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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
偽王の試練
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43 変性

 暗闇に光が踊る。

 刃が触れあい、鋭い音が響き渡る。

 一人は男――手足の黒き装甲に蒼い炎が燃え、背中の大きな傷から銀の光を零す《獣》。

 一人は女――太い腕をしならせ、重い足で機敏に動く。竜の系譜に連なる麗しき《蛇》。

 生まれも年齢も性別も、体脂肪率までもまるで違うが――同じ血に飢えた者同士、ゆえに手段は異なれど、目的までも似ていた(、、、、)と言える。

 一見すると男の方が攻勢に出ているようだが、女はその巨体に合わず、避ける避ける、華麗に避ける。何故その足で肥満体を支えられ、跳躍で宙を舞えるのか。疑問がとめどなく噴出するような絵面を見せつける。さらに躱せぬ一撃に対してはきちんと包丁で応戦し、比較的に稀であるが反撃もしている。それもかなりギリギリの……少し間違えば男の肉を裂き、骨まで達するような鋭い狙いである。

 握りしめる得物は互いに同じ――血塗られて錆びのある、肉を切るための四角く厚い包丁。形状から刺突をするには向いていないから使い方は自ずと限定されるせいか、互いに決定打に至らない。

 その激しい剣戟を観戦しているモノたちもしきりに声を上げていたが、両者とも耳に届くのは包丁がぶつかり合う音と、息遣いの音。


 ――この女……!


“獣の力”を身に纏っている一撃を受け流し、さらに巨体の割に恐ろしいほどに軽やかな身のこなしは、不気味を通り越して不可解とまで思える

 光源が少し離れた机の上にあるカンテラの火だけであるからよく見えぬが、女の方は息が絶え絶えで汗も異様に流しているのはわかる。だがそれでも女領主アナの勢いが衰える様子はない。それどころか僅かに力が増しているように、包丁の一撃を受け止めた手の痺れを男――立花颯汰は感じ取っていた。


「それにしても殿下、よくここがわかりましたね……!」


『…………』


女領主の笑みも言葉も、どこか嘲るような調子に聞こえるせいではないが、颯汰は会話をする気が無くなっていた。


「あら冷たい。お喋りは嫌いですか? それとも、“香”が効いたのかしら?」


隙を伺うのはお互いである。

 喋っている方もまた、汗を流しながらも勝機を見逃さないと、闇の中で目を見開いて――神経を尖らせ、研ぎ澄ませていた。


「屋敷中に充満させましたからねぇ。解毒剤も無く、廊下を全力疾走すれば多量に吸い込んだでしょう。……御身体に違和感とかありませんか?」


『…………くだらない揺さぶりだ。そんな口八丁の小細工で、止まる道理はない――!』


 オリジナルブレンドで配合した“香”を屋敷中に設置された香炉から流していたのは事実であり、元より屋敷内で働いていた者たちや配備させた兵たちのように、解毒薬を飲まされていなければたちまち思考から異常が出てくるはずである有害なものであった。

 僅かながらもその影響を受けていたのに関わらず、敵に隙を与えてはならないと断じた颯汰は構わず攻めの姿勢を崩さない。

 無影迅ファントム・シフト――下から潜るように踏み込んで、斬り裂こうとした。

 女領主はそれに反応しては防ぎ、気づく。


 ――効いてきたわ(、、、、、、)


そう心の中で叫ぶとニヤリと口角が上がった。

 それは撒いた毒の効果ではなく、己が先ほど服用したものの真に効果が現れたのである。


「フフフ……! それが本当なんです、ガァ!!」


『!?』


丸太のように重く太い足蹴を繰り出す。急激に増した速度と殺意に反応して颯汰はそれを避け、第二波たる包丁の斬撃を一気に退しりぞき、地面を滑った。

 左手の指先の爪で砂利を含む土を削りながら減速し、止まる。暴れ出す気性を剥き出しにした“獣”であっても、怪訝そうに眼を細めて対象を観察する。衝動に任せて飛び込まなかった。


 ――急激に、力が増した……! 体内魔力オドで肉体を強化? 魔人族メイジスじゃない竜魔族ドラクルードの女が?


