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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
偽王の試練
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55 雲散霧消

 激しい憎悪が身を焼き尽くさんとする。


 呼応するように殺到する異型の怪物たちは、眼前に立つ者よりも強い“憎悪”に反応した。「この外敵は危険である」という注意と呼ぶよりも、ただそういった機能が備わっていて、それに準じた形なのだろう。


 宿主の肉を貪り、ただいたずらに生命をおびやかす。

 そこに怒りも憎しみも無い。

 享楽も愉悦も存在し無い。

 だからこそ――。

 だからこそ許せなかったのかもしれない。


――思考が深い海に落ちていく。


 誰が、あれらを作った?

“魔獣”に似た人工生命体。

 これらは欠けている。不完全だ。

 外気に触れ、時間経過で細胞が壊死していく。

 常に行っている細胞の自己修復も新たな形へと構築する進化も、寄生した生命のエネルギーが尽きれば終わる。

 試作品?

 黒泥ドロイドが完成形であると仮定すれば、足りない要素は“勇者の血”に違いない。


『あの禁忌の怪物を生み出す術を教えた者』は?


 夢の中に現れたあの男は言った。

『“勇者の血”について教え――戦争に至るまでは“奴”の仕業だ』と。

 その真偽を今、確かめる方法はない。

 討ったとはいえ敵である者の言葉を安易に信じるべきだろうか。


 真実ヲ見極めルためニモ――。


 わかりきっている。

 ここを越えねばならない。


 ――殺スシカナイ。


 殺セ。殺セ。全テ、殺セ――。


――駆け巡る膨大な情報から選び出したのは歪んだ答えであった。


 自分が正義であると驕るつもりはないが、少なくともこの生物は倫理的にもルールを逸脱し過ぎている。

 あの生物を生み出したものの意図までは到底わからないが、純粋に『魂』が許容できない。――内に潜むものと表立つ少年の双方が似た感情を抱いたからこそ、“同調”が始まったと言える。


 微睡む意識と正反対に殺意は強まっていく。


 眼前の怪物たちに劣らない歪さが溢れ出す。

 刹那の間に、思考と記憶の奔流が駆け抜けていった。そこに割り込む強烈な意思が姿を現し出した。


『…………』


 項垂れた顔をゆっくりと起こすと、それはもう“獣”へ変じていた。

 少女を背負い、支えていた右手を外す。少女は眠りながらも今まで通り懸命にしがみついた。

 彼はそのまま――息を吸って吐くよりも自然体で、憎悪に身を堕としたのだ。

 先ほども脅し程度のつもりで解き放った獣性であるが――顔まで濃紺の闇に包まれ、蒼銀の瞳が光るという同じ姿であるはずなのに、纏う冷たさがまた各段と上をいっていた。

 どうあっても恐ろしいのは人を殺し始めたグロテスクな怪物たちの方なのに、その存在に誰もが目を離せない。瞬きを忘れるくらいに引き寄せられ、瞠目してしまう。


“獣”はその空いた、唯一自由の利く右手を開き、前に突き出す。開いた指先の関節が曲がろうとする度に、右腕に装着された黒の籠手を覆う鎖の亀裂が奔った。迅雷の魔王と戦った際、紅蓮の星剣を振った時にひびが入ったそれらは、更にミシミシとひび割れ始めた。

 裂け目から漏れる光は銀色で、亀裂が増える度に眩しさは増していく。

 遂に、それは世界を包むほど眩く輝いた。

“力”は深く溶け込んで、癒着し、一体となる。

 抑えつけていた本能を、理性で御するがヒトであるならば、憎悪に身を焦がし殺意を振り撒くは“獣”なのであろう。その強大な力を使いこなし、一見すると従えていたように思えたが、颯汰自身が感じていた不信感は正しかったと言える。性質たちが悪いのは立花颯汰の意思を尊重しているていを取っている点か。怒りを以前より過剰ではないが通常よりも強く感じさせ、何時でも油断さえすれば、委ねさえすれば肉体の主導権を奪い取ろうと画策している。

