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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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17 奇襲

 戦いはまさに風の様な疾さで終結した。

 傭兵である自分を、歴戦の戦士などと驕るつもりは無いがそれでも戦いの心得は持ち合わせているつもりであったのに、動けないままであった。やっと息を呑み込めた頃には、寒々とした現実が目の当たりとなる。

 “魔王”――その存在は半ば信じられないままであったが、それでも殺された間者や討ち滅ぼされた斥候せっこうの屍から、国として認めざるを得なかった。

 その暴君たる迅雷の魔王さえ新たな“魔王”に滅ぼされたというが、風の噂だと世界の希望を担う“勇者”が目覚め、その者こそが迅雷を討ち、国を護るために『魔王は未だ健在』と喧伝しているのではというものがあった。もしそうであれば、国が世界の希望を独占し己の益のためだけに利用しようという傲慢な行いである。この侵攻は真偽を確かめ、事実であればそれを糾弾するという意味合いもあるが、言うなれば侵略行為に正当性を持たせているだけに過ぎない。


 空も大地も貫かんばかりの光の柱を打ち立てた現アンバード及び、ヴェルミを支配下に置いた“魔王”が目の前にいる。

 この若い風体の男が“勇者”という可能性は無いだろう。伝承では星の力を宿した剣を携え、闇を払うとあるが、どう見ても彼の戦士――閣下と呼ばれたこの男は仄暗ほのぐらい蒼の鬼火を操る闇の者としか思えない。個としての戦闘能力も全て見切ったとは言えないが、充分に高い水準だろう。その力に溺れて殺戮さつりくを行うようなタイプではないとは思えるが、それは救いでもあり同時に付け入る隙が無いとも言える。

 

 ――奇襲、闇討ち。正面から戦うべきではないのは確かだ。この者を討つには……。この脅威を本国で説明しても聞き入れて貰えるだろうか


 数を持って攻めても、彼は魔法を行使できる、と『蒼炎の衝鎚』を見て彼らはそう思い込んでいる。

 もしも兵を率いたとして集団が一気に蒸発すれば無駄死にだ。

 その以前にそもそも、自分たちはこれからどうなるだろうかと想像巡らせて絶望する。二大国を支配下に置いたという新たな王がここに来たという事実が恐ろしい。もしもこのまま本国であるフォン=ファルガンを襲撃するとなれば、止められる術はない。仲間も同じ考えに至ってるとその息遣いから察せられる。繰り上げで傭兵を率いる立場となった男は真剣に考え耽る。何故あの青みがかった黒髪の悪魔の誘いに応じてしまったのか、という後悔も同時に。

 一斉に攻撃、あるいは散り散りに走って逃走――どれも正しい解答とは思えない。

 更に心に刺さる棘がある。


 ――逃げても追いつかれる。だがこのまま戦果なしに帰れるか! 仲間の食い扶持どころか、今後の生活まで脅かされちまう……!


 どの選択が正しいかわからぬまま、はっきりとわかる間違いを選ぼうとしていた。

 そんな昏く怪しい目をしているのに気づかずか、戦った二人は戦闘態勢を解いて会話をする。


『……、何で俺ばかり狙ってきたんだろう』

「やっぱり、いい匂いするからじゃない?」

『んなアホな……』


 敵方は颯汰を集中的に狙ってきた。

 一番厄介な敵だと判断したのだろう。

 だが、その戦い方に違和感を覚える。


『何故、彼らはこのタイミングで襲ってきたんだろう……? 直射日光さえなければ、勝機があると踏んでいたのか。何かしらの切り札があるわけでもなく、闇雲に襲い掛かるだけ……』


 真正面から向かって来た意図がまるで読めない。まるで犬死だ。

 そこへ本当の意味で最後の生き残りとなった魔人族メイジス――人でありながら上位の吸血鬼の力を捻じ込まれた男が言う。


「閣下。ドウヤラ彼ラハ限界ダッタヨウデス」


『限界?』


「ハイ。理性モ失クナリ、タダ本能ノママ、“魔王”デアル閣下ヲ襲ウ。ソコニ勝テルトカ勝テナイトカイウ考エハナク、火ニ近ヅキ焼ケ死ヌ虫ノ様ニ閣下ニ吸イ込マレテイクノデス」


