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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
偽王の試練
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42 追躡

 間隔が短い足音が淋しく反響する地下の迷宮。

 薄気味悪い閉鎖的なこの空間は、屋敷の表向きの優美さや妖しさとは異なり――ただ冷たく、息苦しく感じさせた。

 積まれた石材に囲まれ、ひんやりとした魔窟を照らすのは上に一定間隔に設置されたカンテラ。その中の獣脂のロウは大分すり減っており、時折脂が爆ぜる音がする。随分と前から火が着いていたようだが、颯汰はそこに関心は全くなく、ただ足早に目的地までひた走る。

 心もとないほのかな光の下では、敵の奇襲や屋敷内と同じくワイヤーなどの罠が張り巡らされている危険性がある為、急ぎながらも警戒は怠らない。そうさせる理由としては地下に染み込んだ陰気な空気――カビの臭いに混じった『血の臭い』。それが何の生き物から由来するものなのかまでは、さすがに流血マニアのどこぞの女医ではないので判別不能であるが、こんな地下の隠れた場所となると……想像が嫌な結末にしか行き着かない。


『シロすけ、無事でいてくれ……!』


残された最後の絆である竜の子が、女領主の手によって潰えようとしている。

 女領主が何をしでかそうとしているかも未だ謎であるが、奪われた家族に女領主アナが発した不穏な発言からして放っておける訳がない。


『――ったく、迷路なんて厄介なモノを……!』


そのボヤキに答える者も、誰一人とすらいなく、やはり淋しく取り残されては消えていく。


 直感に従い訪れた拷問部屋は、思わず目を背けたくなる惨状であり、放置された血で錆びた器具までもがあった。死体までは見当たらなかったが、おおよそは先に想像した通りの、理解し難い空間となっていた。

 また、街のどこかへ繋がる経路などを見つけたのだが――肝心の逃げた女領主が見つからない。脚には自信があったのだが、未だに逃げた女領主の姿を補足できてない事に不安も覚えていた。


 ――……あの巨体で、なかなかどうして……素早い。竜魔族ドラクルードってみんなあんななのか?


 何も竜魔全体が特別な訳ではない。『継竜』で竜化したのが“両脚”であればまた話が変わってくるが、実は単純にあの大女の身体能力が並外れているだけである。それに加え、洋館内で相手を効果的に邪魔をできるような兵の配置を事前に考え、目を瞑ってもこの迷路を踏破できるくらい、全てを熟知していたからこそ、縮地の走法を駆使した颯汰を振り切ることが出来たのであろう。

 女領主である竜魔族ドラクルードのアナは、若い頃は屋敷正面に飾られた巨大な肖像画通りの美貌を持ちながらも、魔物に対する防衛作戦を直接指揮を執るといった豪胆さとそれを実行できるだけのカリスマ性、説得力を生む身体能力すら持ち合わせていた希代の怪物であったのだ。


『なんだっていい。必ず取り返す……!』


どうであれ、早い段階で“敵”と認識した相手が鎌首をもたげて牙を剥いてきたのだ。敵の事情やまた実力もわからないが、やるべき事だけは決まっている。――ゆえに答えは簡単だ。


『……一発ぶん殴って、引きずり回せば相手の兵も戦いを止めるでしょ』


平和的な解決とは程遠いが、仕掛けてきたのは相手からだと正当化しようとしていた。対話など悠長な事を言ってる段階はとうに過ぎていた。

 応接間を飛び出た瞬間――否、シロすけが奪われたと悟ったその刹那から闘う以外の選択は消え失せたに等しい。それに此度は互いに(、、、)大切なものを取り戻す為に――衝突は避けられない運命さだめであった。

 互いに譲れず――、互いに退けず――、

 ならば、滅ぼし合うしかない。

 これは、もう一種の戦争(、、)であるのだ。



 ……そして一方、颯汰が進む地下迷宮の先――暗澹たる最奥を過ぎた(、、、)場所にて。


 防衛都市を担うコックムの城と屋敷は、王都バーレイと同じく秘密の抜け道が何ヵ所か用意されている。その中には街の外へと繋がっているものも当然用意されている。魔物以外にも他国の人間(主に南のマルテ)が攻めてくることも想定して、北方の廃鉱がその内の一つであった。随分昔に採掘が終わり閉山したままであるが、ここに今、人とそれと異なる気配があった。


