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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
201/435

14 過ち

 悲鳴が森の中、突き抜けて響き渡っていく。

 その声に導かれ、立花颯汰が野営まで駆けて行く途中、それを阻む者たちが現れ始めた。


『急いでいる! 邪魔をするなッ!』


“獣”の力を解き放った颯汰に襲い掛かる者共は、理性を解かしたケダモノ。

 吸血鬼の討伐に失敗した尻拭いと呼ぶより、作戦行動中に起こったイレギュラーの原因解明に乗り出す事となった颯汰たちの前に現れたのは『動き回る死体』であった。

 喪失した自意識と思考能力という点では同じだが、意のままに従う奴隷ではなく、死してなお動き続け生者を襲う――ゾンビとしか思えない。

 これがゾンビではなくこの世界(クルシュトガル)吸血鬼ヴァンパイアがたまたま自分が知るゾンビと類似している可能性もあるが、今はそれを確かめるよりも、前に進む事を選び続ける。


「――ゥォオオオッ!」


『消えろッ!』


 俊足で森を駆けているさ中、飛び掛かるゾンビたち。衣服は汚れ黒ずんでいて、対照的に顔は青白く、目は白く濁り、鋭い牙を持つ死者たち。

 動きは遅いが、飛び掛かられるとさすがに相手せざるを得ないし、無視すれば追いかけてきているであろう二人の鬼人にも被害が及ぶだろう。

 たった数分で八体もの死者を葬り、それでもまだ襲って来るゾンビを再起不能にしていく。会敵する次第、即行で排除しているがさすがに数が多すぎる。


『あーっ……ホラー系は嫌いなんだっつーのに』


黒獄の顎(ガルム・ファング)で敵を捕縛し、首を掻き切る。心臓を狙ってナイフ、短刀などで攻撃をしてみたが、すぐに動きが止まらなかったため、手早く済む方を選ぶ。深紅の衣にも黒い赤が飛び散るが気にする様子はない。


 ――敵が俺たちの邪魔をする……足止めにきてるって事は、つまりはそういう事だろ!


 近寄らせないのは都合が悪いからに違いない。正面から此方こちらを捻じ伏せる術もなく、あるいは準備が整っていない。そして正体をバラしたくない卑怯者なのだろう。


『――にしても、ここまで来るとさすがに、鬱陶うっとうしい、なぁ! ほんと怖いし!』


 木陰、岩陰、進むべき道に配置されているゾンビたちの妨害が止まらない。

 一体一体は決して強くはないが、攻撃されぬよう気を払う必要があった。感染リスクの有無すらわかっていないから油断はできないし、何よりもビジュアルから相手したくない。

 また一体、倒しながらつい愚痴ぐちを溢すほどだ。

 それなのに偽りの命を持つ者たちは、本能で偽りの王に惹かれ、その血肉を食らおうとする。

 嫌でも僅かな間、足を止める必要がある。

 そうしていると、後続が追い付いてきたようだ。

 即座に反応して振り返ると――、


「いやー。君、足早いねぇー」


颯汰の次に追いついたのは、謎の少女吸血鬼・ウェパルだ。にこにこと笑みを浮かべて言う。

 森の慣れぬ地形ではあるが、比較的起伏が少なく泥濘ぬかるみもない、歩きやすい土地であり、走るには悪くなかった。

 精霊の――さらに言えば仙界の一層を治める管理者という立場の者から教わった縮地の走法を用い、人外の力にて最速で走ったつもりだ。モタモタしたつもりもないが、鬼人たちよりも彼女が先に来たのに驚嘆の声しか漏らせない。

 多少は息を切らしているが、表情から余裕が見て取れる。付着した血痕がちょっと怖い。


「あのぞん、ぞん……顔色が悪い人たちも倒しながらってすごいよー。さすがは魔王さまだねー」


『違うってのに。……? 何だ、近い近い』


 緩やかなステップを踏むように、なのに猫のように俊敏に颯汰との距離を詰める。後退りながらも敵意があれば即座に斬るつもりだが、不思議と嫌悪感を抱いていない事にこの男は自覚していない。


「なんかみんな、あなたに寄って来るから良い匂いでもするのかなーって。うん、悪くない感じだよ」


 親指を立てるウェパル。どういう顔していいかわからない颯汰は、


『アホな事してないで……。……敵方が俺を襲うよう指示でもしてるんだろう。さっさと追い詰めて倒す』


手で追い払うような仕草をしながらそう言い終わると、すぐに駆け出す。


「あっ、待ってよー! ……その先の木の上にもいるよー」


『クッソッ!』


 言った側から奇襲を受ける。真上から降りて来たゾンビに対し、漆黒の籠手の蒼いラインが輝いた左腕を、薙ぐように振るう。何が起こるかわからぬ内はなるべく直接触れさせないようにする。溢れ出す瘴気がアギトを形製る頃にはそれは颯汰の左の地面へめり込んでいた。

