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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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05 平穏な日常

 人が落ちて音を立てた。

 地面から二十メルカンほどしかない高さゆえに大した痛みも生じないであろうが、その痛みさえ颯汰の命を狙った暗殺者には感じ取る事ができなかった。

 搖蕩たゆたう意識。

 思考することもままならぬ状態。

 手足は痺れているのか動かせない。

 うつ伏せのまま起き上がれない暗殺者の元へ、護衛の兵たちが急いで駆け寄った。

 騒ぎを聞きつけ、また呼ばれた兵たちがさらに集まったり、周囲に対する厳戒態勢を取る。最初こそは兵は十人も満たない数しかいなかった廃城に、精鋭が三十名弱も集まった。そこには当然、鬼人族の狂信者で颯汰を“神”と崇める男ファラスまでいた。


「おぉぉおおおおッ!! 我が神よ! あぁ、あぁ、あぁ!! ……よくぞ御無事で!」


 大きな声で騒ぎ立て始めた。颯汰も落ち着いてくれと声をかけるが興奮は簡単に収まらない。


「キィィェエエエエエッ!! 貴ッ様ァアア――」


「――はい、ストップ。静かに、静かにお願いしますよー」


 戦時中ではないとはいえ他の兵よりも軽装――布を着込んで帯で絞めた極めて和装に近い服装の二本角の大男、赤みがかった髪に声を裏返して発狂するこの男を止められるのは、この場には颯汰しかいない。放っておけば間違いなく面倒になるのでファラスの前に立ち、飛び跳ね、両手を振ってなんとか制止させる。


「で、ですが神ぃ……」


「神じゃないですってば。その人、今は何を言っても無駄ですから。はい持ち場に戻る戻るー」


 盲信っぷりに何を言っても無駄という点に関しては若干ファラスにも当てはまるが、暗殺者は話をするのもままならぬ状態であり、そこで彼が狂乱しても無意味であるから矛を納めろと颯汰は言いたかった。

 颯汰はパンパンと手を叩き、帰るように促す。せっかく警戒しに集まってくれた兵たちであるが、こんなには要らないと言い、他の兵にも休むか元の場所へ戻るように指示を出す。

 二拍で軽くあしらわれ、ファラスはとぼとぼと歩いて廃城より外の警備へと戻っていく。

 神の仰る事であるため不満はないが、やはり不届き者にはそれ相応の罰を与えたいと思うファラスである。しかし神の言葉は絶対であるため彼がこれ以上、極悪非道の罪人に何かするつもりはない。ただ別の方向から『敵』を減らすアプローチを取ればいいのだと思案していた。


 ――……やはり神の素晴らしさを他の方々にも広く知って貰う必要があるでしょう。そうすれば謀殺など馬鹿な真似をする者はいなくなる。……どうにかしなければなりませんね


 何かろくでもない事を考えていたが、颯汰の言葉に従って、礼をしたあと下がっていった。


「……悪い人じゃあないし、悪気は本当ないんだろうだけど。ああやって暴走してない時の方が思慮深くて仕事も丁寧で助かるんだよね」


 颯汰はその背を見送りながら呟く。意地悪く邪険に扱うつもりはないのだが、様子から察するにあのまま放置すれば色々とこじれる。それに颯汰がいない時の方が比較的穏やかで結果的に仕事の効率も良い。颯汰が頼むと妙に張り切ってしまうのだ。王都内の瓦礫の撤去作業でも常に“神”を大声で賛美して非常に迷惑だと苦情が来たくらいだ。黙々と働いて貰った方が周りに掛かる負担も段違いなのだ。

 それを知っている仲間の兵たちも黙しながらも強く、深く、頷いていた。


 残った護衛――最初と変わらぬ人数で対応を始める。兵たちは凄みながら男を無理矢理上体だけ起こし、その顔を覆った外套を取り払った。

 中の人間が姿を表す。こういった場合は、大抵は麗しい美女が暗殺者の正体だった! となるのがお約束だが、残念ながら男性である。

 白い髪に狼の耳を持つ獣刃族ベルヴァワーの民の男だ。


「こいつフードで頭を隠すだけじゃなく、顔まで包帯を巻いてる……。どうやら怪我じゃないぞ」


「そこまで正体を隠そうとしていたのか、どこぞの貴族の使いやもしれん。注意して調べねばな」


 護衛たちが隠された顔を晒し、巻いてある布を解いた。この場には多種多様の種族の面々が揃っていたが、その顔に覚えのある者はいなかった。

 おおよそはアンバード内の誰かだろうと予測する中、颯汰は左手の矢を見て考えていた。

 男に問うても答えは帰ってこない。虚ろな目線は遠くを眺めたままである。そんな暗殺者を護衛の内二人が肩を担いで立ち上がらせた。

 倒壊の影響ですぐ近くの監獄は埋まっていて使えぬため、城下町まで運ぶ必要がある。その間に目を覚ます事はないだろうと拘束すらしていないのは舐めすぎだと言われそうだが、それくらい闇の勇者であるリズの星剣の力が絶大である。


