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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
偽王の試練
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65 災禍

 外では人々の声がする。それは賑やかなものではなく、静まった中でのささやきが、人の数だけ聞こえるせいで抑えた響動どよめきとなっていた。

 取り壊し、一度更地にした場所から聞こえていた、建築のための金槌の音や男衆の威勢のいい声もしない。食糧の配給に勤しむ女性たちや資材の搬入に奔走する輸卒たちの引く馬車のわだちの音が重なる喧騒も遠く失われていたように思える。

 エリゴスは、静かに言葉の意味を反芻する。

 突如現れた先々代の側室に選ばれた女と、その子供である自称アンバードの正当後継者。

 毒婦と罵られ、消息を絶っていた女。

 存在が今となって公となった少年王。

 最終的な目標は大方察することができる。混乱に乗じて己の幼い子を王にし、実権を握る事だろう。

 しかし、前王である簒奪者――迅雷の魔王の側近であるビム・インフェルートと会いたいという要求がわからない。


「……目的が、わからない。別段、拒む理由もない、正当な理由が。でも――何だかきな臭いな」


ぶつぶつと独り考え込むように呟いてからエリゴスは顔を上げて顎に当てた手を離して言う。


「夫を殺した男の側仕えに、恨みつらみの言葉でも吐きに? ……まさか復讐でも?」


 簡素な作りの椅子の上から見上げた目と合う。

 深く刻まれた苦労と忍耐の証たるシワに白い髭、それでも老いを感じさせない背筋がピンと伸びた物腰に、貰ったらしい片眼鏡を付けた姿は老執事風ではある。だが、その目の垂れ具合――絶妙に垂れすぎていない感じと不敵な微笑みが、怪しい手品師にも映る獣刃族ベルヴァの男、アモンだ。

 作業机の上に頬杖ついてぶつくさ文句を垂れつつ、長ったらしい報告書に目を通してはサインを続けて疲れ切っていた顔のまま、エリゴスは問うた。


「一概に、あり得ないとは捨て置けないでしょうな。直接手を出した訳ではありませんが、憎むべき相手が死んだ今、そのやり場のない気持ちを側仕えの者にぶつける――合理的ではありませんが、わからなくもないです」


「……あの男。発見時からずっと魂が抜けたような――覇気のない面で曖昧な返事しかしないままなのですよね、報告によれば。そんな輩に恨み言や罵詈雑言を浴びせようとも無意味な気がしますが」


そんな腑抜けた姿を見ればより一層、怒りが沸くのかも、と付け加えてエリゴスはまたもや思考に耽る。疲れはあるものの切り替えて幾分かシャキッとした表情となっていた。

 エリゴスが生まれる前の出来事である為、四世とシャウラの間には様々な噂は流れても真実は見知っていない。だから、


 ――シャウラ・ディアンヌは、王に対してそこまでの情を持ち合わせているのだろうか


 彼女に関する話は有名だ。何十年後かには寝物語ではなく、本となって(幾分か脚色されて)いるかもしれない。『戒め』としてだろうが。

 その端麗な容姿で人々をたぶらかせたとか、宮廷で好き三昧だとか……とにかく悲劇のヒロインぶった悪女という悪い話しか流れていない。

 それが全てだと断じるのは愚かと言えるが、少なくとも民衆に知れ渡るシャウラ・ディアンヌという像は、王を弄んだ麗しき伝説の悪女である。

 エリゴスもその妹ラウムもまた、母ではないが、貴族の一人にそんな話を聞かされていた。大抵は「ね? エルフは信用できないでしょ?」と付け加えられてだ。幼い頃は本当にそう思っていたし、今も正直その考えが根付いて離れていない。


「……もし、憎い相手に怒りをぶつける以外でなら、一体何を話すつもりでしょうか?」


「さぁ。私にはとても……。しかしあの竜魔、城の瓦礫で生き埋めとなったところ、発見されてからずっと――正確に言えば迅雷の魔王が死んだと聞いてからはあの調子です。拷問をしても何も語らず。命乞いも、殺せとも言わぬままの物言わぬ人形のよう。そんな彼奴にシャウラ様とて、話ができるとは思えませんからな」


「…………警備はどうです?」


「勿論、厳重にしておりますとも。本来は通常の刑務所のように面会は許しておりませんが……、まぁ相手が相手なので皆通すでしょうな、後が怖いので。それでも武器の類いも一切持ち込めぬようにとチェックはするはずです。安易に檻に近づけさせもしないでしょう」


「(もし五世と名乗る子供が正式に王座に就いた場合、か。権力に屈するとは情けない、とは言えんか)…………、迅雷という“魔王”が消えたから王位という空席に我が子を捻じ込もうとするのはわかります。でも、その魔王を討った男が次代の王となるだろうと囁かれ、実際に王都に向かっているというのに、こんな無謀な真似するでしょうか? 他の馬鹿(ボンクラ)どもすら大人しくしているというのに」


