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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
192/422

07 兵舎へ

 廃城からの一本道を下って行く。護衛を紅蓮の魔王が下がらせたので、颯汰と魔王の二人で『第八騎士団寮』へ向かう事となった。

 魔女の手によって持ち出されたふかふかのソファの上で、死んだ魚のように伏し、意識を半ば失いながら呪詛を垂れ流す――怨霊の類いの如くブツブツと呟いているグレアムが若干心配であるが、ログハウス内は人も多いから誰かが彼を慰めてくれるであろうと颯汰たちは出て行った。

 本来は第八騎士団が持つ『工房』へ向かうべきなのだが、そこは黒泥の触手によって崩壊してしまっていた。立花颯汰は、その倒壊した場所から魔改造と呼べるほどに手を加えた試作品の槍を三本も拝借し、使い潰した。そこにいた人間――おそらく第八騎士団員の者だろうが、使い捨てであるとは言ったがさすが思うところはある。何か土産の一つでも用意すべきかと颯汰は魔王たちに相談をした結果、魔王が袋を手渡してくれた。


「これは……?」


 革の袋がずっしりと重みを感じる。紐を解き中を覗くと煌びやかな鉱石が幾つも入っていた。

 濁っているが無色透明で硝子か石英のようでありながら、少し見る角度が変わると七色の光が表面に現れて見えた。


「地方で呼び名は異なるらしいが、宝珠と呼ばれるものだ」


「………………なんか、美味しそうだね」


「飴か? 甘味はもう少しだけ我慢していただこう。非常時ゆえな」


 意外に子供染みた事を言うのだなと紅蓮の魔王にからかわれて、颯汰はうるさいなと返したが、自分でも何故そのように思ったのか不思議で首を傾げていた。

 二人は街に入り、石畳がめくれた道を通っていく。

 前に進む男を追う足取りは少しばかり重い。

 直した家々の他に、再び破壊された建造物が立ち並ぶ。大工が威勢のいい声をあげていた。

 颯汰は外套のフードを深く被り、正体を隠すように努めている。目立つのは苦手で、声をかけられるのが非常に面倒であると颯汰は思ったのだ。

 颯汰は圧政を強いる迅雷の魔王を討ち滅ぼし、さらにその残滓たる黒泥までも破壊した。高貴な身分から生まれた訳ではないが次期国王候補の一人であり有名人となってしまった。ゆえに人目を避けるのは必然であると言えよう。

 最初こそは不安であったが、当人はこれで大丈夫だ、と思い込んでいる。活気立って街を歩く人も増えたからこそ溶け込んでいるのかもしれないが、実際誰一人として声をかけてこないから、少し自信をもっていた。

 実は何度か勝手に抜け出して街を散策したが誰も気にした様子はなかった。己の存在感がないのかはたまた民に余裕がないのか、……ひょっとして隠密行動の才能でもあるのでは、と自惚れ始めている始末である。

 だが、人々は正しく颯汰の存在を認識している。あの外套で顔を隠しているが、紛れもなく子供の姿をしたあの『魔王』だと気づいていた。


 颯汰は布で身体を覆うだけという変装も何もないが、それでも気づかれまいと細心の注意を払っているつもりであった。具体的に言えば手足を隠し、肌を見せない。それだけで種族が何なのかすぐに見抜けやしないと考えた。この国にいる人族ウィリアの数は非常に少ないのだ。

 擁護ようごすると、決して下手くそでお粗末な変装というわけではない。普通ならば街の子供か貧民区に住む盗人の子供のどちらかと考えるはずである。

 では、どこで気付いたのかと言えば簡単だ。


 颯汰の頭の上にちょこんと座る一匹のけもの。

 竜種ドラゴンの子であるシロすけの存在が間違いなく『魔王』だと確信させていた。


 今朝は戻ってきて死人のように再び寝入る颯汰の頭の上にしばらく乗って眠り、起きて朝食を取り、女性陣の遊び相手を務めていた。その後、自分にとっては妹のような存在となったアスタルテの身体を調べるために、魔女グレモリーがエイルと共に陣取った王都内の病院へ赴いた。彼女たちの存在が迷惑なのではないかと思われたが、院内のスタッフ目当てで仮病なのにやって来る馬鹿が減ったのでかえってスムーズに処置できる、と意外にも好意的に受け入れられていた。人間って変なの、とシロすけは見て思う。

