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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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08 鍛冶師の娘

「我ら第八騎士団は南部へ赴き、現地の警備隊と合流し、跋扈する魔物の掃討を開始する! 既に先遣隊として半数は王都を発ち、一先ずは指示に従い建設中の新都を目指し行軍中! マルテ騎士軍、魔王殿と鬼人の軍勢が交戦した地にて『鉄蜘蛛』の残骸を回収し、それを武具の素材として利用し魔物と『鉄蜘蛛』へ備えよ! ……という感じでここは人ももう出払ってだいぶ静かになったから、気にせずくつろいでくれていいわ」


 静まった廊下へ響き渡るほど、強く凛々しい声音が途中で様変わりする。胸に握り拳を当てて雄々しかった男は一瞬の幻だったのかもしれない。

 そんな男に案内された部屋のは客人の対応をする応接室であった。


「あの頃に生まれていた子たちみんな、鉄蜘蛛の事を忘れてないからね……。神父ちゃんがあれを持ってきてくれなきゃ他の騎士の子たちも重い腰を上げなかったでしょう。本当ならもっと、出来る限りの準備は整えて行きたかったんだけど、復活も近いならそうも言ってられないじゃない?」


 副団長の男がそう呟く。

 紅蓮の魔王の計画プランでは、軍隊の派遣は最小限――今差し向けているものより規模は小さく、ある一人の男に武器を握らせるつもりであったが、会議の末にアンバード側の人々の判断に同意した。

 強大な力を得たことにより、人の心を失ってるに等しい“魔王”だからか、彼らの鉄蜘蛛に対する『恐怖』を見誤っていたのだ。


 ――そちらに人材を割く分、王都の復興は遅れるが……損失を減らすに限るな


 敬虔な神父の顔の裏ではそのような事を考えていた。

 応接室はさほど広くない。ただ、落ち着ける様子はないのは別の要因がある。

 部屋の端にでかでかと鎮座して存在感を放つのは金属の部品。それこそ颯汰たちが討った『鉄蜘蛛』の一機の残骸であった。神父服の紅蓮の魔王が回収し、第八騎士団に渡したものである。

 さらに席の前に置かれるのはもてなしの茶などではない。無骨な凶器、命を奪うための得物だ。


「まぁこれはまだまだ試作の試作、鉄蜘蛛ちゃんの超堅い装甲を、鉄蜘蛛ちゃんという素材由来の武器で斬り裂くっていう。案は魔王ちゃんが教えてくれた事よね。その通りにまずは形から作って見たのよ」


 また身に覚えのない話だ、と颯汰を横目で見ると、神父服を着た真なる魔王は何故かしたり顔をしていた。殴りたいこの大人。

 諦めの溜息を吐いた後、視線を部屋の中央のテーブルの上へと戻す。白銀一色のその武器は長柄であり、先に斧と突起が付けられていた。


「ハルバード、ってやつか」


 颯汰は第三騎士団の騎馬隊が持っていたのを思い出して呟く。

 案内をしてくれた副団長が徐にその武器を持ち上げ、慣れた手つきで振り回し始める。


「そうそう。私、棒の扱いも得意なのよん」


そう言うと副団長はぐるぐると曲芸のように、舞うように回した武器で、


「あっそーれッ☆」


一気に叩きつける。鉄蜘蛛の装甲板に目掛けてハルバードを振った。

 客人たちの目が僅かに見開く。

 堅牢なる装甲に、抉り潰すような斬撃の痕がくっきりと残っていた。

 颯汰が感嘆の声を漏らす。


「おー……!」


「あら危ない。危うく床まで達しちゃうところだったわ~」


「……でも、何故ハルバードなんです? 扱いづらそうだし、使いこなすには相当な修練が必要なのでは?」


 基本は槍と剣を武装した者が多い中、癖の強い武器を十全に使いこなすにはそれなりの修練が必要で、この武器である意図は――、

 

「本当は斧とかですっぱり斬り裂くのがいいんだけどぉ、不用意に近づくのが厳しいらしいし、もし槍で突き刺したまま抜けなくなると超大変じゃない? それで一旦この形にしたのよ」


「なるほど……。確かにそうですね」


 鉄蜘蛛の幼体ですら堅い装甲で、通常の武装では傷つかない。それを斬り裂く武器を作ったとしても、殺意に満ちた機動兵器に容易に近づくのは厳しい。出来るだけリーチが長い方が良いし、さらに先が重ければ破壊力は増す。剣で死角に潜り込むにもかなりの技量が要するし、高速で移動できないならばこの形の方が良さそうだ。

 

