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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
偽王の試練
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68 脈動

 粘着質のある黒泥の山――内部は際限なく感じるほど広大な黒の海が広がる。

 その内部、異物が紛れ込む。

 喰らうべき栄養ではなく、逆に己を食い荒らさんとする“毒”と呼ぶべき異物であった。

 この泥に意思の類いは存在しない。ただ備わった機能の通りに害の排除を試みる。

 間に合わない。

 あまりにはやい。

 染み込む“猛毒”が正確に器官と呼べる部位を破壊していく。何も見えぬはずなのに、どんどん食い破っていく。荒々しく突き進み猛威を振るう。不可視の魔力が流れる管も侵蝕する。

 システムの中枢でもあるメインセンサを担う器官にその魔の手が届く――。

 であれば、黒泥が取る手段はひとつ。

 明滅する各器官が告げる――勘のいいものはその異変に何が起こるかすぐに察知できただろう。

 見えぬはずの外敵は、気付いた。

 この光無き世界から、強引に脱出を図ろうとする。黒泥の山が内部から膨れ上がり、内部から突き破らんとするのが外からは見えただろう。

 球体が握られ、砕かれる寸前に発動する。

 集まったエネルギーが全て、張り詰めた緊張と一緒に解き放たれた。光が奔り、衝撃の波と音が大気を震わせ、急激に膨張した炎熱が辺り一帯の空気を焼き尽くす。

 爆発だ。

 泥が破裂し、燃え上がる。

 黒の泥同士が重なり合い、大きな家をゆうに超えるサイズとなった泥の山が生み出した衝撃は周囲の建造物を次々と破壊していく。

 その炎の中から飛び出す者がいた。

 纏う黒煙の尾を引いて、放物線を描きながら宙から降りる。というより落ちていく。

 何かを抱きしめながら、地面に落ちてゴロゴロと転がっていくのを、両手以外の第三の手とも呼ぶべき――溢れ出した瘴気を実体化させ地面へ牙を立てて強引に制止させた。

 そうして爆炎から飛び出した男は立ち上がり声を荒げた。

 

『――っぁあ! ……あいつ自爆しやがった!』


 立花颯汰の声が反響して聞こえる。


『地下のガスとか、どこかの資材が引火して爆発したんじゃない。自力で爆発するのか……厄介だな。ギリギリ切り離しが間に合わなかった』


 外套マントは燃え尽きてしまったが、全身の焼ける痛みも、消費したであろう魔力……身体に感じる疲労感も既にほとんどない。その理由は単純であった。


『ファング。喰え』


 抱きしめていたのは小さな犬耳の女の子。

 幼気いたいけな少女に何か酷い事をする訳ではない。

 ぐったりとして意識もない少女は、せむしと見紛うほどその背中は異様に盛り上がっていた。狙うは服まで突き破って寄生するように生えた鉱物。それを左腕から現れる瘴気の顎に捕食させる。

 貌の無い両顎がそれを挟み、ガリッガリッと音を立てて後に、一気に砕いては咀嚼そしゃくし、『分解』して、吸収する。


『……これで四体。あとは――』


 当初はよくわからない結晶物を砕いているのかと思っていたが、どうやら文字通り喰っているらしく、身体の疲労感や爆風で裂けた傷も急速に回復し始めているのが実感できた。

 力なくか細い呼吸を続ける少女を見てから周囲を伺う。大楯を持って泥を囲っていた騎士たちが見えた。彼らもただただ動揺を隠しきれずに佇んでいる。そこへ颯汰が少女を抱き上げ、歩いていく。


『君、騎士の隊長? この子を頼む』


 今の自分と年齢に差がなさそうな見た目が若い竜魔族ドラクルードの――身なりも一般の兵とは異なる人に勇気を出して話しかける。


「あ、あぁはい。あの――」


少年の方もだいぶ動揺していたが、獣刃族ベルヴァの少女を受け取る。何かを言おうとする前に、颯汰はその場をすぐに離脱し始めていた。

 まだ風が唸る音が聞こえる。

 そこに敵がいると示していたからだ。


 当たり前のように壁をよじ登り、屋根からその様子を見てから一気に加速する次期国王候補の怪物を見て、第三騎士団副長のセアルは若干呆けかけていたが、すぐに掛けられた声に我に返る。


「せ、セアルくん! 大丈夫だったかい!?」


 上官である騎士団長たるカラビアが兜のせいで表情は全くわからないがあわ食った様子で駆け寄って来た。それに対してセアルは冷静さを取り戻して、


「……医療班にこの子を預けに行きます。二人ぐらい借りますが、隊長は現場にて指揮を執ってください」


「お、おうともさ。わかった。任せたまえ」


 刃のように冷たい鋭さを美少年セアルは取り戻し、すたすたと部下を引き連れて歩き出す。

 その背を少し心配げに、どこぞの黒狼騎士と同じように全身を鎧うカラビアが見送る。ボヤボヤしていられないとカラビアはその背から視線を逸らして反対方向へ進もうとした時である。不意にセアルは振り返る。少女を抱えたまま少し上体と首を動かして呼び止めた。


