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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
197/422

11 吸血鬼討伐任務

 “陽の月”

 アンバードの王都バーレイでの生活がおよそ一月経ち、ついに本格的な夏の季節を迎えていた。

 廃城跡の中庭に鎮座する木造建築物内の私室。

 普段は人が勝手に出入りする場所であったが、さすがに机に座り書類と睨み合う主がいるとなれば、自然と人は邪魔にならぬよう退散する。


「…………参ったなぁ」


 報告書から顔を上げ、立花颯汰は独り言ちる。

 先日、ヴェルミからやって来た人族ウィリアとアンバードの鬼人族オーグの大工衆同士で殴り合いの喧嘩となって、なんとか治めたばかりだったが、問題は次から次へと起こる。


「……どう、しようか……」


 資材も人材も何もかも足りぬ状態なのは相も変わらずなのだが、それが輪に掛けて酷い。

 何もしていないのに、面倒事の方から此方に向かってステップを踏んでやって来るのだ。

 形式的には戦勝国となっているボロボロなアンバードを癒すため、名目上敗戦国であるヴェルミを含め様々な国や地域から物資の補給をしなければならなかった。

 関所を構えて多額の税を徴収しようとする大貴族を説き伏せる事ができる人間が少ない。だいたい話し合いより手が先に出る危険人物が妙に集まっているため、別口で補給路の確保する必要があった。またその積み荷を襲う野盗を潰す為に騎士たちや仲間にした傭兵崩れたちを派遣していた。

 

 王都内でも様々な事件が起きてはいるものの、一時期よりはかなり復興したと言える。

 治安も騎士たちや憲兵の尽力によりだいぶ良くはなっていた。戦禍による傷と食糧難はいとも簡単に人々の絆を壊した。だが、元は魔族と蔑まされた多種族たちが集まり団結によって生まれた国という下地があったからこそ、立ち直りと修復も早かったと言える。

 その間、内部を徹底的に、王都を恐怖のどん底に叩き落した黒泥関連の調査を行った。颯汰自身も自分の足で王都の貧民区へ訪れるなど確実に見つけ出そうと行動をしていた。特に進展と言える進展もなく、悪く言えば敵の足取りを掴めぬまま――逆に言えば敵が行動を起こせない状態まで追い込んでいるとポジティブに考える事も可能……だろうか。紅蓮の魔王は「策がある」と言ってはいたが、具体的にはまだ明かされていなかった。


 次に否応なしに目をやるべきは外部であった。鉄蜘蛛や他の魔物、亜人などの対話不可能な脅威に加え、他国の侵略に注意する必要があった。

 三大国の残り一つであるマルテもそうだが、ヴァーミリアル大陸には幾つか国が点在している。その一つがアンバードから北にある、荒地を超え、森と河川を超えた先にある小国、フォン=ファルガンだ。“魔王”という存在に懐疑的なのか、魔光の柱という現実に目を背けているのか、フォン=ファルガンは今が好機と大国のアンバードに噛り付こうとした。

 現地にいる、北部の警備を担当する第九騎士団に加え、外での機動力は随一の獣刃族ベルヴァたちで構成された第六騎士団を増援として派遣させた。

 平時なら第九騎士たちだけで充分なのだが、西の巨大湖に沿って展開する海商連合と繋がりがあるという事実に颯汰は眉をひそめ、騎士たちに警戒を呼び掛けた。

“敵が銃を使うやもしれない”と――。

 土を掘って塹壕ざんごうを作らせるとしてもかなりの重労働であるため、敵が銃を使うと判明した時点でまずはすぐに離脱してもらいたい。

 即時撤退を命じているが、ド素人の子供である自分の意見など聞かないだろうと颯汰は考え、国境であるエリュトロン山脈へ――ヴェルミとの往来を盛んにするためトンネルを掘りに出かけていた紅蓮の魔王を、作業が終わり次第に向かわせるべきかと考えていた。考えていたが、


「……行くしか、ないかなぁ」


 フォン=ファルガンの版図拡大を阻止すべく直接指揮を執りに……という訳ではない。

 別件なのだが、比較的近い場所なのだ。

 他にも魔物の出現や、団長が死して機能がし辛い騎士団もあり、動かせる駒が無いに等しいため、自分が動くしかない。

 それぐらい人が足りなかった。

 ついて来ようとする娘を何とか説得し、ピクニック気分で同行しようとするマルテの王女をメイドたちを使ってどうにか納得させ、無言で馬車に乗り込んでいた闇の勇者に星輝晶アストラル・クォーツが破壊され弱体化した紅蓮の魔王が死ねば契約している颯汰も危ない、と守護するよう頼み、戦車チャリオットでついて来た顔が恐くて声のデカい鬼人のおじさんを帰らせた。

