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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
偽王の試練
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63 再起

 街は騒然に包まれていた。

 乱心した前国王たる破壊者――迅雷の魔王。彼は黒い泥を意のままに操り、自身が治めるはずの王都に対し破壊の限りを尽くさんとした。

 ここはアンバードの王都バーレイ。

 民を文字通り喰らい、自らを追い詰めた別の魔王たち(、、)を倒そうと本能のまま、手段を問わずに暴れ出したのである。そのせいで広い王都が黒く太い泥の触手によって蹂躙されたのであった。

 醜悪で異形、無意識に様々な生物を模ろうとする泥の塊に浮かぶ顔と声に民草は困惑した。

 迅雷の魔王と同じ声で人々を襲い始める狂気の物体。その黒泥の内部から天地を焦がす火柱と共に降臨する侵略者たる魔王。彼らは再び戦いを繰り広げる。

 神話時代を彷彿とさせる激しい音と光のぶつかり合いが奏でる狂想曲は人を酔わせた。忘我ではあるのだが、大方は眼前に起こっている事柄を現実と受け入れられなくて唖然としているだけというのが正しかった。

 直後、近くに落ちた泥の残骸によって正気を取り戻したものは悲鳴を上げて再び逃げ惑う。

 泥のもつ性質は“死”そのものであった。

 触れれば肌は焼け、呑み込まれれば確実に命は尽き、ヒトならざる存在へと堕ちる。

 魔獣、黒泥兵、死兵……いずれの存在に強制的に変質させる。それはまさに生命に対する冒涜と断じていい。自らもまた()を撒き散らす災厄の一端を担う怪物に成り果てるという代物だ。

 王の乱心時は、民を変化させずにそのまま身体を溶かしエネルギーとして吸収していたが、どちらにしても無辜の民にとっては、呑まれた時点で生命活動は終わりを意味していた。


 家々は燃え、川は汚染され、人々は死んだ。

 黒煙が昇り、肌は焼け爛れ、絶望が残った。

 倒壊した建物の瓦礫。

 都会風のそれは見るも無惨な姿と成り果てる。

 声が聞こえる。

 子を亡くした慟哭。

 親が目の前で自分を庇って死んだ深い嘆き。

 どこもかしこも燃え崩れ、赤く、黒く染まる。

 流れた血と臓腑の酸鼻たる景色。

 肉が焦げる臭い。獣の腹を裂き、中からはらわたを取り出す時にも似た死臭までもがする。

 地獄もかくやと言わんばかりの光景に、膝を突いて倒れ込んだ者もいただろう。

 この災いの主因たる魔王たちは既にこの地を飛び去った。黒い波動は血と泥を吸い上げながら紅の円錐を纏い、空へと舞い上がったのだが、完全に全ての泥を吸い上げた訳ではなかったのだ。

 全く動く事はなくなったが、先ほどまで命を奪い続けたそれに対する恐怖。

 いにしえの紅蓮の魔王の復活と王都への侵攻。

 迎撃するは圧政を強いる簒奪者。

 魔王を討つために降臨する“勇者”。

 制御が利かず暴れ出した泥に乱心する王。

 裂かれた雲の奥にある天空へ昇る大蛇。

 全ての事象があまりに衝撃が大きすぎた。当面の危機は去ったと気易く安堵はできなかった。昏く圧し掛かる無力感に身体をこわばらせ、硬直させる。未来への不安が思考を停止させてしまう。


 王都に住まうある男性は心が折れてしまっていた。

 何とか田舎から都会に住まう事が出来たというのに重なる不幸は心を折るに充分であった。

 両手の平と膝を突いて泣き崩れた。声を出さすに零れる雫。感情が爆発する。叫びが口に出かかったその時である。


「ぅぅ、う、うぁ――」


「ぼぉっとしてんじゃないよ!」


叱責の言葉だと認知する前に、崩れ落ちていた平民の男の尻と右腿辺りに衝撃を受けた。決して強い蹴りではなかったが押されて男は横に横に転がってしまう。仰向けとなり何が起きたかわからい顔をしている男に、蹴りを入れた女がカツカツと速足で近づき手を差し出して言う。


「大の男が情けない。伏してる暇があるんならウチの母さんを運ぶのを手伝っておくれよ!」


「え……あ、……はい」


 王都に蔓延していた死の気配の後、失意に満ちたこの都にて、最初に声を大きく上げて人々を立ち上がらせたのは魔人族メイジスで市井の女だ。

 宿屋兼酒場である《赤の煉瓦れんが亭》の若女将である。


「そこのアンタ! 何してんの! こっちの瓦礫をみんなで持ち上げるんだよ! ホラ一緒に……せー、のっ!!」


 次々と人々に声をかけ、巻き込んでいく。

 母親とは違いほっそりとしているが、健康的な肌の色と赤い目に宿る強さは譲り受けていると見ていいだろう。白いエプロンにドレスではあるがメイドとは違い女給の、彼女の店の制服である。

