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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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03 事務処理

 轟音と共に屹立した灼熱の火柱。

 その異変におののいた村人たちが、使者を派遣し調査に乗り出した頃合いだろうか。実際に王都へ知らせが届くのに幾許か日数がかかることだろう。

 この謎の現象について、遅くても明日の早朝には早馬を走らせて報告に向かうはずである。

 元凶とも呼べるはた迷惑な闘争を繰り広げた当事者たちが既に居る、アンバードの王都へ――。


 同日。

 その王都バーレイの廃城にて、少しばかり異様な光景が見えた。

 まず、ほぼ全壊といえる規模で壊された城の庭に、不自然なほど――建てたばかりであると主張している小綺麗なログハウス。その新築物件の浮きっぷりも異質ではあるが、フォーカスすべきは別にある。

 少し離れたところにそれ(、、)があった。

 四隅を柱で支えられ、上だけに天幕があるスペース。日差しと小雨程度しかさえぎることしかできない簡易なもの。いわゆる運動会などイベントでよく見かけるタイプのテントである。その下で静かな激闘が始まっていた。

 女の名はエリゴス・グレンデル。

 天に輝く星が生み出した河川を思わせる銀の髪を持ち、アンバードの軍人が着る黒の軍服に、黄薔薇の刺繍付きの黒のマントを纏う。強気の女性だとわかる瞳の色は赤であった。

 男の名は立花颯汰。

 元は高校二年生だが、この世界(クルシュトガル)で目を覚ますと何の因果か見た目が十歳くらいの少年となってしまっていた。さらに心の中におぞましい“獣”を内包しているが、今のところ主人格は颯汰が握っていて安定しているように映る。

 木の長机を両端に二つ並べ、互いに背を見せながら処理していく。

 無駄口を叩く暇はない。

 互いに深い因縁は今は捨て去るほかなかった。

 積み重なる山――領内の各地から送られて来た書類の決裁に彼らは追われていたのである。

 荒涼な風を感じながら、筆を走らせる。

 気まずい空気はあったが、今はそれに触れる事無く、目の前の山積みとなった書類を片付けることに専念していた。

 これもまた、ある種の共闘と言えるだろう。


「えっと……、租税の値を修正で……」


 黙々と作業に打ち込むエリゴスに反して、颯汰は独り言を口にしながら作業をしていた。過去の資料と比べ、正確であるかを確認する必要があるため声に出して作業した方が間違いが起きづらいかもしれない。元よりアンバード出身でもなく、国の事情に詳しくないため、奇跡的に残っていた――圧政が強いられる前の資料を使わねば判断材料に困るというものだ。

 それでも、ずぶの素人である颯汰だけではミスや判断がつかないものもあるだろうから、ダブルチェック体制を取っていた。

 処理した書類を別の山に乗せた後、一方の山から新しい書類を手に取った颯汰が、一瞬だけ睨み合うがすぐに諦め、座りながら椅子を少しばかり引く。子供用に少し背が高く、薄いクッションが二枚ほど重ねられていた椅子の後ろにいるもう一機に尋ねる。


「…………なんでわざわざクリュプトン文字を使うんだ? ――クロさん」


書面には暗号にも等しい魔人族メイジスの古い言語で書かれた文字列。嫌がらせかと心内で呟いてから後ろに立つ者を呼ぶ。


「ふふふ。既に訳したものをこちらに。ご主人様(マスター)はどうせ読めないなと思い、この通り用意しておいてやりましたよ。」


「うわー(素直に)ありがとう(って言いたくねえ)ー」


「……妙な間が。」


「気のせいですよ。最初から出してくれると助かるなーと思ったくらいです」


「困った顔が見たかった。さらに直接願って頼られたかった。そんなおとメイド心を御理解頂きたいものです。まったく。」


「え、なにその面倒くさいキャラ設定」


 クォーツ・ロイドと名乗った自律型機械人形。彼女(?)のこともよくわかっていない。というよりか現在行っている仕事を含め、色々とよくわからないまま、颯汰は流されている。“この国を学ぶのに丁度いいだろう”と紅蓮の魔王の命令により、本来ならば位が高い者が成すべきこの職務を受ける破目となっていた。

 その役職就くべき人々が死亡あるいは大怪我、意識不明の重体にある。

 国を治めるべき王を討った責任を果たす、などという義理はないが、颯汰は「己の目的を果たすために利用してやる」という気概で臨んでいる。だが実際のところ逆に紅蓮の魔王にいいように遣われている風にしか見えないのは、当人も気づいている。半ば自棄やけで作業に打ち込んでいた。

