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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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13 問答

 吸血鬼の討伐という依頼を受けた傭兵たち。

 フォン=ファルガンの正規兵ではない彼らであるが、ならず者であっても国を思う気持ちは(皆が皆同じという訳ではないだろうが)それなりに有し、軍が“魔王”という伝説と、魔光の柱という現象を恐れずに立ち向かう姿に敬意を持っていた。だから自分たちは彼らが仕事をやりやすいよう、魔物退治などの仕事を引き受ける。

 国直属の軍は組織であるゆえに大きく、その分行動に移るまでの手続きや検証、政治的介入等により鈍く、遅くなってしまいがちだ。そこで独立した傭兵であれば迅速に行動に移せる。

 此度の依頼はツォンナム樹林からアベーテの森までの経路を確保するのに邪魔となる魔物を排除するというものであった。

 フォン=ファルガン側は森から伏兵を送り込ば、アンバード側は防戦を強いられる。勿論アンバード側がそれに気づかぬわけがないが、プレッシャーをかける事はできる。

 傭兵団は、国家の武力ではないと危険視する者の視線に負けず、道を踏み外した者や端から正規兵の資格を持てない身分の者たちを受け入れてきた。着実な歩みであったが、亜人程度にくじかれ――その末に骸をさらす結果となった。

 自分たちの評価が下がる事を恐れ、彼らはまだ公王に報告はしていない。信用を失えば生活ができなくなるものも出てくる。ゆえに必死となり、死者が大多数出たとしても、もう後には引けなくなったのだ。

 それなのに、全員が困惑している。

 今生きている傭兵の中で、過去に吸血鬼と出会った者もいる。だが、今襲い掛かったものはかつて戦ったどの個体よりも荒々しく、そして今現れた“吸血鬼”は間違いなく強い。この場にいる誰よりもだ。

 しかし吸血鬼は同族を殺し、あまつさえ『あんな下等生物と一緒にするな』と言い放つ。目の前の怪物を一撃で粉砕した怪物に瞠目している中、激しさと対局の柔らかさ――心をつい許してしまいそうな明るく優し気な声で少女は問う。もしも生半可な鍛え方や修羅場を潜っていなければ、つい心を許して何でも話してしまいそうになるほど、染み渡る透き通った声である。


「それより、おじ様たちに質問があるんだけど――」


 直後、緊張感が奔ったのは彼女が口にした問いではなく、茂みからの音である。


「「……!?」」


何かが蠢くのではなく、それは躍り出た。

 敏感に察知した傭兵たちであったが身体が反応をする前に、それは深緑を揺らし、驚くべき速度で突っ込んできたのだ。

 場違いな出で立ち――それは男児であるが、彼らの直感が正しい答えを告げる。こんなところに子供がいるはずがない、と。


「《デザイア・フォース》ッ!!」


 飛び出したものがそう口に告げると、放出された闇が身を包み込む。黒色の球体を形成する障壁に白銀の亀裂が生じ、眩い光と共に繭から顕れたのは、新たな怪異と恐怖の具現。

 黒き瘴気を解き放ち、深紅(、、)の衣が風に靡く。

 地面に足が着いた途端、更なる加速を見せた。

 森を駆けるは黒と赤が混じった線。

 新たなイレギュラーの出現に、知能がある者は誰もが動けなくなってしまった。

 

黒獄の顎(ガルム・ファング)!』


 その例外に、左腕から溢れ出す瘴気が両顎を模り、実体をもって食らいついた。

 黒い靄が上を通る。

 傭兵たちが、目線で追うと、そこには新たな敵――大木の上から襲い掛かろうとした吸血鬼。

 宙に浮き、飛び掛かろうとしたそれは地面に着く事なく、瘴気の顎を引き抜かれた。

 自由を奪われ慄く人型の怪物を、紅い衣の青年は左腕と連動している瘴気を操り、一気に地面へと叩きつけた。地面が揺れるのではないかという程の衝撃音を響かせて、既に次の行動へ移る準備が整えていた。痛みに藻掻くと呼ぶより、本能のまま何かを訴えるように呻き声をあげる吸血鬼。動けぬ体に無慈悲にも、鋭利な刃物をうなじへ振り下ろす寸前で、止めた。