 解けば腰まではあるだろう、流れる星の河の如き銀の髪を一本に束ね、さらに頭はホワイトブリムではなくスカーフを巻いて被っていた。

 そんな女は威勢のいい声を上げ、平民だろうと騎士だろうと構いやしないで発破をかけたのだ。


 

「……よぉーし、ここいらの消火はだいたい済んだね。次は街中を巡るよ!」


「お、おう……」

「いやしかし、我らは騎士団長を探し、指示を仰ぎに――」


「――今、いない奴を頼るんじゃあないよ! 自分の頭で考えて行動しな! 捜すんなら医者とかにしときなさい!」


「し、失礼した……」

「も、……申し訳ない」


「ハハッ、諦めな騎士の旦那たち。姐さんは俺らより若いが肝はそこらのババアより座ってやがるし、そこらのババアよりも頑固だ。俺もそれらしいのを見かけたら教えっからよ。今は姐さんと一緒に人命救助を先にやってやろうぜ?」


 うら若き乙女に向かって婆呼ばわりをした罪に対する制裁を受けて、頭をさすりながら店の常連らしい魔人族の髭面の男は歩き出した。

 生き残った者たちは前に進まねばならない。

 折れているばかりでは、生きていけないから。

 追いやられた魔族と蔑称された彼らはわかっていた。喰われて死んだ者たちの残った部位や崩れた建物に押しつぶされて死んだ遺体を弔わねば。

 死した亡骸と別れを告げて前進すべきだと各々が気づいた。だからこそ、立ち上がれた。

 建国時以来、彼らは手を取り合って、都市を再生させるべく動き出した。

 頭で考えずに手足を動かすことで、心にある不安やわだかまりを一時だけでも忘れられた。それは現実逃避とは異なる。いつまでも負の感情に漬っていられない。

 次第に『声』は波となって伝播していく。

 希望の燈火は松明たいまつから松明へ渡る。

 呻き声、歯を食いしばって彼らは前に進むことを選べたのだ。


 そうして月日が過ぎていく。

 二か月後――醒刻歴四四三年。雲の月の末。

 あと何日もしないで樹の月となる頃合い。


 街は喧騒に包まれていた。

 男の雄叫びに、女の怒声、交じり合うが悪い響きにはならない。

 瓦礫の撤去や人命救助、力仕事をやる男たちを支えるために女たちは炊事の準備に取り掛かる。それが彼らの日常となっていた。

 傷ついて酸鼻たる都を、自分たちがこれまで――これからも生きていく場所を取り戻すために力を尽くしたからこそ、街は復活の兆しが見えた。

 生き残った騎士の面々も、心は苛まれながらも立ち上がり、士気を高めて復興に協力をした。

 

 ただ一点、放っておいた問題もある。

 その歩みを阻むものが道に転がる。

 倒壊した建造物ではない。

 泥の塊だ。

 命を奪った得体の知れぬ何か。

 残った泥はえも言えぬ独特な臭い、煤焼けたような焦げたかんじに薄っすらと腐臭、あるいは硫黄に近い臭さを漂わせている。

 さすがに素手で触るにははばかれる物体。

 二月も放っておいたわけではない。

 最初は動き出すかもしれない、と危険でないだろうかと放置していたのだが、邪魔であるし、川の水まで汚染しているため撤去をしようとした時、それは動き出した(、、、、、)

 数瞬であったが、近くにいた六名が負傷し、その内二人が亡くなってからには慎重となる。学者や賢人を集めて対策を練ろうにも人手も足りず、『触れず、近づかず』という選択を取らざるを得なかった。住民たちも死人が出れば仕方がないと肩を落としていたが理解を示した。

 この泥の正体を、民は知らないが、騎士たちや一部の者は知っている。『勇者の血』を“加工”したという兵器である事を。だが彼らも操れば強力なものであるという認識はしていたものの、詳しい事は何もわかってはいない。迅雷の魔王もその宰相も口を割らなかったのもあるが、盗み聞いた者が幾人か処刑されたのを知れば、これもまた触れてはならない領域だと認識し、納得するしかなかったのだ。

 だから、誰も正しい対策を知らない。

 一番何か情報を知っているであろう男を、今は牢屋に閉じ込めているが黙して語らずにいる。拷問をしようが決して吐かないままであるのだ。

 何時までも放置し続ける訳にもいかないが目下の問題は他にもあり、山積みであった。

 王の不在が大きい。

 先々代の血筋は迅雷の魔王によって断たれた。

 そこで王を決めるための協議が執り行われるのであるが、肝心の次期国王候補がヴェルミ南部へ逃亡――おそらくは育った村に行ったのだが、戻る最中にトラブルに巻き込まれたらしく到着に遅れているのだ。各方面の辺境を護る騎士団長たちも集まっているというのに、と漏らす者も少なからずいた。

