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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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 第八騎士団の兵舎の応接室。

 そこの扉が再び開かれた。

 副団長のカールが「早っ」と思わず呟いてしまうくらいに、見た目は少女か童女の中間のぐらいにしか見えぬ第八騎士団長の女性が、ここへ戻って来るのが早かった。

 開け放たれた扉は先ほどと打って変わって大きな音を響かせる。蝶番からギィっという音が掻き消されるほどである。さらには少女の足運びに、杯を運ぶ際のあざとさは感じられなかった。先ほどよりも明らかに早足でズカズカと進み、小さな水瓶みずがめを抱えてテーブルまでやって来る。少女は持っている水瓶をテーブルに置き、木のさじを持ち上げた。水瓶の中にはまさに飴色と呼ぶに相応しい透明感のある琥珀こはくの如く輝きを有した水飴が入っていた。少女がその中からとろりと粘液状の水飴を匙で掬い上げたと思った途端、


「食え」


 その言葉は確認や同意などはない。有無を言わさず颯汰の口の中へとそれを突っ込んだ。少女の距離の詰め方に圧倒され、驚いて開けていた口の中にじんわりと染み込む甘味が広がっていく。


「!? ふがっ!?」


「美味いか?」


「お、おい()いです」


 立花颯汰は敵意のある攻撃に関しては尋常じゃない反応速度を見せるようになったが、こういった不意討ちには弱いようである。

 悪しき魔王が隣で微笑ましいものを見る笑み浮かべながらも、目を光らせていた。颯汰はそれに気づく余裕はない。何故なら、ずいっと少女の顔が近づいたからだ。匙が口に突っ込まれたままだから眼球しか動かせない。物憂げな垂れ目だが、瞳は吸い込まれそうな引力を有しているように思えるくらい綺麗な黒だからか、年上と意識しているせいか颯汰は妙に緊張してしまっていた。

 果物以外での甘いものは久しいが、深く味わう余裕はなく、ただ相手が満足しそうな答えを反射的に口にした。そうしてる間に、背中へ隠れていたモノが這い出てきた。


「きゅ? きゅうきゅう!」


「なんだ。お前も食べたいか? ……食べて大丈夫なのか?」


 竜種ドラゴンの子供であるシロすけだ。少女はその生物にすら臆する様子も全くなく、語りかける。アンバードだけではなくヴェルミでもあがめられている龍にこういった薄い反応は珍しい。

 少女は咥えさせていた匙を引き抜き、颯汰が答える。


「ん……、ええと、はい。たぶん大丈夫です。シロすけは放っておくと自分で果物を採りにどこかへ飛んで行くくらいには甘いものが好きみたいですし」


 常に一緒と思われがち――実際、ほとんど行動を共にしているが、たまに気が付いた時にふらっと居なくなってどこかへ行っている時がある。そしてだいたいどこかで採った果実を持って戻って来て、颯汰と分け合うのである。それにシロすけは肉でも野菜でも何でも食べるし、アレルギーらしき反応も今までなかったと颯汰は深く考えずに許諾した。


「…………独特なセンスだな」


「?」


 白い龍の子供の行動よりも、別の点が気になって少女はつい呟いてしまう。だが言われた目の前の当人は何の事かわかっていない様子。

 少女は少し目線を離し溜息を吐く。そして引き抜いていた匙を再びかめの中へ入れて水飴を掬い、


「まぁいい。食べろ」


匙で掬った水飴を、颯汰の左肩へ移ったシロすけへ向けて運ぶ。興味津々の小さな龍は、颯汰に視線を向ける。大丈夫だという意味で無言で肯くのを見て、恐る恐る匙へと近づき、ちょろっと舌で舐め取った。 

 どろっとした液体を口の中で転がすと果物とはまた違った甘さが広がっていく。

 どうやら気に入ったようで、歓喜の声を上げ、さらに顔を近づけ舐め取り始めた。


「……まさか生きている内に龍と出会い、しかも水飴を与える日が来ようとはな」


 中々体験できるような事ではない――それどころか史上初かもしれない。歴史書に残るような珍事ではないが、少なくとも彼女にとっては思い出となるに違いない。ペロリと平らげたシロすけは鳴く。もっと寄越せとせがんでいるのだろう。少女は小さく笑い、再び水飴を匙で掬って運んだ。颯汰は龍の子供の図々しさに呆れつつ、少女に詫び言を述べた。気にするなと自然に笑う少女。つられるように颯汰は少し困ったように笑みを浮かべていた。

