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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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11.5 悪夢

 急な雨。

 いつの間にか重々しい黒雲が灰色の空一杯に敷かれた後に滂沱の如く降り頻る。

 窓を打つ雨粒が次第に勢いと数が増していく。

 そこへ雷鳴のような怒号が部屋の中に響いた。


「あの魔王が、自ら討伐に向かっただとぉ!?」


三大貴族の一人、バルジャ・ウィック公爵が激昂し机を叩いた。当然ながら魔王とは真なる紅蓮の魔王ではなく、偽りの王たる立花颯汰の事だ。魔人族メイジスのバルジャの四人の息子の内、生き残った長男が重く頷くのに対し、次男はすっかり畏縮し、おどおどしていた。いや彼は常にこんな調子であるのだ。


「そうなんだよ父さん。たかだか吸血鬼が出てきて平民が死んだくらいで……。まだあの黒い泥が残ってるかもしれないというのに」


 父と同じ憤りを見せる長男。


「ああそうだな。各地に兵力をばら撒いてるせいで今や王都の護りはかなり薄い。あんなのにまた暴れられると厳しいぞ」


 できる自慢の息子に同意する父であったが――


「一体、第九の阿呆どもは何をやっている! 田舎の小国如きに手こずるだけに飽き足らず!! 亜人程度に負けるとはぁ……! バルクード殿が指揮を執った方が良かったではないか!!」


 急にスイッチが入ったように激昂するバルジャ。ヒステリックに吠えた父に、弱気な次男が口を開いた。


「そ、そうだね父さん。べ、ベリトくんのお父上である勇猛な将軍だったクレイモス卿がまた戦場に戻れば、あんな国に侵攻されることなんてなかったはずだよ」


 媚びを売る事自体は貴族社会で生き延びるには必要ではあるが、嫌に気に障るのは息子の死んだ母親の面影がチラつくせいだろうか。此方の顔を窺う様子もまた卑しき身分の母親に似ている。


「そうだ。お前と父さんの言う通りだ。だけどバルクード・クレイモス様の足ではもう戦場に出る事は難しいのでは?」


 長男の言葉にはバルジャは鷹揚として肯く。

 歳を重ね、幾つも苦境を超えた末にできたシワに、遠い昔の古傷が笑顔で歪む。その顔を見て次男はつられるようにつたなく破顔して見せるが、直後父の表情の変化を見て凍り付く。


「そうだ。さすがは我が自慢の息子だ。……それに比べてなんだお前は。何故いつまでもこの部屋にいる?」


 冷めた目は己の子に向けるようなものではなかった。薄汚いものを見るような嫌悪感をあらわにしていたのだから。次男は慌てて視線を逸らそうとして、部屋のあちらこちらへ向けていた。口は閉じては開きを繰り返し、震えていたところを、


「出ていけえええ!! 貴様ぁぁああああ!!」


「ひゃああああああ!?」


 落雷と狂乱。――そう呼ぶに相応しい叫び。

 対するは何とも情けない悲鳴だろうか。

 バルジャは手元にあった、アンティーク調の机の上の然程大きくない木箱を掴み、次男へ向けて投げつけた。直線で進む木箱を次男は頭を両手で守りながら、なんとか屈んで避けようとした。途中で木箱の留め金が外れ、中の貴重そうで大事に保管されていた勲章がめ込まれていたのが見えた。蓋が開いた事により空気抵抗は増したがそれによって軌道はそんなにぶれず、箱は次男の背後の壁へとぶつかり、その衝撃によって勲章が転げ落ちた。次男は驚いて悲鳴を上げ、駆けて父の私室から出て行った。

 それを視線で追った後に兄が言う。


「父さん。いくら何でも言い過ぎです」


「構うものか。ワシにはお前さえいれば良いのだ。……あんなもの不要だ。っ……ゲホッゲホッ……」


「父さん……」


 弱気で才能もなく、いつ死んでくれても良かった次男(予備)などどうでもいい。存在そのものがあの母親を思い出させて苛立ちが募る。

 しかしバルジャは、大事な後継ぎである長男の言葉も正しいとは思っていた。咳き込んだ後ばつの悪い顔で、側に立つ長男へ語り掛ける。


「ワシもそう長くない。ワシは一人で、一代にしてここまで家を、大貴族とまで呼ばれるほどに成り上がって見せた。貴族となったからには、ワシの血を多少なりとも継いでいるというなら、あのひ弱さは見過ごせんのだ。だが、確かにお前の言うように言い過ぎたやもしれん。どう謝れば良いかわからんが、不器用なりにあやつとも向き合お――」