 国王なんて謁見の間で豪奢極まりない椅子に座りながら偉そうにふんぞり返っていればいい、安い金で冒険者を雇い勇者にお願いをして後は放置で許される、……訳がないのは、考えればわかる話だ。国のリーダーがそんないい加減で済む訳がなく、内にも外にも敵だらけとか胃に穴が開くというもの。紅蓮の魔王は颯汰を『王』に据えようとしているが颯汰自身は正直、そんなの御免こうむりたい。

 しかし能力も圧倒的に上である魔王からは逃げられないので、機が熟すまでおとなしく従うふりをするしかない。

 高い地位の方が目的を果たすのに有利であるが、颯汰は何も『王』になる必要まではないと考えている。誰か代わりに立てようと画策していた。

 メイドロボ娘から受け取った書類を見ながら、暗号文を訳しながらチェックし、駄目出しをつらりつらりと書き記して山へ置く。


 時間が経ち、日が少し中天へ近づいた。

 そのテントやログハウスを護るように配置された兵士たちの交代の時間となり、クロが休憩を勧めながら、働く二人へ軽い罵倒の言葉をぶつけ、労いの茶を用意しに離れた後、木製のトレイを手に戻ってきた直後であった。

 テントに向かってやって来る兵士。軽装ではあるが鎧を着こんでいる事から周囲の衛兵と同じく颯汰たちを護る命令を与えられた者で、やって来た方向から城門付近で待機していた兵の一人だと判断できる。

 兵士が膝を突き進言する。


「ソウタ閣下、御目通り願いたく――」


「そんな畏まらなくていいです。それに手荷物とか検査をしたなら勝手に通して大丈夫なんで」


「ハッ! それでは、連れて参ります!」


 子供相手に恭しく敬礼をした後に、兵士はくるりと踵を返して駆けて行く。


「……いまいち、慣れないな」


 それを見送り、颯汰は微妙な笑みともつかぬ表情をとっていた。照れ臭いのも妙な居心地の悪さもある。


「慣れてください閣下。」


「閣下」


「おうなんだこの大人たち」


 大人一名ロボ一機が急にいじり始めて来た。

 声の調子からロボットの方が人を小馬鹿にした感じに聞こえる。しばしの休憩で談笑とまで言えぬが、少しだけ張り詰めていた緊張とした空気が緩んだ気がした。

 城下町からこの古城跡地へ行くための一本道は、攻め込まれないように設計されている。道幅は狭まり、城門の近くの監視塔から見えるようになっていた。それも北側にある、地下に牢獄を有する塔と共に倒壊してしまっていた。

 そんな一本道のなだらかな坂を、交代して休憩に入る兵士たち七名。その内の若い魔人族の男が獣刃族ベルヴァの男に思っていた疑問を投げかけた。


「なぁ。そもそも、なんで閣下は外で仕事をなさっているのだ?」


「ああ、こっちに配属されたばかりだったな。知らぬのも無理もないか。閣下は今、最も王位に近いのは知っているな?」


「王の血筋は断たれたうえに、簒奪者で暴君の前王の“魔王”を討った功績が認められたからだな」


「そうだ。しかもあの『英雄』――ボルヴェルグ殿と関わり合いがあるらしいぞ」


「ほぉ! そりゃあスゴイな。他の口だけ貴族のぺーぺー共はともかく、自称秘蔵っ子も相手が悪い」


「選王侯を担う騎士団長の面々も、能力と実績で王を決める習わしだからな。で、だ。王様決定レースを独走状態の閣下、当然快く思っていない連中がいるって話だ」


「うん。だから俺たちが見張りをしている。……それと外で仕事する事と関係なくないか? むしろ中にいて貰った方が――」


「そう思うだろ? 違うんだよ。閣下曰く『わざと』らしい」


「?」


 ……――

  ……――

   ……――


「――以上が報告となります」


「そう、ですか……。お疲れ様です。引き続き、監視の方を頼みます」


「ハッ、承知いたしました。では失礼します」

 

 先ほど通した魔人族の男が下がる。

 別件の経過報告を受け、颯汰は再び書類の山を捌く作業に戻ろうとした。椅子に座り、机の上にある山へ手が伸びかけた時、手を止めて徐に椅子を引き、立ち上がり始めた。

 どうかしたのかという視線よりも、彼はテントの外へ出て、感じ取ったものを探す。


 ――あれか……!


