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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
202/435

15 衝撃

 陽が陰り始めた。

 鬱然としたヴェルミの森ではないが、辺りが薄暗くなっているのは、気が重くなっているせいだけではないだろう。晴れやかな空であったが、忍び寄っていた厚い雲がどんどん北へ勢力を伸ばしていたのだ。少し経てば、きっと雨が降り出すだろう。視界が悪くなるのに加えて体温が奪われるのは不都合である。狩りの時以外でも避けるべきだ。

 ましてや此度は戦えぬ者も加えて森へと再び入るのだから――。

 

『このままお二人で、あの人を守りながら森から脱出するのも安全とは言えないでしょう。でもこの場が敵に知られてる以上、残るのも無意味……。危険は伴いますが、一人でいるよりは良いはずです。遮蔽物しゃへいぶつの多い森の中、常に周囲に気を配るのは大変ですが、頼めますか?』


「お任せください閣下!」

「我ら、命を賭してその任を必ずや遂行してみせます!」


 案内役であった討伐隊の生き残りは、地獄を目の当たりにして既に戦意喪失している。

 敵に狙われる危険は伴うが、手が届く範囲にいるだけで生き残る可能性はグッと高くなるはず。

 その意図を理解した鬼人族の二人。気合は充分伝わった。方針が決まり、先行したウェパルを追いかけ始めた。


 ――魔力も有限だ。変身はもう解くべきか


 小走りで進みながら颯汰は紅くなった衣と黒鉄の手甲を見つめ、そんな事を考える。この先どこまで歩くのかわからない。常に変身して擦り減らし、いざ戦うときに素寒貧すかんぴんだと目も当てられない。だが、そういった思案自体が過ち――無駄であったのだ。



「連れて来たよー」

『早くない!?』


 少し話をして目を離した僅かな間であった。

 あまりに早い連行。それもそのはず、ウェパルは既に捕まえていたのであった。

 散歩の途中のような軽い足取りで、縄を引く。

 そのリードの先には、見知った顔があった。


「か、閣下! この女が急に! た……、どうか、お助けください!」


 案内役をしてくれた討伐隊の生き残りの魔人族メイジスの男が両手を縄で縛られながら引っ張られて来た。まるで囚人であり、そのまま馬で走る西部劇のワンシーンが浮かんだのは膝まで泥で汚れているせいだろう。抵抗したものの力に負けて引きられたのだとすぐわかった。

 弱々しく目尻が下がりつつも、力の入らぬ身体で男は必死に懇願する。

 武器に手をかけ動こうとする二人を、颯汰は手で制止させる。


『……その人が、犯人と?』


「たぶんねー」


「なっ、誤解です! こんな小娘の戯言を――」


 男の言葉を流し、颯汰はウェパルに訊ねる。


『証拠は、当然あるんだろうな。いきなり首を飛ばして退治した……ってのは無しだぞ』


「証拠は……、見てもらった方が早いかー」


 ウェパルがグイっとロープを引いて、川の方へ歩いていく。

 本川ではないため流れは緩やかである。

 浅瀬であり、川幅も三ムートも満たない程。

 

「な、何をする!!」


理解できない行動のせいなのか、それとも大の大人を牽引する凄まじい力の強さにおののいているのか、男は声を荒げた。鼻歌交じりで犬の散歩でもしているように歩み、ウェパルは何も変わらない声音で引っ張っていた。


「何って、一緒に日光浴でもしようかなって。ボクは陽の光は何ともないけど。アナタはどうかな~?」


 お前ボクっ娘かよ、と見当違いなところに食いつく颯汰を余所に、事態は確実に進展していく。

 男はさらに必死に抵抗しているが、足元は河原の石で上が滑り、踏ん張れないようだ。

 流れる河川に素足のままウェパルは浸かる。


「ひんやりして気持ちいいね~」


「や、やめ――閣下、お助けを! 閣下!!」


 決して調子が変わった訳ではないのだが、微かな怒気と殺意を感じるのは気のせいだろうか。

 温度差が酷いやりとりを眺めつつ、颯汰は二人の部下に告げる。


『いつでも戦える準備をしてください』


 主の命に、二人の鬼人は静かに肯いた。

 銀製の槍が光る。


「じゃあ、やりますか~」


 そう言ったウェパルは男が被っていた帽子を掴んでは風に流す。直射日光から顔を背けようと暴れる男。ロープは離されたが、男は狂い悶える。


「さぁ、出番だよ」


 ウェパルは優しく語り掛ける口調で言う。

 衣服のどこかに隠していた風には思えない。手品の類いなのだろうか。一瞬で、その両手には輪状の物体が握りしめられていた。大きさもそこそこあり、四十メルカンくらいだろう。

