表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
199/423

12 狩るもの

 城塞都市ロート郊外の森。

 東のヴェルミ方面と比べると狭く樹木も少ない。地面の起伏が緩やかで子供でも歩きやすい土地ではあるが、ピクニックに訪れるような場所ではない。

 理由は単純に、この森は国境を跨がっているからだ。川を挟んで南の“アベーテの森”までは一応アンバードの領内であり、川から北のツォンナム樹林はフォン=ファルガンの管轄であった。

 それに本来、森とはヒトの領域ではない。森とは魔物が闊歩し、漂う山林の瘴気が悪霊を生み出す魔境ともなる。……だからこそ、この光景が美しくも妖しく映ったのだろう。

 少女が独り。

 木漏れ日の光を受け、優雅に歩いていた。

 足取りは軽く、時には枝から伸びる葉に触れ――自然と戯れる余裕が見て取れた。

 小鳥が忙しなく鳴き、彼女の方へ飛んで行き、指先に止まっては顔を見合わせた。


「ふふふっ」


 歌に対し、慈愛に満ちた微笑みを返す。

 人の命が簡単に失われる厳しい環境であっても、損なわれる事のない人の心の光たる“優しさ”とそれによってもたらされる“平和”という概念の縮図とも言える光景は、何も知らない人間は無意識にほだされてしまうだろう。切り取られた一瞬一瞬が絵画のような美しさを有していた。

 

 そんな様子を覗き見をする影が三つ。

 二人は鬼人であり、黒の軍服で身を包んでいる。巨躯を誇る種族であり、茂みの奥で必死に屈んだり、巨木の後ろに身を隠す。

 もう一人は人族ウィリアに見える。だが屈強そうな二人と比べて小さく映るのは当然で、彼はどう見ても子供であった。格好は同じ軍服であるが、子供用のサイズである。色合いだけ見れば闇と森に潜むには丁度いい灰みがかった深い緑色。彼は小さいながら上官にあたる人物――漆黒の一般兵と差異を色で付けたのだろう。都に戻れば表は同色で裏は真紅の外套マントを羽織らされている事が多く、今はその代わりに軍服を肩に羽織っている。ブーツも極上の一品であり履き心地も悪くない。特筆すべきはそのブーツの上、覗かせる足、半ズボンである事に違いない。この少年、特に格好に執りがないため、平時は平民が着るような簡素なものを見繕おうとする。それでは上に立つ者として示しがつかないとメイドたちが用意したのがこの衣裳であった。


「閣下、あれです」


 そんな三者が少女に対し、何も変な意味で視線を送っている訳ではない。鬼人の一人――アンバードの正式の軍人となった兵士が茂みの先を指さした。閣下と呼ばれた少年はその方向へ視線を追う。そこにいたのは一人なのだが、対象を見間違うはずがないと言える。

 後ろ姿なのに視線を集めるだけの存在感。

 少女は麗しく儚げな印象を与えたのは確かなのだが、あまりに場違いな格好だった。


「女の、子? いや、違う……。森であんな格好するはずがない。森を舐めてるのか森を」


 森の中なのに、シンプルな純白のワンピースに素足という。道に迷った子供とは思えない。違和感はそれだけではないが、短パン小僧(場違いな格好)――立花颯汰は上手く言葉には出来なかった。

 小鳥に微笑み、飛び立つのを見送ると、少女の長い髪は掻き上げられて揺れた。


「そうです閣下。あの吸血鬼ヴァンパイア、少女の見た目をしてますが、正面は返り血で真っ赤に染まっています」


「仲間の仇、討ってやりましょう! 閣下!」


「…………」


 仲間としての帰属意識はそこまで持ってはいないが、これ以上人民が減るのは見過ごせない。手にした力はこういう時に使うべきなのだと颯汰は戦うと決めていた。

 三人は努めて小さな声で作戦会議を始める。


「まず、相手が本当に一人かどうか見極める必要があります。こちらを誘っている罠という可能性もあるので」


 颯汰の言葉に二人の鬼人は肯く。


「単独行動中、周囲に敵がいないと判断でき次第、攻撃行動に移ります。正確な敵の数がわかっていない以上、下手に動けませんが各個撃破で戦力を削るのが得策でしょう。俺が《デザイア・フォース》を使えば確実に気づかれますから……――」


「……――なるほど。では……――」

「了解! 俺たちは……――」


「――……では、そのように」


 作戦を立て、行動に移る。

 相手が本当に今は一体だけなのかを知る必要があったため、抜かりなく観察を始めようとした。

 やる事は簡単だ。颯汰が変身して引きつけ、その隙に二人の兵が吸血鬼の少女を槍で刺し貫く。そして未だ動くようであれば、その怪物が槍で押さえ込まれて不自由な状態から、颯汰が一気に首を狙って葬るというもの。

