表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
偽王の試練
173/423

59 騎士の忠義

  かつて、ヴァーミリアル大陸にて大きな戦争が起きた。大陸中を巻き込んだ争乱であったが、それも終わりを迎えた。

 傷ついた民――人族ウィリア耳長族エルフ以外のヒトの、魔族と蔑まされたものたちは流れ、西の荒地にてアンバードという国を築く。人々は最初こそは種族間の諍いなど起こさず、建国に尽力するほど協力的であった。互いの長所を有用に使わねば資源が乏しい国だったから生きていけないとわかっていたからである。

 そうして生まれた小さな国を魔人族メイジスのアンバード王が治め始めた。

 小さな王国は次第に力を付け、ついに、かつてマルテ王国の領内でもあった辺境の西部全土を支配下に置けるようになった。……マルテにとって、作物が育て難いのと南西の暗黒大陸からやって来る魔物が脅威であった、さらに別の目的の為にあえて放棄したという見方が強い。

 そうして得た安寧たる彼らの居場所であるが、平和は長続きはしなかった。


 まずは土地が悪かった。

 作物が育ちにくく、家畜にし辛い種の魔物も跋扈している。無論、暗黒大陸であるカエシウルムと比べると雲泥の差ではあるのだが、それでも生きるにはそれなりに厳しい場所であったのだ。

 隣のヴェルミが青く見えた。

 実際大樹セラフィーの加護により、木々も実りも充実していたのである。

 欲しかった。

 奪いたかった。

 だが、戦争を行うにも物資が足りない。糧食も武器も、ヒトも技術も何もかも足りなかった。

 無理して出兵し、領土を奪い、奪い返されるを繰り返したが、結局は損失の方が大きくなる。

 堅牢なヴェルミの守りに攻めあぐね、略奪しようにも敵は既に対策済みで食糧庫は空っぽ。それでも進軍しようものなら、伏兵によって補給線が断たれ、兵糧の維持が困難となり撤退が余儀なくされた事もあった。

 ヴェルミからアンバードを攻める事は殆どなかったのが救いか。既に王位についていたウィルフレッド王が何を考えているか計れない鋭い目で未来を見据えているかのように「小物なぞ相手するだけ無駄ぞ」と言い放ったという。


 実はその影――ウィルフレッドとアンバード王とに間に密約が交わされていた。

 互いの民を御するべく、抑えつける為の楔――王たちは互いに了承したうえで、相手の国を邪悪であるかのように教育を施したのだ。

 これは国へと向く民の怒りや不満を相手国に逸らす役割がある。貧しいのも、満たされないのも、すべて『あの国が悪い』と矛先を変えるためだ。

 最初期こそ本気であったが、途中から戦争は茶番と化していた。それに気づくものは少数のみ。

 温和で余裕のあるヴェルミと違ってアンバード側の憎悪は増していくばかりであったが、ついぞ勝てる日は来なかった。――災厄の化身たる“魔王”が現れるまでは……。


 建国の王たるアンバードの孫――アンバード三世が老齢に差し掛かった頃である。

 父王の手腕により諸外国――北のアルゲンエウスと西の巨大な湖である『巨竜の瞳』の先にあるエルドラントのものとの交易が成功したため、食糧難はある程度解決した。

 民はいつかヴェルミをりたいとは思ってはいるが、前の世代ほど狂乱してはいなかった。


 しかし、感情が鳴りを潜めた訳ではない。

 また最悪のかたちで表に出て来ていたのだ。


 居住を得たからこそ生まれる種族間の軋轢あつれきは避けられない。

 差別された者同士、手を取り合う――というのは幻想にすぎない。支え合い立ち上がるにしろ、互いに傷を舐め合うにしろ。永遠には続かない。

 時が経つに連れ、齟齬そごは致命的な形となる。

 弾圧され弱者として扱われた者たちは、その“傷”を忘れることはない。忘れることはないのだが、多くはその“傷”の癒し方がわからないのだ。だからたまに間違った方向へ、間違った方法を取ってしまう場合がある。

 彼らは同じ仲間の中で劣った者を――数が少なく弱い者たちを捌け口として求めてしまった。

 この世界において生態系の頂点に立つ『竜種ドラゴン』。しかし、その姿を見たものが久しくいなかったからか、あるいはその角や肉体的特徴から『悪魔』と見た者がいたからか。

 竜魔族ドラクルードは一時期、奴隷という身にまで落ちかけていたのだ。蔑まれた中でさらに堕とされ、見捨てられた貧しくて汚れた区画に追いやられていた。

 誇りも失われ、ただ恐怖に怯えていた。


 魔導の徒である魔人族メイジスを憎み――。

 天性の肉体を持つ鬼人族オーグを畏れ――。

 流麗に泳ぎ、逃げた海鱗族セーレを恨み――。

 自由に生きる獣刃族ベルヴァを妬む――。


 そこへ、竜魔族の女が立ち上がった。

 卑しい身分だと罵られながらも華麗に立ち振る舞い、その一挙手一投足が儚くも美しい深窓の令嬢を絵に描いたような少女であった。……そう見た目だけは。その内に潜む醜悪とも呼べるコンプレックスと飽くなき向上心が世を変えるのであった。