 その不満を口にした一人――が苛々を隠さずに渡された書類に目を通していた。

 家々の補修、王都を囲う壁の修復を急ピッチで進める中、今この王都で全指揮権を何故か譲渡され、書類相手に睨めっこを続けていた女だ。


「は? 新しい都市を作るから人材を寄越せ? ふざけるなと突っねろ!」


 場所は、単なる宿屋の一室であった。

 理由は被害がなかったのと、一番街の中心に近いところにあるからである。

 黒の軍服、黒のマントには黄色の薔薇が大きく描かれたものを付けさせられた女は吼えた。

 忙しく銀の前髪を頭の上で束ね、赤い瞳は怒りに滾る。魔人族メイジスの女――エリゴス・グレンデルと名乗った者である。

 言葉遣いは元より男勝りで軍人としてたゆみなく毅然とした女性であるのだが……今の彼女はあまり他所では見せられない、目の下に隈ができるほどの修羅場を体験し続けている作家のような顔となっていた。

 吹き飛ばした書類を拾い上げ、官人は王都の様子を見ればもっともだと納得していて、礼をした後に退出をした。その後も苛烈に怒りをあらわにしようとしたラウムであったが、深呼吸をして我に帰る。息を吐き出す音に怒気はありありと感じさせていた。


 ――アンバードは未曾有の危機に直面している


 エリゴスは思う。

 民が大勢死んだ。さらに、その中には有能な貴族たちも多くが巻き込まれた。城に宮廷、貴族の住む区画が泥の侵攻にあったせいだ。


 ――多くは死に、血筋ばかりを気にする無能なボンボンばかりが残っている……。今は騒動があるからわりと大人しいが、いずれは前のように、迅雷の魔王と一緒にいた頃と同じく無用な宴と平民に対し何かしらの問題行動を起こすかもしれない……。いや、もしかしたら――血が断たれた今だからこそ、自分こそが王位に就くべきだとほざく輩も出てくるかも……、既に狙って動いているネズミがいてもおかしくないわね……


 エリゴス次の書類に目を通し、問題がなかった為にサインを書いてもう一方の山に重ねた。

 彼女がこのような仕事をしているのは他に任せられる者がいないのと、自分がかつて所属していた騎士団の者たちに頼まれ、仕方がなくだ。血筋だけが取り柄――過去の親や祖先の、『他人』の功績に乗っかっているだけの愚物たちに任せる事は出来なかった。

 彼らも次期国王に連なる貴女にこんな仕事をさせられない、と言い始めて面倒であったがなんとか死守できた。彼らなら国外へ横流しするというトンデモない事をしでかしても不思議ではないのだ。

 それにかなり早い段階で次期王との関係に気づいたのも厄介であった。

 彼がボルヴェルグの遺児であり、父である英雄を死に至らせた迅雷の魔王への復讐を慣行した“魔王”である、と。さらには古の紅蓮の魔王の盟友という話までが語られるようになった。

「英雄ボルヴェルグも他所国で、しかも人族ウィリアの子を産ませるなんて地の底に落ちたな」などと言った輩にエリゴスはブチギレて本気殺そうとしたが、今も職業軍人である元同僚たちに全力で、羽交い締めにされながら止められた。

 父が息子として引き取ろうとした件の少年――迅雷の魔王を討ったことで、周りの者から王に仕立て上げられようとしている人族ウィリアの子。

 おそらく紅蓮の魔王か魔女、あるいは二人が結託して彼と父・ボルヴェルグに繋がりがあると言いふらしたのだろうと睨む。

 血縁という繋がりはなくとも英雄の子であり、魔王を討った少年王という強力なストーリーを持たせることが目的なのではなかろうか。

 少しばかり……いや、かなり気に入らない手段ではある。しかし結局のところエリゴスは仇は討ってもらい、彼自体は元の世界に戻るために、王という地位が有用であると判断したらしい。であれば、文句は言うまい、と決めた。

 王座に無能ではあるが権力に固執する貴族が握るくらいなら、二柱の怪物の操り人形であっても、彼女の知る限り、狡猾に自分の利益のためだけに民を苦しめやしないだろうと思える。少なくとも三人のボンクラ共よりはマシだと息を吐いた。



 穿ったエリュトロン山脈の地形を利用して新都市を造るのは勝手だが、此方も人材も資材もカツカツだという事を理解して欲しいとは思った。

 店が物理的に潰れて職を失った者も確かにいるが、それ以上に都市の、ヒトの被害は甚大であったのである。復活したてで事情もよくわかっていない紅蓮の魔王であるが、愚者ではないので納得するだろう。

 吐く息に感情を乗せてだいぶ平静さを取り戻した。顔色は然程良くないが、まだやれると気合を入れた。


 その時彼女は、まだ問題児が一人、東からやって来るとは思いもしなかったのである。さらにそこを起点として、この地に再び地獄の門が開かれるとも――……。


×酒屋→○酒場

どうしてこんな間違いを……。

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