「まるで魂だけが抜かれたようだ」


「さすがは“勇者”殿。摩訶不思議な力を用いる」


 兵たちの感嘆の声――恐怖や嫉妬、侮蔑といった負の感情は一切ない、本当に彼女の力を褒めたたえる言葉に、リズはすごい勢いで頭を下げた。


《ご、ごめんなさい……! 思ったより深く切れちゃって……。本当は喋れるくらいには意識を残そうとしたんですけど……。すいません、すいません……!》


 声が未だ出せずにいる彼女の心の叫びは“繋がり”のある颯汰だけにしか聞こえていなかった。

 すぐにこの場で尋問し、誰の差し金かを突き止めたかったのだが、この調子じゃろくに会話もできない。余計な迷惑をかける事となり、リズは普段からわりとマイナス思考で整っている表情もどこか物憂げであるから気づき難いが、先ほどから酷く落ち込んでいたのだ。

 そうとは知らず兵たちは、誰よりも先に動いては賊を生け捕りにした彼女に敬意を称しているのだが、想いが伝わり合っていなく、すれ違っていた。

 颯汰の前に護衛の一人が跪いて言う。


「閣下。賊の処分は如何致しますか。以前に打ち合わせをした通りで宜しいでしょうか」


「はい。お願いします。牢屋にぶち込んでその人の意識が回復次第、尋問して指示した奴の特定を。吐かなかったら……その時は連絡をください」


「承知いたしました」


「あぁそうそう、エイルさんがさらおうとしてきたら教えてください。あの人、たしか人体実験用に検体が何人か欲しいって言ってたんで」


「「えっ」」


 エイルの名を出した途端、兵たちの顔が露骨に引き攣る。慣れていない人たちがこういったリアクションをしてしまうのはある意味、仕方がない事だ。


「首謀者が誰か吐くまで渡しちゃダメで――」


「――ご主人様(マスター)。あちらを。」


 肩を叩かれ、指示を続けた颯汰の言葉が遮られる。何事かと振り向くと傍に控える従者たる機甲。わざとらしいくらいに発光している各ユニットに非人間的な青みがかった灰色に近い肌と質感、片目だけ隠す切り揃えられた淡い赤の髪を持つ女だ。今の主である少年に声をかけ、指をさし示していた。次はそちらに視線を追うと……一緒にそちらを向いた常識人たちは絶句する。


「しゅぅぅぅ~……しゅぅぅぅ~」


 ログハウスの二階の窓――リズが暗殺者を捕えるために降りった場所から、這う怨霊がいた。

 切るのを止めた長すぎる黒髪がヤモリの尾のようで、揺れている。普段はそれが身体の大部分を隠してしまう、白磁の肌を持つエルフの女だ。


「あーエイルさん。他の子たちがマネするから、ちゃんと階段を使って降りてください」


 もう慣れ始めた颯汰が声をかける。他の子たちとはヒルデブルク王女と託された娘アスタルテである。


「私はそんなはしたない事しませんわ!」


「そもそも壁を這って降りられませんわ。普通」


 窓からプリプリと怒るヒルデブルク。さらに竜魔族ドラクルードのメイドであるウァラクが隣にいた。おそらく彼女たちの相手をしてくれたのだろう。角度的に見えないがコックム脱出の際に一緒に来た子たちもいるはずだ。一方、グレアムとルチアの兄妹と魔王は買い出しがどうだとか言っていたのを颯汰は不意に思い出していた。


 夜闇の紺に、朝焼けの橙、次に木漏れ日の淡い緑が顔を出した。隣から身を乗り出す勢いで現れたアスタルテが手を振って無垢の笑顔で言う。


「パパー!」


 それを受けて一瞬遠い目をする颯汰であるが、無碍に出来るはずもなく、口角を少し上げて薄い笑みで手を振り返す、しかできない。事情を知らぬ一般兵たちから受ける視線が妙に刺さる。親よりも見た目が歳上の娘であるから奇異の目は避けられそうにない。

 事情が事情であり、これに関してはあまり多くのものに知らせてはいない。彼女の精神こころの傷が治るまではこの家族ごっこは続くだろう。アスタルテを護る事も、自分の使命であると颯汰は受け入れていた。

 そこへずるりと這いずるように四足歩行でやって来たエイルが、地の底から響かせるような掠れた低い声音で呼ぶ。


「患者閣下ァ……」


「なにその呼び名。あっ、ダメですよ。まだ何も情報を引き出していないから、渡せません」


幼い短い両腕を広げてここは通さないぞと意思表示する。エイルは黒髪のカーテンから覗かせる真っ赤な目が残念そうに細めて、髪の中から出した指を引っ込めた。無論彼女が指した方向に件の暗殺者と兵たちがいる。