シーの民の名らしい白いオールバックの執事風の老人は笑みを消し、エリゴスと同じく真剣な顔をする。

 魔王を討った救世主――立花颯汰との付き合いは短かったものの、二人とも“彼”が前王のような悪逆非道を尽くすとは露にも思っていない。

 だがそれを知るはずのないシャウラがそんな危険な賭けに出るだろうか。もしも颯汰が迅雷のような性格であれば、五世と名乗る少年もシャウラもまた惨殺される事だろう。どんなに高らかに言葉で飾ろうとも、暴力によって全て捻じ伏せられる。


 ――まさか、自分の美貌で誘惑できるとかそんな浅はか過ぎる考え……、いや、さすがにそれは無いか。無い無い。あり得ないな


 エリゴスは己のくだらない考えを手を振り霧散させる。

 考え込む二人。ほんの少しの間だけ沈黙が流れたが、それも破られる。

 互いに、ほぼ同時に答えに辿り着いたのだ。

 エリゴスは柏手かしわでを、アモンは手をポンと打った音が重なって響いた。

 彼らの中で、魔王に比肩しうる力を持っていると思しき存在があった。魔王を殺すために生れてくるという『勇者』――その血で造られた物質。


「それを、どうにかできるかもしれない、すべ……ありますね」


「獄中のビムが一切答えようとしない謎の一つ! あの『泥』の秘み――」


 エリゴスの言葉が、それよりも大きな音によって覆い尽された。

 人々の騒めきの声も――復興への足音すら蹂躙していくように思える轟音であった。

 空気が振動しそれは伝わる。

 衝撃は建物どころか地面すら揺らしていた。


「――……つ」


言いかけた言葉がやっと喉から出たエリゴスは、閉められた木の窓を慌てて開け放ち、その光景に目を剥いた。


「――ッ!! なん、で……!」


 眼前に広がる街並みに合わない不自然なもの。

 海面から伸び、船を呑み込まんとする海の魔物・クラーケンの触手のような揺らめく黒の腕。

 件の“黒泥”である。

 絞り取った勇者の血に手を加えたという怪異が増殖を始めていた。

 さらに閃光が奔り、凄まじい爆音が響く。

 何かが遠くで爆ぜ、光が駆け抜け炎が舞い、黒煙が上がるのが見える。

 赤々と燃え上がる炎に、不気味なほど黒い腕が乱舞し、伸びていた。


「……どうやら、事態は悪い方向に動き出したようですね」


 老執事の穏健な表情を止め、真っすぐと研いだ刃のような目をして動き出した。


「私は行きます。エリゴス様は避難を」


そう言うと俊足の白狼の如く、振り返って呼び止める前に、既に部屋を後にしていた。

 部屋に残る他の文官やは棒立ちとなって事態をまだ受け入れられていなかった。


「あっ、待っ……――行ったか……。君たち二人は所属の騎士隊との合流し、現場の指示を仰げ。ただし人の保護及び避難を優先だ。私も出る」


 報告に来た二人の騎士にエリゴスは命じると、魔人族メイジス彼らはハッと現実に意識を戻した。


「なっ……! エリゴス様は――」


「座して指を咥えて待っていられるか」


 そう言うと軍服の彼女は部屋をさっと、飛び出していく。ここは木造の宿屋の二階。廊下のすぐ目の前に階段が見える。左から下るべきなのだが、彼女は真っすぐ進み目の前の手すりを掴んだ。右手で身を乗り上げ、ショートカットして降りた。部屋の入口前で驚く騎士たちに「今は緊急事態だ」と言い放ち、そそくさと宿から外まで出ていった。

