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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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06 素直な言葉

 後頭部をいきなりぶっ叩いてきた従者が指し示す方向に視線を移す。

 新居たるログハウスの日陰にて、存在を潜めるように縮こまる乙女がいた。

 闇の勇者リーゼロッテ。

 一度ひとたび剣を握れば、その瞳に宿る強さと真っすぐさは、繰り出す太刀筋の如く。

 だが普段の彼女はおよそ年齢相応の少女らしさに加えて内向的で、落ち込む時はとことん落ち込む。自己評価の低さと生真面目さを有していた。そんなリーゼロッテ……リズは、誰よりも先に暗殺者を捕えたという功績に他者から称賛されていたが、彼女は己の失態に酷く落ち込み、自己嫌悪に苛まれていたのも、彼女の自身への厳しさから由来する。

 あの父の――マクシミリアン卿の子であるならば、こんな失態はあり得ない、と。

 『敵』を生け捕りには出来たが、誰の差し金か、その背後を逸早く知る必要もあった。それなのにリズの不可視の二刀をまともに喰らった暗殺者は直ぐに会話が出来る状態ではなくなった。通常の武装であればまず間違いなく命を奪っていたが、近い状態に追い込んでしまったのは己の未熟ゆえにとリズは猛省していた。

 次は暗殺者自体の正体を掴むための情報を紛失してしまった事。リズが暗殺者の背中を斬った際に、彼が背負込んでいた背嚢は斬り裂かれ、荷物の一部は谷底へと飲まれてしまった。荷物から正体を探るのも苦戦するかもしれない。当然、リズは落ちていった道具の類いを魔法で回収を試みたが、全ては回収し切れなかった。

 完全に谷底へ落ちたものを再度、激しい暴風にて巻き上げようとしたが、二頭の山羊親子が断崖の僅かな足場を伝って渡るのを見て止めた。つぶらな瞳に負けたのである。

 あの人――紅蓮の魔王ならば必要とあらばき容赦なく魔法を使うだろうし、そもそもこんなミスを犯さないだろう、とつい誰かと比べてしまう。

 己の未熟さに打ちひしがれながらも無力化した暗殺者を運び終えたため最低限の仕事はこなせたと思ったリズに追い打ちをかけたのは『毒矢』の存在である。颯汰は即座に察知していたが、下手をすると怪我では済まない代物だ。

 それを防げなかった、後手に回ってしまったという失態に気づいた時、リズは自身の間抜けさに死にたくなっていた。生きているのが情けなくなってくるほどだ。


《戦いしか取り柄がないのに、それすら上手くできないなんて……》


 リズの心の声――。

 戦闘以外の……炊事や洗濯、裁縫なども経験不足から得意ではなく、医療の知識も皆無である。声も出せないから満足に指揮が出来ず、ウマも乗りこなせない。だが、颯汰の周りにいる他の人間たちは自分よりも得意であるのだ。紅蓮の魔王に至ってはむしろ何が不得手なのか聞きたいくらいに何でもこなせている。

 リズには他者に対する妬ましいという気持ちはなく、結局は自身の能力不足に嫌悪感を抱くところへ落ち着き、気配を消して項垂れていた。そういった悩みすら人に迷惑がかかるものだと考えているからこそ誰にも話せない。だがしかし、当人は隠せている気になっているかもしれないが誰からどう見ても酷く落ち込んでいるのが見てわかる。

 そんな彼女を指したクォーツ・ロイドを名乗るメイドロボは問う。


「では、ご主人様(マスター)がすべき事は。」


「何もしな――」


ノータイムで飛んできたツッコミ。どこから取り出したのか、誰がこんなものをこの世界に伝えたのか定かではない漫才道具であるハリセンで叩かれながら、


「――嘘です」


颯汰は訂正し、しばらく考えてから続けて言う。


「……いやでも、落ち込んでる時に下手に干渉されるより、放って貰った方が良くないです? 悩み事なんて大抵は『救われた』って自分が勝手に解釈してそんな気になってるだけで――」


「それはご主人様(マスター)に友達がいなかったからでしょう。それかそんな屁理屈ばかりこねくり回しているから人が寄って来なかったのでは。」


「し、失礼だな……。俺は自らの意思で他人と距離を取ってたんだ。うわその哀れみの目やめろ」


「はぁ……。本当、はぁ……。」


「その「マジないわー」みたいな溜息もやめい」


 人のメンタルを平然と傷つけるド辛辣な言葉を吐いたかと思えば、次は憐憫れんびんの念が込められた瞳で見つめていた。心からの同情と呼ぶより、哀れだと見下したような溜息を吐いた後、クォーツ・ロイド、略してクロは口を開いたのであった。


