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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
偽王の試練
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70 偽王の試練

 暗澹とした闇が広がっていた。

 目を覚ました、と思う。

 どれくらいの長さ、眠っていたのか。

 ……わからない。

 酷い頭痛がして、眠る前の事をすぐに思い出せないでいる。何があっただろうか。

 暗い。真っ暗だ。

 まだ、悪夢の途中だというのか?

 まぶたは開いているはずだ。

 周囲を確認しようとするが、身体が思うように動かない。何かが纏わりついている。


「……目隠し、か」


 暗すぎると思ったら当然だ――目隠しをされているのだ。何か柔らかいものを宛がわれている。

 水彩絵の具を水面に垂らしたみたいな、じっとりとして視界を覆う“能力”とも異なる。単純に物理的な意味で目を塞がれているのに気づいた。

 それに酷く窮屈だ。

 息が少しし辛い。

 甘い匂い。

 吐いた息も声までもが籠っているのを感じる。

 視界は塞がれ、身体の自由が利かない。

 どこかで横になっているようだ。

 床は硬くない。むしろ柔らかい。

 ベッドだろうか?

 安置している?

 少し痛みが残る頭を働かせ、今の状況を冷静に精査すべきだろう。振り払うのは後でいい。

 

「狭い空間、閉ざされた視界、身体の拘束……――まさか!」

 

 ピコンと電球、あるいは閃きの稲妻が奔る。


 ――……拉致らちか?


 あり得ないとは言い切れない。

 眠っている間に殺さなかったのは甘さではなく、利用価値を見出したのだろう。

 敵意があるならとっとと殺している。

 自分ならそうする。

 殺さぬ理由はなんだろうか。


 何か引き出したい情報がある。

 ――とくに思い当たる節はない。


 身代金の要求。

 ――残念ながらそんな宛はない。


 どこぞの過激な原住民による生贄。

 ――……ないとは言えない。


 マッドなサイエンティストの研究材料。

 ――どういう訳か特異な体質となってるからあり得なくない、かも……。


 悪い妄想までもが膨らんでいく。


 ――どこかに運び出されている感じがしない。重力も空気の流れ、音も……輸送されてる感じはないな。……運び終わってる可能性もあるか


 密閉された空間ゆえにか妙に熱を感じる。

 時間が経つに連れじっとりと暑い。

 もうすぐ初夏のはずだし……。

 いや既にまたいで“樹の月”かもしれない。


 ――とにかく、脱出だ。敵が何であれ、俺がやるべきはひとつだ!


 相手の思惑や策略をぶっ潰す。

 こちらを利用するなんて考える“敵”は何であれ破壊し尽くすべきだ。

 叛逆の精神が叫ぶ。

 強い意志と共に行動を開始する――。

 絡みつく柔らかさが触れている。縄ではない、温かいから黒泥でもなさそうだ。

 がっちりとした拘束ではない事から、敵はこちらを子供と見くびっている可能性がある。

 上等だ。必ず後悔させてみせるからな。

 敵意が加速する。

 寝たせいか身体の元気は有り余っている。

 破壊衝動が心までも支配……しかけていた。

 手足を動かそうとする。両手は自分の胸の前にあるが、何かに挟まれて自由に動かせない。

 柔らかい。もぞもぞと動かす。

 探るように手を動かして触れた。

 次の瞬間、熱された決意が一気に冷えた。

 水と氷を入れたバケツをひっくり返し、頭から被ったみたいな衝撃を受ける。


「ん……んん……?」


 聞こえるのは女の子の、声?


「んん?」


 何故、近く、少し上から他人の声が?