 シロすけは自分が龍神様と崇められていると自覚があるので、人目を避ける意味もあって大きく舞い上がった。最高速度で雲を突っ切り、久々に自由気ままに空の散歩を楽しんだ。散歩と呼べぬ速さではあるが、たまにこうして運動をしなければなまってしまうと思ったのやもしれない。

 ふと見た北方の連なる山――エリュトロン山脈よりも遥か高くそびえる霊山をしばらく見つめた後、気配を感じて降下すると、何の用事か紅蓮の魔王が空を飛んでいたので合流した。ご飯をくれるお姉さんと気絶している情けない男も一緒だ。

 その後は何やら少し騒がしかったが、シロすけは相変わらずマイペースで、颯汰の頭に乗っかるのであった。颯汰もそれがあまりに自然すぎて気にしていないし、それが主な原因と気づいていないのである。

 ……では神父姿の男は要因のうちに入らないのかと問われれば、違うと答えざるを得ない。

 魔王の見た目も人族ウィリアのそれと同じ。神父姿もこの街では非常に浮いている。

 加えてこの案内を兼ねて先に歩む紅蓮の魔王が、街で迅雷の魔王と激闘を繰り広げたのは記憶に新しい。多くの者は魔王にトドメを刺した颯汰こそが真の『魔王』で、紅蓮こそは『使い魔』や『従僕』の類いと思い込んでいる。そこに精神操作系の魔法は一切介在していない。純粋に勘違いしている。ゆえに神父が連れている=主である颯汰だという認識されていた。そこは正しい。

 己に対する殺意には非常に敏感に感じ取れる男は何だか妙に視線を感じるような気がするとは思っていたが、先刻のような首筋に感じる鋭い冷たさはないので、考えすぎかと流していた。……もはや民に覚えられているとも知らずに。


「…………」


 民たちは気づいているのに声をかけないのは畏れ多いのもある。騎士の面々が正式に認めていないだけで、二大国を支配下に治めようとしている事実は揺らがない。じきに暗殺者を無力化した話もすぐに拡がるであろう。そうなればますます畏れられる事となる。また、ファラスを筆頭に狂信的な者が彼を崇拝しているゆえの恐怖もある。怖さのベクトルが少し異なるが、それもまた『魔王』の持つ特性とも呼べるのではなかろうか。そう言った意味合いで関わり合いたくないと思っている人も少なからずいるだろう。

 フード越しにひしひしと感じる視線と小さな騒めきも自意識過剰だと流し、重い足を運ぶ。


 ――確か、気難しい職人気質の女だっけ? ……面倒なことにならなきゃいいんだけど……


 そうやって祈っても叶った試しがないが、そう祈らざるを得ない。与えられた情報は少ないが、何だか颯汰は自身の苦手な人物そうだと気が重くなっていた。

 事が人命に関わらなければ、颯汰は避けていただろう。

 鉄蜘蛛や魔物の活性化――魔物や亜人が光の柱が立った建設中の新都目掛けて移動を始めているとの情報はどうやら正しいらしい。

 それらへの対策は、要人や騎士たちが集まった会議にて既に決まっていた。

 まずは今まで通り、南方を警備する騎士団を中心に事にあたる。さらに追加で兵力を送る手筈となっていて、現在はその編成も決まり、数日以内に向かわせる。

 今のところは現地に残した騎士たちでも充分対応できているが、問題はこれから増えるであろう『鉄蜘蛛』の存在だ。幼体ですら通常の武器では傷がつかない硬度であり、並みの兵士では歯が立たない強敵だ。颯汰たちが戦闘した以後、目的情報はないがいつ現れてもおかしくない。

 ヴェルミの学者の検分では幼体が複数体が本格的に活動再開すれば数年の内に『成体』と呼ばれる個体が出現する。かつて英雄たちが討った怪物の復活――厳密に言えば同型機がヴァーミリアル大陸の南のどこかに現れると予見した。討ち漏らした幼体が地の奥深くで成長したのか、または別の要因があるのかも分かっていないが、せめて幼体だけは騎士たちの手だけで倒せるよう、迎撃の準備をしておかなければならない。