 何かがきらりと光り、それを青年はナイフを持っていない空いた左手の指で摘まんで引っ張る。それは首に巻かれた金属製のもの。ネックレスのようで――飾り気はなく、小さなプレートが下げられていた。

 それを見て、隠れた顔の上半分、目だけでもしかめっ面になった事が窺えた。


『……幾つか、聞きたい事があるんだけど』


 青年の問いは押さえられ暴れている吸血鬼に対してではなく、少女へ向けられたものであった。


「いいよ。でも条件」


『…………何だ』


「こっちも質問するからちゃんと答えてね」


 今はそれどころでは、という反論が喉元まで昇っていたが飲み込む。


『……わかった。まずはこちらからだ。このヒト(、、、、)を、元の人間に戻せる手段は、あるのか?』


 手に握られたのは認識票ドッグタグ

 認識票という概念が持ち込まれたのが最近であり名前と所属しか書かれていない。医療が発展すれば今後血液型なども刻まれるであろうそれの、裏面には見覚えのある――中心から四方八方へ迸る雷を現したアンバードの国旗と同じものが描かれていた。

 前王の気紛れで生産されたものを、現在最もその位置に近いとされる次期国王候補――立花颯汰は返って来る答えが望んでいないものだとわかりつつも、事情を知っていそうな少女に尋ねる。


「う~ん。無いと思うな。だって既に魂が無いっぽいし」


『…………やっぱり、か』


 未だ呻いているヒトだったものを、解放する。

 離すのではなく、別れを告げるため。

 やり切れない思いを口にはしないが、瞳は雄弁である。鼻と顔の下半分を覆う装甲の下、歯を食いしばって、一息で終わらせる。黒き装甲と紅くなった衣に、僅かに濃い赤が跳ねた。出どころである吸血鬼は永遠に動きを止めた。

 零れる赤がナイフに滴る。それを振るって飛ばし、布で油分を拭いて、銀の煌めきを取り戻す。

 ナイフをベルトに吊るした鞘に納め、改めて自分の変化に目を細める。用意された衣裳は、身体の成長に合わせて変化しただけではなく、色も深紅となっていた。その詳しい経緯に思いを馳せるいとまは無く、この昏く血の臭いが蔓延る森に似つかわしくない明るい声音で少女が言う。


「じゃあ、次はこっちが質問する番! あなた、“魔王”でしょ!」


 フォン=ファルガンの傭兵たちは口を開けたままだったが、さらに目が見開いた。醸し出される“死”のオーラ。魔力を知覚できるものはより一層、恐怖を覚えた事だろう。その存在が何なのかすぐに理解しつつも、頭の中では必死に「それはあり得ない」と否定し続けていた。一国の主たる者がここにいるはずが――。


『違う。じゃあこっちの番だ』


「えぇ!?」と複数人が声をあげる。「違うのかーなら良かったー」などと安堵するような間抜けはこの場にいない。真意が何なのかわかり兼ねるが、敵国の傭兵である彼らの中で、それを追求できる者もいなかった。

 一瞬の迷いを見せずに即座に返答した颯汰は次の質問をぶつける。


『これは何だ。下等生物と呼んでいたが……』


「知ーらない。会話もできないしー。さっきそこのおじ様たちみたいに武装した人を食べてたみたいだよ。次はこっちだと言わんばかりに襲ってきたから、そいつはぶっ飛ばしたけどね」


自信に満ちた顔で右肘を曲げ色白い腕を見せつける。弛みはない細い腕だが、おそらく脚力と同じく人外の力が宿っているに違いない。

 颯汰は無感情で、興味を示さず考え込む。


『……(この娘の言葉をそのまま信じるとなると、このヒトは吸血鬼ヴァンパイアですらない)……そうか、ゾンビか』


 毒によって作られた奴隷の方ではなく、死してなお動き続ける生物の方だ。血を流しながら、腐敗しながらも歩き続け、噛んだものを感染させては仲間を――ゾンビを増やす。

 

「ぞん……何?」


 首を傾げる少女。周りの傭兵たちも依然として固まったままで顔色も悪く、要領を得ない表情であった。


 ――この世界ではゾンビがいない、あるいはこの大陸にまで伝わっていない? となると今回の件……吸血鬼の犯行ですらない可能性も


 血を啜る亜人種=吸血鬼、と判断を下したのやもしれない。死者が動くという非現実的ではあるが、ここまで文明を切り開いた者たちがそういったものを夢想しないとは思えないため、颯汰は別の方法でアプローチを取ろうと考えた。


『簡潔に言えば、動き回る死体かな』


「ん~。聞き覚えがあるような、ないような」


 しかし返答がいい加減である。

 なんだそりゃ、と思いつつ周りの傭兵たちは、仲間同士で顔を見合わせて肯き合ったり小声で話している。どうやら思い当たる節があるようだ。


 ――しかし、ゾンビが素早くて、しかも武装した兵士を一網打尽にできるものなのか?