 それに気づいていても颯汰がこの闇と付き合う事を選んだのは、リスクを承知の上で元の世界に戻るための足掛かりに相応しい人外の力であったからだ。

 だから今回は譲る事を選ぶ。

 己では場を制圧するに足りないと自覚していた。


 ――頼んだ


 心の奥底にある深い闇の淵に佇む存在に颯汰は声を掛けた。

 睨む瞳は魂を射抜くほど冷たいが、応えてくれた。



『――シィィ………………』


 あまりに強い怒りに叫びすら失い、息を吐く音が静かに耳朶を超えて、脳に直接響く。

 閃光が駆け抜け、束の間の静謐が訪れる。

 一瞬、たじろぐように動きを止めた怪物たちは再び“獣”へ襲い掛かろうとする。

 纏う雰囲気こそ変化したが、状況は未だ絡みつく触手により身動きが取れていない。

 手足を三方向に引っ張られ、空いた手であろうと武器を掴むのは容易ではない。

 たどたどしい動きから徐々に加速してその殺意の出どころを消去しようと迫る異形の者たち。

 未だ意識のある生者は悲鳴を上げ、乗っ取られ死した者は血が混じった唾液を滴らせて――。


 対する“獣”は祝詞や呪文のようにつづる。


『第一拘束、強制解除を確認。意識掌握の完了。次いで第三拘束、限定解除。右腕リアクター展開、フルドライブ――』


 吐息に全ての感情を乗せて吐き切ったかのように機械的で冷たい声であった。その声の後、右手が強い光を放ち、装甲部に変化が起こる。封印が解かれ、瘴気の鎖が砕け、飛び散っていき 霧散しては溶けていった。そして、籠手は変形し輝ける蒼が露出させる。

 それは、脈動と呼ぶには荒々しく、鳴動と呼ぶに相応しき光を有していた。


『右腕兵装――「チェイン・エッジ」起動』


 擦れるような駆動音。そして、その言葉が各々の耳朶に届いた時には“獣”は自由を得ていた。


「「!?」」


手足に絡みついた触手のロープを切り落とす。この場にいる誰もが見知らぬ類いの武具によって。

 手首から手の甲を覆い、伸びるそれは剣のようであった。柄がなく腕と一体化している。

 注目すべきはその特殊なやいばであろう。

 剣身に突起したが青空や清らかな泉のように青く美しく輝いている。

 勇者であるリズや歴戦の猛者であったアナト、視力までも良いエルフであるエイルにはそれが剣身に沿って高速で移動している事に気づいた。

 連なった刃が回転するそれは、この世界に未だ存在していないチェーンソーと呼ばれる道具に酷似していた。

 鎖鋸くさりのこが唸り、一瞬で手足を縛る肉を断つ。未だ左手に絡みつき、もぞもぞと動いている気色悪い肉の塊を右手で掴んでは床に叩きつけるように投げ捨てた。


『正常動作を確認。対象の駆除を開――』


そこまで言いかけて、一旦止める。


『――訂正、最優先保護対象の譲渡を開始』


 次は左手を背中へ回す。“黒獄の顎(ガルム・ファング)”を生成し意識を取り戻していないアスタルテの襟首辺りを優しく掴み、引き剥がしに掛かる。無意識でも離れんと自身の両手をぎゅっと握りしめたところを“獣”はこれまた奇妙なほどに優しく、そっと触れるように手刀を置いた。引っ張られた両手の間に置かれた黒い手に当たると、彼女の両手が静かに外れる。両腕を開き後方へ落ちるように天井を仰ぐ少女であるが、そのまま床に倒れる事もなく、地面すれすれで黒い靄が彼女の全身を支えた。その後、絨毯の上を滑るように瘴気がアスタルテを運び出す。母親であるアナトの方へ瞬時に運び、着いた時に眠る少女の身体を起こす。驚き咄嗟に両手を広げた母の胸に娘を預けて闇もまた消えた。解き放った力は|黒獄の顎――黒の瘴気の射程距離さえ伸ばしたようだ。