 空中に投げては受け取りを繰り返す。


「よいしょ! ハイ! ハイ!」


ジャグリングのパフォーマンスを見せつけるように投げている内に個数が一つ、二つと増えていった。時には背中に回した手であったり、時には後方に曲げた足で受け取ったりと実に器用である。

 両手に一つずつリングを水平に持ち、その輪の上に投げたリングを受け取った後、一気にそれら全部を再度空中へ放り投げた。

 ただ一芸を披露したかった訳ではない。

 リングは合計六つとなると、それで充分だとウェパルは判断した。


「準備オッケ~。それじゃあ、――覚悟して!」


 ウェパルがそう言うとリングは宙に留まった。

 落下せず、その場にぴたりと張り付いたようにそのまま静止するが、それだけでは終わらない。

 リングが独りでに動き、男を包囲するように展開される。そして、その内の一つが輝きを帯び始める――否、暗雲に侵され始めた太陽の、その輝きを受けて、光が増幅させていた。


『霊器! もしかして戦輪チャクラムか!』


 精霊が宿った特別な武具――その真価が発揮される。


「曇りで日が足りないからね~。サービス精神って事でよろしく~」


 そう言い終わると、光るリングの中心から、同色のか細い光線が発せられる。それは直接男へ向かうのではなく、他のリングが光を受け取る。残りの五つは輪の中が鏡面となり、光を幾重も反射し合い、やがて光は男を包囲する檻となった。


「なッ!? 止せ、やめ――グォオオ!?」


何とか立ち上がるものの、怯え、叫ぶ男には逃げ場はない。光の檻の中、迷っている内に光線は彼の背後から突き刺さる。凄まじい悲鳴を上げる男は耐え切れず、その場から離脱を試みる。


「実はこれ、見た目に反して威力はないんだ~。普通の人なら眩しいし、ちょっと日に焼けるくらいで済むもの。でも、下位の吸血鬼ヴァンパイアには効果てき面みたいだね~」


 檻とは言っても実体のない光。

 敵を阻む力まではない。

 その眩い光の中から飛び出したのは、変わり果てた姿を晒す、紛う事無く怪物であった。


「アァァアアッ!! 貴様! 小娘ェェェ!!」


 魔人族の男だったものが吠える。

 鋭い牙、銀の髪に赤い瞳――。

 そこまでは魔人族メイジスの特徴からそう変化はないように思える。衣服も変わらないし、目の周りの陰鬱なくまも疲労や極度のストレスから由来するものだと思っていた。目に見えて違うのはその見事な身体つきだろう。異様に発達した筋肉は凄まじく、衰弱していた男の頃から二倍近く太くなっているのではなかろうか。手枷を自力で破るように解き、その目に宿る強い怒りはウェパルへ向けられていた。