『…………なるほど。何だかその表現はちょっとしゃくですけど』


 正常な思考など出来ないレベルまでおかしくなってしまったと彼は言う。少し考えるように顎に手を置いて思案し、息を吐いて切り替えて颯汰は別個の質問を口にする。


『もう他に吸血鬼化した人はいないんですね?』


「エェ。閣下ガ皆殺シニシテクレタノデ」


『言い方! ……で、どうしようか』


 討伐の任務と原因不明の殺人も終わったが、そのまま帰るという訳にもいかない。山積みとなった課題を、一つ一つ雑にこなそうと口に出す。


『まずは、アンタはバーレイまで連行。元に戻せるかはわからないが、そのまま放っておく訳にもいかない』


 承知シマシタと男は深々と頭を下げる。

 他国の人間でしかも人体実験を受けた者を易々と受け入れるのも危ないが、颯汰自身が言った通りこのまま放置するわけにはいかない。おそらくそのまま医療班――エイルに引き渡されて恐怖体験をする羽目になるだろう。


『次はそこの傭兵の皆さんは……これを』


 颯汰は紅に染まった羽織った上着のポケットから事前に書いておいた手紙を取り出して渡す。


『親書です。概要はアンバードとフォン=ファルガンで和平を結ぼうって』


「!!」


 蝋でされていた手紙を、颯汰は歩みより再び当惑に凍り付いた傭兵の、一番ガタイが良いリーダーっぽい男に手渡す。


『共に吸血鬼問題を解決した仲って事で仲良くしませんか。交易もしたいですし』


 元は国が混乱してる内に侵略を済ませるつもりだった相手であるが、今は願ってもない申し出である。問題は国の権力者たちだけではなく、国民もそれを信じ従うかは別だ。


「……我々は、一介の傭兵に過ぎない。だから――」


『だったら、何としてでもそっちの王様に渡さないといけませんね。もし、そちらの侵略行為が止まない場合は容赦はしません。こちらが持てる最大戦力でフォン=ファルガンを滅ぼします』


 冷静かつ大胆に切り込み、逃げの一手たる咄嗟の言葉を封殺する。


『貴方達が選べるのは二つに一つ。盟友として栄華ある国と歴史に刻まれ続けるか、地図上から姿を消すか』


 和平など言葉で飾りすぎだ。不可侵条約どころではないではないか。言葉にできなかったが、それを読み取ってか颯汰は言う。


『何も、下れとは言ってません。――復興の邪魔をするな、とは言っておきます。……いい返事、待ってますよ』


 目の前の若人を、同じ人間であると誤認しかけた時もあったが、誤りと気づく。

 “魔王”……まさに人の皮を被った悪魔の王である。喧嘩を売る相手を誤った。

 全てを放棄して逃げ去りたいと思ったが、そうすれば何も知らぬ民が死ぬ。ただ繰り上げでまとめ役となったに過ぎなかった男の双肩に、故郷の未来が重く圧し掛かった瞬間である。