 思わず自分の声までもひっくり返っていた。

 間の抜けた声の後、静かな寝息が後を追う。

 考える。一秒。答えはすぐに辿り着いた。


「…………なるほど。なるほどなるほど」


 今、俺に、誰かが抱き付いてきている。

 声がくぐもる。

 布団の中なのだ。

 妙に熱いし息がし辛いわけだ。

 それに加えて密着され、絡まる手足、体温のせいもある。

 ぎゅっと抱きしめられている。

 こちらの頭を抱え、手繰り寄せたように。

 という事はこの視界の闇の正体は――。


「これはいけない」


 まずい。

 脱出せねば。

 身体を退こうとすると、一層拘束が強まる。

 なんでや。

 誰かはわからない恵体の持ち主が襲い掛かる。

 抗う術はない。

 こちらとはリーチの差があるのだ。

 仕方がない。

 だが、さすがにこのまま受け入れる訳にもいかないだろう。甘美なる蜜に溺れるには少し早い。

 押し当てられ呼吸がさらにきつくなるが、脳に送るべき酸素はまだ充分にあった。

 腰を引き脱出を試みる。「くの字」だ。

 身体を折り曲げる事により頭は下方向に動く。これによりスルリと抜け出せる。


「――なっ!?」


 ……はずだった。

 下がれない。何かにぶつかる感触。

 そして疑似餌に食らいついた獲物に反応する捕食者の如き速度で捕まった。

 空いた胴に回される細い腕。

 早すぎて反応が出来ず、情けない声を上げ、さらに理解するのにちょっとの間があった。

 一人ではなかった。

 もう一人、いたのだ。


「さ、サンドイッチ……!」


 あるいは「川の字」。

 挟まれるかたちだったのだと気づいた時には遅かった。

 努めて小声で驚く。

 さらに背中に押し付けられるもう一つの山。

 俗に双丘と称される部位。

 比べると少し小ぶりに感じるが、これも相応かそれ以上にはあるのではなかろうか。

 なだらかなラインは異性を魅了して止まない。

 否、同性だって求めて止まないものであろうよ。

 前方からがっしり捕まれ、後方からも捕まれる。

 詰みである。

 これはもう受け入れるしかないっすわ。

 不承不承ながら、諦めるしかない。

 誰だか知らぬが、暴れて怪我でも負わせては目覚めも悪い。

 少々暑いが諦めて眠るしかないだろう。

 今の時間帯はわからぬが深夜では迷惑をかける。

 寝かせてあげるべきだ。

 起こすのは忍びない。

 この二人が何者かが判別できないが、少なくとも今のところは敵意を感じられない。つまりは当面の危険はないと言えよう。

 警戒を怠らないのは大事だが、警戒し過ぎて先ほどは被害妄想を拗らせるのも問題だ。というかこの格好で「……拉致か?」は中々恥ずかしいものがある。穴があったら入りたい。

 忘れるためにも一度眠るべきだろう。

 疲れで頭がもう働かない。

 寝るべきだ。

 動けないから仕方ない。

 力も使いすぎた。休養が必要だ。

 寝苦しくなりそうだが、寝よう。

 おやすみなさい。


「………………――」






「――いや眠れねえわ」


 この状況で眠れる訳がなかった。


 ――疲れた目と身体を癒す、なんとかセラピー的なものだと割り切ろうにも無理だわこれ


 目の保養となり得る温もりはあっても、逆に目が冴えてしまう。

 しかし、身動きが取れないのもまた事実。

 このまま朝を迎えるしかないのか。

 困った。非常に困った事になっている。

 あぁ、どうしたらいいのか――!

 思わず叫んでしまいそうであったが、心内の言葉を遮ったのは耳朶に伝わる音。

 バサリと掛けられた毛布が取り払われる音だった。

 え、と素っ頓狂な声を無視してそれ(、、)は言う。


「お目覚めでしたね。むっつりスケベ。」


「い、謂れのない暴言!」


 己に向けられた言葉という自覚はありました。



 ◇



 開け放たれた窓。

 比較的穏やかで雨期にしては少なかった雨。その暗雲の名残は遠く、青く澄み渡った空が広がっている。カンカン照りの太陽の位置が、既に昼近くであると物語っていた。


「ん……むぅ……? ふぁぁ……」


 少女の一人が目を覚ました。

 上体をゆっくりと起こし目を擦り、伸びをしながら大きな欠伸をしたのは――差し込む光に照らされて淡い緑の髪に、髪飾りにも見える黒曜石のように煌めいている両角を持つ竜魔族ドラクルードの少女。ベッドの上でまだ眠たそうに目を細めている。


「おはようございます。アシュお嬢サマ。」


 毛布を奪い去ったのは、世界観を著しく侵しているようにも見える機甲の女。艶のある青白い鋼鉄のボディに機械である事をこれでもかと強く自己主張をしているユニットを装備したメイド型ロボ。


