れず言葉に詰まっている間、紅蓮の魔王はさらに理由を説明し始める。


「私だけ向かえば済む問題ではないのだ。竜の子を連れるのが条件であるゆえ」


「シロすけを……?」


 振り返り、リズの被ったフードの上にしがみついている白い羽根の生えたトカゲのような、正真正銘の竜種ドラゴンの子をつい見つめてしまう。


「そして竜の子は、少年――貴様が来なければついて来ないと申している」


 竜の子はたまにフラッと勝手にどこかへ飛んでいく事もあるが、真に親離れは出来ていない。最近も留守を任せても、勝手に飛んで来たくらいだから、言い分はわかる。シロすけが魔王と共に、二体だけで北へ行くとは言うまい。


 ――そもそも、言葉わかるんだな


 颯汰自身も完璧ではないが家族ゆえか何となく理解してる程度だ。何か翻訳までできる便利な魔法とか覚えているのかもしれないが、それよりももっと大事なことを聞く。


「質問ばかり重ねますが、何故シロすけが?」


「霊山の主が呼んでいるのだ。その御方こそが我らに力をお貸しして下さる。……四大竜、竜種の王者――あの竜の子の親だ」


「!!」


 颯汰の目が見開く。眠気も完全に消し飛んだ。

 生態系の頂点に君臨する竜種の――さらに大物。それこそが四大しだい龍帝りゅうてい。吐く息にすら濃密な魔力が宿り、いるだけで周囲が異界化する。本来は仙界にいるはずだと書物で読んだのを思い出した。

 卵だけが見つかったシロすけ。その親が件の帝王であるという。裏付けはあるんだなという疑いの目に、魔王は静かに肯く。颯汰は嘆声を漏らす。

 であれば、何故全員が動くかも予想はついた。


「わかるな?」


「……あぁ」


目を見張る育ての親に魔王はあくまでも平静に声をかける。言わんとしている事はわかった。

 詳しい経緯はわからぬが、会えなかった本物の親子。


 ――つまり、家族ごっこの終わりを告げる時がきたんだ


 今生とは言わぬが、突然の別れが来るもの。

 だから最後に見送るために全員で行こうという…………いや、待て。


「わざわざ危険を冒してまで一緒に行く必要がある? 戦えない者まで連れて行くのはやはり危ないのでは」


「そこは案ずるな。策はある。――かえって人数が多い方が良い」


 薄く笑みを浮かべる魔王。露骨に疑っている顔をした颯汰を余所に、少女たちは話を弾ませる。だがどこか、不意に別れを惜しむ陰りが見え隠れさせる。

 竜の子は小さくあくびをする。

 リズは指で頭の上にいる小さな友の顎を優しく触れるのであった。

「そこは案ずるな。策はある。――かえって人数が多い方が良い」


「……本当は?」

「魔女に話した際にバレた」

「アンタのガバじゃねーか!」

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