『保護対象、譲渡完了』と言い終わる前に、魔獣もどきが襲い掛かって来た。無防備となったアナトや他の存在に目もくれず、長く、先端が重い腕を縦から振るわれる。

 振り落とす鎚の如き一撃。

 だが、聞こえるはずの音がすぐにしなかった。

 ヒトが潰れる音も、床を叩く音もだ。――遅れてやってくるのはゴトリと重いものが落ちた音。

 その鈍重な攻撃を“獣”は受ける必要はなく、避ける必要もなかった。


「キシャアアアアア!?」


 悲痛の声を上げる“魔獣”もどき。

 そんな怪物の手首が切断され、落ちたのだ。

 噴き出す血飛沫の音と耳障りな声が重なる。

 身体で覚えた縮地の走法を用い“獣”は魔獣の右手を斬り落としたうえで、一気に走り去り、斜めの壁に飛び込んだ。重力を感じさせない――壁に垂直に着地して、バネの様に飛び跳ねてさらに加速する。飛び掛かる野生の猛獣にも似たそれもまた、ヒトと乖離した姿と言えよう。


『一つ』


リズの目の前の――双鎌剣で相対していた敵に、斜めから飛び込み、着地と同時に斬り伏せる。

 一瞬で、変異した腕と胴体を二分割した。切り口から出血はなく、焼かれて止血されている。

 さらにそこから加速する。すぐ近くのエイルがいる方の変異した怪物も同様に、潜り込むように移動し、下から腕を振って切断してみせた。


『二つ』


 一瞬での出来事であるが、怪物たちもそれが外敵が起こした反撃であると認めると、冷静に対処しようと動き出す。

 最初に暴走しリーダーを射殺してしまった者はすでに“獣”を目視で捉え、触手を伸ばす。

 腕は巨木の幹となり、先端は鋭利なものとなっていたが、伸びきる前に割れてしまった。

 右装甲の蒼炎が燃え上がる。同時に回転する刃の隙間から鬼火がボゥッと立ち昇るのが見えた。

 凄まじい衝角のような突きを放ち、正面から衝突し合ったが、鋸が勝つに決まっている。そのまま前進され、触手は先端から裂けていき、切断面から伸びて離れまいとする細胞たちの蠢く姿を覗かせた。

 もはや使い物にならなくなった腕を懸命に動かそうとするがそれすらバラバラに断ち切られ、肉体と侵食を受けた部分の境目を見極めた“獣”は踏み込み、そこを一気に斬り裂こうとする。蒼く昏い炎を纏う斬撃が肉の再生を許さない。だが敵が暴れて僅かに後方に下がってしまい、辛うじて腕が繋がったままである。瞬間、黒獄の顎を左腕で操り、敵の左手首をがっちりと掴むと、身体ごと時計廻りに捩って回転し、引きちぎり、握り潰そうとした。


『三つ』


手に力を込めていたが途中で止め、糸が切れたように力尽きて倒れたその男の方を“獣”は蹴とばした。

 薙ぎ払うように振られ、床上すれすれで通ったのは魔獣もどきの左腕。死の鉄槌は男がさっき倒れた場所に、撃たれて絶命した男の遺体まで蹂躙し、散らしていく。

 巻き込まれぬようにアナトは太いが身軽そうに、彼女から見て左の壁――“獣”が最初に接近した方へ逃げる。“獣”も同時に壁へ着く。掴んでいた腕はまだ持っていた。

 その表情の判別が難しい闇色に染まった顔であるが、アナトは敵対していた時よりももっと恐ろしい存在となったと感じていた。

 その視線を受けても“獣”は一瞥いちべつもせず、即座に動き出す。憎しみを込めて持っていた腕を投擲したように思える。それと同時に飛び込んだ。魔獣もどきの視界を遮り、チェイン・エッジで脇腹辺りを斬り・抜ける。

 この魔獣もどきは痛みに悶えている。

 完全に肉体が支配され変貌を遂げたこの怪物には痛覚があるようだ。他の半端に肉に蝕まれている、慟哭を漏らす男たちは理解し難い恐怖で慄いてはいるが、痛みに喘いでいる様子は見受けられない。変異した肉の部分の感覚が失われているように見える。ゆえにまだ余地があると彼ら(、、)は判断したのだ。