 老いた国王は一目でその麗しさの先に抱く燃えるような感情を見破った。

「あれ、やべえな」とは謁見の間にて当人を下がらせた後に王が呟いた言葉である。

 周りの臣下たちは気づかないと見ると、王は深い溜息を吐いた。たった一瞬で内乱の可能性まで予期したという。

 竜魔には『継竜』と呼ばれる特別なものが生まれると聞いたが、あの魔性こそそうやもしれない――放っておけば拙い。しかし討ち取るのも上手くいかないような気がする。何よりその女の能力が多方面で優秀すぎて切るわけにもいかない。老いたせいで心配性となったかもしれないが笑って捨て置くような些細な問題ではない、と断じた。

 優秀ではあるが、同時に手元に置くには持て余す竜魔族の女を、貴族と連携して辺境の地まで飛ばす事に成功した。

 報復を恐れた老王であったが何か手を打つ前に病にて急逝。代わりに王を務める四世は……いわゆるボンクラであった。彼女を追い王都から出ていく竜魔族を引き留めず、放っておいたのだ。

 地方に散っていた者も、心折れかけた者たちも、南西の砦へ足を運ぶ。既にそこは竜魔族の女領主が治める土地となっていた。

 叛逆の刃を研ぎながら、奴隷に近しい身分まで堕ちていた彼らは誇り高き貴族――騎士となる。

 家族のいない者については使用人として女領主は引き取った。

 触れれば砕け散ってしまいそうな少女は、いつしか王位を狙う蛇となった頃――鉄蜘蛛の襲撃という悲劇に見舞われるのは後の話である。

 ゆえに、コックムに住まう竜魔族ドラクルードは己の今の地位を誉れ高いものであり、それを与えてくれた女領主アナトに絶大な信頼と忠誠を誓っていたのだ。



 りょうりょうとトランペットの音色が響いた。

 何も知らぬ馬車の中にいる逃亡者たちは一部を除いてまたもやびくりと身体を震わせた。


「ちょっ――ちょっとこれって……!」


「ウマの足音……、この馬車じゃない……! すごい数の……!」


エルフの兄妹が聴覚から察知した。

 御者台にてウマを操るウァラクは音色が響いた瞬間に、クールな表情は崩す事はなかったが、とても重苦しい顔をしていた。遠くから迫る存在が何であるかすぐに認知したのだ。

 蹄鉄の音が幾重にも響く。

 徐々に大きく、迅速に降りていく。市街戦に特化した部隊が大通りを走ってきたのだ。

 意味もなく出動したわけがない――答えなど限られている。


「追手か」


その言葉を呟いた主である紅蓮の魔王を皆が見やる次の瞬間――。


「ハイヤーっ!!」


 声が幌の外の割かし近い地点から聞こえてきた。張り上げた声の方へ意識が持っていかれた。

 それは今しがた通り過ぎた路地から現れた。ウマの腹を蹴り、追走するは騎士であった。

 騎士に選ばれるのは貴族階級を得た者たち、あるいはそれらの子たちである。

 狭い路地――最もこの馬車に接近する一人の騎士が馬車が通った道へと出る際に、大剣を家の外壁のモルタルに当て擦りながら右へと曲がり、石畳にも触れて火花を散らせながらウマと共に道端の木箱を飛び越えるが為に跳躍した。

 衣服こそ清廉潔白の気高い騎士のそれであるが、中身はまだ若さが迸っている。


「――そこまでだ! 邪悪なる魔王よ!」


「……………………うわあ」


思わず魔王――と思い込まれている立花颯汰は額を押さえた。聞き覚えのある声である。沈んでいた重苦しい空気を、目に見えないから全く読む必要がないと開き直るような、若く自己陶酔に漬った声音であった。

 それは颯汰が屋敷で爆走しているさ中に出会った。他の戦士より身なりが綺麗な竜魔族の男である。その佇まいから騎士である自分が誇りであり、それ以外を見下す驕りが見え隠れしていた。

 一度“魔王”に倒されようが起き上がって立ち塞がることこそが使命なのだと、命知らずの若き騎士は奮い立ったのである。頑丈すぎるとも言える身体に、猪突猛進ともいえる勇猛さを有したこの若人は比較的軽傷で済んだゆえに、見てしまったのである。応接間の惨状を――。

