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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
偽王の試練
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53 切言と報復

 重苦しい沈黙が流れた。

 この男――自らの意志もあっただろうが、誰かに命じられて事に及んだとその表情が物語る。

 武器を手に取る仲間たちも各々が布で顔を隠しているが、動揺が伝播しているのが見て取れる。

 弾丸で撃ち抜かれて死んだ従者を見たというのに、アナトは恐れもなく堂々と男の前に立った。

 生まれた動揺に生じた隙を見て、颯汰が周りを観察するが、まだ行動するに至れない。

 魔法にて一度に捕捉できる人数が最大で四人。人知れず試そうとしていたが、とても全員を相手できない。脳内でシミュレートしたが、射ち漏らしをカバーできず、誰かが犠牲になってしまう。

 今は、事の成り行きを見守るしかなかった。


「答えなさい。貴方は誰の命令でこんな事をしたの? ……貴方、さっき言ってたわよね。『あの人の言う通り』って」


「…………ぐっ、ぐぐぐ……」


 再度問う。

 迂闊うかつにも口にした言葉を用いられ――男はなんとか搾り出した声は、苦しそうで言葉にならない呻き声であった。そこに追い打ちをかける。


「貴方に命令した、あるいは協力者はマルテ王国の人間かしら? ここを明け渡して地位でも得るつもり? 人族ウィリア至上主義の国で、貢献したとはいえ売国奴の魔人族メイジスが、いい扱いされるはずもないでしょうけど……。貴方たち、そこまで考えなしじゃあないでしょう?」


 隣国の関係者……あり得ない話ではない、と颯汰も思った。マルテは版図拡大の為にこれまでにコックムなどの南部に兵を送り出していた。

 ヴェルミの南部ではあるが辺境であり、また攻められにくい土地で五年間育った颯汰は実際に目撃はしていないが、聞き及んではいた。両国に対してもちょっかいをかけていた事を。

 アナトはチラリと応接間正面奥にある窓から外をチラリと覗く。そこから何かが見えたかは定かではないが、彼女は堂々と言った。


「少なくとも革命は人心を掴み、民を煽動して初めて効果があると思うのですが――外の様子から見るに、単にここを制圧しようとテロリズムを実行しただけなのですね。まさかその武器だけで民衆を抑えつけられると本気で思っていたのかしら? 成功させたいなら、入念に準備をすべきでしょう。……それに陛下が来襲すると知って中止にしないという判断もどうかと思いますわ。騒ぎに乗じて事を為そうと? それとも、今日じゃないとダメだった理由が――貴方に命令を下した者に逆らえなくて、やったに過ぎないのかしら?」


「黙れ! て、てめぇ! なにを根拠にそんな事を――」


 逆上して震える声を追い、


「そうですわ! 私のマルテがそんな卑怯な真似致しません!!」


擁護する場違いな声の正体は相手のすぐ隣から聞こえてきた。予想外のアシストだ。


 ――マジかあのお姫様。マルテっていう単語ワードに反応しちゃった……!


人質に取られながら、ヒルデブルクは手を挙げて訴え出し始めたではないか。


「こら、大人しくするんだ……!」


押さえつけている兵が手にこそナイフを持っているが我儘な娘をなだめるように言う。

 しかし王女はなおのこと叫んだ。


「わ、私! マルテの王女ですけど! ヒルデブルク=マギウス=ルスト=ピークなんですけど!?」


「おい、また冗談をいうな……こんな状況で!」


 兵士が呆れた声で少女に応えた。

 また、と言ったからには少なくとも一度は彼女は自分が何者かと名乗ったのだろう。様子から察するに相手にすらされなかったみたいだ。

 若干、困惑した様子で――「嘘でしょ?」と問うように振り向き、指で少女をさした女領主。

 颯汰は首を横に振り真実を告げる。


『困った事にマジなんです』


うっそぉ……」


 ゆっくり前にいる少女を見やる。

 顔を布で隠している兵士も当惑し、心なしかナイフを置く手が離れて震えているように見えた。

 囚われてもで彼女は自由を求める華。……というより自分が王女だと認められる事に一種の快感を見出している可能性がある。後で止めねば。


『…………今朝のマルテの軍勢も、彼女を取り戻そうと派遣したものです。……一度は帰って貰いましたが、俺と共にいるって事は必ず伝わるでしょう』


 どや顔をしている王女を無視し、颯汰が語った。

 そんな中、アナトは男の目を見やる。

 表情から怒りは消えていた。纏う空気がどこか締まりのない――白けている雰囲気を醸し出す。だが不思議な事に、視線は泳がず、どこか嘲笑するように目尻が下がるのを彼女は見逃さなかった。