「複数人で囲み、再生される前に脚に尾のレーザー、口部の発射口を潰せば倒せますね」


 敵を無力化して、弱点を確実に潰すのが勝利の近道である。

 そんな颯汰の何気ない一言に副団長は驚いて口を押さえた。


「やだこの子。すごい気軽に言ってくれるじゃない。さすが魔王ちゃんだけあるわねん」


 ウィンクと同時にハートが飛んでくる。そんな幻影を颯汰は首を動かしてかわす。


「そういうつもりじゃ……。中を掻っ捌いてコアを破壊するまでおそらく止まりませんから、囲んでボコるがたぶん正解なんだと思っただけです。……相手が一機だけなら有効でしょう」


 通常の生物とは異なる機械であるため、血を流して自然に死ぬわけではない。内部を破壊しなければ機能は停止しない。規格外の者たちであれば鉄蜘蛛のレーザーや粘着弾を回避しながら立ち回れるが、全ての人間がそのように出来るはずがない。


「既に複数本を完成させたのですか?」


 神父が問うと、副団長は手を横に振る。


「ノンノン。二本作るので精一杯よ~。それもまだ試作段階。御嬢ちゃんはまだ気に入ってないらしいし、やっぱり現地で部品集めて作るを繰り返して完璧になるまでやるしかないわね~。中の核の位置が同じであれば、そこをどう効果的に突くのかも練らないといけないし」


「……そうですか。苦労を掛けますね」


「いいのいいの! 魔王ちゃんと神父ちゃんの頼みだもの! あたしたちにたーんと任せてね☆」


 ウィンクと共にこぼれる星の幻影を神父が手で振り払った時である。

 扉が開かれる音がした。どんなに騒いでいたとしても不意に誰かが部屋にやって来るとなると視線はそちらに向かうものである。

 一人の少女が廊下からやって来たようだ。

 その手にはトレイ、飲料が入った金属製の杯を運んできてくれたようだが、歩みが少しぎこちない。少女、あるいは童女にとっては少しばかり重いのだろうか。


「し、失礼しま~す……」


 千鳥足とまでいかぬが、ゆらりゆらり杯の中の飲料が波打つ。


「あら……」


 副団長が思わず声をあげたが、咳払いをして視線を泳がした。


「ど、どうぞ」


 格好からしてメイドの類いではなさそうだが、この兵舎に関わりはありそうだ。肩紐で吊った革の作業着に三角巾を被った黒髪の少女が応接室のテーブルに杯を置いた。まじまじと偽りの魔王を見つめていた。時間としてはそこまで長くはなかったが、その視線を受けた立花颯汰は少し小さく唸ると、意を決して思った事を口にし始める。


「………………あなた(、、、)がここの騎士団長なんです?」


 立花少年は己と同等か、(自分が住んでいた元の世界の基準にて)それより一つか二つばかり年下の少女にそんな事を言い始めた。

 副団長の男は眉を上げ、神父は小さく微笑む。

 そして、少女は――


「…………どうして、気付いた? ラウ、……エリゴスにでも聞いたのか?」


 格好こそ変わらないが、先ほどまでの幼さゆえの可憐さを取り払う、低くドスの効いた声……を出そうとしているのだろう。いや、確かに迫力はあるといえばある。相手に舐められぬよう、そう言った虚勢を張る人間はどこにでもいる。加えて速攻で看破された事の照れ隠しもあるのだろう。少しばつが悪そうに目線を外し、頬が紅潮させていた。


「いえ。女性としか聞いていません」


 気の難しい職人気質の、という部分は外す。


「? ……手のマメは革の手袋(これ)で隠れてるし、バレる要素あったか?」


 きょろきょろと自分の身体を観察し始めて言う。堅苦しい軍服でもないし、普段作業に使う道具は置いてきている。会合でも代わりに副団長に出席させていた。どこぞの騎士が漏らしたのだろうか。副団長の方を睨むが、彼は首を横に振る。心底不思議そうな顔をする少女に、颯汰は答えた。


「いやだって、そんなガッチガチの作業着のオーバーオールだし……」


 金属を叩く際に飛び散る火花から身を守るため、上着は長袖であった。季節が移り変わり増えていく薄着から逆行するスタイルに違和感を覚える。

 極端な寒がり、他に着るものがない、第八騎士団で預かっている孤児などの可能性もあるが、少なくとも颯汰の耳にはそのような話は入ってきていなかった。


「それにお姉さん、緊張はしてたケド、それは『自分の正体がバレないかどうか』って点で全く俺たちを恐がってるないじゃないですか。……大体のヒトは初見だと物っ凄く警戒したり、ちょっと悲鳴上げたりするし」


 颯汰は思い出しながら口にする。街を歩いていた時は完全に正体を隠しきれていた(と思い込んでいる)が、直った店や建物の中、貴族の屋敷に入る際に当然、外套を外す必要があった。マナー云々以前に全身を隠した人間が室内に入れば誰だって警戒してしまう。ましてや都中が危機にさらされたばかりで、混乱に乗じて盗みや暴力を働く輩も残念ながら少なからずいたのだ。その為、仕方なく正体を現すと、常人はまぁ怯える怯える。