「ところで隊長――」


なんだい? と振り向くと冷めた顔のまま部下が言う。


「――もうすぐ僕が隊長になるかもしれません」


「このタイミングで下剋上かね!?」


 声音こそ普段通りだが、どこか自信ありな雰囲気を――本気でこの修羅場の中キャリアのために命を狙って来るのではないかと勘違いしたカラビア。二大国を力で統一を計る“魔王”に『隊長』と誤って呼ばれたのは、その「格」を持ち合わせているからこそだと自信を持ち始めたセアル。微妙なすれ違いを見て、微笑む第三騎士団の面々。

 争いの決着まであと少し――。


 一方その頃、龍の子供は奮闘していた。脆弱な人間を護るために、その小さな身体を張って、星の脅威となる悪意に満ちた汚泥と対峙する。

 一体は潰せた。

 たまたま暴風で吹き飛ばし、丸っこい怪しい玉が泥の中から露出したところを風を操り、鎌鼬の如き風の刃で切り刻んだ。初めての試みであったがさすがは生態系の王者、教わっていなくとも魔法の扱いが上手い。竜の子シロすけの最大の必殺技である神龍の息吹(ドラゴン・ブレス)を用いる事ができない中であるのに、かなり優位に立ち回っていたと言えるだろう。

 ただ、泥の中から出て来た『核となった人間』に対し何もできずにいたところ、もう一つの泥の塊から触手が伸び、それを呑み込み、さらに残骸となって地面に伸びていた泥さえ吸収し一つとなってしまった。

 一体化するとぶよぶよと膨れ上がる。

 街に放っておいた残骸まで結びつき、巨大化を果たしたのである。

 不定形のそれが、何か模り始めた。


「きゅ!! きゅうきゅう!!」


 龍の子が鳴く。

 その変化に本能が警鐘を鳴らす。

 泥が形作る細胞とうねる筋繊維、粘つく肌に異形の腕。見覚えがある。

 地下でアスタルテと出会った時の感覚――。

 黒泥の山が半身と首がない巨人となった。

 地を這う異型の怪物は右手で身体を支え、左手はミミズが群れを成しているようにもハラワタが絡み合っているようにも見える。

 巨人……否、何かに成ろうとしている、そんな危機感を竜種ドラゴンの子供は感じ取った。

 咆える。

 咆える。

 不完全な今、確実に葬り去るべき。

 だが、まだ地上には逃げ惑う人の影が見える。

 吠える。

 吠える。

 早く逃げろ。己の一撃がもたらす破壊の範囲を幼くとも学んでいる賢いシロすけは、やはり必殺の一撃ではなく、ジワジワと削り、時を待つしかなくなった。

 両翼の爪先から展開された魔法陣より暴風を生み出し、刃風の如き鋭さで敵の肉を刻む。確実に表皮は削っていくが、元は泥であるためかすぐに再生される。

 そうこうしている間に、泥は立ち上がる。厳密にいえば身体を起こし始め、


「グォォォオオオオオオオンッ!!」


さらに声を上げた。発声器官なぞ無かったはずだが、確かに音が伝わって来る。びりびりと圧を持って、不快な音が耳朶に届く。

 頭部もないが、身体の向きからして飛んでいるシロすけに狙いを定めているのは明白であった。

 目障りな小さき存在を全力を持って排除しようと、泥人形はその異形の左腕を持ち上げた。

 蠢く泥の触手が開き、紫色の光が集まり出す。

 龍の子供は即座に察する。

 光線か光弾の類いを放つつもりであると。

 その規模――具体的な速度、範囲が不明であるため全力で警戒し回避に専念しなければならない。そのうえ、街に被害を与えぬよう出来るだけ上空を飛び回る必要があると理解する。

 そして放たれる第一射。

 極太ビームが天を薙ぐ。

 凄まじい音と光。

 当たればただでは済まないだろう。

 放たれたビームは指向性があり、多少追尾してきたが、三数える前に止んだ。


「きゅっ!?」


 どう迎え撃つかと考える間もなく、第二射の準備が始まっていたのが見える。

 悪趣味な花びらが咲き、覗かせるのは破滅へ誘う高密度のエネルギー。連射はできないが次の発射までの間隔が短いのか、もう光が左腕に溜っているのが見えた。すぐに、放たれるかと思えた。