 ウェパルはそれを見て、ニヤリと笑う。

 己が狙い通りだったのと、好敵手の出現による歓喜の笑みであると、どこぞのシーの民の女を思い起こさせる。

 血に塗れた女の微笑みは不思議と蠱惑的ではあるが、やはり恐い。


「誇りを捨てた吸血鬼ヴァンパイアは、ちょっと許せないかな~」


「クッ……、何ナノダ貴様ハ!?」


 低い声で慄く男。

 体躯では圧倒しているが、正体不明の少女に正面から勝てぬと踏んで、引き攣った顔で真横へ動き出す。


『逃がすと思っているのか』


 咄嗟に川から陣営の方へ出ようとする、正体を現した“吸血鬼”。颯汰が動き、行く先を阻む。


『お前の正体、動く死体の事も全て話して貰う』


 言葉は冷静であったが、強い敵意で瞳が燃ゆる。蒼銀の輝きを見た者は、心の底から湧き出る恐怖に抗う事は難しくなる。

 男は足を止め、周囲を首を動かさず横目でちらりと一瞬だけ見た。どう足掻いても無駄だと理解したのか、男は手を上げて言うが、


「グッ……! 悪カッタ! 正直ニ話ス。ダカラ……ッテ――」

「えいや!」

「――ウギャアッ!?」


 グーパンチ。

 握り拳が男の頬にめり込む。

 細い手で巨岩を割るのではないかという破壊力を、男の身体で証明してみせる。

 男は空中で勢いよく何回転もした後に、音を立てて浅瀬へと着水し、なおもゴロゴロと転がり続ける。普通なら死んでるであろう勢いであったが、男は痛みに悶え、震えながら手を伸ばす。


「アナタの正体と~、あのぞん、ぞんぞん、……あの動く死体について、洗いざらい吐いて貰うよ~」


 話しを聞こうともせずにぶん殴ったウェパルは、ジャボジャボと音を立てながら男に近づき、襟を掴んで、川から引き上げる。

 さらに追撃しようとするところに颯汰は慌てて割り込み、抑えるよう仲裁に入る。


『どうどうどう! 抑えて、抑えてくれ』


「えー。痛い目あわせて仲間の居所も一緒に吐かせた方がきっと早いよー?」


『わからんでもないが、たぶん死んじゃうから』


 発想が蛮族のそれ。紅に染まってはいるもののワンピース姿できっと黙っていれば深窓の令嬢を思わす儚さと可憐さを持ち合わせているのだが、動くともう殺戮マシーンそのものである。

 取り敢えず再び男を縛り上げ連れて行く。河原ではなくやっと土に足をつけ、ずぶ濡れで左頬を酷く腫れさせていた男は、颯汰の前で深々と頭を下げた。

 

「閣下! アリガトウゴザイマス!」


『その見た目と声で頭下げられると何だか妙な気分で落ち着かないな……。で、あなたが件の犯人なんですか?』


 止めに入ったものの、もしも敵方であったならば、容赦ようしゃするつもりはない。慎重に真偽を見極め、それからの事は後で決める。


「滅相モゴザイマセン! デスガ、シカシ、謝ラネバナラヌ事ト、ゴ説明ヲサセテ下サイ!」


 弱々しかった頃に比べれば幾分か声に覇気があるが、どこか言葉の調子も悪く響く。一同はそんな男の申し開きをまずは聞く事にした。


「私ハ、実ハアンバードノ兵デハアリマセン。元々ハ『アルゲンエウス』ノ東、小サナ村ノ漁師デシタ」


『北の大陸の……。それまた随分と長い道のりですね。……? 何だか当たり前のように変身してスルーしてましたけど、貴方は亜人種の吸血鬼ヴァンパイアじゃないんですか?』


 当たり前のように筋肉質の男へ変身していたが、そもそも最初は亜人種――人語を使えぬ野蛮な生き物という触れ込みであった。

 さすがに普通の人とは異なる様子ではあるが、ゴブリンと同じカテゴライズは違和感を覚える。


『というか亜人なの? 普通に会話できてるし』


 顔をウェパルの方へ向ける。彼女こそ、その力と振る舞いはちょっとアレだけど、人と差異がそこまで感じられない。ヒトと思えぬ麗しさはあるとはいえ。


「ボクらは特別みたい。お父様もお母様も、他にも何人かは喋れたねー。下位のヒトたちはちょっと弱くて会話も難しかったけど。……でもこの人は、吸血鬼ヴァンパイアだけど、吸血鬼ヴァンパイアじゃないよー?」