 そんな妙に和んだ空気が流れているところに水を差すのは悪いと思いつつ、副団長であるカールは手を二拍叩いて切り替えさせる。


「はいはーい! 談笑もいいけれども、お仕事もきちんと済ませないといけないわよん」


 そうだった、と少女――第八騎士団長は拳を握り、口元へ運んで咳払いをする。少し恥ずかしそうに頬が赤くなっていたがそれをあえて指摘するものは誰一人としていない。

 騎士団長はテーブルの上の水瓶を横へとずらし――颯汰の前に一枚の紙を置いた。

 そしてカールがインク壺とペンを置く。


「書類? えーどれどれ……『遠征許可書』?」


 眺め始めると少女の方からも説明が入る。これこそが颯汰たちが呼ばれた最大の理由であった。


「一応規則だからな。王都に常駐する守衛騎士や第七騎士団、俺たち第八騎士団、――の団長や副団長クラスの人間が王都から離れる際は、他のところの騎士団長三名以上と王の承認が必要なんだ。だから、あとはお前のサインだけが要る状態だ。そうすれば俺たちもここから発てるって訳だ」


 書類には他の騎士団長の直筆のサインが書かれ、最後の欄だけ何も書かれていなかった。

 王が不在の今、次期国王候補である颯汰にサインを書けと言っている。


「王も何も、まだ形も成していないのに?」


 魔王でもなければ、王ですらない。当人もまだそれらしい事をやったつもりもない。単に周りにもてはやされて、気が付けば王位に最も近い位置にいる。普通の国家ではあり得ない事ではあるが――、


「あのパイモンってクソガキじゃあ王なんて無理だろうし、幾ら血縁を証明しようと『力』が無い人間がアンバードにおいて上に立つ事は許されない。その点、お前は違う。騎士が束になって敵わなかった迅雷の魔王を討った。充分過ぎる証明となる。……それに、俺がお前を認めている」


 天を貫き、地を砕く魔光の柱――。

 大地に流れる魔力と人々の魂、深い憎悪を集めて生まれた破壊の光は、くらく、まばゆく、あやしかった。

 胸の奥に訴えかけるのは、世界の終焉を予期させるだけではない。中には狂おしい感情の発露、衝動が駆け抜けた者もいた。

 あの情景を見て、多くの者が力を認めている。

 無論、人族ウィリアの王など認められぬと言う者たちもいるが、表立って反対と口にする者がいないのは、魔王を討ったという事実に恐れているのもあろう。鉄蜘蛛という忌まわしい外敵もあって、王のサインをただの候補者である颯汰がする事に、影でこそこそ言う輩はいたが、直接苦言を呈する者はいなかった。

 呪いの黒泥を操る黒幕に、鉄蜘蛛と問題が山積みである中、もはや自分が王ではないからと拒むのも時間の無駄であると断じた颯汰は、少しの間の後にさらりとペンを走らせる。

“第八騎士団長ナフラ”……がこの少女の名だろう。そして“副団長カール”……までは読めるが途中から文字が何重も線で塗り潰され、“副団長ジュディ”と書き殴られていた。公的文書の類いによくやるなぁと半ば感心半ば呆れながら颯汰はペンを置いた。


「書き終えたか」


「はい。それじゃあすいませんが、よろしくお願いします」


 颯汰はナフラたちに頭を下げる。

 労いの言葉ぐらいしか今は贈る事ができない。

 光の柱で怨敵を消滅させるまでは良かったが、辺りの地形を大きく歪め、その影響か対話が不能の亜人や凶暴な魔物が活発化――証拠はないが、もしかしたら『鉄蜘蛛』が起き上がった要因に自分が関っているのでは、と思うと心苦しいし後ろめたさが湧いてくるものだ。おそらくは偶然だろうが、気にするなと割り切れるものでもない。

 相対したからこそ『鉄蜘蛛』の脅威がわかるし、野生の魔物だって充分危険なのだ。

 深々と頭を下げて上げると、ナフラの顔が至近距離にあった。変な詰め方に颯汰が慄き、顔を離そうと仰け反っていると、ナフラは神妙な顔つきで呟く。


「……お前、本当に“魔王”か?」


「え」


 違うけど、と真実を話しても別段構わない。ただし数秒後には辺り一帯が紅蓮の業火により、焦土と成り果ててしまうが。

 己で全てを従える“力”を有しているくせに、紅蓮の魔王はそれを忌避したうえで、颯汰を王に仕立て上げようとしている。過去の失敗からだと無感情に笑い飛ばしていたが、颯汰にも彼が一体何を考えて行動しているのか推し量れない。……傍からは力を持つ者の成すべき責務から背き、神父の姿で人生をエンジョイし始めてるようにしか見えないが。

