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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
偽王の試練
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47 取引

 彼女の想いは紛れもなく愛で溢れていたに違いない。子に対する祝福であったはずだ。

 まかり間違っても、“呪い”ではなかった。

 だが強すぎる独善的な想いは、角度や見方を変えるだけで、正反対の性質を発揮している場合もある。それはまさに“不幸”なすれ違いと呼べる。例え恋人であろうと親子であろうと、他者である限りはその“不幸”は常に付きまとう。

 逃れる術はない。人が人である限り。

 その“不幸”常に人類をさいなみ続ける――これはきっと“呪い”に相違ない。

 人の想いが歪み、呪詛となりて――

 呪詛はさらなる形なき悪意を呼び寄せた――。


 闇の中から声がする。

 老齢でありながら、どこか軽薄そうな高い声。


「残念ながら、貴女様はたがえました」


 それは、責めるのではなく淡々と紡がれる。


「己の産んだ子であるから、己の様になんでもできる、と――ましてや受け手である我が子の感情を無視し、よもや“愛情”と称した鞭で何度も叩けば、それは何時か限界は来ようというもの」


 そして傍から、正反対にあざける少女の声音。


「気づいているのだろう? 目を背けたいだろうが! 貴様は娘の為とほざきつつ、その実自らの益の為でしか動いていない!」


 言葉遣いが一般的な少女のそれとは凡そ異なり、その声は強く責めるようであった。

 

「…………」


 沈黙に対し声の主は続けた。


「……ほう。何も言い返さない辺り、どこかで自覚はあったと見える。尚更罪深いな貴様は。自身の母と違うと言い、一応は努めていたが――所詮は貴様も同じ穴のむじな。狂ったお受験ママだったという訳だ。子供は己を飾る自己満足の道具! 優越感に浸るためだけに競わせ、他者を蹴落とさせ、他所の親にマウンティングするツールだとな! 地下に追いやったのも娘の為ではない! 自分の子がバケモノになったという事実を他人に――」


 止さぬか、と男が左手を責める声の主の前にかざす。

 二人は背丈こそ違うが、似たような恰好であった。魔導士風の黒いローブで全身をすっぽりと隠していた。男の方がまた語り出す。


「――……勉学や鍛錬はいずれ子の助けになる。確かにそれは真理でありましょう。……貴女様はきっと心の底の善意から、御息女に居場所を与えようとした。自分が勝ち取ったように、はげんだ先にそれがあると信じ込んで。だけどそれは御息女が本当に望んでいたものなのでしょうか?」


「…………わかっているわ。あの子と話してわかったの。私が、あの子の心を、追い詰めた」


 その怪し気な声に悔しそうに答えるのは女領主にて竜魔族ドラクルードのアナト。

 戦場を駆け抜けた後もその深窓の令嬢を思わせる艶やかで愛くるしさを有していた顔は、今や全てに対して疲れ切って、青白くなっていた。

 いつ如何なる時であろうと、失われなかった輝きはくすんでいて、一瞬別人なのではと思えるほどに顔色が悪く、瞳には活気が失せていた。

 相対する怪しげな邪悪の使徒は心なく事実を述べた。


「音を上げなかったのは強いからではありませぬ。母君である貴女様に嫌われると思ったから言えなかったに過ぎません――見た目以上に繊細な子であるのですよ」


「………………」


 女の沈黙に悪魔のような男が続ける。

 咳払いを一つした後に、本題へと移る。


「……ここに来たという事は、貴女様は御息女の為に『命を賭ける覚悟』があるとお見受けしてよろしいですね?」


 生意気な少女の影は腕を組んで言う。


「フン、だから我らの前に現れたのだ。……もう迷う理由もないというもの」


「…………」


 再度訪れる沈黙。

 長い静寂を終わらせたのは女の方であった。


「……えぇ。条件を、呑むわ」


 その言葉に、悪魔たちが不敵に微笑んだ。

 顔は瞭然と見えないものの、無感情そうな老いた男声が心なしか喜びの節を感じさせる。


「良き良き。素晴らしい回答です。これにて交渉は成立。今度こそ貴女様の不断の努力が、必ずしや御息女を救う事となるでしょう。

 ……ではこちらへ」


 そう言うと男女は翻し、闇の中へ進んでいく。

 アナトはその背を見て、一瞬だけ躊躇ためらいを見せたが、踏み出して後を追いかけ出す。

 そこから始まる真なる悪夢の坩堝るつぼへ自ら足を踏み入れたとは知らずに。

 そう、まさに彼女は違えたのである。



 閉山を余儀なくされた坑道の暗い道。

 先に進む悪魔たちは闇の中であろうと構わず進んでいく。不思議と足音が全く聞こえない。

 アナトは手に持ったカンテラの光だけを頼り、その幽鬼の如き存在の後を追う。そこにいるはずなのに不意に消えてしまいそうなほど希薄な影法師。そんな彼らは壁の中へ吸い込まれていく。――否、奇怪な魔術の類いで、壁であると偽装した通路に入っていったのであった。

