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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
195/422

10 鍛冶師の夢

 第八騎士団兵舎に備え付けられた応接室にて。

 気怠そうに見上げる少女とまるで保護者のような男が睨み合う。

「あ、あのー……」と颯汰が声を掛けたと同時に運悪く、火蓋が切って落とされた。


「だいたい御嬢ちゃんは良い作品作れるようになったけど、もうちょっと周りへの配慮と常識をね――」

「お前に常識をどーのこーの言われる筋合いはねえ」


 腕を組み鼻を鳴らす少女。顎をあげるも、その声の抑揚の無さ、目つきは然程鋭くはないためか迫力は欠けるが当人は全く気付かず、逆に大人の男の方が大声で叫ぶ始末である。


「だいたいなんだあのデザイン――」

「は? めっちゃ可愛いんですけどぉ?――」

「装飾品じゃねえんだぞ――」


 カールが見下ろす少女の前で屈み、言い合いはなおも続いている。

 鼻と鼻がぶつかるのではないかという程に距離が近い。ナフラのローテンションぶりとカールのリアクションの激しさも相まって、ふざけ合っているようにも見えるし、わりと両者の瞳に込められた感情――圧とも呼べる力が、本気なのではないかとも思わせる。


「だから――」「そんなもの――」

「違うわ――」「何をぉ――」


「……、…………(……もう、帰ろっかな)」


 颯汰は黙って退室しようかなと考えていた。他人同士の口喧嘩など見て享楽を覚えるような悪趣味を持ち合わせているものはこの場にいない。

 謝罪についてはまた後の日にでも。紅蓮の魔王に渡された鉱石を置いてこの場から立ち去るのが無難なのでは、と逃げる理由を探し出せた。


「貴女ね……! この前も自称王子様のパイモンちゃんにあんな非道い事言って! 大人げないわね!」


「ぐっ……、あれはクソガキの方が先だ」


 パイモンをクソガキ呼ばわりした経緯が僅かに見えて来たが、そこを掘り下げてもどうしようもないので颯汰は別に追及しない。

 視線から外れてる内にそっと立ち上がり左隣を向く。颯汰がダメそうだと目を瞑って首を横に振ると、意図を理解した紅蓮が肯き立ち上がる。


「――……昔はあんなに可愛くて言葉遣いも綺麗だったのに、どうしてこうなっちゃったのかしら。パパンのせい?」


 彼女がこのような性格になったのは偉大なる先代の影響が大きく起因する。

 その意志を引き継いだナフラは軍団を束ねるだけあって素晴らしい“作品”を世に出し続けている天才である。鍛冶師として作り上げるのは武具だけではなく、彼女が作る装飾品や工芸品は――手先が器用なエルフのそれに劣らない所か、その上をいくまさに一級品であった。

 作り上げる物と自身の腕前にプライドを持つがそれを鼻にかけて驕っている訳ではないのだ。


「……昔の話なんてすんじゃねえ。それとも何か? 年取って物思いにふけるようになったか? ボケ老人か? あと親父をパパなんて呼ぶな殺すぞ」


「お肌も年齢もまだピッチピチよん!」


 後半の部分はスルーし、カールは返答の後に自分のハリのある頬を二度叩いて音を響かせる。それを見てナフラは鼻を鳴らしてそっぽ向いた。

 キィーっと歯軋りめいた声をあげて悔しがるカール。ハンカチがあったらきっと咥えて引き伸ばしそうだなと思いながら、扉へ向かう。

 さすがに二人とも気付き颯汰たちの方を向く。

 冷静になったところであるが、紅蓮の魔王がここに連れて来た用事は済んだ。


「あの、すいませんがそろそろ俺たちは帰ります。その、あの時使わせて貰った槍のお礼というか、使い潰しちゃったお詫びと申しますか――」


 紅蓮から受け取った革袋をテーブルに置く。

 数瞬、要領を得ない顔をした第八騎士団の二人だったが、気づいて口にする。


「あの突撃槍ランスか」


「あぁ! あれねー。ウチの子たちから聞いてたわ。良いデータも取れたみたいだし。ありがとね、魔王ちゃん」 


「倉庫の肥やしになるくらいなら使って貰った方が嬉しいからなそれよりお前、あの槍を使って大丈夫か?」


「……? 大丈夫って、何がです?」


 藪から棒に身体を心配されると途端に不安になる。訳を聞きたいと颯汰は問うと、ナフラが答えてくれた。


「……造った俺が言うのも恥ずかしい話だが、あれは欠陥品でな。普通の人間があれを使って飛ばすと、すぐに身体ん中の魔力が尽きちまう」


気恥ずかしそうに頬を掻くが、わりとかなり致命的な問題である。


 ――この世界の住人は体内魔力が尽きると身体が上手く機能しなくなるんだよな? 俺は転移してきたから違うはずだけど


 颯汰は魔力を奪ったり受け取った時の光景を思い出していた。目眩いを覚えたり、ただ立ち続ける事すら困難に思える様子であった。内臓の機能不全までは観察していないが、何かしらの影響はあるかもしれない。