 あまりイメージがわかない。映画やゲームで走って追いかけてくるタイプはいるが、捕まれ足掻いていたこの死体は、そこまで激しくなく、むしろ緩慢な動きであった。こんな鈍い相手に、先ほどの小賢しい不意討ちがあったとしても、全滅まで至るだろうか。仲間を増やす可能性はあっても、訓練された兵士がおくれを取るとは到底思えなかった。


 ――それこそ、誰かが余計な知恵を授けた?


 疑いの目を少女に向ける。

 彼女の言葉に、おそらく嘘はないと、目線の動き、瞬きの回数、喉、手足の挙動から無いと思いたい。他人を観察し、他人を恐れ、自分を守ってきた弱い男が身に着けた処世術はこういった場面でも活かされる。ただし他者の心など真に理解できる者は当人だけなので推測の域を脱する事はない。用心に越した事は無いだろう。最初から全てがフェイクだという可能性も考慮している。

 その目と目が合い、少女の視線が泳ぐ。

 少し紅い頬を掻き、曖昧な笑みを浮かべる。

 後ろめたさよりも、照れ臭いのだろうか。

 その容姿は可憐で、愛らしいと呼べる。

 ただ、純白のワンピースが鮮血に彩られているせいで、笑顔もどこかサイコでホラーな要素を補強しているのだが。

 こういった類いのジャンルは苦手なんだよなと零して溜息を吐いた颯汰に、少女は先ほどと少し様子が異なり、緊張で若干声を上ずらせながら、


「で、君にちょっと聞きたいんだけど……――」


途中で言葉を止め思案する、すぐに引っ掛かった部分を認識しては、一度柏手(かしわで)を叩く。


「あ、そう思えば名乗ってなかったねー。ウェパルよ。貴方のお名前は?」


『……颯汰。立花颯汰』


 何だか名乗りたくない気持ちもあったが、素直に名乗る。瞬間、後悔した理由は周りの反応だ。


「魔王じゃねーか」

『違う』


 先陣切って突撃しようとしていた男の傭兵の言葉を颯汰は即座に否定する。

 ヴェルミ辺りなら仕方がないとして、まさか名前が既に他国にまで知れ渡っていたとは思いもしなかった。何故か少女が目を輝かせ、恍惚の表情で「やっぱり……」と呟いた後、少女は咳払いをして喉の少し下、胸元辺りを数度叩いて調子を整えて緊張を解そうとする。


「そう、……あなた、吸血鬼ヴァンパイアに噛まれた経験、ある?」


 声がほんの少しだけ裏返っていた。戦いとは呼べぬ一方的な蹂躙に近い攻撃に、短距離を凄まじい速度で走ったのに関わらず汗を一切流してなかったのに、今や白いから一層頬は林檎を思わせる赤さで、目線は不安げに泳いでいる。


『…………無いけど』


 というかあってたまるかと言い捨てる。彼女は急に何を言ってきたのだろうかと反芻する。


 ――魔王だと俺を誤認して、同族が噛みついて……粗相をしてないかを確認したかったのかな


 迅雷の魔王であったなら無礼に対し、ましてや亜人ならより容赦なく絶滅させに動くだろうが、余程逆鱗に触れない限り、同族で償わせるつもりはない。

 何より戦って勝てるとは限らない。

 先ほどのキックが本気じゃない可能性もある。

 この場で殺し合いを始めても無益。

 何もかもが未知数であるため本当は飛び出すつもりはなかったが……。


「! じゃあ次の質問――」


『こちらの番だ。お前が兵や民を襲っている吸血鬼ヴァンパイアの一派では無いんだな?』


「無いよ! それに起きてから何日か経ったけど他の子にも会ってないの。まず接触してくるはずだから、たぶん吸血鬼はこの森にいないんじゃないかな。気配もしないし」


『そういうの、わかるのか』


「ふっふー。朝飯前よー」


『……その言葉が本当に正しいなら、犯行は全部ゾンビの仕業か』


「う~ん……。その、ぞんび? のろのろだから、いくらおじ様たちが弱々だからって簡単に殺せるかなー?」


『……!』


 思わず、息を呑む。

 彼女は本当に亜人種なのだろうか?

