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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
偽王の試練
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44 遺されたもの

 王都バーレイに一人の女がいた。

“彼女”には母親しかいなかった。父であった男は物心がつく前に亡くなっていたのだ。

“彼女”は母親が嫌いであった。たった一人の肉親であったが、生涯分かり合えた事はなかったという。だから彼女は唯一、与えられた名すらを拒み、他人には様々な名で呼ばせて大人になっていった。

 誇り高き竜種ドラゴンの血を継いでいる(らしい)竜魔族ドラクルードであっても、この世の中で女性が成り上がるのは非常に難しい、と彼女は七つぐらいの歳で気が付いた。

 世の不条理を知るには些か早すぎるくらいだが、だからこそ彼女はどんどん登りつめる事が出来たのだろう。上に立たねば話は聞いてもらえないのに、その上に立つ事が女という理由だけで阻まれる事もままある理不尽。彼女はそれを跳ね除け、死に物狂いで頂点を目指した。ただの娘が『王座』を望んだのだ。知らぬ者が聞けば大言壮語もいいところだと嘲笑う夢物語だろう。


 当然、彼女が進んできた道を邪魔する輩は大勢いた。

 女であるという理由で嘗めてかかる者たち。

 持ち前の美貌にたかるハエのような者たち。

 夢を抱き、本気で努力をしている輝かしさに狂うような嫉妬をぶつける者たち。

 数え出したらりがないほどに……。

 だが彼女はそれを振り払い、時に躱し、知性と美貌を活かして戦い抜いてみせた。

 見た目こそは吹けば散ってしまいそうなほどに儚い、深窓の令嬢であるのだが、彼女が歩む道は凛冽で苛烈な戦場であったといえよう。

 

 というかガチの戦場まで出たから恐れ入る。


 ある貴族の力で入学したせいで他人に色眼鏡で見られながらも、学内では血が滲む努力を重ねた。

 当時はまだ少なかったが、王都を守護する騎士団長の中に女性がいる点に衝撃を受け、彼女はそこに将来を見出したのである。

 

 傷一つなく、玉のような細腕であるが度胸は人一倍あり、努力は人の数倍で励んできた。

 女である以上、力では勝てぬと理解していた彼女はとにかく業を磨いていき……、十八の頃には百人長を務めるまでに至る。

 街を歩けば誰もが振り返るほどの可憐さ。

 戦場に出れば誰よりも勇猛な女戦士となる。

 しかし順風満帆とはいかず、ある女貴族の策略により辺境の――それも魔物の襲撃と隣国の侵略を防ぐ役割を担う防衛都市に送られる事となる。

 最初こそはショックであったがこれもチャンスと受け入れ――あろうことか数年後には領主の地位まで獲得した。

 でも彼女はそこで満足はしていない。目指すは『王座』――頂点に君臨する事だ。その愛らしい瞳の奥に煮え滾る野心が彼女を突き動かす。


 だがその野望も、潰える日を迎える――。


 ――……

  ――……

   ――……


 たった一撃で戦況は一変した。

 油断はなかった。

 万全を期した。

 最善を尽くした。

 だが、結果はこの焦土である。

 燻る炎に昇る黒煙。

 瓦礫の下には幾人いた事だろうか。

 今まで、常勝無敗ではなかったが、ここまで決定的な敗北を味わったのは初めての事であった。

 兵士が死んだ。――焼き払われ塵になる。

 防壁が崩れた。――悲鳴まで蹂躙される。

 人々が死んだ。――もっと護れたはずだった。


 厄災が具現した姿こそ、まさしくあれ(、、)なのだろう。

 今まで襲撃のあった魔物はちゃんと“理由”があった。食料不足や棲んでいる場所を奪われた末に東に進出する――それは生きるために彼らも必死なのだと納得ができる。だけどヒトとしてこの地で生きている以上、それを簡単に受け入れる事はできない。暗黒大陸からやって来る魔物は総じて凶暴で、狡猾であるから、自然環境・生態系どころかヒトにまで被害が及ぶのは必至であるからだ。

 だから非力である人間は武器を取り、防衛線として土地を護る役目を担う。

 互いに生きる為に闘っていた。

 だが此度はどうだろうか。 

 命の奪い合いではない。

 一方的な虐殺である。

 それも生きる為ではない。

 生物に対する捕食を行わず、ただ殺すのみ。

 後に知ったが、あの魔物は生きていない(、、、、、、)

 その名を“鉄蜘蛛”――。

 機械仕掛けの自律兵器による強襲。そんなもの、今迄この方初めて見た訳であり、すんなりと受け入れられなかったが、納得するしかなかった。

 そんな巨大な怪物によって、防衛都市であるコックムにおいて長い年月、癒えぬ傷痕を残す大惨事として記録される事となる。

『巨神の再来』とは名ばかりではなく、撒き散らす“死”は本物であった。

 二十ムートを越える巨躯を持つ怪物は八つの長い脚で暗黒大陸からヴェルミ西部を蹂躙し始めた。

 下部から展開され照射される熱線に、口部から吐き出す有毒性粘着弾、身体の隅々に人を殺すための砲門、毒や可燃性のガスを噴出する爪先。矢や斬撃すらを通さぬ堅牢な装甲。ナノマシンとやらによる自己修復機能。さらに最悪なのは排卵して子を増やす機構まで備えていたのだ。