 では自分の時はどうだっただろうか。


 ――正直、あの時は戦う事に集中していたせいか、そんなもの感じる余裕がなかった……


「無尽の魔力を持つ“魔王”が使う分には問題ないでしょう――」


 いや魔王じゃねーし無尽じゃねーし、という颯汰の視線を全力で無視して続けた。


「――それより、すごいですね。よくそんな武装を作り上げたものです」


 邪気の塊がよくもと、と思いつつ颯汰も興味があった。使用者の魔力を糧にするところが特に。


「別にすごかねぇよ。単に模倣パクっただけだ。迅雷の魔王が西の商人どもから買い付けた“じゅうだん”ってやつを飛ばす槍。第四騎士団の連中に渡されたアレの複製を依頼されててな。……結局ガワの再現は出来ても肝心の“だんやく”の方が造れなかったんだが……」


「撃ち出す弾のコストが馬鹿にならなくてね。あの子たち足元みて商売してくるのよ、憎たらしいわ~。それで御嬢ちゃんが『使用者の魔力を変換し、魔法を弾のように撃ち出せるようにしたら良いんじゃない?』って思いついたまでは良かったんだけど。……ただ肝心要の“ルーンジェム”が無いから、本人の魔力だけでとりあえず使えるものをってみんなで色々作った結果、あんな悪ふざけみたいなのが出来上がっちゃったの。迅雷の魔王には大ウケだったんだけど、現場ではやっぱり使い物にならないって当然の反応をされたのよね」


「一度飛べばそれで使えなくなる点から実用性が欠けるって廃案になったもんよ」


「何故二人とも得意げな顔を……」


 迅雷が失言で彼女を殺さなかったのは単に気紛れなのではなく、銃口付突撃槍イグナイト・ランスを解析し、複製させるだけの技術を――銃が未だ普及していない世界で量産できるだけの才能を見抜いた……のだろうか。少し道はれていたが、銃弾を撃てるようになれば間違いなく戦争は変わっていく。

 颯汰が期待していたのはとある武具が生成できるかどうかであったが、さすがに望みすぎだろう。それは失われた技術の集大成であり、勿論何かしら特別な素材が必要なのだろうから――。


 ――それより、『西』か。まさかここで有益な情報が聞けるとは……


 彼らが得意げに話している内容を耳に入れつつ、もっとも興味関心を得たのは、銃を売った商人の存在。当人は記憶が消えていると言い張っていたが、どうやら周りには話していたようだ。

 であれば、長居をしている余裕はない。ルーンジェムとやらも彼らの作った武器の話も気になるところだが、彼らも仕事があるし退散すべきだろう。そんな本音を隠しながら颯汰は一言述べて革袋を差し出した。


「まぁともかく、これ差し上げます」


 紅蓮の魔王から渡されたものだが、彼の行っている迷惑行為に比べればこれくらい貰ってもいいだろうと颯汰はそのまま彼女たちに渡す。

 綺麗な鉱石ではあるが価値はよく知らない。加工していないが宝珠なんて大層な代物になるのだからそれなりに価値はあるに違いない。むしろ鉱石のまま渡した方が彼らも自由に使えるだろう。


「じゃあ、すいませんが魔獣と鉄蜘蛛の件、よろしくお願いします」


「あぁ、任された」


「さっきも言ったけど、やばくなったらすぐ応援頼むからねん。よろしくぅ~。……ンンマァッ」


唇に付けた右手で飛ばす。飛来する接吻ベーゼ。ハートの形に見えるのは疲れているからに違いない。


「――ッ……!」


 失礼な話であるのだが、幻影であると理解していても身体が反射的に危機を察知した。意識せずとも勝手に動き出す。いつもベルトに結んで吊るしてある短刀の抜き、桃色のそれを真っ二つに斬り裂いてみせた。