 兵は銀製の三叉の槍を用いる。銀が吸血鬼に効くというのはゲームや漫画でもお約束であり、過去の遭遇したという記録でも効果が見込めたとある。現に討伐隊は通常の兵装に加え、銀で聖別した武器を用いていた。それなのに全滅したのは武器を使う間もなく、一気に奇襲を受けたせいであるとは生き残りの男の話だ。有効かどうかがだいぶ眉唾モノになった気もしないでもないが、セオリーを信じて槍を使わせる。それで撃破できなくても颯汰がトドメを差せばいい。


 ――問題は、俺よりあの吸血鬼ヴァンパイアが遥かに強かった場合だ。その場合二人にはすぐに撤退するように言ったけど。逃げ切れるかどうか


 人外の力を手に入れ、調子に乗り始めそうなところをさらに凶悪な怪物(紅蓮の魔王)にしばかれたのが効いたのか、敵を侮るような真似はしない。

 魔王に正面からでは敵わなかったうえに、精霊である自分の師などまだまだ雲の上の存在であると認識している。この未曾有の脅威たる――過去の常識が通用しない吸血鬼もまた自分より遥かに強いかもしれない。


 ――過去の記録から吸血鬼ヴァンパイアという亜人はそんなに強くない。今まで武装した騎士たちがちゃんと退治できていた。それが変わった要因はなんだろうか……


 外敵(ニンゲン)に合わせて進化にしては早すぎる。知恵を付けたのだろうか。それとも外部からか。答えは一人の頭の中だけでは導き出せない。

 此方に死人が出ている以上、対話は不可能だ。そもそも元来の吸血鬼を含む亜人種は人語を話す真似は出来ても会話なぞできないとされている。

 障害は排除するしかない。

 だからこそ敵の一挙手一投足を見逃さないように、ただ野生動物と同じく視線を敏感に感じ取って逃げるかもしれないので、殺気を目に込めないように感情を殺して少女を見ようとしていた。

 しかし、現実は思い通りにいかない。

 葉越しの陽光を煩わしいように手で遮りながら進んでいたところを足を止めた吸血鬼の少女。少しばかり辺りを見回し、わかりやすい溜息を吐いてから言う。


「……。隠れてないで、出てきたらどう?」


 三人の息が止まった。

 とても綺麗な声で人語を操る亜人種・吸血鬼。

 背を向けたままだが、きっと表情は呆れたような顔なのだろう。その挙動、態度も人間のそれと同じに思えた。

 颯汰たちは動くべきか迷う。此方の存在に気づいているなら奇襲も意味をなさない。

 後手に回るのもまずい。しかし、まだ討って出るのは早計かもしれない。タイミング悪く、それらしい言葉を発しただけという可能性もゼロではないだろう。……かなり低いと思えるが。

 どうすべきか考えるのは一瞬で、知性があるというなら出来れば生け捕り、敵の居場所を吐かないなら首をかき切りに行くと決めた瞬間であった。


「クソッ、忌々しいバケモノめ!」


 声が別の方角から聞こえる。


「バケモノとは失礼ね。こんな可愛い格好のバケモノがいるわけないじゃない」


「血塗れで何を言うか。同胞の仇、取らせてもらうぞ!!」


 颯汰たちが潜む灌木の茂みの中とは反対方向に、武装した集団が現れた。

 装備は汚れていて、武器の刃や鎧の肩の部分などが欠けている。人族ウィリアと他種族混成の傭兵である。


「あれは……フォン=ファルガンの……!」


 鬼人の男が思わず口に出す。アンバードも交流が増えたものの、戦場で人族ウィリアと共に戦うにはまだ至っていない。だからすぐにフォン=ファルガンの民であると理解できた。


「そうか。この森の主流から北側は……」

「そうです閣下。崖の上のフォン=ファルガンの砦が森を見下ろしております」

「口ぶりから察するに、彼らも被害を受けてるようですね」


 ひそひそと話し合う彼らに気づかぬ傭兵たち――見える範囲に五名程。おそらく伏兵もいるはずだ。


「洗えば落ちるでしょこれくらい」


 白地に飛び散った赤黒い液体が染み付いたスカートの端を摘まみ、ちょっとだけ持ち上げる。すらっとした足は白磁の美しさを有していて、僅かな光に照らされては人を魅了する妖しさを持っていた。見た目の年齢ではまだ未成年だとは思うが、纏う雰囲気が異なる。肩にかかるくらいの黒みがかった青い髪はふわりと柔らかそうであるが、対してその瞳は物騒な色――血に飢えた赤が輝く。


 ――いや血染みを舐めるな。…………違う、そうじゃない。注目すべきは『人語』を自在に操っている事。……本当に吸血鬼(亜人)なのか?