 多くの魔物の攻撃を防いできた連なる人の壁を悠々と越え何人たりとも通さぬ防壁を崩される。

 普段は国境を監視するための兵も集め――全兵力を投入して事の対処に当たった。

 攻防は時間にしては本当に短かった。

 昇る太陽神(アルオス)の灼熱の円盤も中天に差し掛かってから殆ど位置を変えていない。

 今までの戦いで犠牲者はもちろんいた。新種の魔物との戦いだけではなく、マルテとの競り合いで国境付近で死傷者は必ず出ていた。

 だけどこれほど呆気なく――、また儚く――人が建物が塵芥ちりあくたのように散っていく様を見たのは初めてであり、これほど絶望感にさいなまれた日もなかった。

 そしてその絶望に一瞬でも呑まれて足がすくみ、遅れた事を後悔しながら、この地を治める麗しき竜魔族ドラクルードの女戦士は絶叫して――走り出した。

 正直に言えば無謀である。

 大勇とは言えぬ蛮行。匹夫の勇。

 ただ感情に任せ、己を見失っていた。

 走った石畳のそこかしこに死者が倒れている。

 それが視界に入り、さらに声を張り上げた。

 戦場の摂理は知っているが、これはもう戦場とは呼べぬ場所であるからこそ彼女は猛った。まだ闘う意志のある仲間と共に、ウォークライは伝播していく……。だがその後に響いたのは勝ちどきや凱歌ではなく、生き延びた者と逃れられない死を待つ者たちの呻きの声。そして怨嗟、慟哭であったのだ。


 ――……

  ――……

   ――……

 陽が沈み、月が昇る。

 月が沈み、陽がまた昇る。

 季節は流れ、地獄の日が過ぎていく。

 幾度の夜を越えても、いくさの傷痕は早々癒えるものではなかった。

 戦火は消えたものの、襲撃を受けた区画には毒が残り続け、外壁の補修もままならなかった。

 鉄蜘蛛との戦闘は――鉄蜘蛛を撤退させるという大金星を上げたものの、勝利とは程遠いと言えるだろう。死傷者は民間人を含めて千を超えていた。その後に毒の後遺症で亡くなった者たちも大勢いた。