「や~ん、照屋さんね」


 当人のカールお兄さんは全く気にしていない。

 颯汰は深々と神父は軽く頭を下げ、部屋から出て行く。

 バタンと扉が閉まる音。しばしの沈黙が応接室を満たす。


「……良い奴だったな」


 ナフラの呟きにカールは鷹揚に肯いた。


「うんうん。支配者や権力者がみんなあんな謙虚な子だったら楽なんだけどねー。……ところで何を置いてくれたのかしら。見た感じお金、って訳じゃなさそうだけど」


 視線の先には革袋。食料や硬貨、交易硬貨の類いではなさそうだ。


「開けてみるか。どれど……――」


口紐を解き中を覗いたナフラが止まる。頭上に疑問符を浮かばせながらカールも中を覗き込んだ。


「どうしたの御嬢ちゃ――ってうぇえええッ!?」


素っ頓狂な声を出すカールに、普段のナフラなら罵詈雑言を浴びせていたが、此度は違う。

 彼女も驚いてそれどころではなかったのだ。

 紐から手を離し、中身を出す。取り出すというよりも袋の方を下ろし、中の物体を露出させた。

 部屋の小さな窓から差し込む光が一気に強くなったように思えた。正体は陽光を受けて、その物体――鉱物が煌めいたのだ。乱反射する光が、小さな世界に彩りを与え、変えていく。

 その正体を知っている。

 その道に携わる全ての人間が夢見て止まない――否、“夢”そのものである鉱物。


「…………見るのは初めてだが間違いない。この輝き! 七色の光沢!――ルーン……! これを加工すれば宝珠(ルーン・ジェム)が出来上がる……!」


 件の物質。必要なピースがこんなタイミングで揃うとは彼女らは思ってもみなかった。

 それはとある武具――颯汰が作って貰いたいと口にはせず、心の中で願ったものに必要不可欠な材料である。


「なんて置き土産なの! ヴェルミよりも鉱石とれるはずのアンバードですら採掘されたことのない物なのに! え、どう、どうするの?」


「お、落ち着け。どのみちここで使えるような炉は破壊されたからもう無い。命令通り、南下して……」

「南下して……?」


 カールが期待八割、不安二割の目で第八騎士団長の少女を見やる。

 沈黙するナフラを見て、ごくりと唾を呑む音がいやに大きく聞こえた。

 ナフラが迷った末に、重い決断をする。


「…………“霊器”、作ってみるか」


「ヒャッフゥウウウ!!」


 クリスマスにて期待通りのプレゼントを貰えた子供並みの大喜びで跳ねるカール。

 それほどまでに待ち焦がれた――霊器を自分たちの手で作り上げるという“夢”が目の前に。


「大昔に大規模な戦争があってから、作る事自体もタブー視されてはいたが、やっぱ鍛冶に身を置く者として、一度は作ってみたい……!」


 今の時代に生きる人間が用いる霊器は代々引き継がれた物を除き、遺跡や霊廟など発見される古の時代の遺物である。マルテ王国のドミニク伯が持っていた二つの霊器も王から賜ったもの。もし自由に生産できていたらとっくの前に版図を拡大すべく、ヴェルミもアンバード共に征服しに動いていただろう。

 遥か過去の大戦により、霊器の存在は幻の道具であり、作る事自体を禁忌と定めた国や宗教まであった。今はその法を適用しているところの方が少ないが、「精霊が姿を消した事=世界のマナが減少」なのではと特にエルフたちは使用を忌避し、鍛冶の道を行く者は“戒め”として伝えられていた。伝えられていたのだが――。


「わっかるわぁあ! 伝説が目の前にあってお座りなんてできないわよ!」


「……檻の刻印を刻まなきゃいいだろ。入るのも出るのも精霊の自由を尊重している」


「そうね! それに魔王ちゃんが置いていったのも作らせたいからに決まっているわ!」


「そうだな。あいつ超良い奴だからな……!」


 先ほどまでとは違って、やや興奮気味になるナフラ。様子がおかしいカールたちは、王都から発つためにすぐさま兵舎から飛び出し、颯汰へお礼の手紙と品を用意しては、たまたま近くに通りかかった鬼人の狂信者に渡して出発した。近くにいた幼き王子などもはや眼中にない。

 意気揚々に馬車の乗り込み進む姿は、事情を知らぬものたちにとって勇猛と狂気のどちらなのか見定める事がかなわなかったという。


「なんだかまた兵舎の中が騒がしく……。またあの二人、喧嘩?」


「さぁな。あるいは歓喜の舞かもしれんぞ」


「?」

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