 鉄蜘蛛は脅威ではあるが、まだ最大戦力を投入するには早すぎる。

 大陸を荒らし回ったという『成体』の鉄蜘蛛が出現する前に出来る対策を模索する必要もあるが、まずは目の前の魔物とこれから出現するであろう『幼体』をヒトの手で討てるように――復興中の王都を狙う者がいないとも限らないため、どうにか限られた兵力で対処する必要もある。

 その為に必要なの牙を、堅牢なる装甲を貫く牙を造るために第八騎士団の、武具の精製を担う鍛冶師たちの力が必要不可欠であった――。

  

 特に何事もなく第八騎士団の兵舎に辿り着く。街の中心から少し離れているおかげで被害は全くと言っていいほどにない横長で綺麗な二階建ての建物であった。

 鷹の紋章から第八騎士団のもので間違いない。

 何故、武具の開発や様々な道具の研究まで行う集団で“鷹”なのかと一瞬疑問が頭に浮かんだが、どうでもいいかと隅に置いてから門を通る。

 両開きの扉を紅蓮の魔王が開く。遠慮もなくカツカツと入っていく大人の背を追いかけ、被った外套を脱ぎながら兵舎へと入っていった。


「失礼します」


「あ……、失礼しまーす」


 兵舎の中は思った以上にさっぱりとした印象であった。人も出払っているのか妙に静かに感じた。留守なのだろうかと思った数瞬後に撤回する破目となる。


「あら? あらあらあら?」


 声がする左方向に顔を動かす。やって来たのは独りなのに、ビジュアルが非常に騒がしい。


「まぁ、神父ちゃんに魔王ちゃんじゃな~い!」


 長い廊下を内股で駆けて来た。一瞬、人族ウィリアに見紛うのは長い耳もなく肌の色も白い。銀のベリーショートヘアに動物耳は見えない……と思ったらハイテンションが爆発すると同時に頭からニキョキっと生えてきてピコピコと動く。

 獣化のコントロールが上手い獣刃族ベルヴァワーの民だとそこで気付けた。


「キャー! かわいいわね魔王ちゃん、短パン! 足! 白くて眩しいわぁ~!」


「お、おう……」


 颯汰は仰け反る。その存在と勢いに圧倒され、言葉を失っていた。頭に乗っていた竜種の子供は驚き、まるでトカゲのように這って颯汰の背に隠れだす。

 何よりも格好が凄い。色彩の暴力と言わんばかりのピンクが眩しい。肩を露出し、何故か円形の穴が幾つも空いたピンク色の上着の中――素肌に幾つも巻き付けた黒いベルトのようなものが見える。長い足に合った白みがかった桃色のズボン。革のブーツは一見どこにでもあるように思えたが、ワンポイントのピンクの星のマークが付いていた。


「今日はどうしたの神父ちゃん? 炉の水車の片付けはもうやっておいたわよん?」


「えぇ。別件で来ました。例の魔物たちへの対策……前もって隊長には連絡したはずなのですが」


「あら。そっちね。もう準備はバッチリよん」


 魔王も本性を隠して擬態して応対している。

 恰好は奇抜で、個性が爆発している。この人物が第八騎士団を束ねる女傑……ではない。


 ――この人は確か、第八の副長。こんな感じの人だったんだ?


 以前見た時は軍服を身に纏い、落ち着いた印象であった。それも今の紅蓮の魔王が『温厚で無害の神父』のふりをしている擬態と似たようなものなのだろう。


「鉄蜘蛛の堅い装甲を斬り裂けるのは同じ金属の武器だけ。あたしたちが魔王ちゃんが運んでくれた鉄蜘蛛の脚のお陰でイイモノが出来たわよ~」


 こっちこっちと手招きをする。その手招きの仕方も独特で、振り返っては両手を挙げたまま脇を締め、ピョコピョコと指を曲げて誘導を始める。

 その姿勢のまま先を走る。どことなくサンバの踊りのような小刻みのステップでの小走りは、確実に普通に歩く速度よりも遅い。


「…………大丈夫、なのかな?」


「きゅ、きゅぅ……」


 変な走り方をする副隊長の後を黙ってついて行く紅蓮の魔王。不安を隠しきれず、背から肩、肩から左腕まで這ってきたシロすけと颯汰は顔を見合わせる。迷いは刹那、ここで歩みを止めては意味がないと諦めの溜息を吐いては、やはり重いままの足を引きずって追いかけて行った。

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