 今まで遭遇した個体は少ないが、ここまで流暢に喋り、ヒトと変わらぬ思考を持ち合わせるものはいなかった。

 アンバード地下牢でのあの怪物は消失したため詳しくはわからないが、黒泥や『欠片』、星輝晶アストラル・クォーツなど外的要因によって人語を辛うじて話せるようになっていた。

 まだ知らぬ事が多い世界だ。魔族と蔑まされた者同士手を結んだアンバードと同じくして、怪異や亜人と勝手に決めつけられた種族が吸血鬼の正体なのかもしれないと思い始めていた。


「ま、いいか。ね! 次の質問!」


 見た目も青みがかった柔らかな黒髪と赤い瞳を持つだけのヒトにしか見えない。


 ――対話ができる知性があるなら、嘘も吐けるだろうが……。しまったな、個体差はあるかもしれないけど、ゾンビがどれほどのスペックを持っているかを確認すべきだった


 あまり死者を冒涜するつもりはなかったが、すぐに処したのは判断ミスであった。あのゾンビが、どれほどの力を持っているかを調べる必要があったと後になって後悔する。上の――それも最上位に近い立場となったのが生まれて初めての経験であり、己の判断によって命が左右される重さを改めて実感する。飛び出したのは愚かな選択だったかもしれない。それでも飛び出したのは咄嗟であり、木の上から落ちるように襲撃をしようとする者が見えたから、身体が勝手に動いた。

 敵の能力次第では撤退を選び、防護柵などで村の守りを徹底する必要がある。そういったバリケードを悠々と壊す怪物であるなら、いよいよ紅蓮の魔王や勇者などの最大戦力を投入すべきだ。

 攻め込むとして、森の中で何体いるかわからない敵をどう倒すか。まさかしらみつぶしで行くわけにもいかないだろう。


 ――クソ。どうする。敵が未知数すぎる。どう行動すれば最善だ……?


 頭を悩ます。一方で眼前の少女が言葉を出すのに苦労しているのに全く気づいていない。

 彼女の方も自分のことで精一杯で、あのー、そのー、と暫くその先を口にできなかった。そうしてウェパルは押し黙り、深呼吸をしてから一歩踏み込もうとした。


「ねぇ!」


 呼んだ瞬間、被せるように響いた。


「うわぁああああああああああッ!!」


 裂帛れっぱくの叫び。

 次いで後を追うように、静まり返った森に潜んでいたカラスたちが黒い羽を広げ、鳴きながら一斉に飛び立った。

 先の叫び声に覚えのある者たち――アンバード側の三人、特に颯汰は接近した時と同じように目にも止まらぬ速度で悲鳴がした方角へ駆けて行く。

 その声に聞き覚えのない者たちは、呆然と置き去りにされかけていた。

 ちょっと待ってと手だけ前に出て止まったウェパルは手を下ろしては首を横に何度か振り、颯汰の後を追いかけ始めようとして、すぐに足を止めて振り返る。

 先ほどから完全に置いてけぼりになっている傭兵たちに手招きしながら、


「何ぼけーって突っ立てるのおじ様たち、弱々なんだからそこにいたらまた襲われちゃうよ?」


 誘導は一度だけで、すぐに最速で走っていく。

 彼らはまたもや顔を見合わせ、視線は先頭に立つ男の方へ集まる。それを受け取り、


「……、追いかけるぞ。死人が出て何も成し遂げないまま帰れば、俺たちは路頭に迷うか賊に落ちるしかなくなる。だから、行くぞ」


傭兵を率いる者、此度の依頼で死んだ者の代わりに急遽引き継ぐ形となった男は決断した。

 周囲に気を配りつつ迅速に、既に見えぬ影ではなく声のした方角を目指して走り出した。

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