「……貴方、この子が王女だと知っていたのね?」


「ハッ、どうだろうな。答える義理は無ェよ」


挑発的な物言いから察するに、彼は本当に知っていたのかもしれない。


「…………貴方。この土地がどういう場所にあるか知っていて? 隣国マルテと魔物に対する防衛を担う拠点であるのは当然。王都からも重要視されている。そんな要所で革命を起こす事がどれほど危険な事か、理解しているのかしら?」


舐め回すような蛇の瞳が光る。

 だがその目を受けても男はまだ崩れない。


「当たり前だァ。俺たちゃあ戦士として、ここを護るために戦っていたんだからな」


「でしたら、いくら成功したとしても例え『前領主(わたし)』の代わりだとうたったとしても、王都から調査が入るのは知っているでしょう? 民を脅していくら口封じを行っても、必ず漏れるわ。私の生き死にに関わらず、何を偽装しようがね。そして“武力で捻じ伏せ、制圧した”という事実が発覚する。そうなれば騎士団の重い腰も上げるわ。すぐに制圧されるでしょう。なんせ国防の要なんですものここ」


「見くびっているのか? ここの連中は負けね――」


「――北から本国の騎士団、南からマルテの軍勢に挟まれた状態でも? それに、陛下がヴェルミを率いて報復に出ないとも限らない。贔屓目で見ても分が悪いですわよ。それに、貴方に従う兵が一体いくつあるのかしら」


 アナとは男を真っすぐと見据える。

 まだその目に動揺が見られない。

 解せなかった。

 ヴァーミリアル大陸三大国の兵力が注がれるという脅し文句が規模が大きすぎて想像し辛いかもしれないが、それにしても余裕がありすぎる。そこまで頭が悪いのだろうか。それとも――、


「その余裕っぷり。戦力に、宛でもあるようですね。例えば――他の“魔王”、だとか」


 男の表情がそこで変わった。視線が数瞬、泳ぐ。


『…………まさか』


 本物の“魔王”が関っている――。

 予感が熱を呼び起こす。

 可能性は充分にある。

 以前もらったクラィディム王子からの手紙によれば、五年前にヴェルミ東部海岸の港町カルマンにて現れた賊は、マルテの私掠船から成る海賊だったようだ。火薬や大砲もろくに見かけないのに、これで二度も銃を持った敵が現れた。ならば銃の開発に現代の知識を持ち越した“魔王テンセイシャ”が関っていても不思議ではない。


 ――王女の話じゃあ、魔王がいたとは聞いてないが……まぁあの娘なら、……うん


 世間知らずで夢見がち、頭フラワーガーデンなところがあるので気づいていなかっただけの可能性もある。ドミニク伯は口も達者そうであるから何か隠したままで逃げ遂せたかもしれない。


