表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
偽王の試練
164/435

50 宥免

「すぅ……むにゃむにゃ……」


『むにゃむにゃなんて、寝ながらリアルで言う子がいるんだな……』


 戦いは実質終わったと見ていいが《デザイア・フォース》は解かず、相変わらず声は不気味に反響させている。依然として、まだ敵の中枢にいるからというより今、変身解除ができない状況にある。

 竜魔族ドラクルードの少女から聞こえる寝言に変な感心を示した立花颯汰であるが、すぐに切り替えて、本題に入ろうと立ち上がろうとする。だが、上から覆うように密着しながら寝入っている少女を退かそうにも、がっちり掴まれて外れない。


『…………』


 かつて住んでいたプロクス村にて家族としてお世話になっていた少女(たまに寝ぼけて? 布団の中に入ってきた)や、気絶をさせた獣刃族ベルヴァの女戦士といい――この世界の住人は皆が寝相が悪いのではと疑い始めていたが、サンプル数が少なすぎる為、そういったものは安易に断定していいものではない。

 何とか立ち上がる事に成功したが、正面から抱き付かれるかたちである為、今度は中々上手く歩けないでいた。

 少女――とはいえ身長が今の颯汰より若干低いくらいなのか、踵は浮いているものの――指の付け根から足の半分ほどが接地している状態だ。

 こうなってもまだ惚けて、眠りの世界から還る様子はない。見知らぬ仲であるし、その寝顔から叩き起こす気にもなれない。

 己の顔の近くに他人の顔があるのは年齢・性別・感情問わずに、何だか気恥ずかしいものである。それで少し目を細めた後に顔を逸らして短い溜息を吐いてから、壊した檻の外にいる――溢れ出す滂沱の雨のような涙を流した女領主の方を向いて言う。


『もう、あんな変化は起きない。“竜の血”なんてもう、必要ないだろ。だから――』


 今もなお、戦いは別の舞台で起きている事ぐらいは安易に想像できている。

 紅蓮の魔王たちも、リズも護る為に戦っているはずだから、終わらせる必要がある。

 ゆえに、もはや戦意を失っているに等しい女領主に言い放つ。


『これ以上、戦う必要なんてないだろ』


 この争いはもう無益であると諭すように。

 

「あ、ああ……あ……」


 その言葉を聞き、アナは掴んでいた格子から手を離し、濡れた顔を両手で掴むように覆った。

 手から全身が震える。

 迸る感情がさらに強くなった。


「ううぅあわぁぁああああああっ!!」


 のそりと――重力に身を引かれるように倒れ込み、アナは叫んだ。耐えがたい痛みに嘆くのではなく、それまでの全てが無駄であると否定されたという失意でもない。

 アナは自身の生涯を、自分の泣き声すら聞こえない、音のない世界で俯瞰ふかんしていた。

 軍服を身に纏い、武器を手にして走り去るアナト(過去の自分)――取り残された真っ黒な少女の影が両膝を着けてめそめそと泣いている幻影(ヴィジョン)

 傷つけて傷つけられても前へと進んでいき、置いてけぼりの影もどんどん欠けていく。

 そんな中に“光”が現れる。

 二つのシルエットは浮遊するように地面をゆっくり滑りながら影に近づき、包み込むように抱きしめた。

 幼い頃から闘い続ける道を選ぶしかなかった彼女が、やっと少しだけ休める時が来たのだ。


 ――「アナト……。もう、戦わなくて、いいんだよ……」


 喪われた最愛の人から送られた言葉。

 今、取り戻された最愛の子と共に――。


 アナトは声を大にして泣いた。

 暫く経ちすすり泣く声に変わり、ついに止まる。

 領主は自身の濡れた頬を伝う滴を拭った。


 戦禍の激しさを越えて、愛を知り――。

 過酷な人体実験経て……そのすべてが無駄だったとしても、こうして娘であるアスタルテが元に戻ったという事実で彼女は満足であった。


 ――だから、これが最期の、戦い……


 水分に満ち満ちた瞳から、確かな意思の強さとも言うべき、邪気もないが戦意が未だ失せていない輝きを見出し、颯汰は静かに驚きながらも、何も言わずに聞く準備を整える。


「――……陛下」


 アナトはひざまずいてからこうべを垂れたまま進言する。


「――これまでの御無礼の数々、全て御許し下さいなどと……そんな都合の良い言葉は申しません――ただ、此度の事は全て私の独断であり、兵たちや住民は何一つ悪うございません。彼らは嫌々、私の命に従ったに過ぎません。……責任は、私だけにあります事を……御理解、願います」


 苦しさが隠し切れない声色であった。

 胸に手を当て、声を震わせる。

 足りなかった力と覚悟を補うために飲んだ血の――興奮作用が急に冷めて、指先から凍り付くように寒々としているのに、じっとりと汗が滲む。

 目的が愛娘であるアスタルテを元のヒトに戻すため――生きた若い龍を奪取し、その首を刎ねて流れ出た鮮血を使おうとしたのだ。

 未遂とはいえ颯汰を昏睡させようとし、竜の子供を拉致し、毒で弱らせた上で兵を使い奇襲し、――ここで殺そうとまでした。

 到底、許される罪ではない。

 だから彼女は賭けとも言える、最期の戦いに挑む。

 