睨む蒼銀の瞳。その左腕から黒煙の如く立ち昇る瘴気がアギトを模りながら、口を動かさずに淡々と報告する。


『敵生体:魔力の急上昇を確認――。』

『!』


報告を受け、颯汰は横目で『黒獄の顎(ガルム・ファング)』を見る。


 ――自力で? そんな事、可能なのか……?


 この世界の大気に残された体外魔力マナが少ない以上、それを蓄えるには大地から恩恵を受けた植物や……その植物を餌とする動物を食らって得るしかなくなっていた。人族はそれを貯える器官がなく、他の種族は大小異なるが備わっている。

 例外としては仙界から地上へやって来た幻獣の類い――代表で言えば無限に魔力を生み出す心臓を持つ『竜種ドラゴン』。同様に《王権レガリア》から魔力を生成し続ける『転生者マオウ』だろう。

 イレギュラーな存在である“獣”……立花颯汰であっても――他者から分解し剥奪、もしくは己の記憶情報などを変換するといった手段はあるが、自力では魔力を獲得できない。


「ほら、ホラホラホラァ!!」


荒れ狂う女領主。踊るようなステップを踏み、軽やかに舞う。その一挙手一投足が贅肉を震わせ、重たい一撃を生み出した。

 女領主の吐く息は非常に荒いが、つい少し前までの――疲労によるものではなく抑えきれない興奮によるものに見える。


『ぐっ……』


「どうしましたぁ!? 殿下ァ……! やはり思った通りに動けないかしらぁ! それとも、考えもまとまらないノォ!?」


挑発するようにねっとりとした語りと裏腹に、次の挙動が読めず、見てから寸で回避行動を取るしかない。颯汰は反撃をしようにも、正確無比なアナの攻撃行動によって潰されてしまう。

 急に速度が付いて破壊力が増したアナの猛攻。血肉を求めて空を切るかいなが迫る。

 急激な変化――スイッチが入ったように動きが機敏で、その癖豪快なものとなったのだ。


『――ッ! おかしいのはアンタだ』


胸ぐらを掴まれかけたが、その太ましい左腕をなんとか払いのけた。その直後に何度目かの、刃物のよるけたたましい金属音が響いた。

 先とは違い攻守が入れ替わってしまう。

 アナは挙動だけではなく、反応速度までも早くなっていたのだ。

 目が慣れ出したとはいえ見知らぬ場所の閉鎖的空間。思った以上に不自由であり――颯汰は暗がりにて壁際まで追いやられてしまった。


『情報解析:完了――。

 敵生体背後の飲料物に魔力を検知――』


『後ろの……樽の中の……?』


左腕から現出する黒獄の顎。それに対する颯汰の呟きに女がピタリと動きを止めた。


「フフフ……さすが目敏いようですね」


そう笑うと酒樽から柄杓で掬い上げた赤黒い液体を見せつけるように言う。


「これは、『ブラッド・ワイン』の二千年モノ――カエシウルムのとある商人から極秘で買い取ったものです」


『それが魔力を……――?』


「確かにこれには他の食物よりは魔力が溶け込んでいますわ。――何せ、生きているだけで無尽蔵に魔力を生む怪物の死骸から採ったものですから」


そう言いながら彼女は柄杓をひっくり返し、手と持った包丁で浴びる。滴る赤が濃く、錆びた刃に瑞々(みずみず)しく染み渡る。その手を口元に運び、ベロリと舌で刃を舐め取った。


『……!』


颯汰は、正体不明の肌寒さと共に胃酸が逆流するような嫌悪感を覚える。湧き出る怒りか――軋る音が出るくらいに歯を食いしばった。

 そして、確信しながらも睨んで言う。


『……竜の、血か』


颯汰の言葉を聞き、アナは狂ったように笑った後、急に感情が凍り付いて死んだみたいに止めてから語り出す。


「…………御明察ですね。毒物に関する知識といい、見た目以上に博識で本当に恐くなりますわ。そう、これは『古龍の血』――私も実物を見た事はありませんが、暗黒大陸カエシウルムでは、巨大な竜種ドラゴンの亡骸がそのまま山となり、血ノ河川が流れているだとか。それを汲んだもの……らしいですわ。最初は奇しく思えましたが、それがどうして! 身体に! 馴染む!! 若い頃の! 青春時代が取り戻せるくらいに!! 竜魔族ドラクルードに眠っていた竜の血が呼び覚まされッ! 感情も昂るというもの!! オッホ! オーッホッホッホ!!」