 突き刺した脚の先から噴出する毒は未知の物質であり、学者たちも頭を抱えた。

 女戦士も毒を少量であるが吸い込んでしまい、一時は生死の境をさ迷っていたが、なんとか一命を取り止めていた。

 意識を取り戻した彼女は放心し、絶望をして、泣いた。嗚咽混じりの声を上げ、美しい顔をくしゃくしゃにして泣いたのであった。

 全てが彼女に責がある訳ではない。

 だが女領主にしてこの地を治め、最高指揮官として指揮をしていた女は自責の念に駆られた。

 しばらくは彼女の精神は病んでしまっていた。

 多くの命が喪われた中――、責任がある彼女は何度も自死を試みたという。

 誰もそれを『逃げだ』と言うものはいない。立場を知る者がそんな無責任な言葉を投げかけられるはずがなかった。

 同情さえはしたが、自殺を認める訳にはいかない。表立ってそれを阻み続けた男がいた。


アナト(、、、)! 止めるんだッ! アナトッ!!」


「嫌っ! 離してぇ! 来ないでっ! ……私に、私に死なせてよぉおおおおっ!!」


「ダメだアナト! 生きて……、生きてくれ!」


ナイフを手に取って錯乱する女を必死に宥める。

 病衣に袖を通し、まさに病人と思える肌の青白さは今の精神の現れなのだろう。

 ベッドの上で発狂し、暴れたお陰で棚の上の貴重な果物たちが床に散乱した。

 それを押さえるのが最も臆病であった男――彼女(アナト)からにもそうそしられていた同じ竜魔族ドラクルード

 戦いよりも歌を愛した優男であった。

 恋した相手のために武器を取ったのはいいものの何時までもくすぶっていて、周りから常にかわれていた。

 竜魔の飛べぬただの飾りである翼――だが彼の、『継竜』の両翼は違う。巨大な鉄蜘蛛の背から落ちるアナトを、勇気ではなくただ“救いたい”の一心で羽ばたいた。

 地面から噴き出す毒を吸いながらも、何もかも忘れて、懸命に飛翔した。

 そうして救ったアナトに、男は愛を囁く……なんて器用な真似は出来なかった。

 一緒に、これからの長い時間を、共に生きる――たった一つの正しい手段を取ったのだ。


 それから時間が過ぎ――夢は薄れていく。


 さらに月日が経ち、アナトは歩けるまで回復した。命を助け――砕けそうになった心を支えてくれた恩人と共に街を歩いていた。


「もうっ! 母親(あのひと)が付けた名前で呼ばないでって何度も言ってるのに……」


「ご、ごめんアナと、ととと……。…………ごめん」


「……うふふ。もうあなたったら……――良いわ。あなただけ特別に呼ばせてあげる」


「本当かい!? やったあ!」


「もう……、喜びすぎよ?」


学生時代よりも前から互いに知っていた仲であったが、このような未来が待っているとは露にも思わなかった。

 かつて臆病だった少年と野心に燃えた美少女は大事なモノを育んでいく事となる。


 そして――、


「あ、あぁ……」


『おめでとうございます。とても可愛らしい女の子ですよ』


「…………」


 そこは街の大きな病院の一室の清潔な空間。

 アナトはそっと泣いた。同じようにベッドの上であったが、あの時と涙の理由が全く異なる。

 助産師の女性から静かに受け取り、抱きあげて言った。それは心の底から出た言葉――。


「産まれてきてくれて、ありがとう……本当に、本当に……」


 そこに響いたのは産声。

 新しい命が彼女のかすがいとなった。

 夢の代償に、とてもかけがえのない(、、、、、、、)ものを手にしたのは違いない。

 暖かく愛しい、本当の幸せを噛み締めていた。


 だが――。


 数年後、彼女を唯一本当の名で呼ぶ事を許された男は還らぬ人となった。

 鉄蜘蛛の毒がゆっくりと身体を蝕んだのだ。

 雨が降りしきる彼の墓の前で、喪服を着て人々が並んでいた。

 その日の雨は嫌に冷たかった。

 淡く輝く緑の髪がしっとりと濡れていく。

 心に喪失という大穴が空いた。

 でも今度は彼女は折れなかった。

 涙を堪え、震える瞳は覚悟に燃えた。

 それはあの日の夢を想起させるものではなく、遺された宝物を護るという覚悟であったのだ。

 泣きじゃくる娘を抱きしめながら、どんな事があっても――例え誰であっても傷つけさせないと堅く誓ったのである。


 ……――

  ……――

   ……――


 場面は廃鉱に戻る。

“獣”が激情に任せ女領主を一蹴した直後だ。

 手には肉切り用の包丁がそれぞれ一振りずつ。

 ゆっくりと獲物にトドメを刺そうと歩み寄ろうとしていた。さながら断頭台に向かう執行者のように、重々しく歩むのである。

 その姿を照らす光は一つ。

 用途不明の道具から、小さなかごまで、揺れるカンテラの光によって影が生まれる。

 近づく“獣”の影までも伸びてゆく。

 執行者が命を奪いに近づいた。

 その時である――。

 大きな檻の格子を叩く音がした。


「キシャアアアアアッ!!」


『!』


音の直後に鳴き声が響く。

 即座に反応して“獣”は得物を向けた。檻を勢いよく叩いた存在に目を細める。


『…………コモド、オオトカゲ……?』


獣の困惑の呟きが漂う。

 口にした生き物とは異なるが、実際に巨大な蜥蜴トカゲが檻の中にいたのだ。

 何故ここにいるのか。

 何故ドレスを着ているのか。

 訳がわからなくて注視していたが、


「――……ッ……ぅぅ!」


離れで女領主アナの意識が戻った。女の勘……という訳かどうかはこの際どうでもいい。ただ危機に対して目を覚ましたのだ。

 かすむ視界に、気を失っていた僅かな時間で見た夢――過去の情景で思考が鈍っていた。

 それもほんの小さな間だけ。


「っ……!」


 状況を瞬時に理解して息を呑む。

 動かしたくても身体が重くて動かない。


「や、止めなさい! 大人しくするのよ!!」


 地を這う女領主が、これまで以上に必死な形相で叫ぶ。これまで厚い面の皮でひた隠していた感情を、想いを大にして声にする。

 それは敵対する青年に対するものではない。その声を受けたのは檻の中にいる生き物だ。

 絶対に近づかせたくなかった。戦いのさ中でも檻から離すように、気づかれぬように立ち回っていた。

 中の生き物も“獣”に脅えて縮こまっていたのだが、追い詰められた窮鼠のように反抗的な態度を示し始めてしまった。

 しばし要領を得ない目をした“獣”であったが、女領主の言葉を吟味して呟く。


『…………そういう、訳か』


片方の包丁を不要だと捨て、行先を檻に定めて歩みだす。

 興奮して騒ぎ出すオオトカゲに、呻きながら今度は“獣”に対して女領主は懸命に叫んだ。


「ま、待って! やめ……、それ以上、それ以上その子(、、、)に近づかないでェ!!」」


迷いもなく、一顧だにせず檻の前に立った。

 巨大な蜥蜴も格子から離れ、奥に逃げながらも必死に威嚇をしている。

 それを“獣”は相も変わらず冷たい目で睥睨していた。


3話くらいかかりそうだったので

削りました。

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