 ――次から次へと厄介ごとが巻き込まれてる感はあるけど、もし本当に“魔王”であるなら僥倖とも呼べるが……


人懐っこいが戦闘では危うい女戦士の姿が頭に過る。口にも心の声にも出さないが、シトリーがほんの少しだけ心配となる。


 一方、黙り込んだ男の赤い瞳は慄き揺れて、止めどなく汗が噴き出していた。

 魔人族メイジスの男が空いた片手で銀髪を掻き上げる。額にどっと浮かんだ汗まで拭う。不敵に笑ってみせようと口角を上げるが明らかな虚勢であるとうかがえる。 


「さぁてね。お前にそれを言ってやる義理は無えな」


『いいや。喋ってもらおうか』


 この男から話しを聞きたい。だが人質の解放を優先すべきである。話は後からでも聞けるが、あえてここで揺さぶりをかける。


『他の“魔王”がいるなら話は別だ。俺の目的は“魔王”を――俺をこの世界に呼び出した奴に会う事にある。その為なら何だってやる……誰であろうと犠牲にしてもいい』


 颯汰はアスタルテを背負いながらゆっくりと前に出始めた。封じ込めた獣性を解き放つ――顔の下半分を覆う装甲が割れ、真なる“獣”が牙を剥いた。

 一歩彼が進む度に、足元から青白い燐光を纏った煙が昇る。前に突き出した漆黒の左腕が同色の怪しい光を帯びて全てを闇に閉ざす瘴気が蠢いた。

 目が合った瞬間、内側から心臓を鷲づかみにされるような奇妙で恐ろしい感覚が奔る。その命を刈り取り、喰らう存在のように思えた。 


「お、おい!! うう動くな!! 撃つぞ!?」


 他の兵が止まるように命じるが、颯汰は冷酷な魔王を演じると決めていた。

 敵に絶対屈しず、己の益の為ならば他人の命すら軽視するような悪鬼であると――。

 相手から余裕が失われている。

 そこでしめた、と彼女は笑みを浮かべた。

 彼は対抗する術の有無はわからないが、今、この場を乗り切る戦力はない事が明白となった。


 つまりは勝機が見えた。


 脅しに対して“撃って見ろ。そうしたら一人を除いて全員殺す。一人は四肢を削ぎ、喋るまで拷問してやる”――颯汰は鼻で笑った後、そんな悪者染みた台詞で脅そうとしたその時、


「えぇ。どうぞご自由に」


アナトが代わりに言う。

 竜魔族ドラクルードの女領主の牙が剥く。言葉は滴る毒腺からの雫となって、彼の身をじわじわと追い詰めた後、その喉元にトドメの一撃として喰らいつく。


『えっ』

「――なッ……!?」


 アナトの一言に、つい颯汰は歩みを止めてしまった。彼女は艶然と(?)微笑んだうえでさらに距離を詰め始める。

 男は、己の感情と真逆で、妖しさをもって近づく女にかつて潜めていた想いが呼び起こされそうになる。来るな、来るなと拒絶したくて伸ばした左手に、アナトは両手でそっと触れ、言う。


「このアンバードに住まう人間に、敵に捕まったら最期――死の覚悟が出来てない者はおりません。もし国の不利になるような場合は即刻その場で死を選ぶ。……それは民とて、領主とて同じ。それを知らない貴方ではないでしょう?」


 非常に落ち着いた声音で、とんでもない事を言い出した事に叛逆者たちの目を剥く。

 大胆すぎる行動のうえに、彼女らは()相手には一切譲歩しない――人質がいようと関係ないといった態度を取り始めた。

 場がさらに、混乱に見舞われるかと思えた。

 だが、


「えぇ、その通りでございます」


 床に座らされたウァラクが立ち上がり、向けられた刃に臆さず、清らかな長い髪を揺らして賛同する。気品溢れるメイド長がそう口にしたのが切っ掛けで、残り二人の竜魔族ドラクルードのメイドも脅えを涙と共に払い立ち上がった。