「この私の命ならば如何様に、捧げます。ですから……、ですから! どうにか彼らには慈悲を……、そしてどうか娘の、私の娘の命だけは……」


 覚悟を、決めたのに。

 言葉尻が弱々しくなって、消え入る。

 日常で、訓練で、戦場で、死ぬ思いは何度もあったのに――他人の命を背負った事も何度もあったと言うのに――これまで、感じた事のないほどの重圧を受けていた。


 この命で、愛する領民たちと愛娘を護れるならば安いものだと彼女は考えた。

 だけど、自分の命が何千もの命と等価であるなどと驕っているつもりなどない。

 他に差し出せるものが思いつかなかったのだ。

 魔王すら撃ち滅ぼした光の柱を、もしここで撃たれたならば、この街は地図から消滅してもなんら不思議ではないのだ。ゆえに許しを乞う。この命だけで手打ちにしてほしいと。

 己の要求があまりに図々しいにも程がある事も自覚していたが、どうにかこれで納得し、矛を納めてもらうしかない。だから誠心誠意を込めて、真摯な態度で臨み、己を贄と捧げる覚悟を示そうとした。それなのに、死の恐怖と離別の悲愴に心と身体が畏縮してしまう。

 深く知らぬ者の目から見た立花颯汰は、迅雷の魔王となんら変わりがない。本来ならば力に雲泥の差があれど、ヒトにとってはどちらも等しく災厄であり、海の天候や秋の空模様よりも読めなくて恐ろしい存在である。人とは違う次元にいる超常なる存在――神域に至る者を目の当たりにしているような、畏れが生まれる。

 そして冴えた者や、実際に拳や武器を交えた者は知る――。迅雷の魔王は他人を見下し、戦いそのものを愉しむ男であるが、対する彼は荒々しい“獣”でありながらも、その瞳は一切の曇りも分別も迷いもない。全てを見下す冷たさがあり、発する言葉と態度と裏腹に冷徹に対処する――彼の簒奪者と明確な違いであると。


 ――この方は、あの狂っていた先王と違い……、話が通じる、はず……


 眠る少女を、若干邪魔そうにはしているが、邪険に扱う様子はなく――さらに殺すのではなく元の姿へ戻したという事実に賭けるしかない。


「どうか、どうか……私以外には、寛大な処置を願いま――」


 善性の有無は簡単に推し量れないが、わざわざ元の人間に戻してから殺すという無駄をやるとは思えない。激流や深い谷底への身投げをし、神々への供物とするように、人身供儀にて手打ちとしてもらえるはずだと。この王であれば無意味に虐殺をしないはずだと。

 だから、言葉を遮られた途端、


『――いらん』


見下す、あるいは心底呆れた目を見た時、


「え」


短くそれしか声が出なかった。

 アナトの顔がみるみる青くなる。

 見つめる暗い床が、さらに大きくなって全てを包むような気がした。

 困惑し、迫る絶望に呑まれ、言葉を失った女領主。

 颯汰は大きな溜息の後に小さく『ないわー』とぼやいてから言った。


『……、……命だとか首だとか、今そんなもの貰って一体何になるってんだよ。それで屋敷にいる兵たちや、街中に隠れてた軍人たちの怒りを買って、逆上するかもしれないし』


「…………!」


驚くアナト。ムスッとした声音で颯汰は続ける。


『そんな分の悪い賭けするくらいならアンタが一言中止と発表してくれればいい。それに、首なんかより欲しいものは最初に伝えた通り。……それは、悪いけど、後払いになりますが』


「天、幕に……貸し出せるウマと、食糧……」


『そ。別に根刮ねこそぎ奪うつもりはないです。食糧もきついなら諦める』


そう言いながら、颯汰はぎこちなく歩む。自らが破壊した格子をくぐる。少女の足がぶつからぬよう、少しだけ持ち上げる。『上げるよー』と小さく声を掛けるとアスタルテは寝ながら「……んー」と短く返してきた。胴を掴んで持ち上げると、少女は脇の下に回していた腕を離し、次は頭の方へ手をやり始めた。頭部を抱き寄せて密着する。