 

 そして、馬車に揺られ若干グロッキーになりながらも、フォン=ファルガンから近い自国領土内の城塞都市ロートに到着した。

 他にも数十人だけ兵士を連れているのは颯汰が選んだのではなく、途中まで勝手について来ようとした鬼人のファラスが、せめて部下だけはと護衛として寄越したのである。

 都市について歓迎を受けて状況を聞きだす。

 援軍により早々に退き帰した敵国の軍。それにより被害はかなり抑えられた。

 “魔王が来たぞ”“援軍は十万にも上る”と喧伝し動きをさらに封じ込めたが、相手の出方がわからぬままで兵を完全に撤収は出来ない。

 それに今回は敵軍を抑え込むのではなく、別の件で自らこの地にやって来たのだ。

 早速調査――あるいは討伐へ動き出す。


 ――……

  ――……

   ――……


「ここが、例の森……」


「そうです閣下。わざわざご足労いただき――」


「いいんです。他に動かせる兵もいませんし。それに、ここからが問題でしょう」


 慣れとは本当に怖いもので、明らかに年上の人間に閣下呼びされても颯汰はどうじなくなっていた。

 眼前に広がる森へと歩みを進める。

 ヴェルミとまた違った植物が多数自生し、素人目でも全く異なる顔を見せているとわかる。

 馬車から降り、着いてくる人間を三名まで限定し森の中に設けた陣営に辿り着いた。開けた場所に大きめなテントが幾つかあった。


「……ここが、我々討伐隊が陣営を敷いた場所となります」


 案内をしてくれた男の声。

 颯汰は顔をしかめる。

 すえた、血の臭いが鼻を突いたからだ。

 テントが立ち並ぶがヒトの気配は他にない。

 風で葉が擦れる音と、川のせせらぎだけが聞こえる。鳥の鳴き声や虫の音すら息を潜めている。

 ただ幾つかのテントの損壊した跡と、べっとりと染み付いて黒くなった血の痕が見えた。


「酷い……。すいません、決死な想いで退いたというのに、案内なんかさせちゃって」


「いえ。……閣下の御力があればこそ脚の震えを止める事ができました。それに、志願したのは自分ですし、唯一人の生き残りである自分だけが正確な位置まで案内できますから」


「顔色、悪いですよ。少し休んでいてください」


「……面目次第もありません」


 案内をしてくれた魔人族メイジスの男は疲れを隠せていない憔悴しょうすいしきった顔をしていた。本来ならばすぐに帰らせて休ませた方がいいのだろうけど、単独で帰すのは危険だ。……この惨劇を巻き起こした元凶たちがまだこの森の中にいるのだから。


 ――魔物……吸血鬼ヴァンパイアの群れ、か


 吸血鬼。この世界においてはヒト型の魔物である。その名の通り血を吸う亜人種だ。見た目こそ麗しいが知能は低いとされている。亜人種全般に言える事だが、人間を恐れ好き好んで近づこうとはしない。自らの領域テリトリーを荒らされた時など特殊な状況下以外では滅多に人前に現れようとしない。目撃例は然程多くはないが、過去の記録から討伐は苦労しないものとされた。だから武装した軍人たちが十名ほどで森に入り、その首を狩ってやろうとして、返り討ちにあった。


 此度は最初、家畜への被害から始まった。

 飢えた亜人が魔物と同じように、集落まで降りて家畜を襲うといった事例は多々ある。

 問題は家畜で収まらなかった。

 人間の子供まで襲われたのである。

 血を吸われた遺体から吸血鬼ヴァンパイアの犯行と断定し、第九騎士団からなる警備隊が出動した。大多数がフォン=ファルガンから侵略に出た兵たちの撃退に割かれた中、対魔物の精鋭を集めて退治に向かった。

 ……死体が増える結果となってしまったが。

 先ほど案内をしてくれた顔面蒼白の魔人族の話によると、襲撃は彼らが苦手とする昼間に行われたそうだ。テントを張ったのは外敵が活発的になる夜を越すためではなく、森を闇雲に歩くのは危険だからと建てたに過ぎないが、まさか本当に一夜を明かすこともなく使われなくなるとは誰も思わなかっただろう。

 それはまさに死を呼ぶ血風であったという。

 大の男たちが、森を歩くため軽装とはいえ鎧っていた軍人が、いとも容易く成す術もなく壊されていく姿を見て、悲鳴すら出なかった。

 腕を振るえば兜ごと頭が飛び、足を振るえば胴が斬り裂かれ臓腑が飛び出る。細い身体から信じられない程の怪力と瞬発力を有して虐殺を行った。

 男は必死に、なんとか街まで逃げ遂せたが、仲間たちは誰一人として生き延びれなかった。

 今や遺体すらない。間違いなく吸血鬼たちが餌として持ち帰ったのだ。

 テントの外からその悲惨さが伺えた。

 地面には何かを引きずった跡に、血痕が森へと続いているのがわかる。


 ――……罠か?