 彼が魔王であるという事実は紅蓮本人はすんなりと他人へ教えるくせに、一部の人間には口止めをしていた。その一人が颯汰である。

 しかしこの子供店長、やはりただのお子様ではないようだ。戦う力はあるように見えないが、騎士たちを束ねるだけあって鋭い観察眼を有しているのか――、


「あの廃棄物野郎(迅雷の魔王)と同じ“魔王”とはとても思えん」

「アレと同じカテゴライズはちょっと……」


 単に比較対象がクズってだけでした。

 思わず颯汰も間髪入れずに拒絶してしまった。

 欲に溺れて堕ちに堕ちた者に比べれば、大抵の者は善人か聖人に区分される。魔王といえば邪悪の権化という話は昔から言い伝えられていて、その迅雷は絵に描いたような醜悪な王であり、他に比較する相手がいなければ皆があのような者であると思い違いをしても仕方がない。


「なるほど。ナフラ殿は我らの王の良さを早くも見抜いたようですね」


 神父が誰かのように、恥ずかし気もなく褒めたたえるものだから颯汰は嫌な顔をして睨み始めた。しかし、ナフラは肯きながらこう答える。


「ああ。此度の王は期待できそうだ。どうせ瓦礫の中に埋もれて見つからんだろうし、王冠の準備も早めにしないとな。――その前に一仕事片付けてくる」


「では陛下。これより第八騎士団長ナフラ、並びに副団長のジュディは王命により、速やかに南部へと行軍致します。……キツかったら援軍をバンバン要請しちゃうからそのつもりでねん。他の騎士団はメンツとかどうのこうの文句垂れるでしょうけど生憎あいにく、第八にはそんなものないから。できれば魔王ちゃんが出っ張ってくれると超助かるんだけど――」


 凛々しいトーンがすぐに剥がれる。

 王都を手薄にはできず、鉄蜘蛛がどれくらいいるのかすら正確に把握できていない。もし、必要であれば自身も動く必要があると思っていたため颯汰はカールの言葉に肯いていた。

 だが団長のナフラは彼の言葉を途中で遮る。


「――おいカール」


「……何よ」


「あまり失礼な口を叩くな」


「御嬢ちゃんがそれ言う!? 貴女、あの迅雷の魔王に対してもそんなぶっきら棒な口調だから、どんだけみんなが胆を冷やしたか……!」


「過ぎた事だ」


「今もよー!? 自覚してちょうだい!」


 最初は彼女が不遜な態度を取るのは見た目が幼い自分を舐められぬため、または颯汰を王と認めたくないからだと思っていたが、どうやらナフラは元よりこういった人間らしい。あまり褒められたものではないが、相手によって態度をコロコロ変えるよりはさっぱりとして気持ちがいい……かもしれない。

 だからこその疑問がある。副団長カールの言葉通りならばあの“迅雷の魔王”に対しても同じ態度で接したという点だ。

 女好きではあるが逆らう者と生意気な者に対し女子供とて容赦ないあの魔王がナフラを生かした理由――。それだけ鍛冶の腕前が比類ないレベルなのかもしれない、と颯汰は予想した。


 ――あの先が飛ぶ槍は霊器ではなかったのに、使用者の“魔力”を使って推進力を得ていた。この人が主体となって作ったものなら、もしかすると……


 颯汰はひとつの願いを抱く。

 だがそんな図々しすぎる頼みを、この男の性根から中々口に出せない。……忙しくなくなった頃でいいか、と言葉にしないで胸に閉まっておく。


「――……あっ」


 しまい込もうとした時に颯汰はふと思い出す。その槍――魔改造式突撃槍を三本も使い潰したのである。額を押さえながら息を吐いた。己が悪いとわかり切っていても、いざ謝罪をするとなるとそこ(、、)に踏み込むために多少の勇気が必要となる。

 言い合いの喧嘩――と呼ぶには少しじゃれて合っているようにも見える二人に、勇気を出して声をかけた。

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