「貴方様のように友人に恵まれていないからこそ一人で立つしかなかった方なら、勝手に立ち直る術を身に着けているかもしれませんが。……剣の腕前はあっても女の子なんですから、そこは汲み取って、弁えていただきたいと思います。何が原因かは、いくらご主人様でもわかるでしょう?」


 ばつが悪そうな顔をする颯汰は自分の頭を片手で撫でるように掻く。それまで少しふざけ気味であった空気が変わったような気がした。わかっている癖にと見透かされたような気がして鼻につく。しかし吐いた溜息はクロに対する呆れや怒りではない。諦観であった。

 彼女の問いの答えはイエスである。リズが何を思って落ち込んでいたのかは理解できている。

 

「……一言、余計だっての」


 そう零しながら、歩いていく。その背を見つめる機械仕掛けの従者に左手を挙げて応える。

 何をすべきかはわかりきっている。

 ただ、慣れていない。

 リズが頭を上げ、気配に振り返る。

 目と目が合い、すぐにお互い逸らす。

 照れやなんやらで頬がほんのりと色を染める。


「あー……そのー……」


 かけるべき言葉はわかっている。探るふりではなく、単に照れ臭いだけであった。

 少女の視線。見上げて自然と上目遣いとなる。

 潤んだ瞳は何を思う。声は聞こえない。

 ぐっと、喉が鳴る。

 唾液が足りず口の中が渇いていた。

 長いようで短い間の後、やっと言葉を紡ぐ。


「まぁ、そのー、なんだー……。逃がさないでくれたし、生きてるし。他の人たちに頼んだらきっと、もっと時間かかって、最悪逃げられただろうから、問題は、ないからさ……」


 詰まる言葉。

 重く息苦しい沈黙が流れる。数にして数えれば事足りない時間が、引き伸ばされていく感覚。

 彼女の心の声が聞こえるせいだ。

 それが心を惑わすのか。

 いつになく乱れた心。“獣”の狂気に呑まれた時とはまた異なるものであった。戦いの時の冷静さを、と思った矢先である。 


「おい」


 低い女声、この中でここまでガラの悪い不良染みた声の主は一人しかいない。

 机にて書類の山を捌く作業を一緒にやっていた女――エリゴス・グレンデルである。机を両手で突くように叩いて立ち上がる。


「いい加減にしろ」


 響く声音に怒気が含まれていた。

 やはり自分は恨まれ続けているのかと颯汰が思った。その赤く燃える瞳が、暗殺者よりも強い殺意を宿しているように見えたからだ。

 ズカズカと歩み寄り、エリゴスはクロからハリセンを奪い取ると、


「さっさと素直に言葉を言え! 素直にっ!」


颯汰の頭を容赦なくぶっ叩く。


「今日一で痛いッ!!」


 本日三度目の衝撃は最も大きな音を鳴らした。

 ちなみに早朝の足蹴は痛みなどを超越している災害なのでカウントしていない。熱や痛みを感じた瞬間に気を失っていたのであるから。

 紙ではなく何かもっと固い材質の何かなのではないかと殴られた箇所をさする。出血もコブも出来ていなかったのが不思議なくらいだ。

 困惑する颯汰が後ろに立つエリゴスを見やる。

 怒っているかと思ったが、その目に怒りや憎しみと言った感情は鳴りを潜めたのか消えていた。


「え、あ、あの――」

「――良いからリズに言え」

「うっ……、あ、あ、うん」


 それにまた動揺する。呆れながらも見下したものではなく、どこか温かみさえあったからだ。

 再び、リズと目が合った。

 咳払いをする。

 もう迷ったりする時間はない。

 ただ一言、当たり前の言葉を伝える。


「その……、あり、がとな」


 憂いと自己嫌悪に満ちた表情が、驚きで目を見開いたまま固まってしまったリズ。そこへエリゴスが、彼女と長い付き合いの者ぐらいにしか気づけないほど些細な変化で――微妙に機嫌が良くなった声で続ける。


「それだけか?」


 エリゴスのその問いに颯汰は観念して言う。


「……あの二人、いやシロすけを含めて三人か。相手してくれてありがとう。……これからも、よろしく頼む」


 言葉を受け止めたリズ。

 しばらくして動き出し、流れそうな涙を拭い、笑顔で肯いたのであった。こんな自分も必要としてくれるんだという喜びに安堵感が彼女を包む。

 そして、リズは気づいた。落ち込んでる暇があるならもっとやれる事があるはずだと。

 この人が守って欲しいと望むみんなを守りたい。この人の命を狙う悪い人たちをやっつけたい。だから力と技術がもっと必要だ、と。

 