 森の方、暗がりの中で揺れる枝が手招きしているようにも見えた。

 知性が低いと見くびるのは危険だ。

 単に何も考えずに引きずり回している可能性も勿論あるが、断定はしない方がいい。

 現に討伐隊が前例に無い身体能力に成す術もなく敗北し殺されたのだから。何か知らない秘密、カラクリがあるやもしれない。


 ――独りで来たのは間違いだったかかも……


 他に選択の余地はなかったし、また兵を向かわせ被害を増やすのを避けたかった。何よりも曖昧な直感が、騎士たちだけでは対処できないと思ったからこそ、颯汰は直接赴いた。


「山狩りで被害が増えるならいっそ火を……いや倫理的にダメか」


 危険な思想が過る中、案内以外の部下である鬼人族の三人の内二人が声をあげず、ただ目を剥いて颯汰の下へ静かに駆け寄って来た。


「閣下、いました……!」


 それが何を意味するかは誰にでもわかる。


「何人です?」


「単体です。真っ白い服に返り血が付いてます。女です」


「なるほど。もう一人は引き続きテントで休んでる人への警護を。敵がどう動くかわかりませんが、各個撃破で行きましょう。罠の警戒も怠らずに」


「「はっ……!」」


 三人は森の怪物へ挑みに駆けて行ったのを、案内を務めた元精鋭の男が休むテントの前に立った残りの一人が見送る。敵の脅威から考えるととても頼りないが、別段彼も死ぬ覚悟をしているわけでも敵を見くびっている訳でもない。


 ――敵はこの惨状から確かに危険な存在だが、それ以上に危険な怪物がこちら側にいる。負ける道理はないでしょう


 そんな事を思いながら、軍刀をいつでも抜けるように手を置きながら、周囲を改めて観察する。

 角度によっては小川の前に焚火の跡が残る長閑のどかなキャンプ場で、別の角度から見ると、引き裂かれた生地にどす黒い赤がこびり付いている。血痕だけで酸鼻たる地獄であったと想像するにかたくない。


「…………ん?」


 違和感。

 体躯は二ムートを超える巨躯を持つ鬼人の男が赤みがかった髪を掻き上げ、手が止まる。何かに気づいて持ち場から僅かに離れようとした時、


「ッ……!」


 地面に物が落ちる音。腰に帯びた軍刀の鞘と柄を握る力が強くなる。慎重な足取りで最初に踏み込んだ場所と逆方向へと向かった。

 確かここから……、そう呟いて一つのテントの真後ろに着いた。テントの作りは簡素だ。三角屋根でそこら辺の木の棒を支えにして、布やなめした毛皮を敷いたりしていた。表は開いたままであり、回り込めば中が見える。

 音がしたのはこのテントの中。

 気にしすぎではなく、確かに音がした。

 緩慢な動きで、正面へ移動する。

 生き残りが他にいたという報告は無い。

 単に、物が倒れただけかもしれない。

 もしかしたら、何かが、いるかも、しれない。


「………………」


 ごくりと喉を鳴らし、生唾を呑む。

 引き攣った顔のまま、鞘から軍刀を抜き、正面へ躍り出ては武器を構えた。


「…………なんだ」


 軍刀を鞘に納め、テントの縁を掴み、中を覗き込んだ。そこには、敷いたものに痛々しい血塗られた両手で必死に掴もうとした痕が残っていたが、誰もいなかった。他にある物と言えば、転がっていた木製の杯であった。風で転がって柱にぶつかった音、だろうか。そんなように聞こえなかったが、それ以外に説明できない。

 少々過敏になり過ぎたか安堵の息を吐き、入った時の動作を逆再生するように、前のめりで覗き込んだテントから後ろに下がって出た。

 直後、息が詰まる。

 全身に駆け巡るような悪寒がした。

 何かが、背後にいる(、、、、、)

 ぞわりと背筋が凍り付く。

 瞬間的に滝のような汗を流しながらも、振り向きたくないという欲に打ち勝ち、振り向きざまに男は軍刀を抜いた――



(貧民区のお話をカットし急遽内容を変更しました)

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