「……? くーちゃん、おはー……」


 クォーツ・ロイドと名乗っていた女性型ロボットの挨拶に返事をしたアスタルテ。半ば夢心地に浸ったままであったが、そのすぐ傍にいる少年に気づいて表情が一変する。

 敵意や侮蔑、憎悪や羞恥でもない。

 パァっと満開に咲いた笑顔である。


「…………」


 やべっ、と颯汰は目を閉じたが遅い。

 

「ぱぱー!」

「へぶっ!?」


 パパと言った。

 十歳前後に戻った颯汰に向けて、五、六歳は年上で、さらにちょっと他人より成長している女の子がだ。歳と不相応に幼く回帰――否、取り残されてしまった精神が見せる純粋さをもって、何故か颯汰を父と認識していたのである。


「ぱぱ! ぱぱ、ぱぱ~! もうねすぎだよ~!」

「ぐ、ぐえー」


 横になっていた颯汰をまるでぬいぐるみか何かのように拾い上げ、抱きしめる。

 悲鳴を上げるのは物理的に痛いからではない。

 寝間着の布一枚越しの暴力的な感触を棒に、理性を容赦なくぶん殴ってくる。

 無垢ゆえの残酷さ。無自覚のバイオレンス。


「ええ。そこのスケベ人間は六日ぶりの目覚めです。さすがむっつり寝坊助サマ。」


 別方向からは微妙に精神をゴリゴリと削って来る。

 こちらのダメージを受け取る余裕も颯汰には残されていなかった。


「あ、リーちゃん! ぱぱおきた!」


 そしてもう一人の少女が目を覚ます。

 闇の勇者リーゼロッテことリズである。

 彼女もまた無防備な薄い生地の寝間着用のドレスで、結んでいた髪も下ろしていた。

 されるがまま抱き付かれ、ぐたーって力が尽きそうになっている颯汰と目が合う。


「…………!」


 彼女もまた純真な少女であるが、照れの方が勝っていた。恥ずかしさに顔を赤らめ、明らかにパニックに陥っている。這って逃げ、湯気を出しながら大きな枕の下に潜ろうとし始めた。

 当然隠れられるはずもなく、背を向け真っ赤になった耳を挟める形で枕を使い、震えている。

 その姿を不思議そうに見るアスタルテ。

 わかっていて何も言わぬロボメイド。

 もう考えることを放棄した立花颯汰。


「皆さまのお着替えはここにあります。私はお食事の方を準備しますので、では失礼します。」


「はぁい」


 アスタルテは素直な返事をし、颯汰を引きずりながらベッドから降りた。ロボ娘は足早に部屋から出て、階段を下っていく音がする。

 あの後何が起きて今に至るか食事を取りながらでも聞くべきだな、と颯汰は今後の方針を決めたようで現実逃避をして天上の木目――よりも遠くを眺めていた。


 ……――

  ……――

   ……――


 ここはヴァーミリアル大陸西部、アンバード王国王都バーレイ。崩壊した古城跡地に急造したログハウスの中――。

 これまで旅してきた者と、これから共に歩んでいく仲間が集う場所。

 その場で着替えだす女子から逃げるように部屋を後にし、他の部屋から窓を開けて見やる。

 やって来た龍の子シロすけが、颯汰の目覚めに歓喜を全身で表現して、甘えた声で鳴いた。

 一匹を頭に乗せて、いつも通りその顎を撫でるように指を当てて、再び外へと目を向ける。

 破壊されたままの砦の防壁により、ちょうど街を一望できる場所であった。

 己が救った街だ。

 黒煙の見る影もない。火災も鎮まった証拠だ。

 かなり傷んでいるが、まだ死んではいない。

 熱も悲鳴もない、爽やかな風が駆け抜けるのを感じる。

 代わりに復興の喧騒が風に乗って聞こえてきそうだ。


「……なんだか、忙しい一日が始まりそうだ」


 一人黄昏るように溜息を吐き、後を追って愚痴るような言葉を呟いていた。その裏腹に表情は晴れやかでまんざらでもなさそうであった。


(もう少しだけ続ける予定でしたが切り上げ次章に回します)

(新たな“魔王”も出てきます)

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