 横を向き、視界が塞がるのを防ぐが、回避不能の感触が襲い来る。


『ちょっと!? 危ないよ! いろんな意味で危ないから!』


狼狽しながら少女をぶつけぬようにして突破し、下ろすとアスタルテも両腕を頭から離し、直様先ほどと同じ姿勢となった。

 実は起きているのではないか一瞬だけ訝し気な顔をしたが、何も言わず、少女を抱きかかえながら固まるアナトの横を通っていった。

 光に向かい伸びる影――。

 カンテラの置いてある作業台の上で暴れる龍の子シロすけを拘束する縄を解こうとする。


『ちょっと、落ち着け。暴れちゃ取れないよ』


そう言って、作業台の上にあったナイフを手に取り、縄の隙間に差し込み、上下に擦るようにして縄を斬った。

 解放された途端、白き龍の子はその両翼を広げ、螺旋を描き上昇する。


「きゅうううう!! きゅうきゅう!」


高い声で鳴いては颯汰の頭部の定位置に降り、ぎゅっとこちらも密着する。


『よーしよしよし。怖かったなシロすけ。でも許してやってくれないか? 怪我もなさそうだし』


シロすけは首をもたげ、呆然とする女領主を見やる。ほんの僅かな間の後に、興味が失せたようにぺたりと黒い草原に細い首を倒す。

 顔も声も聞こえなかったが、了承と判断した颯汰は、もはやここに用事はないとそそくさと移動の準備を整えながら言う。


『よし。じゃあ早く戻ろう。たぶん、あの面子なら怪我も、――っと、よいしょ……、……ないだろうけど、時間を掛けると、万が一って事も、起こりうるから……な! というか一人マルテの王女がいるから……。シロすけ、もうちょっと引っ張ってくれ。――怪我でもされたら、うし、それこそ本当にマズイ。国際問題になる。お、よしよし。これで移動完了。……急いで戻らないと』


颯汰は眠る少女を、両手と黒獄の顎(ファング)、シロすけの手伝いを得て、苦戦しながらも正面から背中へ移す事に成功した。

 女領主は顔を上げて、未だくらくらとした視界の中で懸命に“王”を見据えて問う。


「な、なんで……、ですか? どうして……? 私は陛下に――」


『唄が、聴こえた……気がした』


「!」


 問いに対する返答としては幾分も足りず、適切ではない言葉を呟いた後に、小さく首を振ってから立花颯汰は己の心で感じた、己の言葉で答えを口にする事を決めた。


『――他の奴は許さないかもしれない。それは俺には止める権利もないから止めやしないよ。何発か殴られるのは覚悟しといた方がいいかも。……だけど俺はもういい。沸いた怒りも冷めたんなら、わざわざ蒸し返すなんて野暮ったいでしょ』


「…………」


 アナトも、何も「代わりに殺される」事も「この街ごと消滅する」事を望んでいた訳じゃない。

 だが彼女は本気でシロすけを奪い取ろうと、颯汰の命まで狙った。邪魔をするなら周りまで手に掛けようとも考えて作戦を立てた。それなのに彼はもはや関心がないような素振りでいる事が理解できないのであった。

 何を考えているのだろうか、何か裏があるのではないかと疑って、思考が複雑に絡み合って混乱していたところを――呆けた顔から察したのか、歩み寄りながら颯汰は続けて言う。


『……正直、偉い人にも親にもなった事がないから、その苦労とか悩み、ましてや何が正解かなんて全然わからないよ。……為政者として責任を果たすために、死ぬ事がこの世界じゃ当たり前なのかもしれない。けど、親としての責任を放棄するような真似はしちゃダメだ、……と思う』


「親としての……責、任……」


 目の前で止まった男の言葉に、女領主は衝撃を覚えた。


『例え死んで責任取ったとして、じゃあ残されたこの子はどうなる? せっかく元に戻れたのに、目が覚めたら親がいない。そんなの悲しすぎるでしょ。俺だったら……、すごい悲しい』


 その目は、受けるアナトを透過して――どこか遠くを見つめているようであった。遠郷へ思いを馳せている風に思えた。


『だから殺さない。今の俺には、あなたを殺す必要がない。理解できなくても、納得してほしい』


 そう言うと颯汰は、少女を背負いながら、女領主に右手を差し伸べた。


『アナさんには、何でこうなったとかいろいろ聞きたい事があるけど、それを聞くのは今じゃない。終わって落ち着いてからで充分間に合う。だから行こう。歩けます?』


 そんな颯汰の真っすぐな眼差しを受けて、アナトは少し俯いてから、息の後に言葉を吐いた。


「…………私、の負けです。完全に、完膚なきまでに」


まだ苦しそうに肩を上下に揺らしながらも認め、その差し出された手に触れる。

 これも一種の戦争であるならば――終結した証を立てる必要がある。

 言うなれば区切り、あるいはケジメ。知的生命体であるならば言葉をもってそれを示す。

 だからこそ互いに必要な台詞を用いる。


『あぁ。俺の……、俺たち(、、、)の勝ちだ』


 誇るのでもなく、淡々と確認し合うように。


「――」


 その言葉と一緒に受け取り、アナトから幾分か憑き物が落ちたように表情が和らぐ。そして彼女は微笑んで見せた。そこに、かつて咲いた華の面影が一瞬だけ蘇って映る。


『!?』


それは屋敷の正面に飾られた絵画の麗しき令嬢と寸分変わらぬ――儚さまで有していた気がした。


『――……、……?』


颯汰は片手で目を擦るとそれは幻となって消失した後であった。



新年早々すっ転び、片腕が負傷したため次話の投稿が遅れるかと思います。

申し訳ありませんがご了承ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