 この頃――多くの国はまだ“魔王”の伝承が残っていたが、その存在を疑われ、魔法も失われて等しいと信じられた時代であった。アナトは魔人族メイジスがかつて魔法を操っていた事も、裏で『疑似魔法』という新しい技術を確立させていた事も知識としては知っていたが、いざこう非現実的な事象を目の当たりした時は、さすがに面を食らってしまった。ここに訪れるのが二度目でなければ夢か幻だと思っただろう。

 恐る恐るその壁に手を着こうとしたが、物体の感触もなく空を切り、右の指先から手首にかけて壁の中へ埋まっていた。アナトは一瞬だけ逡巡したが、その迷いを断ち、奥へと進んでいく。

 目の前に壁があるというのに肉体は何も触れていないという奇妙な体験にはまだ慣れず、顔が少し強ばっていた。

 全身が通ると、通路は半分くらいの狭さとなり、悪魔は五、六ムートほど先で待っていた。

 女がやって来るとまた振り返り、歩んでゆく。

 少女らしき方は既に奥へ行っていたようだ。

 しばらく重苦しい空気の中、会話なく進む。

 決して長い距離ではないのに関わらず、いやに時間が経つように感じたのは、廃鉱の薄い酸素のせいだけではないだろう。湿潤しているわけではないのに、ねっとりとした纏わりつくような空気を感じさせる。不快である。目に見えぬ何かが肌に触れ、舐めまわしているようであった。

 さらに歩みを進めると、地面が砂利や砂地から何時の間にか整備され、舗装されたかのように平らなものに変わっていた。石畳ではなく金属のようで、天井も壁も異なる。


「…………」


 既に採掘が終わったとはいえ、自分が所有している廃鉱の一つに断りもなく、周囲を訳の分からぬ空間に改造されているのは面白い話ではない。


 だが彼女は受け入れるしかないのだ。


 ――……

  ――……

   ――……


 時は二月前――醒刻歴四三四年。天の月。

 季節は移り変わり、寒さが骨身に染みる冬が訪れた頃合い。得体の知れないこの黒衣の悪魔たちは、急に現れた。急にだ。

 アスタルテが患った正体不明の奇病は進行し、身体中がより一層変異していた。

 体表の七割近くが変質した細胞に包まれ、顔の半分や顎の下まで侵され、かろうじて人の面影は残っているが、今までの衣服は当然着れられず、すぐにアスタルテ自身が破くせいもあって裸で過ごしていた(テカテカとした表皮の肉が局部をも覆い隠れていた)。精神まで狂い始め、暴れ出す――文字通りの怪物に成り果ててしまったので、彼女は屋敷の地下へ幽閉されていた。領主であるアナトが認めた者以外が侵入できるはずない空間に、さも当然のように彼らは現れたのだ。


 寝入る娘と二人きりであったため、助けも呼べぬ状況であったがアナトは気丈に振る舞い、変わり果てても娘を護ろうとしていた。

 壁際のベッドの前に立ち、徒手で構える。

 得体の知れない怪異の類いにも見える黒ローブの集団。真っ黒であるせいで見逃した者もいるやもしれないが、少なくともアナトの目には六人ほど捉えていた。

 見た目こそ色白で細く、か弱い印象を与えるが常に戦場となり得る土地で戦い続けた領主であるから、戦いの心得は十二分に知っていた。現れた者達の風体から実力は推し量れないが、戦えば十中八九“負ける”と理解している。人数差が歴然である。通常、戦いは数で決するものだ。それにもし、一人二人を仕留めたとして、娘に危害を加えられたら元も子もない。

 だから注意深く観察しながら、何者であるかと静かに問うた。

 揺らめく影の一人が答える。


『私たちは“ゴモラ教団”の者です』


『…………ダッサい名前ね。悪いですけど聞いた事ありませんわ』


 元来、戦場以外では誰が相手でも丁寧な言葉を用いる淑女であったが、今は敵意を剥きだしで対応するのは無理もないだろう。全員が顔すら見せず、囲んだうえで不気味に立っているのだから。