 呻きながら身体を起こそうとする敵の喉に向けて短刀を突き刺して、悲鳴の下へ突き進んだ。


 邪魔だては多かったが、川沿いの開けた場所――テントの並ぶ場所へと戻ってこれた。

 僅かな時間ではあるが、衣服に土汚れが増えた点が戦いの激しさを物語る事であろう。対して殆ど襲われなかったウェパルは赤が少し増したくらいである。

 さっきまでの騒がしさが嘘のように森閑とした場所だ。強いて言えば川のせせらぎくらいだろう。それにゾンビらしき敵影も見当たらない。

 颯汰は残してきた二人を探しに――最後に見たテントの方へ駆け出す。ウェパルは周りをきょろきょろ見ながら、颯汰の後をついて歩いた。


『…………』


 目的地にすぐに着き、叫び声の意味を想定して、構えをとる。

 武器では反射的に飛び出して来た相手を傷つけかねない。救うべき相手ではなく実行犯の可能性も視野に入れ――捕縛すると決めていた。

 ゆえに徒手。

 指先に黒曜の爪を纏わせないのは、殺さないためでもあり、使える魔力が有限であるためだ。

 息を潜めたのを、ウェパルと名乗った少女も空気を読んで黙っている。緊迫した空気の中、件のテントの前で颯汰は息を呑み、そっと覗き込む。


「! か、閣下……!」


『……無事、みたいですね』


 案内役の魔人族メイジスの男。

 深く被った帽子のつばを両手で掴みながら、縮こまるようにして座り震えている。

 彼が悲鳴の主であるから、颯汰は事情を聴く。


『何があったんですか』


「そ、それが……――」


 吸血鬼によって部隊が全滅した真新しいトラウマ持ったその男は酷く混乱した様子で、たどたどしく何とか必死に伝えようと、懸命に語った。


 その内容を要約すると、


『横になって物音で目を覚ますと護衛の人が見当たらず、恐くなったが意を決して捜索を始めたものの、見つからなかった。そして代わりに新しい血の痕、か……』


 颯汰の手には軍刀。柄も刀身も血でべっとりと汚れ、側に落ちている鞘まで、赤く染まっていた。颯汰の記憶違いでなければこれは探索中には見なかった――護衛を任せた彼の装備であろう。少し離れた河原前のテントでそれを拾い上げて、独り零す。


『俺のミスだ……』


銀と赤黒くなった刀身が悲痛な目を映す。


 ――……シロすけをバーレイに置いてきたのも痛い失態だな


 今回できるだけ仲間を置いてきたのは、討伐任務の延長上にあるからだ。

 邪悪な意思を持ち、明確な殺意をもって民草に害を成すならば躊躇いは無い。とはいえ命を蹂躙していく姿を、なるべく見せたくないと無意識に避けていた。ゆえに彼に王都の仲間たちの守護を命じて、単身でやって来ようとした。ついて来る者を皆突っねてここにいる。

 もしもいたならば、護衛に残していたし、空中から敵情視察も出来たであろう。

 後悔しても遅い。

 今日会ったばかりだから……なんて、簡単に割り切れるものではない。変わらず泰然とした態度を気取っているが、その背は罪悪感の重圧に押しつぶされそうな気持ちだった。

 直後、走って来る物音に視線を向けた。鬼人の二人も到着したようで、巨体を揺らしてやって来る。


「はぁ、はぁ……、閣下、遅れて申し訳……!」

「そ、その武器は……――!」


『……どうやら、吸血鬼の仕業らしい』


二人の顔が青くなる。終結と戦果を求めての行動が完全に裏目に出た。敵の狡猾さを理解していなかったゆえのミスだ。それも――取り返しのつかない。


『俺の、ミスです。敵を侮り過ぎていた』


「そんな! 閣下のせいではありません!」

「い、いえ! 違います! 自分があの娘を見つけたと報告しなければ……」


敬愛すべき信仰の対象を責める道理もなければ、心の底から彼らは自分こそが悪いと思っている。

 フォン=ファルガン(敵方)の傭兵たちと同じく彼らも功を焦っていた。

 鬼人族オーグの狂信者であるファラスを筆頭に、颯汰()が起こした奇跡に感涙した同士たちの中の精鋭――端的に言えばファラスが選んだ「神の駒に恥じない働きを見せるであろう兵士」。言い方を変えると「とびきりヤベー奴」、の中で颯汰は直感で比較的マシな三人を選らんだのである。

 彼らは平静を装いつつ高揚し、武勲を立てて認めて貰おうと躍起となっていたのだ。

 荒ぶる鬼人の性根に、人心を宿したのは信仰があってからこそ、その強い想いが、熱くなった魂を一気に冷やす。

 ほんの少し前の鬼人族(彼ら)ならば、死したのは弱いからであり、戦場にて仲間の屍に思いを寄せる暇があるなら敵を一人でも多く殺せ、と野蛮ではあるが合理的なものであった。