 ――なんで俺を、そんなにも……


 固まる少年を後にエリゴスは何も言わずに下がっていく。鼻で笑って口では阿呆らしと呟いているが、その表情と声にも嫌悪は見られなかった。


「何とか及第点、ですかね。ちょっと素直になれない小生意気であざといショタっ子感ありますが。それはそれで需要もあるでしょう。……あら旦那様。」


 クロが呟き、丁度、真の主である者が現れた。

 黒い衣を身に纏う金色の長い髪の持ち主。

 聖書らしき書物を片手に、肩に龍の子を乗せてやってきた胡散臭い似非神父――紅蓮の魔王だ。

 その後ろに続くのはエルフの兄妹、グレアムとルチアだ。神父を含め袋を抱えて食材やら何かを買い終わりここに来たのだ。グレアムは眉目秀麗の顔を心労で歪ませ、ルチアはいつも通り綺麗で新緑の目も活き活きとしているようであった。


「使い魔。どうだ調子は」


 存在自体がある意味“神”を冒涜している男が機械仕掛けの従者に声をかけた。それは彼女自身の体調などを気遣った言葉ではない。


「まだ不慣れのようです。旦那様自らご教授成された方が宜しいのではありませんか。」


「今の私はただの神父だ。それに私の場合はまるで参考にならんだろうからな」


「要は使えねえ・経験がねえってだけですね。」


「ハハハ。相変わらず口が悪いな。使い魔」


 わざとらしい笑い声を上げた神父。そこへリズが立ち上がり近づいていく。

 声を出せない少女が何かを伝えようとする前に、神父の格好をした魔王が口を開いた。


「まずは剣の修行か。悪いが先に済ますべき用件が幾つかあるのだ。終わり次第で良いな?」


 興奮気味にコクコクと肯くリズ。


「何か習いたいならこの使い魔を頼るといい。見ての通り口は悪いが面倒見はいいぞ」


「御褒めに預かり光栄でございます。わかりました。私の性能を総動員し、お嬢様を立派なメイドに育て上げてみせます。」


 そういう事ではないのではと呆れる颯汰であったが、リズは頑張りますと妙に張り切っていた。


「それでいいのか」


 本人が良いのならそれでいいか、と眺めながら颯汰は天幕の下の座っていた席へ戻ろうとした。

 結局休憩は充分に取れなかったが、時間だけは過ぎてしまった。紅蓮の魔王たちも戻って来たことだし早く終わらせようと思っていた。

 席に着く前に、先に座って再び作業に取り掛かっていたエリゴスが颯汰の方を向かずに声をかける。


「おい。今日はここまででいい。第八騎士団の元へ行くんだろう?」


「ええ。王さまが案内してくれるって。何でも鉄蜘蛛や急にどうしてか理由は全くわからないし心当たりもないけど魔物が活発に動き始めたそうだからなんか対抗策があるらしいので」


「(妙に早口だな)……。そうか。尚更そっちの方が大事だ。第八の連中は変わり者が多いが……お前は慣れてるだろうから問題ないか。……騎士団長は気難しい職人気質の女だ。……まぁ、てきとうに年上としてきちんと敬え」


 いわゆる体育会系の、年齢の上下関係に重きを置くタイプなのだろうか。特に考えていなかったが、それを聞くと俄然やる気が失せ、嫌な気分になってきたのが颯汰の表情から読み取れる。

 だが、魔物の襲撃はさすがに他人の命に関わる案件であるから、アンバードの騎士団の中では毛色が異なる技術開発部へ行かねばならない。


「……じゃあ、お言葉に甘えてお先に失礼します。ありがとうございました」


 頭を下げて、会話中に既にログハウス内へ入って行った魔王一行を追うように歩き出した。

 足取りが少し重いのは今朝の疲労が残っているだけではないのかもしれない。

 そんな颯汰の背を、わざわざ椅子から振り返って見送ったエリゴスは誰にも聞こえぬような声の大きさで呟く。


「……此方も助かった。手が足りぬからな、一応、礼を言わせて貰おう」


 そう口にしてから書類の山に再び手を付け始めた。声の小ささから常人は察知できていなかっただろう。だが、既にログハウス内に移動し、茶の準備を始めていた機械である使い魔にして超高性能メイドロボの地獄耳にはきちんとキャッチされていた。


「……全く。素直じゃないんですから。」


「急に、何」


 そんな彼女の呟きに、自分がまた責められているのかと勘違いをした颯汰が、少しムッとした声を上げたのであった。

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