 もはやこちらに関心がなく、終わった事であると振り返ったその背に向けて伸ばした手は掴む事はかなわなかった。


『最後は――』


「はいはいボクボク! 頑張ったからご褒美! 君の血を頂戴頂戴ー!」


『これは放置でもいいな?』


「ちょーい!! ちょいちょいちょい! 待っておかしいよ!?」


 戦闘で高揚してからか、様子がおかしい。もう吸血をした事がないというのをバラされて開き直っているのかもしれないが。


「ボクもついて行くし、約束も守って欲しいんですけどー!」


 ハイテンション系の女性の相手も苦手な颯汰は露骨に嫌な顔をしながら距離を取りつつ両手で抑えろと示す。


『……いやだってお前、ここに置く分には害なさそうだし。それに血を吸われるとか怖いし』


「え。そこに怖がるとかちょっと意外……。それはそれとしてついて行くからね?」


 あれだけ激しい戦いをみせて吸血鬼に噛まれる事に恐怖を感じるものなのか、と少し驚きつつも可愛いところもあるじゃんと思ったのは刹那、


『怖いよ。感染症のリスクとか』


「思ったのと違ーう!」


確かに恐ろしい話なのだが、何だか夢のない言葉を吐き捨てられた気がして乙女的にも傷が付く。

 それに話が違うじゃないかと怒り出すウェパル。


「何でよー。いいでしょ別にー!」

『いやぁ。良くないでしょ』

「えー! なんでー! ちょっと、ちょっとだけだから!」

『不衛生だしさぁ』

「ちょっとだから! 痛くしないよ! 先っちょ、先っちょだけだから!」

『え、いやあの……』

「ほ、ほら! 雲の形を眺めてる間に終わるから!」


『お前、もしかしてわざと言ってる?』


「?」


 問いに対する答えは無いものの、首を傾げている辺り本当にわざとじゃないようだ。ぶー垂れたと思った矢先肩を掴んでぐらぐら揺らし始める。何か色々と喚いているがそれを無視しながら颯汰は考えた。


 ――……いや、助けにはなったし報酬はまぁ……。血も吸われ尽くさなければいいか。傷すぐに治るし、強い毒性がなければ死ぬことはない、かな? でもこいつも放置して起こるだろう問題よりも、連れ帰る事で起こるトラブルの方が怖いんだよなぁ……


 颯汰は必ず起きると確信に近いものを感じ取っていた。そういった勘は当たるものだ。そもそも問題が起こらなかった日の方が少ないのだが。

 がくがくと首が前後に揺らす原因たる両手を下から掴むようにして払い、周りに向けても言う。


「あーもう、うるさい……。放せ、離れなさい。とりあえず、まずは撤収しましょうか。テントの回収とか森に残した遺体の処理も無理です。雨降るし後日としましょう。吸血鬼問題もこれで終わり。はい撤収ー。いい返事期待してますからね。それまで近場にいますのでー」


 強引に押し切るように颯汰は早口で捲し立て、最も近い拠点であるロートへ歩き出し、傭兵たちは暫くその場から動けなかったが、重い足取りで北へと進んでいった。


 

 四半刻が過ぎた頃。

 森の中を歩きながら伸びをするのは深緑の衣を羽織る立花颯汰――元の姿に戻っていた。

 獣道の先導と隊の殿しんがりを務める部下たちと違ってかなり気が抜けていた。


「あー、さすがにちょっと疲れた」


 空腹とも異なる喪失感と物足りなさ――魔力がだいぶ失ったと身体が告げていた。戦いが終わり、傭兵たちと別れる前に尽きなくて幸いであったと言えよう。

 ただ心配なのは、例によってハッタリだけで他国を翻弄ほんろうしたつもりだが、その結果がすぐに出ない点だ。


「あの脅し文句で大丈夫でしたか? 正直緊張しすぎて舌が変な風に回ってたような気もしないでもないんですけど」


「いえ、素晴らしかったです」


 颯汰は鬼人の部下の返答と無言の肯きに疑いの目を向けた。迷いない返答と嘘のない称賛であるが、盲目的で信頼に欠ける。……とはいえ、颯汰も自信はないができる限りはやったつもりだ。

 此度はやや早口で強引であったのは、まくし立てる必要があった。

 考える時間と決断する隙を与えないため――。


「あの傭兵の人たちの目……。何だか襲ってきそうだったし、対処したらしたで向こうも兵を下げる理由がますます無くなる」


 脅し文句通りにやろうと思えばできなくもないが、無駄な消耗となる。それに勝てるからと言って皆殺しにすればそれこそ“魔王”と変わりない。獰猛で野蛮なケダモノとなり、行き着く先は圧倒的な力で他者を苦しめる事に快楽を覚える外道に堕ちる――せっかく手に入れた力はそんな為に使うべきじゃない、と颯汰は思い始めていた。どこぞの反面教師がいたお陰とも言えよう。


「釘を刺したけど、あれで却って対抗意識燃やされると……。……浅慮だったかもしれない」


 反省と自己嫌悪。今回の旅は目に見えて自分のミスが多いために余計に心配であった。 


「……あ!」


 そこへ急に上げたウェパルの声に皆の視線が集まる。


「ちょっと忘れ物しちゃったー。先行っててー!」


 ウェパルがそう言うや否や駆け出していく。

 まだそこまで地面は泥濘んではいないとはいえ、素足で駆けるのは危険だ。

 

「……元より待つつもりはないが……。まぁ、地面も滑るだろうから、気を付けて(、、、、、)