 彼らの中でまだ『弱さは罪』という概念は残っているものの、その“弱さ”をどう捉えるかが変わりつつあった。――ただいたずらに力を振るうだけではなく、苦しみの根源たる悪を挫き、弱者を救ってみせた龍の化身を見て、心が打たれたのである。

 仲間の死と自分たちの失態、しかし最も恐ろしいのは、全ての責任は自分にあると言ってくれている心優しき颯汰()に内面で失望され、見限られる事だ。

 腹を切れと言われれば即座に行う気概ではあるが、それで治まりつかず、颯汰がアンバードを去ると言った日には残された者たちに申し訳が立たない。

 二人は膝を突いた。その後すぐに頭を地面に押し付け、己を贄として全てを捧げるべきであり軍刀を鞘ごと抜いて手渡し、自刃して詫びろうと考えていた。勢いよく頭を下げようとしているさ中だ。


「そーんな責任の奪りあいなんてしても、意味ないんじゃないかなー」


 暗い空気を吹き飛ばす明るい声音。

 問題の原因の一つであるという自覚はないのだろう。その癖、正論を吐くものだから反感を買う。


「貴様!」


『抑えて』


 この場を和ませようとか、茶々を入れにやって来た訳ではないのだと颯汰は察し、激昂する男たちを止める。一声で静まり返った大人を見て、少女はさすがだねー、と笑んでいた。


「ねーソウ、ソウ、ソウ? ……。キミ!」


『……お前、人の名前を忘れたな?』


一部の界隈を発狂させかねない無礼さであるが、当人はそこまで気にしていない。言われた本人より鬼人の戦士たちが仁王の如き剣幕であるが、二人は無視して会話を続けた。


「にへへ……。その犯人の、吸血鬼に汚名を擦り付けようとする悪い人、――つまりはその剣の持ち主を殺した犯人を見つけて連れてきたら、君はご褒美くれるー?」


 敵を捕まえたら恩賞を寄越せという催促。

 おびただしい血の量から死亡は免れず、否定ができない。だが、そもそも彼女の事を何も知らないアンバード陣営の彼らは、まだこの少女が敵じゃないとも決めつけていない。


「(仲間を裏切るつもりか……)」

「(それとも自作自演かも……?)」


小声で話す。彼女の身体能力の高さは異質である。動き回る死者を知らぬと言ったが、彼女がそれを使役し、あたかも別に敵がいると嘘を吐いている可能性もある。タイミングからして彼女が直接犯行に及んだというのはあり得ないが、共犯者――それこそ彼女と同等の力を持つ怪物がいてもおかしくない。

 思考は一瞬、颯汰は溜息を吐いてから、


『お前の、望みは何だ』


 警戒の色を隠さず問う。

 それに対してウェパルは敵意を感じていないが、少し気恥ずかしそうに目線を逸らした。

 何なんだ一体、と気が立っている険しい目が、違和感を覚えて上を向き、その正体を察して言葉にする。


『……! 近くに、いるのか?』


 宛があるゆえの自信だと気づく。

 他の吸血鬼の気配を感じ取れるとの発言が事実ならば、敵を感知したのかもしれない。


「ふっふー! ま、信用を言葉にするより行動で示す方が良いでしょ? 任せて任せてー」


 そう言うとウェパルは踵を返し、手を振りながら歩いていく。単独で動いた方が有益なのか、それとも……。


「閣下、あの者は信用なりません!」


「即刻首を刎ね槍の穂先に括りつけましょう!」


『落ち着いてください。……で、敵を生け捕りにした報酬? 金……って感じには思えないけど』


 とにかく、後を付けてみるべきか。本当に敵が見つかったならば協力した方が早い。邪魔になるようであれば退けばいい。

 しかし、森へ行くとなるとまた誰か残らねばならない。そして一人二人程度では押さえられるかも怪しい。森の中へ連れ回すのも、彼の精神状態から厳しいものがある。帰すにも襲われないとは限らない。

 決断力と自分本位で行動する胆力さえあれば、ここまで悩む事もなかっただろう――全ては、偽りとて『王』に祭り上げられたのが運の尽きか。もしも元の世界へ帰る手段が見つかり、いざ選択が迫られれば迷いなく自分の本意を選べるが――去る世界であると頭でわかっていても、目の前の命は嘘偽りなく本物であるせいでそう易々と見捨てられない。

 己の甘さと中途半端さ、どう行動すれば犠牲がなく事が進むか考えあぐねていたが、


『あの人には酷だけど、一緒にいてもらった方がいいか……』


 その決断が誤りであると気付くのはすぐであった。

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