「そ、そうですぅ!」

「覚悟、してます……!」


互いの手を握っていた彼女たちも鼓舞されたようだ。場の急転にテロリストたちと颯汰一行も一瞬、付いていけないようできょろきょろと見渡していた。

 銃を持っている男たちの方が、息が絶え絶えであった丸腰の女たち相手に気圧けおされていた。

 アナトはまさに、この場に君臨する女帝のような風格を有して、空気を支配してみせた。


「これで――詰みだと気づいたでしょう? 陛下のお連れ様に手を出せば陛下とマルテからの報復を受け、私たちは元より死ぬ覚悟ができている」


「ぐっ……ぬぅうう!!」


 握られる手――厚い指から伝わる温もり。

 拒絶したいのに離せない。

 そこに捕食者としての冷たい圧はない。

 ただ、統治者としての貴さはあった。

 領主の手が離れる時、男は小さく「あ」と名残惜しいかのように言葉が漏れる。


「私が貴方に領主の地位を譲る事ができない理由は、裏で糸を引き――暗躍する何者かがいるから。……この地を護るつもりがない者に、簡単に引き渡す事はできません」


 絵画に描かれた麗しき令嬢。

 老いて肥えたが愛嬌のある女領主。

 策略を巡らせる蛇の如き顔。

 狂気に彩られた揺れる焔火。

 失くしたものを取り戻して流した感涙。

 どれにも当てはまらない。

 非常に短い付き合いであるが今まで見たものと違う――この地を治める者として、毅然とした態度でアナトは臨んだのであった。

 それを見て誰よりも、落雷を全身で受けたような衝撃を受けた男が震えていた。

 一言一言が彼に刺さり、遂には俯き、武器を落としながら膝を突き、さらのは両手が着いた。

 戦意を完全に喪失していた男に、アナトは屈み、彼に優しく問いかけるように言う。


「貴方は言いましたね? 私が領主に相応しくないと」


「……あ、あぁ」


「確かにそうでしょう。だから、貴方たちのような反旗を翻す者たちを生んでしまった。それは私の――領主としての責任です。……私がもっと早く、貴方たちの――不平不満に気づいていれば、こんな事にはならなかった……。そう、これは貴方たちだけの罪じゃありません。私の罪でもあるのです」


 以前の自分なら、こんな甘い判断を下していただろうかと彼女は己自身に問う。その答えはすぐに出なかったが、何故今、俯き絶望に瀕している――自分たちの命を狙い、従者の命すら奪った敵に手を差し伸べているのかは明白であった。


「武装を解除して投降しなさい。私が責任をもって、今度こそ貴方たちを護ります」


自分も過ちを犯し、裁かれるはずだったのに生きていた。娘と一緒に生かしてもらえた。濯ぐべき罪が残っている限り生きようと思えた。

 差し伸べられた手を、今度は自分が伸ばす番なのだと彼女は考えたのだ。


「あ、あああ……」


支配していたのは正しい。だが訂正しよう。彼女は妖しき古の女帝として制圧したのではなく、領民を愛する聖母のように護る事を選んだのだ。

 男は再度、求めるように懺悔して手を取った。

 自然と涙が溢れ出す。

 他の兵も、次々と武器を落としていった。

 王女はすぐに後方へ、リズの胸へと飛び込んだ。

 颯汰は“獣”を封じ込め、元の表情に戻すと溜息を吐いた。それは勿論疲労を吐き出したものでもあるが、中には安堵が混じっている。そして、頭を掻きながらぶっきらぼうに言う。


『アンタ、本当に以外とお人よしなんだな』


「えぇ。陛下と同じですわ」


隣に立った颯汰にニヤニヤしながらアナトは言う。


『……何を言っている』


その視線が嫌で目を逸らしてから叛逆者たちのリーダーである男に言った。


『……死傷者もいる。許さないって奴の意志を蔑ろにしないなら、俺からはアンタたちに何もする事はない――ただ聞かせろ。裏にいる“魔王”はどんな奴だ。答えろ。もしも何か弱みや命が狙われているなら、俺たちが何とかする。だから答えろ』


 手を取った男は、ゆっくりと立ち上がる。躊躇いは一瞬、だが彼は新たな“王”に告げる。


「…………俺たちが命じられたのは、領主母娘の確保。――魔王を、魔王様を外に出してしまえばこちらが手を打つ……そう言われた。信じちゃいられねえが、逆らえなかった……。マルテじゃあ、え、です。俺に、俺たちに銃をくれて、命令を出したのはマルテ王国じゃ無い……“魔王”ですら無い。アナ、てめぇだってよく知ってる奴らさ」


「! まさか……」


 アナトの脳裏に浮かぶのは――娘を治すと約束し、己の肉体を弄くり回したあの教団員たち。


「あぁ、そのまさかだ。そいつらは――」


 その音は大きく間延びして響いた。

 声を遮って、その先を二度と口に出させない。

 飛び散るは赤。

 脳しょうが絨毯の色と溶け合った。

 昇る硝煙が映る。

 弾丸は命を奪うためだけに存在し、放たれたそれは男の生命までも断ち切って進んでいった。

 倒れる音がするまで、世界はまるで静止したように誰もが動く事ができなかった。

 その異形、異型に言葉を失っていたのだ。


(60前後でこの章終わらせたいので一話にまとめました)


ルビの修正

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