『――……ッ!!』

 怒りで声が出ないのは初めてであった。

 彼が訪れた時のは何もかも過ぎた後である。

 道行く先々で人が死して、応接間も家具は砕けて散乱し、べっとりと血の跡やら、何やら儀式めいた砂の山が点々とある始末。

 問題は、女領主の姿が見当たらない点だ。

 さらに兵の報告によると領主の娘である姫――アスタルテまで連れ去られたと言うではないか。

 彼は激昂した。

『何という邪悪の所業か。必ず取り返さねば!』

 メイドの報告では女領主と“魔王”が協力関係を結んだと確かに言ったのだが、この男は話をきちんと聞いていなかった。己の目で見たものと情報を都合よく捻じ曲げ、「そうであるに違いない」と断じたのである。稀にこういった類の人間が本当にいるから恐ろしい。相手の意図・真意――心の奥の感情は誰の目に見えないからこそ、その熱に呑まれる前に深く考える、あるいは手持ちの情報を精査する必要があるだろう。

 ただ此度はあまりに異例すぎる。正体不明の怪異の出現は誰も想定できるものではないし、その存在を知覚していない彼らが、こぞって“魔王”が関与していると思い込んでもまた仕方がない事ではあった。


「さぁ! 馬車を止めるんだ! 我ら騎士団が参ったぞ! 安心して降りるがいい!」


大通りの方をウマが列を組んで走るのはやはり騎士の一団であった。

 騎士の若者が接近する。


「……どうやら、私を保護しようと考えているのですね――ですが」


ウァラクが呟く。追走する騎士の口ぶりからは敵意は感じない。善意ではあるのだろうが、彼女はもう女主人の最期の願いを叶えると決めていた。止まる道理はない。

 手綱を操り、ウマを加速させる。荷馬車とは思えぬ速度だ。この世界の戦車チャリオットも引けを取らない。馬車にしては速すぎると思わず颯汰が叫んでいた。

 小回りは利かなそうであるがそれこそメイドの手腕と判断力の見せ所、緩やかな坂のカーブを曲がりつつ、家々の隙間――通れるがほんのわずか車体がズレれば擦るような通路へ入って行った。


「今です!」


ウァラクが告げると、後方へ空箱が落ちていく。幌の内側に隠れていた男衆が不要なそれを蹴って転がしたのであった。


「何だと!?」


急に出現した障害物、加速して飛び越えるには少々距離と場所の狭さが心許なかった。例え追おうにもウマが嫌がっただろう。手綱を引いてウマを停止させる。前脚を上げ、いなないた。


小癪こしゃくな……! 魔王めッ!!」


若者は猛る。すぐに道順のルートを選び、彼らを追う。姿が見えなくともどこを目指しているかは明白であった。この城塞都市は周囲を壁で覆っている。隠し通路もあるが、通常出るには門を通らねばならないのだ。


 馬車は大通りに飛び出し、門が見えてきた。


「見えました! このまま行きます!」


 ウァラクが前方を睨みながら叫んだ。

 門は開け放たれていて見張りの兵はいない。応接間で一緒になった二人のメイドたちが先行して開ける手筈となっていた。彼女たちも怒涛展開に状況が読み込めていない様子ではあったが、それでも主人たるアナトの願いを理解したからこそ、颯汰たちと一緒にアスタルテを街から逃がすのを手助けをしたのだ。

 それにあの場にいたからこそ、この地に残るのは危険であると判断できた。慣れ住んでいた土地を去るなんて簡単にはできないものだが、事は命に関わり――たまたま屋敷で使用人をしている者は身寄りがない者ばかりであるからこそ、共に逃げるという道を選べた。

 しかし、功労者たるメイド二人の姿が見えない。既に門の外にいるのだろうか。とにかくまずは外に出る事を優先させた。


「――ッ!!」


 だが、急に馬車が止まった。

 ウマのいななきが響く。中の残った木箱が崩れそうになるのを何人かが咄嗟に全身で防ぐ。

 何事かと外の様子を覗き見ると、前方に人影が見えた。


「外の鬼人どもを中に入れぬため、先んじて譲渡した要求通りの品々。それを運ぶための馬車で逃亡とは――中々、小賢しいではないか」


 どこか嫌味ったらしい声。

 立ちはだかる騎士から発せられた。その両隣に重装の騎士が三騎ずつ。騎乗するウマまでも鎧を身に纏っていた。門番を担う者たちであろう。

 さらに馬車から見て右の傍らに、別れて先行し門を開けさせに向かわせたメイドたちが拘束されているではないか。


「ああ。門は閉じさせて貰うよ。そこのメイド二人が随分と頑張っていたが、可哀想に。恐ろしい“魔王”に脅されて我々騎士を裏切る破目となるとはな」


 鉄と樫が使われた大扉がゆっくりと閉められていく。馬車の後方からは武器を携えた騎士の団体が迫る。激突は避けられなかった。

2020/06/08

一部誤字の修正

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