 言葉が途絶えた。

 急な天気の崩れに響いた落雷の音。

 その光に驚いた訳ではない。

 眩い光のせいで陰が浮き出たせいで、否応なしに窓へ視線が運ばれてしまう。

 そうして続きの言葉が詰まった。

 窓に目を向けると、そこにはいるはずのない怪異が存在していた。

 バルジャは震えた。

 いるはずのない窓の外に、何かがいるからだ。


『……ァァ……!!』


 窓の外――影は、何かを語り掛ける。

 バルジャはそれが何なのか、何を語ろうとしているのかを知っていた。何度も何度も何度も何度も何度も何度も繰り返し聞いたゆえに。


「やめろ……」


『………………』


 真っ黒に塗り潰された影、その双眸にあたる部分からは涙が止めどなく溢れて落ちていた。外の降り頻る雨と混じったが、沸き上がる感情は流される事は決してない。


「やめて、くれ……」


『………………』


 引き攣った顔のバルジャは両耳を塞いでいても、その恨み言は“魔王”たちが操る声のように、耳朶を超えて直接脳内に響いてくるのである。

 己を責める何重もの声。呪詛が詰まった言葉。


「やめ……」


 先ほど当たり散らした男の見る影は無い。

 怯えながらも必死に懇願する。教会を所持している(いた)ファルトゥム家のような信心深さをバルジャは持ち合わせていないが、今この瞬間ばかりは神へ祈る。この悪夢を消し去ってくれと。

 だが、その都合のいい祈りは届かない。


『……………!!!』


 泣いた女の声が、地の底から響くような低く恐ろしい声へと変わっていた。さらに表情も一変して激しい感情が爆発した。怒気と憎しみを放つ。つんざく音は凄まじく、鼓膜が破れ、脳内へと侵食する激しい憎悪により、バルジャ・ウィックは耐え切れず発狂する。


「ひぃいやああああぁッ!?」


 錯乱する父。

 長男は何が起きたかを察して、扉の方へ叫ぶ。


「お医者様を! 早く!!」


 次男が飛び出した扉の方から、人がやってくる足音が聞こえ、すぐに廊下から使用人たちが救急箱を持って現れた。


「旦那様!」

「鎮静剤を!」

「専属医が今来ます!」


 使用人が主人の腕をまくり上げ、救急箱から取り出した注射器で、中の液体を血液に注入した。


「ま、窓に、窓にぃ……! うぅ……ワシは……ワシは……」


 手が掴まれたせいで、窓の方へ指がさせない。

 窓にあれがいる。何度も言っているのに、何故警備の兵もアレに気づかないのだ。


 口角に吹いた泡を残し、虚ろの目をしてバルジャは天井を見る。暗いものが、今まで己が成り上がるために犠牲にしてきた命の影法師が、どんよりと質量を持ってそこにいるのが見えた。


 先ほどの叫びで窓を破ったのだろう。

 何故誰も気づかぬのだ。

 酷く風が冷たい。寒くて寒くて凍えそうだ。


 天上を這う影は細く長い手を幾つも伸ばし、手足に頭、全身を掴みかかった。そのまま天井に引きずられていく。抵抗できず、声も出せない。その昏き闇に呑まれていく恐怖を感じながら、彼の意識はゆっくり失っていった。


「いけない! 呼吸が荒くなっている!」

「死ね」

「父さんしっかり! しっかりしてください!」

「お医者様! 早く父さんを診て!」

「殺してやる」

「ベッドに運びます! 貴女は桶に水を張って濡れたタオルを!」

「死ね」

「わ、わかりました!」


 声だけは薄っすらと残り続ける。

 どこから響いているのかわからない。

 そしてまた、同じ夢を見るのだ。

 悪夢(げんじつ)は終わり、幸せな現実(ゆめ)を。

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