 扉を開けると咽せかえるような熱気を感じた。

 鼻に刺さる熱さに混じる嫌な臭い。

 焼け焦げた異臭。

 昇る火の粉と煙。

 丸腰に見えたエリゴスは右手を開くと、そこに棍が出現する。黒く、真ん中に紅い宝玉のようなものが嵌められている武器を手に、彼女は走り出した。

 眼前に広がる地上の地獄。

 逃げ惑う人々の群れの先に暴れる元凶。

 黒いゼリー状のそれは、路地に染み込むように流れ、触れた石畳を焦がし、家々を発火させる。

 既に戦える者は武器をもって相手をしていた。

 誰もが何をすれば解決に至るのかわからない。「何故、私たちだけが――」そんな思いも浮かんでいた事だろう。

 この災害にも似た理不尽に対し、彼らは他者の命を守るために、耐えるしかない戦いに身を投じる。エリゴスもまた、武器を使って黒泥と対峙した。

 黒い波から伸びて揺らめく丸太の様に太い触手は見た目こそは柔らかいが、ぶつかると鋼鉄の鎧を叩いているような感触が伝わった。

 地を這う泥の方の動きは緩徐であるが、じわじわと溶岩のように勢力を伸ばして人々を追い詰めていく。

 剣でも切れぬ、矢では貫けず、弩でも仕留められない。騎士は楯を並べて攻撃を受けながら、耐えるしかなかった。

 そんな必死で防戦一方な状況が王都の各所で起こる中、広い十字路の手前で羽交い締めにされながら暴れる子供がいた。


「離せっ! 離すのだぁ!! 母上が! ははうえがあああっ!!」


 シャウラ・ディアンヌとアンバード四世の子、パイモンである。

 母シャウラが用事足しに向かったバーレイの地下牢ごと爆発し、さらに黒い泥が間欠泉のように湧き出た様子を見れば、こうなるのも仕方がないだろう。

 丁度、貴族の家で待機して貰おうとウマに走らせた直後であったから、距離もあって爆風に巻き込まれず済んだ。

 地下への入り口はどうなったか定かではない。二名の護衛も付けていたが……どういう結果かは想像に難くないだろう。


「いたッ!? ……痛ぅ! こっ、こら待てッ!」


 暴れるパイモンは押さえる騎士の二の腕に思いきり噛みつき、するりと抜けて走り出した。他の騎士五名も追いかけようとするが、丁度道の横から遮るように、黒い泥の侵食が始まっていた。


「母上……母上……母上……!!」


 パイモンは走る。もはや目の前は絶望で暗く、周囲の景色が視界に入っても、彼の頭の中には母親であるシャウラの事以外に処理できていない。そんな幼い足を必死に動かすものの、距離をあまり稼げず、さらに勢いよく転んでしまうのであった。


「――わっ!!」


 地面を滑る。

 膝の擦り剥けた傷が赤くなり、血がにじむ。

 パイモンは今にも泣きそうな顔となる。下を向いて痛々しい傷口を覗くと、辺りが少しだけ暗くなった。何事かと空を見上げるように顔を向けると、恐怖が襲い掛かる。

 自分よりも大きなもの――即ち触手がパイモンの真上に伸び、影ができたのである。

 自分の外へ向いていた絶望が、己の死という内側へと変わる。血の気が引いて白い顔が青くなった。

 言葉は出ない。

 泣き叫ぶこともできない。

 死が近づくが、あまりに突然の事に現実味がなく幼い彼はただ硬直するのみであった。

 動くのは己のまぶただけ。

 騎士たちの叫びも、熱さも、臭いも、何も感じない。

 その恐怖を、消えぬ現実を受け入れたくない――そんな複雑な感情もない。ただ反射的に、長いまつ毛のある瞼を思いきり閉じ、目にしわができるほどギュッとつぶった。

 黒い幹が暴風によって倒壊するように、小さき命を叩き潰しに振られる。

 誰もが彼の命もここまでかと思ったその時である。 

 その変化に最初に反応したのは殺意を向けられた“黒泥”自身であった。


 何かが落ちてくる。単に重力に引かれるだけではなく、自ら加速して落下してくる。


 星が、降った――。


 下ろしかけた手を止め対応しようとするも、それよりも速く、闇を照らす光が貫いた。樹海の大木に見紛う泥の腕を真っすぐ光が貫通した。

 痛覚でもあるかのように悶えて見えるのは、上から落下してきたものが貫いた事による衝撃で仰け反ったのだろう。


「――あ」


 パイモンはやっと声が出せた。

 蒼い炎を纏って降りたそれを見て感嘆の声しか出せなかった。

 男だ。黒髪の人族ウィリアだろうか。

 両脚と泥を貫いた時に使った左手の三点で着地をした。その衝撃で石畳はひび割れ、風圧で旅用の外套マントが大きくめくれれて、パイモンは再び言葉を失う。


 両腕と両脚に漆黒の防具、隙間から青く発光。

 ズボンはそこら辺にあるもので、革のベルトから短剣が吊るされているのも、何も変哲もない。

 彼が目を奪われたのはその背中――。

 放たれた銀の光は眩しいが、目を逸らさなかった……というより魅入られてしまっていた。

 痛ましい創傷から迸る光は銀色で、燦然と輝くそれは、幼い彼の心に大きく刻んだ事だろう。

 立ち上がり、振り返る青年と目が合う。

 十数ムートの距離を瞬時で詰めた。


『舌を噛む、黙っとけ』


 一瞬消えたのかと思った時には、パイモンの身体が宙に浮いていた。呆ける彼を横から掻っ攫うように脇に抱え、青年は脱出する。直後、パイモンがいた場所に泥の腕が力なく倒れ込んだ。

 泥は形を失い地面へ一度溶けたが、今度は更に三本、四本と数を増やして触手は立ち上がる。

 指を曲げる様に先端を、やって来た『外敵』に向けて――。


『この子を頼みます』


 そう言って騎士たちに拾ってきた子供を託す。

 口調こそ優し気であったが声の響き方が人とは異なっていたせいで、圧があった。


「あ、あなたは……?」


 動揺する騎士の一人が尋ねる。現れた黒い何者か。人々に対して敵意を見せない青年は、敵の方を見据えてから名乗る。


『立花、颯汰』


 言い終わるや否や、前へと駆け出していた。


「…………!」


 突如現れた災厄と、英雄を継ぐ者――。

 パイモンも騎士たちもただ呆けた顔でその背中を見送るしかできなかった。

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