「以前は子供に泣かれてましたしね」


「傷を抉るの、止めてくれません!?」


 神父が提示した事実に颯汰は吠えるように返す。さすがに見知らぬ子供たちにギャン泣きされた時は少しばかり、いやかなり落ち込んだが、当然の反応と言えばそれまでではある。

 あらかじめ訪問を知っていた大人たちですら警戒をしていたというのに、この少女からは恐がっている様子を感じなかった。幼さゆえの無知により、他の騎士団長以上の胆力があるように思えただけという可能性も否定できなかったが、人の視線を気にして生きてきた男にかかれば、視線の意図ぐらいはある程度感じ取れる。敵意はなく、観察されているようだと颯汰は判断し、彼女こそが第八騎士団を束ねる者であると看破した。


「…………おい」


「はい?」


「お前、今俺を“お姉さん”、と呼んだか?」


「(あ、マズっ……)いや、あの、その……」


 童女の目が、細く鋭くなる。

 何か、かなり大型の地雷を踏み当ててしまったのではないかと颯汰の口腔が一気に渇いていく。どう見ても童女。一人称が『俺』の女性は少々痛々しいなと思ったが、実際は違うのでは……、そんな嫌な予感が過ったが――


「カール」


 少女が誰かの名を呼ぶと、


「まッ! カールは止めてって言ってるじゃあない! 私の名前は“ジュディ”だって!」


 副団長――自称ジュディ(本名カール?)という男性がぷりぷりと怒り出した。偽名について触れるのも面倒であるし事の成り行きを見守る方向で行こうと無言で颯汰は決めた。


「……うるせえぞカール。俺がここの棟梁とうりょうなんだ」


「もう! なんて横暴なのかしら全くぅ! ……それで、何かしらん?」


「てめぇ俺の部屋から水飴持って来――。いや待った、俺が持ってくる。お前は客人を全力でもてなしておけ。じゃあな」


 途中から捲し立てるように早口となり、すぐさま部屋から足早に出て行った。圧倒され驚いたままの颯汰たちを余所に彼女は自室へと向かった。バタンと先ほどより優しく扉が閉まったが妙な静けさのせいで余計に大きく響いて聞こえる。

 暫しの沈黙の後、表情を変えずに首だけを動かしカールに問う。


「……なにごとです?」


 その答えを知ってそうな男は“偽りの魔王”たる立花颯汰に向けて称賛の拍手をしながら言う。


「いやーん、すごいわ魔王ちゃん! あの御嬢ちゃんがあんなにご機嫌なの久々に見たわよ!?」


「あれ上機嫌なの!?」


 どうやら、颯汰の頭に過った予感は杞憂であったようだ。だがカールの言葉が信じられない。口はへの字に曲がり、鋭い目線はどこか不機嫌そうなままであった。エリゴスと違った意味で気が強そうで、もし年齢が近かったら彼女と馬が合うか、レディース同士の果てない抗争を繰り広げそうな気がする。友情と敵対の二択しかなさそうな。

 そんなちびっ子ダウナーヤンキーガールの些細な変化に全く気づけないで驚く颯汰に、カールは続けて言う。


「そうよ。あの子、基本的に子供と間違われるから……。年上扱いが余っ程、嬉しかったのね」


「……、あー……、そういう訳ですか」


 カールの口ぶりから彼よりは年下のようだが、颯汰よりは年上である。エリゴスは『年上として敬え』と忠告もあったが、それのお陰で見抜けたとも言えるだろう。


 ――あの人も、もしかしてエルフなのかも……


 普通に考えれば、アンバードにて騎士団長という階級に就く者がエルフであるはずがない。見た目から、彼女の種族は――三角巾で頭が隠れているが獣刃族ベルヴァ竜魔族ドラクルードの二択だろう。だが、脳裏に浮かぶ五年間共に過ごした義姉の姿とダブるせいで、そうとしか思えなくなっていた。

 その過ぎ去っていった幻を颯汰は頭を振って、振り払う。決して忘れたいわけではなく、重ねてしまうのが双方にとって極めて失礼であると自覚しているのだ。

 そんな少し割増しで暗くなった少年と正反対に盛り上がるカールが言う。


「それにしても良く気づけたわね魔王ちゃん。神父ちゃんが『絶対見抜く』って判を押してた通りね~」


「は?」


 何だそれはと視線を隣の座席の男へ移す。


「さすが陛下。よくお気づきになりましたね」


「……あんた知ってたのか」


「ハッハッハッ」


「その聞かれなかったから、みたいなわざとらしい笑いはやめろ」


 作り笑い(ほほえみ)を浮かべた後に無感情の笑い声をあげる魔王。立花颯汰はもはや、口を尖らせて悪態をつくしかなかった。


2020/08/10

最後の台詞部分が修正されてなかったので修正

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