 疲労からか颯汰は訳のわからないツッコミを入れてすぐに我に返る。知性が高い個体と呼ぶより、ヒトと差異が感じられない。

 ヒトに近い見た目だけど中身が違うという話だが本当に件の吸血鬼なのだろうか。

 国境線の森でドンパチやってる中、素足で散歩にくるような――某マルテの王女並みにちょっと頭フラワーガーデンな一般人なのではと疑い始めた。


「ふざけやがって! ぶっ殺してやるぁあ!!」


 駆け出す傭兵。先陣を切った男の後を仲間たちが雄叫びをあげて続く。

 恐怖はあった。その感情を押し殺したのは仲間が惨殺された事による憤りである。例え見た目が少女であろうと、もう剣を抑える理由がない。


 そこへ少女はおもむろに右手を挙げ、指をさす。何か奇っ怪な術を放とうとしているのだろうか。そんなもの、剣で指ごと手を斬り落とせば終わる。

 だがその指した先は向かって来る男ではなく、少し遅れた仲間の一人、短く刈られた髪の女性の人族に対してだ。


「そこの貴女。危ないわよ?」


 他者の心を鷲掴む幼過ぎない若い声。


「え――」


 女戦士が呆気に取られた瞬間、


「グウォオオオオ!!」


 凄まじい叫びと共に、陰から一人が躍り出て、女戦士に覆い被さった。凄まじい声をあげ、口をいっぱいに開き、ぬちゃっとした唾液が上の歯と下の歯の間を滴らせる。いや、歯と呼ぶより牙と言った方が良いだろう。牙は鋭く、狩猟よりも肉を突き刺す事に適している。


「うわっ!? なんだっ、このっ! クソ野郎!」


現れた男は女の首筋目掛けて喰らいつこうとする。女は転ばされ、馬乗りとなっている男から懸命に逃れようと、必死に押さえる。

 そうすると必然的に目が合い、顔も近くで見れる。形こそヒトのそれに近いが、目は白く濁り、青白い肌に青紫の血管が浮き出ている。

 何者かとは最早問うまい。

 仲間の危機につい足を止めてしまう先頭の戦士、一瞬でも気を取られた自分に後悔をする暇はない。

 死を呼ぶ風が奔る。

 視線を前に向けた時、風圧を感じた。以前に襲撃を受けた際のものとは比べ物にならない速度で傍を通り抜けていく。

 背筋が凍る。

 脳裏に焼き付いた仲間の死にざまが目に浮かぶ。

 油断したつもりはないが、遅れを取ったと認知すると同時に、死を想起せざるを得なかった。

 掠めた左脇腹から手までごっそり削られ、血肉が飛び散り肋骨が空気に触れ、臓腑が零れる。

 そう思っていた。


「貴女。ちょっと、退いて~~――」


 少女の声を追うように振り返る。

 地を滑るような俊足で眼前の男の横を通り過ぎ、女戦士と吸血鬼の下へ接近した。女戦士と密着する吸血鬼の僅かな隙間に目掛けて素足を捻じ込み、


「――ねっ!」


 一気に蹴り上げる。

 上から圧し掛かっていた男性と思われる吸血鬼が宙に浮かび、それで終わらない。


「よっ、ハイっ!!」


 掛け声と共に跳び上がり華麗な回し蹴りで追い打ちをかけた。アクション映画を思わせる華麗なる美技は浮かび上がった肉体にクリーンヒットする。

 少女よりも遥かに屈強そうな、鍛え上げた肉体を持つ女戦士ですら苦戦した怪物をボールのように蹴り飛ばした。蹴飛ばされた吸血鬼は岩にぶつかり、見るも語るも無惨なカタチとなってしまっていた。


「全く、下等生物め~」


 少女は嫌悪感を隠さず、さっきまで動いていた亜人種の向けて腕を組んで頬を膨らませる。その仕草は少しあざとめだが可愛らしく感じる。

 しかし、やってみせた事は恐ろしい。細い身体から想像できない破壊力を見せつけた。

 困惑が場の空気を支配する。


吸血鬼ヴァンパイアが、吸血鬼ヴァンパイアを……?」


 暫しの沈黙を、身を絡めて離さない当惑の糸を断ち切ったのは誰の声だったろうか。この場にいた傭兵たち皆が思った事である。


「あー! あんな下等生物と一緒にしないでよ、もうー!」


 ぷんすかと怒る吸血鬼(?)の少女。

 更なる鮮血を浴び、服の白い面が減っていた。

 極限に近い緊張状態と当惑により、彼ら傭兵団員はその言葉が何を意味しているのか理解するのに時間がかかった。それに気づいているのかいないのか、少女はちょっとだけご機嫌損ねてつんと尖らせた唇で語る。


「全くもう……。それより、おじ様たちに質問があるんだけど――」


 その問いが最後まで語られる事はなかった。

 質問の答えは傭兵たちはわからず、加えて彼らは知らなかった。

 吸血鬼による被害――まさかアンバード側の村にまで吸血鬼の魔の手が伸び、吸血鬼が潜むのがこの森であると看破された事、もっと凶悪な怪物が送り込まれたという事を。

 他者を喰らい種の繁栄を目指す本能。

 狡猾に人命を掠め取らんとする悪意。

 そこへ万象を滅ぼし喰らわんとする“獣”――偽りの王が躍り出るのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