 視線は城の背後――断崖と急勾配の岩山が天然の防壁となっていて、軍勢で攻め込むには厳しく、人一人すら登るのも難しい絶壁である。間の崖と堀、丘の上に独立しているからこそ、普通に入るなら城下町と城を繋ぐ道を歩むしかない。

 だから警備は最小限として門前と近くに待機させるだけにとどめていた。

 他の場所の警備や、王都各地の復興に回した方がいいと颯汰も魔王も判断していた。


「捉えたのはいいケド……どうするかな」


 直線距離は二百ムート以上はあるだろう。最初は隠れていた、岩肌の黒っぽい色に溶け込む外套マントを身に着けた暗殺者。

 首筋に刺さるような鋭い殺意に反応した颯汰が蒼銀の瞳でその存在を感じ取った。

 誰か兵を送り込もうかと視線を外さず考える颯汰、暗殺者は気のせいではなく位置や存在までもバレていると理解して、武器を取り出した。

 構えるはいしゆみ

 張り詰められた弦から撃たれる矢。

 暗殺者は、武器を明らかに携帯していない丸腰の子供であると思い上がったつもりはなく、その目に恐れてすぐに放った。殺さねば、マズイと本能が叫んだのだ。元より構造から手回しのハンドルを使うなどで弦を引く必要があるため連射性は低い。すべき第二射の準備、あるいは逃走を計るべきだったのが、その蒼銀の瞳に射竦められ、飛んで行く矢を見守るしかできなかったのだ。

 当たりさえすれば自分は助かる……とすら考えていない。ただ恐怖に心が追い詰められ、己の命運を託す形となる。

 身体が震える前に放てたのは幸運だったろう。

 極限状態で全神経が生存を望んだ結果やもしれぬ。狙いは非常に正確であった。真っすぐと、颯汰目掛けてまさに吸い込まれるように迫る。

 鉄板や鎧なぞも簡単に貫ける破壊力、その身に受ければ一溜りもない。その勢いを殺すのも容易ではないのだから、避けるのが賢明なのだが、放たれた矢を見て躱すのは簡単なことではない。

 狙われた方も動く気配がない。

 だが、恐怖に足が竦んだのではない。

 運ばれてくる“死”を――、


「――ッ!!」


真っ向から叩き潰すと言わんばかりに、振るうは隣火を噴き出す黒き腕――。

 颯汰が左手で空を切るように水平に払うと、追従するように蒼い炎が燃え上がった。瞬間的に燃え上がったゆえに、消え去るのも一瞬であった。炎は黒い瘴気と共に溶けていく。

 そして手のひらに、放たれた矢がしっかりと握られていたのである。


「すごい。あの距離で射て届くのか」


 矢から視線を暗殺者に移して颯汰は零す。

 ただ、次の手段てだてが思いつかない。手の空いてる騎士たちで包囲するにも結構な時間が掛かるだろう。そうしている間に逃げられる。


「さて、どうするものか。……ん?」


 顎に手を当てて考える仕草をとった颯汰の視界に動くものが見えた。

 開け放たれる二階の窓。ガラスではないため見えるはずがないのだが、それは動いた(、、、)


「あっ」


颯汰は察する。その少女が何をしようとしているのか。止めようと思わず手を伸ばすが、少女は堕ちるように降りる。二つに結んだ深紫の髪と竜胆色のマフラーが揺れ動く。凛として咲き誇り、儚く散っていく花弁の如き美しさを感じさせる。

 落下しながら空中で姿勢を変え、そのまま地面へと着かず、“風”の乗った。

 収束する風が、歪みを目視させるほど荒々しく円形のボードと化す。それは周囲に巻き上げた埃を撒き散らし、爆発的な加速を見せた。

 少女の名はリーゼロッテ。

 当世の“闇の勇者”リーゼロッテ・フォン・ハートフィールは星のためでもなく、魔王に苦しめられている民のためでもなく、きっと自分を救ってくれるに違いない少年のために――私欲にて“星剣”を振るうと決めていた。

 若く瑞々しい少女は言葉を発さない。ただ見えた横顔が物語る。「絶対に許さない」と。明らかな怒りの感情を滲ませている。元は気弱で瞳からは柔らかな印象を与える少女だからかそこまで目つきは恐くないが、敵意を剥き出しにし、恐ろしい速度で暗殺者に向かって翔けて行った。

 弩から放たれた矢と同じかそれよりも速く、飛んでいく。


「あー……、うん。生け捕りで頼むよ~!」


 今更止めても無駄な距離となってしまったから諦め、颯汰は声を張り上げて言う。その言葉は届いているか怪しいほど、凄まじい勢いで、少女は星のような()となった。


投稿遅れて申し訳ございませんでした。


2020/06/23

脱字があったので修正

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