「ふふふ……、うふふふふ……!」


歓喜に打ち震える声の主は竜魔族ドラクルードの――かつてはコックムの華とまで称された女領主アナ。

 今や屋敷に飾られた絵画の美しさは、加齢と食生活によって無惨にも失われていたに等しい。そして今の笑う姿は、従来から持ち合わせていた妖しさとも異なる――“狂気”と呼ぶに相応しいものであった。

 その厚く、シワもなく膨らんだ右手にカンテラを持ちながら、左腕の内に大事そうに抱えているのは竜種ドラゴンの子。

 魔王を討った新たな“王”が連れていた小さく翼を持つ白龍である。

 己の中に目覚めた血……『継竜』としての才を存分と発揮して打ち放った吐息は瞬間的に嵐を生んだと言っても過言ではない。例え竜であっても生まれて数年としない子供。その衝撃に耐えられなかったのだ。急な一撃を貰い、吹き飛んで壁に激突して目を回しているところを掴まえられ、アナは走っている最中に飲料にも使った薬物を用い、彼の龍を昏睡させた。今も意識を失い、ぐったりとしている。

 そんな彼女が汗だくになりながら訪れたのは鉱山地帯の外ではなく、放棄されているようで実は丁寧に管理されている廃鉱のとある場所。女領主アナと、彼女に連なる特権階級を持つ竜魔族ドラクルード以外にその存在は知られていない特別な空間である。

 大事な“贄”を抱きかかえながら、息を絶え絶えで尋常じゃない汗を流したアナが入る。掘られた坑道の入り組んだ――看板にて注意書きがされている立ち入り禁止区域。進んだ先はバスケットボールコートの倍近く広い。

 そんな妙に開けた場所に不釣り合いなものばかりが並んでいる。採鉱作業に必要な道具であるつるはしやスコップばかりではない。木製の長机には羊皮紙の資料や謎の液体が満ちる試験管。そして一番目を引くのは『檻』だろう。小さな動物を閉じ込めていたのか赤黒い染みが付いたものが複数。少し大きいのも二つ、同じように派手にぶちまけたのだろうか。そして異質なほど大きい――部屋の四分の一以上を占有しているそれは牢屋と言っても差し支えないものがある。


「キシャァァ!!」


「待った、わね。あなたが求めていた“もの”。あぁ……、あぁ! これで、これでやっと! ……悲願が、ついに果たされる!! ふふふ……、オーッホッホッホ!」


人ならざる叫びに、うっとりとよがり狂った調子でアナは答える。間違いなく意思疎通は互いに出来ていない一方通行なやり取りである。

 叫びと共に檻が揺れ、爪と金属がぶつかり合う音を奏でる。さらに獰猛なそれ(、、)は首を横にして格子を噛み始めていた。


「待ちきれない? もう少しの辛抱よ。うふふふ……さぁて、準備に取り掛かるとしましょう」


その目つきは慈愛と呼ぶには少々濁っていた。

 木製の机にある木の皿に竜の子を置き、逃がさぬために、意識が戻らぬ内に縄で翼ごと縛った。


「? ……きゅぅ? きゅッ!? きゅう、きゅう!!」


縛り上げて少し放れた途端、可愛らしい鳴き声――竜種ドラゴンの子が目を覚ましたのである。

 状況が理解できず、さらに身動きが取れない事に驚き必死に鳴いたが、女領主は構わず準備を進める。


「きゅ、きゅう!?」


 薄暗い中、カンテラだけが光源である。

 首以外の自由を奪われた竜の子が目線で追った女の行動に度肝を抜かれる思いであった。子供とはいえ竜であるからには高い知性を有している。だからそれが何をする道具なのか、今自分が置かれている状況から全てを察したからには、さらに必死に鳴き始めたのであった。


「オホホ……。まさに生きのいい、新鮮さ」


取り出したのは――刃も柄も血に汚れた肉切り用の厚い包丁であった。正しく、調理する為に用いられているようには到底見えない。ギラリと鈍く光りを反射するそれは、一体どれくらいの命を吸い上げてきたのだろうか。