 風が哭く。

 その刹那、無警戒の死角から現れた。

 狙うべき敵が上空にいたせいか、殺意も敵意もなくただ単に『処理』する――冷徹な機械の如き感情で行動していたのか。その左腕が吹き飛ぶ瞬間まで、気付けなかった。

 極めれば景色を歪ませ、影すら置き去りにするとまで言われる神速――縮地の走法で現れたもの。最も警戒すべき、天敵となった存在。


『――飛べ』


 声が響くと同時にそれはめり込んでいた。

 鉄の杭――否、突撃槍ランスを持った颯汰だ。

 銃口付突撃槍イグナイト・ランスを参考に王都バーレイの技術者が開発した試作品――あまりに実用性が欠けるため廃案となった武器。たまたま見つけた颯汰が掻っ払ってきたのであった。

 泥人形の右腕を貫き、その直後に衝撃は脇腹まで及ぶ。手を保護する鍔部分から銃弾を撃ったのではない。下から斜め上に向かって突き上げるように振るわれ、刺さった瞬間に凄まじい音と蒼い炎と共に噴出されたのはグリップの先。ランスの円錐部分が回転しながら突き進み、本体まで届く。あまりの衝撃に一ムート強ほど、地面から跳ねて上がる。後ろへ十数ムートは下がっただろう。

 ビームを虚空に放ちながら、目抜き通りを跳んでバランスを崩す怪物に即座に追撃を掛ける。


『まだだ……!』


 助走しながら即座に叩き込む。

 右手の次は左手……もう一本の魔改造式突撃槍。

 跳躍し、泥人形の右肩から本体を貫くように――今度は斜め上から叩きつけるように槍を突き刺す。同様に発射される槍の先端。勢いで泥人形が地面に叩き落された。泥の右腕が壊れ、一時的に胴体を護るものがなくなった。この時、泥の内部の球体、二つの内の一つが破壊されていた。

 無論、石畳で舗装された路地を泥が滑っていく姿をただ眺めるだけでは終わらない。

 背負った三つ目の槍――左腕から出た黒い瘴気が突撃槍を保持していた。

 手に残ったものを捨て去り、最後の一本を両手で構え、地を蹴り、最速で突きを放つ。

 騎兵の如き突進力を持ったランスチャージに対し、ただでは喰らわぬと黒泥は抵抗した。

 左腕を、無い頭の方へ伸ばし光を放つ。蒼い炎を燃やして直進する敵に、上から光線が迫る。

 昂る感情に反し、颯汰は冷静に呼吸を整える。

 心と表情が凍ったように無へ至ると、視界は闇に包まれていた。極限の集中が生み出す、死を回避するためのイメージが浮かび上がる。暗黒の中、光を辿ることで感覚的に答えは導き出された。

 そのまま真っすぐ入れば颯汰もビームの直撃を喰らう。だから先んじて槍の先端を撃ち放つ。


『行けぇえッ!』


 放たれて爆炎を上げる槍の先に、颯汰は間髪入れず加速し、飛んで行く槍に掌底を捻じ込んだ。

 左腕による正確無比な一撃――。

 後方が僅かにひしゃげたが、更なる加速を得て槍はビームの壁に溶けることなく勢いを失わず、それどころか破壊力が高まって不定形の泥に突き刺さった。

 めり込ませながら爆炎により加速し、街並みに黒い汚泥を散らしながら、泥人形だったものは目抜き通りを突っ切り、王都を囲う防壁まで届く。


『――やったか!?』


 丁寧に立てたフラグを回収していく。

 逃げ場を失ったがさらに泥は最期の力を振り絞るように激しい抵抗を見せ始めた。

 まだ弱点(?)の球体が破壊し切っていないと悟り、颯汰は近づこうとするが、正面から泥の弾丸が土砂降りのように射ち放たれた。颯汰は両手を盾にして凌ぐも、右目のすぐ下の表皮を切る。

 今までも充分に攻撃は激しかったが、その中でも群を抜くほどであった。下手に動けないほど絶え間ない銃撃の嵐であった。


「ソウタ!」


 どうすべきか考えていた。突撃すべきか、隙が生まれるまで堪え忍ぶか。迷っていた時、凛々しい女声が響く。己の名を呼ぶ声、顔を一瞬その方向に上げる。声の主は防壁の上、歩廊となっているところに立っていた。一瞬、日の光と敵の攻め手の激しさに目を細めたが、それが誰なのか悟り、驚きに変わる。

 銀の髪に燃える赤い瞳。

 黒い軍服に外套には栄える黄色の薔薇の意匠。

 魔人族メイジスの女。

 義姉になるはずだったもの。

 エリゴス・グレンデルが黒一色に赤い玉が埋め込まれた棍を握り、見下ろしていた。

 エリゴスの赤い瞳に宿る様々な感情を、推し量る事はできない。



(長くなったので削りました)

(コロナも花粉も、許さないよ)


2020/05/17

誤字修正

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