 エイルの興味は次へと移る。足音を立てず、肩を揺らさずに移動して近づくからより一層不気味さを引き出しながら颯汰との距離を詰めた。

 少しのけ反る子供の左手に握られた矢に興味を示し始めた。


「………………。それ、毒矢……?」


「!?」


 言葉を掛けられた颯汰よりもリズの方が過敏に反応を示す。颯汰はやはりか、と既に気づいていた様子であった。


「たぶん植物性の毒だと思うんですけど」


「調べ、……る?」


「お、助かります! じゃあ、これ。頼みます」


 毒のない矢羽根をつまんで手渡す。黒い滝の中に毒矢は飲まれると、


「早速、調べ、る……」


 エイルはそう呟いてそそくさとログハウス内ではなく、半ば乗っ取ったに等しい彼女のアジトとも呼べる、王都内の病院へと移動し始める。

 そんなエイルが去り際に耳打ちするような小さい、颯汰にだけ聞こえる声で告げる。


「アシュ、ちゃん、結果出る……もう少し、かかる……」


 颯汰は「わかった」と静かに返事をすると、今度こそ彼女は自身の根城へと移動していった。

 その背を見送った後、颯汰は独り言ちる。


「……悪い人じゃあないんだけどね。見た目はアレだけど医者としては腕は立つし」


 ビジュアルと性根、性癖が若干歪んでいるだけで、医者としての実力は間違いなくトップであるエイルなのだが、その見た目と奇行から、多くの者に勘違いされてる節があった。当人は止めるつもりはないので、颯汰も深く干渉は出来ない――もっとも、この男がどんなに苦情が入っても深く(、、)は干渉しないであろうが。


「……たぶん、興味が移ったからもう大丈夫だとは思うんですけど、もしも何かあったら、すぐに呼んでください」


「は、……ははーっ!」


 呆気に取られていた護衛に、虜囚を運ばせる。

 若干靴を引きずらせながらだが、両肩を組むようにして担いで運んでいった。そして颯汰は残る護衛にも指示出す。


「敵が単独で……とは考えにくいです。少なくとも他に一人か二人。仲間が捕まった以上、敵はそれを依頼主に報告しに動くはずです。助けるなんて真似はもちろん、自棄になって暗殺の決行……とは普通しないとは思いますが。以前に渡したリストの人物以外にもいるかもしれません。それに国外への逃亡の可能性も視野に入れて、見張りの強化をお願いします」


「ハッ! 承知いたしました!」


 指示を出し終え、動き出す兵を背にして颯汰は天幕の下へ入っていこうとした時である。

 世界観を激しく損なうタイプの女性型のロボットが立ちはだかった。クォーツ・ロイドである。


ご主人様(マスター)。何かお忘れではありませんか?」


「え。…………あっ!」


 一瞬何の事だろうかと思ったが、直ぐに気づく。その表情を見て、機械であって変化が乏しいがどこか安心したように見えた。

 颯汰は振り返り、連行している護衛たちに声をかけた。


「あの子、確かパイモンとか言ったかな。ファラスさんを含めて充分に警護させてるけど、何人か追加で――」

「――ご主人様(マスター)、失礼します。」


 声を遮り、直後に響くは雷鳴の如し。

 スパーンと小気味良い音の正体はメイドロボが手に持っていた物体――紙を折って作られたのはハリセンである。


「地味に痛い!」


いきなり頭を張っ倒され、颯汰は驚いた。

 何だよと睨めつけようにも、もっと冷めた視線を受けて思わず颯汰はたじろぐ。何か怒らせるような事言っただろうか。訳も分からず叩かれた頭を押さえていると、クロから先に口開いた。


「そちらも確かに大事ですが、旦那様も気を配っていますし万が一は無いでしょう。……それより、もっと目先の事です。」


 旦那様とは紅蓮の魔王の事である。意思を持った天災とも呼べる“魔王”が守護していれば、彼女の言う通り本当に万が一は無いと言える。買い出しの片手間で護れるだろう。

 では何の事だろうと颯汰は首を傾げながら言う。


「? ……書類になんかミスでも――」

「――もう一発ゥ。」


 無感情で冷徹に、振り下ろされるもう一撃。

 先ほどと全く同じ音が鳴った。


「痛いよ!?」


 一体何をしたと言うのだと訴える目に、機械の冷めた瑠璃色の瞳の奥、発光する小さな赤い点が怒りを表しているように思えた。……実はレーザー照準器の役割なのかもしれない、と颯汰は少し思ったがそれを口にはしなかった。


「そんなご主人様にスペシャルなヒントを。あちらをご覧ください。」


クォーツ・ロイドが右手を差し向ける。その方向に視線を移すと、膝を抱えるように座り込み、さらに背中を丸めて縮こまったリズがいた。


「えぇ……」


 颯汰には困惑の声しか出せなかった。




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