『今すぐ何もしないで帰るなら、この無礼を許して差し上げますが? 一体何が狙い? 泥棒? それとも私の命?』


 強気に出ているが状況は火を見るよりも明らかである。これで大人しく帰るならば、最初から侵入なぞするはずもない。

 影の内何人かが小さく笑う中、最初に口を開いた老齢の男声がまた答えたのであった。


『いいえ。いいえ。貴女様の御命を狙うなんて滅相もございませぬ。無論、御息女のもまた然り。此度は“取引”を願いたく参上仕りました』


『“取引”……。この状況だと既に脅しの形に見えますが?』


 何を頼もうにも『はい』以外の答えを言えばどうなるかは予想がつくものである。

 だが、彼の一言でアナトの迫力の欠片もない強気の表情がすぐに崩れる事となる。


『単刀直入に言うと、私達は御息女を救いにやって参りました』


『…………なんですって?』


 急に何を言い出すのか。言葉の意味を一瞬理解できずアナトは困惑した。

 その後、問答を重ねる。

 最初こそ娘が目を覚まさないように抑えながら必死であった。

 こんな怪しい集団に出来るはずがない。


『証明しろ、ですか』


『えぇ。できるものならやってみてください』


口からの出任せであると断じたい気持ちはあるのに、どこか縋りたいと、心の天秤が揺れ動いていた。医者でも匙を投げたというのに、こんな怪しいまじない士だか何とかカルト教団がアスタルテを治せるはずがない。

 ……でも、万が一という事もある。

 了承した黒ローブの一人がベッドで眠るアスタルテに近づく。変な真似をしたら即座に首を刎ねてやろうと母親であるアナトは出来もしない物騒な考えを頭に浮かべ、端正な顔の疑いの目から殺気が強く漏れ出ていた。


『先に断わっておきますが、今のままでは完治しません。あくまで一時しのぎで、症状を抑える程度でございます』


そう言いながら老齢の主は袖から何かを取り出した。それはまだこの世界(クルシュトガル)にて銃と同様に普及していないものであった。

 筒状で先端が細い針のような物体。

 初めて見るその道具に呆気に取れている合間に、男はそれをアスタルテのグロテスクな腕へ振り下ろしたのであった。

 アナトが悲鳴を上げ、男へ掴みかかろうとすると、大小異なる影が二つが躍り出て、アナトの両腕を掴み押さえ始めた。


『ッ!? な、な何をッ!!』


『落ち着けじゃじゃ馬。薬を注入しているだけだ。下手に動かせば針が折れて取れなくなるぞ』


 どこからか少女の声。抑えつけていないいずれかの影の一つから聞こえてきたのだろう。

 この時代、薬や軟膏なんこうといったものはあっても、注射器はまだ一般的ではない。

 見知らぬ道具を急に娘にぶっ刺せば気が気じゃなくなるのは仕方ない。

 液体を注入し終え、男は振り返らずに後退していくと驚くべきスピードで、眠るアスタルテの身に変化が起きた。

 ボコボコと細胞が気泡のように一瞬だけ膨らんでは縮まり、肌は少女の元の色と形を取り戻し始めたではないか。

 あっという間に、所々にあざのように変質した細胞が残り、完全とは言えぬが劇的な変化を見せた。

 驚くアナトであったが、その感情が喜びへと変わる前に、男は首を振って真実を告げた。


『……保って数月――春先くらいになればまた元通り……先ほどの状態となるでしょうな。完治に至るには『継竜』である、貴女様の協力が不可欠でございます』


 そして信徒たちは“取引”の内容と、そして得られるものと失うであろうものを嘘偽りなく説明をした。

 それを聞き、アナトは沈黙せざるを得なかった。

 提示された条件が、物や金、例え築き上げた地位であったならば、彼女は迷いなくアスタルテの為に投げ捨てたに違いない。

 前提として『確実に治る』という保証はないと彼ら自身が認めている。それを確かめる為の“取引”でもあるが、リスクが大きすぎる。


『すぐに決めよとは申しません。再び貴女様がここへ訪れた際に、貴女様の御答えをお聞かせ願いますかな?』


 そう言うと声の主たる影の一つが翻し、闇に溶けた――そこにいたはずなのに、視界にも映らなければ気配もなくなっていた。

 驚き周囲を見渡すと、他の面々もどこかへ消え始めていた。

 最後の一人――小さい少女が近づいて言う。


『我らが嘘を吐いていると思いたいならそう思えばいい。ただし救う術は他にないだろうがな!』


 生意気で悪意に満ちた少女の声。

 一歩スッと下がるともうそこには何もなくなっていた。

 気が付くとアナトは呼吸が荒くなり、薄暗かった部屋が幾分か元の明るさ――満ちた闇が去った事により元の世界に戻ったように感じた。


『取、引……』


 先ほどまで殷々(いんいん)と響いたように感じた小生意気な声は消え失せ、静かに寝入る娘とそれを見つめる母だけがこの場に残った。

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