『え?』


「吸血鬼なのに、人が混ざってるー? 逆かな。人なのに吸血鬼が混ざってるんだと思う。そのせいで最初、全然気づけなかったよー」


『それは一体……』


「我々ハ、元ハ人間デス。デスガ、醜イ怪物ヘ堕トサレタ! 誰モ望ンデハイナイ……!」


 醜いとは失礼なとウェパルは口を尖らせる。


「凄マジイ“力”ノ代償ニ、知識ニ理性ガ薄レテイク……。閣下モ会ッタデショウ……? 命トアレバ襲イカカル怪物ト成リ果テタ人間ヲ――」


『――あれはゾンビじゃなくて、吸血鬼ヴァンパイア化した人間という訳か……』


「なんだかややこしいねー。ゾンパイアって呼ぶ?」


『う~ん……どうなんだ、それ』


 自身のネーミングセンスを棚に上げる。


「……彼ラハ、運ガイイ。理性ト本能ノ間ニ揺レズニ済ンダノダカラ。ダガ私ハダメダッタ――私ト五人ノ仲間ハ……」


『……理性が消えなかった、と?』


「イエ、モット悪イデス。私ヲ含ム六人ダケ、特殊ダッタヨウデス。他ノ吸血ヴァンパ――「ゾンパイア」ヲ超エタ“力”ヲ有シテイタ……」


 使っちゃうのか、と颯汰は誰にも聞こえぬ声で零す。吸血鬼化した男は続ける。


「彼ラハ、自ラノ在リ方ヲ肯定シ、森ノ外ヘ繰リ出ス用ニナリマシタ。森デヒッソリ暮ラシ、狩猟ダケデ生キテイクシカナカッタノニ――」


「じゃあ、おじ様以外の――ゾンパイア・格上の人たちが犯人って事?」


 ウェパルがレアアイテムをドロップする敵キャラみたいな名前で呼び始めていた。


「左様デゴザイマス。私独リデハ、彼ラノ暴走ヲ止メル事敵ワズ、アンバードノ兵デアレバ倒セルト考エマシタ。彼ラモ、村マデ出テ、人ヲ喰イ始メテイタノデ……。ドウニカ兵ヲ呼ビ込モウト、最初ハ狩人ノフリヲ、次ハ討伐隊ノフリヲシテ――」


そこで鬼人の部下が怒りに吠えた。


「貴様! 貴様がやった事は無意味に犠牲を生んだのだぞ! 何故隠して――」


「――真実ヲ話シタトシテ、誰モ信ジテクレマセンデシタヨ! アナドラレタ吸血鬼ヴァンパイアダカラ、スグニヒトハ死ニ、次ハソノ討伐隊ノ生キ残リヲ演ジルシカナカッタ!」


『……なるほど。ただの弱い吸血鬼騒ぎならそれこそ油断して、無駄に兵が死ぬ――事実、討伐隊はそれで全滅した。吸血鬼化した人間の「特別な個体」である貴方たちだけが、通常のヒトよりも力も強く素早い。だがそれを言っても信用は得られなかったと。……そもそも何故貴方たちがそんな姿に? ――!』


 何かが近づいてくる気配を感じ、戦士たちは一斉に臨戦態勢を取るが、それは杞憂に終わる。


「ここは……、アンバードの陣営か……」


 フォン=ファルガンの傭兵たちである。

 数が増え、七名――野伏を担い、森の中で隠れていた者も集まったのだろう。

 ウェパルが申し訳なさそうに颯汰に言い忘れた事を告げた。


「あのまま置いて行ったら死んじゃうだろうし、一緒に来るように言っちゃったんだけど、まずかった?」


『いいや。お手柄だよ』


「! じゃあご褒美はさらに奮発だねー!」


『そう思えば聞きそびれたままだったな。何が望みだ。……一応、何事にも限度はあるから』


 金銀財宝と言われると困る。食糧もヴェルミから何とか供給できてマシになってきたが、今は少々厳しい。

 ウェパルは視線に熱が帯びているように思えた。

 戦闘の昂揚がまだ残っているのか頬は少し赤い。


「…………」


 黙り込んだ女に颯汰は間の抜けたきょとんとした顔をする。


『?』


「そのー、……。ボクの! “初めて”を……、その、貰って……欲しいなって……」


 初めて(、、、)――。


 衝撃が駆け巡る。少し離れた地――具体的には王都バーレイでは豪雨に続き、雷鳴が轟いた。

 残って守護を命じられた闇の勇者は何か嫌な予感がして立ち上がり、雨粒が叩く窓へと向かう。集団を率い王都を目指して走る獣刃族ベルヴァの獣の姿で速度を上げた。小雨ではあるが、その内の衝動に従い、止まらずに走り続ける。



「(偽物とはいえ)誇りを捨てた吸血鬼ヴァンパイアは、ちょっと許せないかな~」

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