 凶暴な魔物が闊歩する暗黒大陸――未開の地と呼ぶに等しいほどに人の介入を拒む自然環境に、独自の厳しい生態系で構成された、最も地獄に近い魔境カエシウルム大陸。人が住んでいるとは絵空事か下らぬ妄想と多くに者が思っているほど苛烈な呪われた大地に、巨大な竜の遺骸が朽ちていると言い始めた。

 その真偽は別として、彼女が柄杓で飲み干した赤黒い液体が何等かの影響を及ぼしているのは事実であると颯汰は認識する。

 アナを見れば一目瞭然である。精神が高揚こうようし、酔い痴れ、悦楽に呂律まで回っていない。

 彼女の精神は今、いわゆる『トランス状態』と呼べるものとなっていた。

 極限の集中による忘我、または極度の苦境により脳が与えた度が過ぎた快楽物質により至れるという境地こそが『トランス状態』。

 常人離れした集中力のよって生み出された動体視力を用いた先読み能力で、颯汰の行動を読み先手を取る事に成功していた。

 それに加えて肉体面――筋肉や骨、神経まで強化が施されているからこそ、颯汰に猛撃を打ち込めたのである。

 形勢逆転により、彼女は勝利を確信したのであろう。ゆえに手の内を晒し始めた。

 まさに容易い女だ。

 己の能力や技能などをペラペラと勝手に喋る輩が勝つほど、この世界は甘くはない――。


『…………紛れもなく、本物だ』


颯汰は呟く。アナに対してではなく自分自身に問いかけるように。家族である龍の子シロすけ以外に会った事もなければ、ましてや血など素人目では違いなどわかるはずもない。

 それなのに彼は断言する。

 知るはずもないのに内面の底で“獣”が鳴く。


貴様(、、)が何故、龍の子を狙ったのか合点がいった。己の為に血をすすろうとしているんだな……?』


その声に幾分も氷の棘があった。静かでありながら敵意はありありと見えて、蒼く燃えている。

 今度はアナが目を細める番であった。

 様子が違う、と気が付いた。

 追い詰めたはずの存在の顔が、揺らめくカンテラの光の加減か暗くて見えなくなる。

 双眸に宿る炎だけが残り、妖しく輝く。


「なっ、――ぅ……!?」


 アナは急に胸が苦しくなった。閉鎖された坑道の通気が悪いせいだけではない。酸素が上手く供給できず――ぜえぜえと息を切らす。

 恐怖が心を凍てつかせていく。

 その主たる要因が一歩一歩、慣らされた地面を進む。ゆったりと重々しく、堂々と近づく。


 そして、顔の半分を隠した装甲が二つに割れ、両頬にスライドする音が聞こえると、口が開く。

 闇の中に蒼々とした鬼火がさらに一つ増えた。


『トカゲ風情が真なる“龍”を喰らうと……? 思い上がったものだな』


発する言葉と共に揺れ動く炎。

 影に溶け込む濃紺の闇が全身を包んでいた。

 目と口がある場所だけが星の海のように蒼い。


『たかだか“そよ風”を放てる程度で並び立ったと……?』


ドスのきいた声――いや怨嗟の念が脳に響く。“獣”は問答無用で、動揺している敵に襲い掛かった。アナは両手を使い斬撃を受け止めるが――、


『冒涜者め』


勝負の帰趨は次の一撃にて決した。

 今までで一番重い一振りを受け、態勢が崩れたところを、“獣”は右脚にて回し蹴りを放つ。


「ぐべらッ!?」


女声とは思えぬ悲鳴を上げた。

 破城槌の一撃を腹部に受けたような衝撃を感じながら、女は壁まで矢のように飛んで行った。

 激突した事により坑道が大きく揺れ、天井から砂や石の破片が落下する。

 飲んだものか自前なのかわからぬが、血を吐きながら倒れ、白目を剥いてアナは意識を失った。

 訪れる廃鉱のあるべき静謐――。


『――……』


 だが“獣”は臨戦態勢を解こうとしない。

 女領主が落としたもう一振りの柄を右足で踏み、その勢いで浮かび上がったそれを掴み取った。

 凶器を両手で握りしめ、“獣”は気絶している敵に歩み寄ろうとしていた。

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