 今まさに行おうとしている蛮行も彼女にとってきちんとした意味がある。様子はおかしいが流血マニアのどこぞの女医ではないので、無意味に動物を解体する趣味はない。

 彼女はたった一つの望みの為に、ありとあらゆる事を試していた。西のエルドラントだけではなく、北のアルゲンエウス。また浮遊大陸であるアズールドから持ち込まれたという胡散臭い秘薬まで手を出していたのだ。そしてある結果から、彼女は生物の“血”に固執するようになる。家畜から始め、ついに暗黒大陸からやって来る魔物にまで手を出し始めていた。

 その要因となった液体を壁の隅に置いてあった樽から金属の柄杓ひしゃくで掬い上げ、カップに注ぐとガブガブと飲み始めた。


「――……っ!」


まさに生き返ったとばかりに晴れやかな顔。しかしその癖、瞳だけはくらよどんでいた。口元も緩み、赤黒い液体がツーっと伝う。


「二千年前に死んだ古龍の血でこれですもの……、きっと今を生きる龍の血なら……、フフっ、ウフフフ……!!」


「きゅう!? きゅうきゅうきゅう!!」


包丁を手に、近づく。目は座りながら薄く笑う。

 巨体と死の恐怖がゆっくりと歩み寄る。

 解体道具を持った方の右袖で口の汚れを拭いて、にっこりと笑みを浮かべた。かつての美女の艶然とした微笑みとは異なり、優しい笑顔なのにどこか老獪ろうかいさがにじみ出ているものとなっていた。

 龍の子は慌てふためく。

 自分の身に危機が迫っているのはハッキリと知覚できているが縛られて動けない。

 神龍の息吹(ドラゴン・ブレス)を使えば一撃で迫る脅威を完全に葬る事は可能であるが、同時に余波で崩れた天井に自分までもが巻き込まれ、潰されて死んでしまうかもしれない。暗すぎてここが坑道とも気づいていないが、その手を使っても命は助からない事はわかっていた。

 このまま黙っていても死は遠ざからない。

 自爆覚悟で龍術を行使するか。

 選択が迫られる。

 いや、躊躇いはあっても迷いはない。

 やるしか、ないのだ。

 むざむざ殺される訳にはいかない。

 だが、覚悟を決めたその瞬間である――。


「――フンッ!!」


鋭い掛け声と共に女領主は振り向いては、持っていた包丁を自分が入って来た方角へ投げたのだ。

 グルグルと物凄い勢いで縦に回転しながら闇に飲まれていく。ほんの少しの間だけ訪れた静寂は、すぐに破られた。包丁が坑道の壁に突き刺さる音や床に落ちる音ではない。投げられた包丁の風を切る音の次には“獣”が躍り出る――地を蹴って風を纏う音が聞こえた。


『――うぉおおおッ!!』


投げつけられた包丁の柄を両手で掴み、女領主に向かって飛び掛かる。跳躍した勢いのまま、上から剣を振るうように振り下ろした。

 地下の迷宮を抜けて廃鉱へと辿り着き、駆けていた真っ暗闇の中で、正面から飛来する――高速回転していた包丁の柄を見切り、左手で掴むと同時に身体まで一回転しながら滑るように後ろへ退くと、一気に加速して切り掛かったのだ。

 反響する金属と金属がぶつかり合う音――。

 女領主が瞬時にもう一本の包丁を即座に抜き取り、峰の部分に左手を当てて――振るわれた刃を受け止めたのである。

 互いに同じリーチの短い武器。

 つばり合いで火花を散らせ、やって来た闖入者ちんにゅうしゃはさらにアナの肥えた腹に向けて容赦なく横一閃に切り裂こうと肉切り包丁を振る。

 それをヒラリと巨体で舞うように避け、襲い来る追撃に、またもや刃同士がぶつかり合う。

 刃を欠けさせながらしのぎを削る。


「容赦、ないんですね……陛下!」


『――……シロすけを返せ』


(消去法で)王座に最も近い位置にいる“偽りの王”……立花颯汰が短く応えるが、これ以上の会話も望んではいなかったし、ここまでの凶行に至る相手にまともな返答を期待していなかった。

 だから何度も互いに刃を交わし、切り結ぶ。

 同じ得物による剣戟の音色を奏でると、斥力が働いたかのように二人とも距離を取り睨み合う。

 ここで二人は、熾烈な闘いの火蓋が切られたのだと認識したのであった。

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