 通り抜けた先、またもや扉の両端にいた怪物たちが肉を伸ばし腕を掴みかかった。それをあえて受け、絡みつく触手を腕で掴み取ると、己の体重よりもずっと重そうな、肥大して伸びる腕を持つ

男二人を片手ずつで引っ張り、両手を交差させる勢いで振り、アメリカン・クラッカーのように衝突させた。激突し、意識が朦朧もうろうとしている。

 ワンアクションで両手の肉を断ち切ると、


『最終目標:到達』


片腕だけが変異していたシーの民の男のそれを貫いては断ち、顔に及ぶ侵食をテープを剥がす要領で思いきり引っ張った。男はまだ痛覚が残っていて、痛みに短く強く喘いだが、“獣”はすぐにその肉の仮面を地面に捨てては足で踏みつぶした。


『目標の駆除を完了。残存敵生体――変異体の殲滅を実行』


 残る二体の怪物――完全に脳まで侵食が及び、救出が不可能だと断じた者たちを排除しに動く。

 まずは目の前の、しなる両腕を持ち、布に隠れた顔をぐったりとした残りの兵の、心の臓に向けて、容赦なく右腕を捻じ込んだ。

 貫いた刃が激しい駆動音と共に回転する。

 すると貫かれた者は出血しながら震えていたが、一切の恐怖や痛みの声は上げなかった。


『一つ』


 再度、数字を数え直す。

 淡々と、命を潰しながら。

 刃を引き抜くと、その残った身体は大量の血を流し、救済という名の死を迎える。


「キシィイイャアアアア!!」


 動き出す造られた悪意。

 それをも、呪いから解放する。

 地面を蹴り、飛翔する。右腕の装甲が変形し、スラスターが火を吹いた。

 怪物の抵抗は空しく、一瞬で肉薄したと思った時には、応接間の奥にある窓に向かって飛んでいた。右腕だけで巨体を掴み、勢いのまま窓の外へ捨てる。無論、そこで終わらない。完全な消滅が必要であった。


『接続完了。発射(終わりだ)――』


重なっていた“獣”の声が別れる。

 左手に、いつの間にか瘴気を操り掴んでいたマスケット銃を構えて、窓の外――空中に放り出された怪物に向けて撃ち放った。

 装飾すらないシンプルなデザインであったものに、握られた場所から黒ずんでいて、回路のような青いラインが奔る。魔導剣と同じ要領で自分の物としたのだ。銃弾は既に撃たれ込められていなかったが、代わりに魔力塊を精製しては装填し、撃ち込んだ。

 反動で腕は上がり、銃身は保たずに破損する。

 割れて散っていく、陽光を反射して煌めいた硝子ガラスの隙間を、弾丸が翔ける。

 回転しながら空を切り裂き、胴を抉り穿つ。

 ドス黒い殺意が魔獣もどきの肉にめり込んだ。

 弾丸は内側に到達するとそのまま貫通はせず、組織を分解し、再構築を開始した。身体の内側から変化する。

 屋敷の外から見ていた者も、内から見ていた者たちも何が起きたか理解できなかった。

 窓の外に飛び出した巨体は、すぐに身体の内側から飛び出した水晶のようなもの――それがどんどん生えていき怪物を埋め尽くしたと思った途端に、余計なものを削ぎ落すようにバラバラと、先に散った硝子よりも細かく砕け、宙に四、五十メルカンほどの大きさの結晶体が残ったのだ。

 事情を知らぬ者は思わずその見る角度で色合いが変わる幻想的な結晶に思わずうっとりとした溜息が出てしまいそうな妖しさを有していた。それは、カッティングされた柱状の宝石みたいな姿をほんの僅かな間だけ保っていたが、すぐにバラバラと砕け散る。

 外には落ちた窓硝子の破片だけが石畳の上に転がり、怪物の痕跡は一切残らず消し去られていた。


「Hey “獣” どうしたらいい?」


『トリアエズ敵ヲ皆殺シデイイト思イマス』


 知恵を司るくせにに思考の偏りが酷い。


――――

2020/02/20

抜けていた文の一部を追加


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