「うん。じゃあ、また後でねー!」


 この男、他者への気遣いもできなくもない。

 颯汰の言葉を受けてウェパルは振り向きながら手を振って走っていった。


 ――……

  ――……

   ――……


 雨がポツポツと降り注ぐ。

 南のアベーテの森を覆う雲は、すぐに北のツォンナム樹林まで被さる事だろう。

 太陽(アルオス)の円盤は隠され、外はすっかり暗くなり始めていた。

 そんな中、返り血に染まった少女が走る。

 雨が白だった衣類に染み込み、肌に吸い付く。

 勢いが増すか、このまま打たれ続ければ透過してしまい、風邪も引いてしまいそうだ。だが、雨に打たれる事が嫌な訳ではないため、少女は木々の間から飛び出した。

 辿り着いたのは惨事の跡。


「うーん、確かこの辺にー」


 少女がテントの中を漁り始める。

 小川に幾つか並ぶテントの殆どが壊れている。

 黒々とした血痕はいつか雨に流されるだろう。

 背を向けて何かを探している。

 あまりに無防備である。

 隙だらけの背中。

 この瞬間を待っていた。

 

 滾る感情を向ける。

 濡れた髪、うなじや肩から零れる雫。

 ほんのり赤くなった頬に息遣い。

 まだ大人ではないはずだが、人を惑わす魔性を持つと呼ぶに相応しい素養を持つ無垢なる乙女。

 それを穢さんとする欲望こそ――


「!!」


 少女は気づく。

 飛び掛かり急接近するものに。

 己が欲を満たすために、本能に従い襲撃する。

 振りかざした拳は紛れもなく殺意が込められていた。相手を動けなくするために振るう暴力――抵抗する気を起こさせないためではなく、完全に殺す気概で巨鎚の如く、振り下ろされた。

 音と塵煙は雨に掻き消されていくだろう。

 煙の中から飛び出した少女を狙う左手。獲物掴み取ろうとするその手も既に赤く汚れていた。

 舞う花弁を追うが、虚しくも手からひらりと零れるように空を掴むだけであった。

 少女――ウェパルは襲ってきた“敵”の姿を見て、静かに驚いた。


「チッ……殺シ損ネタカ」


 命を奪おうとする欲望が燃える。

 その焔火を前にしても少女は余裕を崩さない。


「残念だったね~。でもバレバレだよ~?」


 くすくすと笑う。

 驚いたのは敵の正体ではなく、その身体つきであった。身長は鬼人よりも大きく三ムートを超えている。上半身だけが発達し腕が長く大木の幹の如く太い。前かがみの姿勢で両拳が地面を突く姿勢が自然となっている。

 顔だけはそのままだからアンバランスである。

 吸血鬼化を果たした魔人族メイジスの案内役の男の面影はその顔の形だけだろう。


「フン、ヤハリ最初カラ気ヅイテイタヨウダナ」


「まぁね~。戦いの最中、あんなギラついた視線で見られたら嫌でも……。それにそう、そう――ソウちゃんも気づいてたよ?」


「……ホゥ、デハ急ガナケレバ――」


 汗が頬に伝う。他の有象無象ならどうとでもなるが、魔王に邪魔されると勝機は失せる。すぐに済ませなければ全てが台無しで終わる。


「でもたぶん来ないよ」


「…………何故ダ?」


 ウェパルの言葉は非常に都合はいいが、それを言う理由とその根拠がわからない。

 

「信頼されてるからかなッ!!」


「ッ! 世迷イゴトヲ!!」


 根拠はないときた。正面から突っ込んでくる吸血鬼の少女を迎え撃つ。鉄槍の如き拳で突く。

 突けば槍となり振るえば鎚――その身そのものが武具となっている。さらに鈍重そうな見た目に反し、高い俊敏性を見せつけてくる。重さに速度が乗れば恐るべき破壊力を生む。

 ウェパルは受け止める真似は一切せず、回避に専念したのは正しかったと、飛び散る破片と土煙、その抉れた地面のクレーターが証明する。


「避ケルト言ウ事ハ、防ギ切レナイト自白シテルヨウナモノダゾ小娘ェェエエッ!!」


 化物は吠える。その手には同胞だったものの血。遺体は姿を消していた。

 己の欲望――生きる為に他者の命を喰らわんとする食欲にも似て異なる、下卑た感情に従い暴れ出す。

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